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事件2.黒歴史なんて笑い話にすればいい/前篇

「明日の案件は、珠緒さんのところと共同になります」

「珠緒さん珠緒さん……ああ、あの化け猫ギャルのタマちゃんか。じゃ、いっちゃんとなんだね」

「はい」

 明日はちょっとたいへんな案件になりそうだな、と白妙さんの持ってきた資料を眺めながら考える。


 タマちゃんというのは、珠緒という名前の見た目ギャルっぽい化け猫だ。もちろん、(あやかし)サポセンの職員でもある。

 彼女が組んでいるいっちゃんは、たしか先祖が結構優秀な巫女だとかなんだとかでスカウトされたらしい。ちゃんと人間なのだが優秀な“言霊使い”であるという触れ込みで、以前、案件に共同であたることになった時に紹介された。

 神職でもないのに祝詞(のりと)をがっちり使いこなし、浄化とか鎮めとかはお手の物。私はどっちかというと叩いて潰すほうなんだけど、彼女は宥めて鎮めるほうというわけだ。


 で、明日の案件では、どちらかというといっちゃんが主体となる予定だった。なんせ、「鎮守の(ほこら)が適当に移されてしまったおかげで、悪い気がどんどん集まってしまったんですよ。それを浄化し、今後に向けて状況を改善するのが明日の案件です」ということなので。

 既に、妖たちは影響されるのが怖くてうかつに近寄れないところまで澱んでいるらしい。つい数日前には、その鎮守の祠から半径5kmくらいに住む妖たちに避難勧告も出したのだとか。

 妖にも避難勧告とか出すものなのか。

 年寄り連中は避難なんて嫌だと暴れたらしいが、近隣の力ある妖が協力して「一時的なものだから」と無理や……説得し、どうにか退避したのだとか。

 たいていの妖は、基本的に土地に憑くものだというし、気持ちはわからないでもない。だから、彼らの安住の地を取り戻すためにも、なる早でそのあたりの浄化をしなきゃいけない。


「少し困っているのが、あまり近くによると私や珠緒さんでも少し危なさそうなことなんですよ」

 眉尻を下げて、白妙さんが溜息を吐く。

「亜樹さんと(いつき)さんのおふたりは問題ないと思うんですが……」

「まあまあ」

 私は笑ってパンパンと白妙さんの背中を叩いた。もっと大船に乗ったつもりで任せてほしい。

「変な話、いっちゃんと私ならパーティバランスもいいし、大丈夫だって。まさか魔王クラスの変化だの化生だのが出るわけでもないんでしょ?」

「ええ、まあ、おそらくですが」

「なら、いっちゃんと現地調査しつつ片付けるよ。なんとかなるって」

「そうですか?」

 白妙さんはどことなく不安そうだが、なんたって勇者セットも健在だ。魔王が相手ならともかく、そこらの一般魔物相手に負ける気はしない。

 だが、うんうんと頷く私に、白妙さんは小さく吐息を漏らす。

「亜樹さんて、なんだかんだ言って脳筋ですよね」

「え、そう? 歌って踊るのはちょっと無理でも、剣も魔法も使える万能タイプだから脳筋と違うと思うんだけど」

「いえ、なんといいますか、思考の傾向が物理に寄ってるといいますか」

「そんなことないって。白妙さんの気のせいだよ。たまたま物理有効なのが続いてるからそんな気がするだけだし」

「そうでしょうか」

「そうそう。なんでも力押ししようなんて考えないって」

「はあ、そうだといいのですが」

 なんで白妙さんはそんなに懐疑的なんだ。




「わあい、あっちゃん久しぶりぃ!」

「タマちゃんも久しぶりぃ!」

 会うなりぴょーんと飛びかかってきたタマちゃんを受け止めて、ぎゅう、と抱き締める。タマちゃんは化け猫だけあって抱き心地最高なのだ。今度また猫耳尻尾姿になってもらわねば。


 ついでに言うと、タマちゃんはいつも通りのミニスカニーハイブーツ姿だった。これで山の中も平気でガンガン歩くんだから侮れない。アイメイクもネイルもバッチリ、バサバサのつけまにはボールペンまで乗っかりそうなギャルっぷりである。


「亜樹さん、白妙さん、今回もよろしくです」

 タマちゃんのノリに苦笑しながら、いっちゃんがぺこりとお辞儀をする。一重瞼の切れ長の目だしスレンダーだし、服装もマニッシュというよりボーイッシュだし、相変わらずクール系少年な見た目なのに私よりちょっと年上の女性とか、この人もつくづくおいしい人材だ。

 だが、いっちゃんはこう見えて意外にアウトドアに慣れている。今回もしっかりとウィンドブレーカーを着込んで足元も山用のトレッキングシューズだし、軍手塡めてストックまで持っている。

 腰にぶら下げた小さなペットボトルは、たぶん前にも持ってきていたのと同じ、お清め用の日本酒だろう。

 ちなみに私は既に勇者セット装備済みだ。

「じゃ、行きますか。白妙さん、タマちゃん、行ってきまーす!」

「行ってきますね」

「はい、お気をつけて」

「がんばってねえ!」




 がさがさと藪を掻き分けつつ、ふたりで獣道みたいなところを進む。先頭はもちろん私だ。


「いっちゃん、気配はどう?」

「まだ遠いはずだけど、それでもここまで結構な強さで伝わってくるから、これは本当にやばそう」

「ふうん」

 私はちょっと鈍感なほうだし、全然そんな気配なんて感じないのだが、いっちゃんにははっきり感じられるらしい。獣道の先を目を眇めて睨むように「急ごう」と低い声で呟く。


 いっちゃんがこれで本当に少年だったら、絶対お姉さんたちがほっとかないと思うんだけどな、もったいない。

 もしそうだったら、もちろん私もほっとかないところだが。


「いつも思うんだけど、重くないの?」

「ん? 鎧?」

 がっしゃんがっしゃんと、割とやかましい音を立てながら藪を漕いで進む私に、呆れたようにいっちゃんが尋ねてくる。

「あんまり重くないよ。軽量化の魔法もかかってるし、あっちで当代いちの名工が気合入れて作ったやつだから、バランスもめちゃくちゃ良くって見た目よりかなり動きやすくできてるんだよね」

