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事件10.穢れ祓い(物理)で行こう/後篇

「やっと、ゴールが見えた……かな」

『幻ではありませんね』

「やっと、かあ」


 私も滝沢さんもかなり消耗していた。体力はもちろん、ここに至るまでにあった諸々の面倒な妨害のせいで、精神も削れていた。

 幻覚でも何でもなく、あそこが間違いなくゴールであるという“蛇神斬り”のお墨付きをもらって、ようやくほっと息を吐いた。


 麓から頂上まで、遠回りの参道でもほんの数百メートル程度の距離なのに、到着した時には数時間経っていた。感覚がおかしかったのはもちろん、物理的にも時間が経っていたのだ。

 妨害も多かった。倒れ込む木を避けたり、道に迷わされたり……そのたびに“蛇神斬り”や滝沢さんの祓いでなんとかしてまた少し前に進むという、いわゆる牛歩状態だ。


 だいたい、牛歩だろうがなんだろうが前に進んでしまうことには変わらないのに、なぜそんな無駄な努力をしようという気持ちになるのか。そんなことにエネルギー使うなら、まっとうに正面から来い。




 頂上にあったのは、小さな鳥居と小さな祠だけだ。

 鳥居は石だが、刻まれた文字はかなりすり減ってぼんやりしている。鳥居があるということは神社なのだろうが、社名もろくに読めないほどだ。


「――白妙さんから、連絡来ないなあ」


 ここの由来を調べてくれているはずだが、スマホには何も連絡が入っていない。


「もしかしたら、妨害で連絡できないのかも」

「あー、ありそうですね」


 都合良く電波が圏外に、なんて事象はこの手の怪談の定石だ。

 神仏にしろ妖にしろ、いったいどうやってるのかはわからなくても、電波の届き具合やらを操れることは確かだ。長ちゃんなら、きっと魔術的にどーたらこーたらと解説してくれるのだろうけど……聞いても理解できる気はしない。

 と、鳥居の文字をじっくり調べていた滝沢さんが「富士見堂?」と呟いた。


「富士見堂ですか?」

「うん、そう読めるんだけど……富士見ってことは、浅間神社の末社ってところかな?」

「浅間神社?」

「簡単に言うと、霊峰富士を火山として神格化して祀った神社だよ。此花佐久夜毘売(このはなさくやびめ)を祀ってることもあるけど……たぶん、ここの祭神は火山である富士山のほうじゃないかな」

「へえ」


 富士山が見える場所に多いんだ、と言いながら、滝沢さんは鳥居から内側を覗き込んだ。お堂の周囲は小さな境内のようにちょっとした広場になっている。


「溜まってるなあ」

「そうですね……」


 いつか……今、社宅として使っている家屋の掃除の時に見たような、おどろおどろした雰囲気が、そのお堂の周辺に満ちていた。いや、周辺というか、鳥居の内側、境内の中に、だ。

 夜はあまり来たくないような、なんなら昼間でもちょっと嫌だと、私にも感じるくらいビンビンに漂っている。

 仕事じゃなきゃ、死んでもこんなところには近寄りたくない。


「やっぱりあのお堂が中心だね。長年受け皿にされてきたから、溜まりやすくなってるんだろうけど……」

「前に言ってた、“場がそういうものになってる”ってやつですか」

「そうそう。溜まりやすくなってるから祓う必要があったのに、こっちの事情でサボってたからねえ」


 話しながら、滝沢さんがボディバッグからあれこれと神具を取り出した。大麻(おおぬさ)だの御神酒だの榊だの……手っ取り早くベルトに差して準備をする。


「一応、こっちも祓いのフォローはするから、桜木さんは存分に青竹で叩いてきてくれるかな」

「了解です。まかせてください。もしやばいと思ったら、滝沢さんはさっさと撤収してくださいね。私だけならたぶんなんとかなるので」

「そうならなければいいけど――桜木さんも、無茶はしないで」

「はい」


 私は腰に下げた“蛇神斬り”を確かめて、それからしっかりと青竹を握り直すと、境内の中へと一歩踏み込んだ。



 * * *



「あとひとつ回ったらおしまいだから、がんばろうね!」


 “ガラ竹さん”で回る祠や地蔵尊は十箇所に足りない程度の数だ。大人ならほんの一時間もあれば終わってしまうような行事だろう。

 しかし、いかんせん幼児である。

 もうそろそろ二時間に及ぼうかという長い時間が経っている。休みを取りつつのゆっくりだったとはいえ、そろそろ疲れたり飽きたりでぐずり始めた子供たちを、先生たちはどうにか騙し騙し歩かせて、最後の祠へと歩いていた。


