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妖サポートセンター  作者: 銀月


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事件11.猫又の復讐と峠の怪異/後篇

後篇といいつつあと一話続くんだ、すまない。

 翌日、面会時間の開始と同時に菜都美さんの入院する病院へ突撃した。

 設定は「猫友である菜都美さんから猫を預かっているが、恋しがって鳴くので様子を見がてらお見舞いに来た」だ。


 しおさばさんは白妙さんと車に残って不貞寝だ。しかたない。人に化けられないしおさばさんを、病院に連れ込むわけにはいかないのだから。

 そして、予想どおり、病室には付き添いとして母親がいた。


「桜木と申します。あの、菜都美さんとは、猫が縁で知り合って……」

「ありがとうございます。どうぞあなたも声を掛けていってください」


 小さな花束を渡して挨拶をすると、開口一番にそう言われた。誰か、親しい人の声掛けで意識が戻るかもしれないからと。

 力なく笑う母親は、だいぶ参っているのだろう。半分諦めも入っているように感じられる。

 これまで目が覚めなかったということは、つまり今後も目が覚める確率は低いということなのだ。しかも、時間が過ぎるほど可能性はゼロに近づいていく。

 とても堪らない。


「怪我は、生命を落とすほどじゃなかったと言うんですけどね」

「はあ……」

「でも、眠ったまま、ちっとも目が覚めなくなってしまって」

「そうなんですか……」


 母親の話に相槌を打ちながら、つまり、昨夜の菜都美さんは、死霊ではなく生霊だったということかと考える。

 致命的な怪我ではなかったのに頭を打ってしまったのかと言うが、ちっとも意識が戻らないというのは、中身がああして外に出たままだからだろう。


 私は内心で頭を抱えてしまう。

 死霊なら話は簡単だった。

 しおさばさんには悪いが、成仏しろと無理やり浄化して昇天させれば終了だ。菜都美さんには来世で幸せになって貰えばいい。


 だが、生霊は面倒くさい。

 力技でなんとかしようとすれば、本当に死なせてしまうことにもなる。身体に戻せばいいと言っても、どうやれば戻るのかもわからない。


 母親の話を聞きながら、私は必死に対処法を考える。

 そもそもは、「あのクズ男に復讐を」という簡単な目的だったはずだ。

 しかし、あのしおさばさんの様子なら、そんなつまらんことはどうでもいいから菜都美さんに戻って欲しいが本音だろう。

 そうは言っても、菜都美さんの中身に戻ってもらうって、どう交渉すればいいのか。生霊と交渉なんかできるのか。


 見舞いをそこそこに切り上げると、私は足早に白妙さんの車に戻った。


「白妙さん、長ちゃん呼んでくれるかな」

「魔法使いさんを?」

「うん。たしか、死霊は司祭の管轄だけど、生霊は魔法使いの管轄だって言ってた気がするんだわ」


 死んでると生きてるの違いだけでなぜ管轄が変わるのか、なんとなく解せないという顔で、白妙さんが電話をかける。

 不貞寝していたしおさばさんが身体を起こし、ふんふんと私の匂いを嗅ぐ。


「お薬となっちゃんの匂いがする」

「うん。菜都美さん、怪我してあそこで治療中なんだよ」

「いつ治るの? でも昨夜はお外にいたよね」

「外にいるのは、分身っていうか……分身が帰ってくれば、また戻ってくるっていうか……どうにか考えるから――あ、復讐はどうする?」

「あとでいい。なっちゃんが早く帰ってくるほうがいい」

「うん、わかった」



 * * *



 ここから高速経由で一時間程度なのだし、長ちゃんが来るのを待つより行ったほうが早いと、私たちは一度社宅に戻る。

 居間に、休みに呼び出されてやや不機嫌そうに茶を飲む長ちゃんが待っていた。


「しおさばさん。この人が手伝ってくれる魔法使いの長ちゃん」

「よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる猫に、長ちゃんは微妙な顔になる。相手が猫では怒れないのだろう。猫かわいいし。