「それにしたって、限界はあるでしょう?」

「まあ……あとは、3年近くほとんど付けっ放しだったし、さすがに慣れたってのもあるかな」

「え、付けっ放し?」

「うん。夜中でも容赦なく襲われるからさ。

 だいたい、屋根のあるところで寝るか水浴びする時くらいしか脱げなかったんだけど、屋根のあるところなんてめったに泊まれなかったし。後半なんて水浴びできるような川もないからね。

 なんと、魔法使いが出す水頼みだったから、剣道部の防具も真っ青だ」


 あの頃の自分の状態ははっきり言って黒歴史だ。

 間違っても嫁入り前の若い娘がするような格好でも、とても人前に出ていい格好でもなかった。もう一回やれと言われても、断固お断りだ。

 相当酷かったはずだけど、それ以上に襲ってくる魔物のほうがウザくってそれどころじゃなかったんだよなあ。


「あ、でも、この鎧、こう見えて快適に寝られるような魔法も掛かってるんだよ。すごいでしょ。最初の頃、あんまり寝られなくてキレたら、魔法使いががんばってくれたんだ。いい仕事してくれたよ」

 いっちゃんはやっぱり呆れた顔だった。

「……亜樹さんて、元勇者だったんだっけ」

「うん。あっちじゃ皆が寄ってたかってそう呼ぶし、なんていうか、ノリと勢いでそうなっちゃったみたいな?」

「……私、雪の中で放置されて、ああもう死んじゃうのかなって思ったことがあるんだけど、勇者ってそれ以上なんだね」

「っ、え!?」

 藪を掻き分けながらいっちゃんがぽつりと言うのを聞いて、私は慌てて振り返る。何だそれ虐待!?

「ちょ、待って何それ。絶対そっちのほうが辛いって! 私、死ぬかもなんて思ったことないし!」

「いやいや、すぐ助けてもらってその時だけだったから。だけど、3年もそんな生活してた亜樹さんてすごいなって。それを平気で話せるところもすごいと思う」

 くすくすと笑ういっちゃんに、私はなんか変な顔になってしまった。




「さて、と、そろそろかな」

「うん。このあたりからだいぶ濃くなってる。ここらあたりから浄化していかないと駄目かな。少なくともいっぺんに全部は無理」

「オッケー、じゃ、始めようか」

「うん」


 いっちゃんが軍手を脱いで、腰に下げてたペットボトルをひとつ取った。口に含んで辺りに霧のように吹き付ける。

 私は蛇神斬りを抜き放ち、油断なく身構えた。そこら中に敵意が漂っていて、こんな気配は久しぶりだ。


勇者(マスター)、今日はどうするの?』

「来たやつ斬る。超シンプルに!」

『はあい』


 パァンと、いっちゃんの柏手(かしわで)が辺りに響き、しん、と静けさが呼び込まれる。いつもながらに見事だ。なんせ、いっちゃんの柏手一発で弱い魔なら吹っ飛んでしまうほどなのだから、こんな瘴気なんて。


「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神

 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に……」


 朗々と響く祝詞が進むに従って、あたりから嫌な空気……いわゆる“瘴気”というものが薄れていく。

「お、来たね」

 だが、木々の薄暗い影の中から、これまた影を固めたような不定形の黒いものが次々と染み出してきた。

『勇者!』

「非実体だね、よろしく!」

『任せて!』

 いっちゃんに向かって触手のように伸びてきた影を、蛇神斬りで叩っ斬る。なんせ影だ。普通なら斬ったところで何の手応えもないはずが、たしかに“斬った”という感触があるんだから、この剣はたいしたものだ。

「さあ、まだまだ来るよ!」

『はあい』

 次から次へと湧き出てくる影を斬り飛ばしながら、いっちゃんのお清めが終わるのを待つ。まだまだ序盤のこの場所でこうなんだから、中心がどうなってるかなんて考えたくない。

『勇者、腕衰えてませんね!』

「あったりまえでしょー!」

 久しぶりにほっといちゃ駄目なやつを相手に大暴れできて嬉しいのか、蛇神斬りも絶好調だ。あちこち走りまくり斬りまくりながら、集中を続けるいっちゃんをちらりと見やる。

『勇者、でっかいの来ます。左後方ね』

 蛇神斬りの呼び掛けに振り向いて目を凝らすと、確かに暗がりの中からでっかい何かが現れた。

「……鬼?」

 見上げるような一つ目の鬼が、片手にでっかい棍棒をぶら下げてふらふらと歩み出てきた。

 白妙さん、ここらの住人は皆避難させたって言ってなかったっけ? これ殴っていいやつなんだろうか。間違えたら、後が大変なんだけど。

『勇者、どうしますか? 殺したら白妙さんに怒られちゃいますか?』

「ん、ええと、あいつには鈍器でいこう。影は斬ってもいいけど、あいつは斬らないように。そこらの調整は任せる」

『はあい、がんばります!』

「頼むね!」


 私は剣を構えて、走り出した。




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