「レフくん、どうしたの?」

「ん……」


 どこか落ち着き無く周囲を見回すレフに、小太郎が不思議そうに尋ねた。“ガラ竹さん”が進むにつれて、レフのようすがおかしくなってるように思えたのだ。


「なんでもないんだけど……なんか、へんなかんじがするの」

「へんなの?」

「おに?」


 首を傾げるレフに、小太郎も翔太も揃って同じように首を傾げた。


「わかんない」


 どうにも、背中の毛がぶわっと逆立つ時のような、嫌な気配が消えないのだ。

 今、狼の姿だったら、きっと尻尾や首の毛までぶわっと逆立ってまん丸になっていただろう。この場に母狼や父狼がいれば、こんな時どうすればいいのかを教えてくれただろうし、亜樹がいればこんなに不安にならないのだろうが……。

 ついつい、ぐるぐると唸る声が喉から漏れてしまいそうで、レフはぎゅうっと眉根を寄せた。


「はい、最後のお堂に着きましたよ-! 先生がお供えをしたら、皆でお祈りしましょうね」

「はあい」


 これが最後だと思ってか、子供たちは元気に返事をする。

 引率の一番年かさの先生が青竹の筒を藁縄で吊して御神酒を満たす。


「はい、お祈りですよー!」


 パンパンと手を鳴らす先生たちの真似をして、子供たちも柏手を打つ。これまで何度も繰り返してきたおかげで、子供たちの礼も揃っている。


「レフくん、ちゃんと、かしわでやらないと」

「う、うん」


 隣からそっと囁かれて、レフは気もそぞろながら頷いた。

 ここに着いてから、どうにも、あの小さな祠から目が離せない。どうにも、あの祠がだめだという警戒心が膨れ上がって――ハッと、レフは目を見開いた。

 魔法使いが幻術を掛けてくれていなければ、思わず出てしまった狼の耳や尻尾を見られていたかもしれない。


「レフくん?」


 レフの目には、なんだかよくわからない、渦巻く煙のような影が映っていた。ここまで立ち寄った地蔵尊や祠には、こんなもの、憑いてなかった。

 たしかに、“鬼”と呼ばれるようなよくない気配はあったけれど、皆で青竹で叩けばあっさり退散するほど弱いものだった。

 でも、ここに溜まっているこれは、今までよりもずっと強い“鬼”で……。


「あきちゃん、ぼく、どうしよう……」


 ヘタに叩けば怒り狂って皆に酷いことをするんじゃないだろうか。

 けれど、ここは“鬼”が強いから危ないなんて言ったところで、先生や皆が信じてくれるだろうか。レフだって、ここにいるのは皆人間で、人間が妖なんて信じないことくらい知っている。

 でも、大好きな友達や先生が危険な目に遭うのは見過ごせない。

 それに亜樹は仕事だ。ここに来れるわけがない。


「ぼ、ぼく、さいしょにいくね!」


 レフはぐっと青竹を握りしめて、前へ飛び出した。「ガーラ竹さん!」といつものおまじないを唱えながら、思い切り青竹を振りかぶる。


「レフくん!」


 先生が慌てた声を上げるけれど、レフはそれに構わず渾身の力で小さな祠を叩いた。石で作られているから、レフの力で叩いてもきっと大丈夫だ。


 先生の合図も無く叩き始めたレフを戸惑いつつもぽかんと眺めていた子供たちは、すぐにわっと歓声を上げて叩き始めた。

 皆思い思いに「ガラ竹さん」と唱えながら青竹を振り回す。

 通常なら二回――先生の合図で始めて、おまじないを二回唱えながら叩けば終了だ。だが、レフは二回どころか何度も何度も叩き続けた。子供たちが手を止めようとするたびに、「もっと!」と叫んで、皆を巻き込んで叩き続ける。


 なかなか“鬼”が出ていかない。

 でも、このまま何度も叩けば、ここの“鬼”も追い出せるはずだ。だって、レフが叩くたび、“鬼”は怯んで薄くなっているのだから。


「レフくん、もうお終いよ。園に戻るから並んで」


 唖然としながらもどうにかレフと止めようと触れた先生の手を振り払い、レフはキッと睨むような顔で振り返る。


「せんせい、まだおにがのこってるよ。このままだとあぶないんだよ」

「レフくん? ガラ竹さんはもう二回やったでしょう」

「ぜんぜんたりないんだよ。もっとたたかないと、おにがでていかないよ」


 この群れには雌と仔だけで雄がいない。たぶん、仔狼であっても自分がこの群れでいちばん強い。

 なら、この群れを率いるのも危険から守るのも、自分の役目だ。


「――だから、みんなももっとたたいて」


 レフの金目(ウルフ・アイ)がきらりと輝いた。

 子供たちも先生たちも、皆、しんと静まって……それから、また子供たちが青竹を手にわあと声を上げる。「ガラ竹さん! ガラ竹さん!」とひときわ大きな声でおまじないを叫びながら、ガラガラガシャガシャと盛大に祠を叩き始めた。