「というわけで、たぶん生霊なんだよね。だから私が蛇神斬りで切ったとしてもなんも解決しないと思うんだわ。それで、なんかいい方法ないかな」

「――勇者アキ」

「なに?」

「現界と幽界については、以前、しっかりと講義したはずだが」

「は? そんなの覚えてるわけないじゃん。受験勉強の内容なんか、受験終わったらきれいさっぱり忘れるものだって何度も言ったでしょ」


 長ちゃんは、はああと思いっきり溜息を吐く。


「いいか。我々が存在する世界を現界と呼び、それに薄く重なるように、しかし若干ずれて存在するのが幽界だ」

「あー、うん」

「通常、現界に生きるものは幽界を認識することはできない。例えば……そうだな」

「ストップ。そこまででいい。それ以上の情報は今必要じゃないから。

 何かいい案があるってなら、もっと端的に簡略にお願い」


 長ちゃんはいわばオタクだ。魔法オタクというやつだ。私は最近、そうカテゴライズすることを覚えた。

 オタクである長ちゃんにこの手の話をさせると、いつまでも喋り続けるのでやばい。誰も聞いてない話を延々と続けられても、私だって困る。


 長ちゃんは眉間に皺を寄せて、じっと考えている。どう掻い摘めば私の頭に届くだろうかと考えている顔だ。


「――勇者アキが幽霊と呼称するもの、つまり、霊体は、現界とは位相の違う幽界に存在を置くものであり、それゆえ、霊体と人間は基本的に相互干渉は不可能だ。

 だが、霊体であっても強いエネルギーを持てれば、現界への干渉が可能となる。勇者アキはそういう霊体を、“幽霊”と呼んでいる」

「うん」

「そして、通常、霊体がそこまでのエネルギーを持つことは稀であり、そこには必ずなんらかの要因が存在する」

「それって、死霊でも生霊でもそういうものなの?」

「基本的には同様だ」


 長ちゃんは私としおさばさんの様子を順番に確認して、また続けた。


「しかしそうだな……生霊、要するに生者の霊体の場合、現界に干渉できるほどのエネルギーを霊体が持つことは、死霊以上に稀だ。

 生者の霊体が自身の肉体を離れるには、それ自体にエネルギーが必要となる。生者である限り、肉体と霊体は“紐”と呼ぶもので繋がっており、常に肉体に引き寄せられているからだ。つまり、それに逆らった上で現界に干渉するには、より多くのエネルギーが必要となる」

「でも、菜都美さんの霊体が戻ってないってことは、菜都美さんの霊体は戻らないでいられるくらいパワーに溢れてるってこと?」


 もっと面倒くさい奴だった。

 もうあとは長ちゃんに丸投げしてもいいかな。

 そんなことを考えてしまう。


「それはどうだろうな」

「え?」

「本来であれば、その娘の霊体は身体に戻っていなければならない。未だ戻らんというなら、それ相応の理由もしくは原因がなくてはならない」

「ええと、原因て、あいつがなっちゃんをいじめたから?」


 しおさばさんが、やっぱりあいつをやっつけないとダメかな、と呟く。

 あのクズ男に天誅(くだ)して済むなら話はとても簡単なのだが、長ちゃんの口振りではそれじゃ済まなさそうだ。


「その程度では弱いな。死霊ならともかく、生霊でそれは弱い」

「じゃあ、菜都美さんの愛情ゆえとか……マジで?」

「話を聞く限り、その娘自身が長期間にわたり、執拗に男に恨みを募らせていたわけではないのだろう? 愛情にしたところで、そこまでの執着を持っていたとも考えにくいな。何か彼女の愛情や執着を裏付けるものはあるのか?」

「いや……なさそう、な? しおさばさん、菜都美さんがあのクズ男好き好き大好きとか言ってたことあった?」

「もう別れたほうがいいかなって言ってたよ」


 私としおさばさんは顔を見合わせる。

 たしかに、昨夜は置いてきぼり酷いと募ってはいたが、好きとか恨むとか、そういうのはあんまり……?


「つまり、娘が身体に戻らないのは、男に対するなんらかの感情からエネルギーを得て自主的に離れていることが理由ではない、というのが私の見解だ。

 男以外の別なものに要因があるのだろう」


 私もしおさばさんも、長ちゃんの唱える説に、ただぽかんとしてしまう。

 白妙さんは最初から聞く気はなかったという態度で、漣さんを相手にのんびり羊羹を肴に茶を飲んでいる。


「――長ちゃん」

「なんだ」

「もっと短く端的にまとめると?」


 長ちゃんの眉がぴくりと動く。

 だが、長ちゃんは諦観混じりの溜息をひとつ吐いただけだった。


「――勇者アキに理解できるよう言うなら、“男はどうでもよくて、他に別な原因があって身体に戻れずにいるだけではないか”だな」

「えー!? マジでー!?」

「可能性としては至って妥当なものだぞ。むしろなぜ思い付かないのか不思議なほどだ。勇者アキはもう少し真面目に魔法学を再履修すべきだろう」

「再履修はパス。てことは、もう一度原因調べ直しってことかあ!」


 あー! と叫んで頭を掻き毟る。

 いきなり暗礁に乗り上げた気分だ。あのクズ男以外に、いったいどんな理由があるっていうのか。


「しおさばさん、何か心当たりある? 菜都美さんが思い詰めそうなやつ」

「わかんない」


 しおさばさんも大変なことになったという空気を察してしょんぼりと項垂れる。


 もちろん、私に思い当たるようなものは何もない。

 病院で母親に聞くのも無理だろう。

 娘さんが生霊として迷ってるんですが、何か理由に心当たりはありませんか?

 なんて聞いた瞬間に、ふざけてんのかと殴られてもおかしくない。


 はあ、とまた長ちゃんが溜息を吐いた。


「勇者アキ、何のために私を呼んだ」

「何のって」

「理由など、本人に問いただせば良いだろうが」

「え?」


 またぽかんとする私に、長ちゃんは馬鹿かとでも言いたげな顔で目を眇めた。


「私をなんだと思っている?」

「まさか長ちゃん、生霊と話できるの?」

「なぜできないと思うのだ」

「……やったー! さすが我らが長ちゃんだ!」


 普通は幽霊と話なんてできないよと言い返すことも忘れて、私は万歳をする。

 私に釣られたしおさばさんも、にゃああんにゃああんと鳴く。


 万事休すからの逆転ホームランという気分じゃないかと、私たちはさっそく、昨夜のパーキングへと向かった。


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