 先生たちも、なぜかそれ以上咎めることもできず、ただただ呆然と子供たちを見守るだけだった。



 * * *



「やっと、終わった……?」


 ぜいぜいと肩で息をしながら振り返ると、滝沢さんも脚を投げ出して座り込んでいた。周囲には空になった酒瓶やらぼろぼろになった大麻(おおぬさ)やらが転がっている。


「とりあえず、きれいになったかな」

「あーもう、しんど……十年で溜まり過ぎたんじゃないかな。しかも青竹一本しかないし、これで間に合わなかったらどうしようかと思ったよね」


 私も、もう手元まで割れてしまった青竹の棒に目を落とす。先は割れて粉々になって、使い古したほうきのようにバサバサだ。こんな限界まで使い倒してそれでもダメなら“蛇神斬り”を抜くしかなかっただろう。

 やれやれと亜樹も座り込もうとした――ところに、鞘におさめたままの“蛇神斬り”がいきなりブゥンと唸った。


「え?」

勇者(マスター)、魔王です。魔王が来ます』

「ちょ、待って。魔王? なんで?」

「――桜木さん、やばい、お代わりだ」

「お代わり!? 待ってよ、青竹もう使えないよ!?」

『勇者急いで、もう来ます!』


 滝沢さんが、“蛇神斬り”の警告に一拍遅れて空を振り仰ぐ。私はチッと舌打ちをして、背に腹は変えられないと“蛇神斬り”を抜いた。

 滝沢さんもどうにか迎え撃とうとボディバッグの中を探った。けれど、「ごめん」と、ほんの少しだけ残っていたなけなしのお酒を周囲に撒いて軽く柏手を打つと、鳥居のところまで引っ込んでしまう。


「これが最後の酒。俺、この後はもう足手まといにしかならないや」

「わかりました。あとは私がなんとかします。まだ“蛇神斬り”は元気なんで、まかせてください」

『まかせてください!』


 吸い寄せられるように飛んできた“蛇神斬り”言うところの「魔王」は、もちろん、本物の魔王にはるか及ばないほどの瘴気でしかなく……やっと自分の出番だとはしゃぐ“蛇神斬り”に、秒も掛からず消し去られてしまったのだった。



 * * *



 無事仕事も完遂できたと綾織姫に報告し、白妙さんの車に拾ってもらった時には、もうお迎えの時間だった。

 ちなみに、私や滝沢さんの予想どおり、白妙さんはあの瘴気だか何だか判らないものの妨害でどうしても電話が繋がらず、連絡が取れなかったのだ。

 とはいえ、あの短時間じゃ、たいしたことは調べきれなかったのだが。




「あきちゃん、ぼく、がんばったんだよ」


 ついでだからとそのまま迎えに行って……園から出てきたレフくんの第一声がそれだった。レフくんにしては珍しく、ふてくされてもいるようだ。


 ちょっと顔を引き攣らせた先生に、今日の“ガラ竹さん”のできごとを聞かされ「おうちでも、お母さんからちゃんとお話してくださいね」と念を押されての帰り道である。

 予想外につよい“鬼”がいたからがんばったのに、先生から「どうして勝手なことをしたの?」と叱られて、どうにも納得がいかなかったのだ。


「うん、大丈夫。わかってるよ。レフくんががんばったから、“鬼”が逃げてったんだもんね」

「うん」

「今回はちょっと運が悪かったんだよ。先生たちには“鬼”が見えないし、皆がレフくんみたいにわかるわけじゃないから」

「うん」

「よし、じゃあ今日は、がんばったから焼き肉食べに行こうか」

「――やきにく!」


 とたんにレフくんが顔を上げてにこっと笑った。

 焼き肉であっという間に機嫌が直るんだから、レフくんはかわいい。


「あー……なるほど、キャパオーバーで集めきれなかった分が、ひとつ前にも溜まってたんだね」


 やはりついでだからと同乗していた滝沢さんが、「盲点だったなあ」と頭を抱える。わかっていたらもう少しやりようがあったのに、と。


「まあ、結果オーライですし。次から溜めるのは無しって綾織姫さんも言ってたから、もうそういうのはないでしょ」

「綾織姫様が、来年も亜樹さんに頼みたいと言ってましたしね」


 定例案件なのでしっかり確保しましたからと、白妙さんがほくほく笑う。


「え。マジで? あそこなんか嫌だから、もう行きたくないんだけど」

「ご指名ですから、来年もよろしくお願いします」


 白妙さんはやはり狐だ。こういう時でも抜け目がない。


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