事件10.穢れ祓い(物理)で行こう/前篇
コトの発端は、「ガラ竹さん」と地元の人々が呼ぶ厄払い祭事だった。
その祭事については、レフくんからも聞いていた。
レフくんの通う保育園および幼稚園は、妙海寺の付属である都合上、若干の宗教的な行事を行うことがある。
そのひとつが、“ガラ竹さん”なのだ。
「ガラ竹さんかあ……どんな行事なの?」
「ええとね、たけのぼうで、おじぞうさまをたたくんだよ!」
は? お地蔵さんを叩く?
竹でお地蔵さんを叩くことがいったいどうして宗教行事になるのかと首を傾げる私に、レフくんが「おうちのひとに、これみせてって」とお知らせペーパーを出した。
由緒正しき“ガラ竹さん”なる行事の由来が書かれたお知らせペーパーだ。
ふむふむと読めば、どうやら、この地域に住む地元民なら誰でも知ってるようなものだったらしい。
青竹は榊のように邪気を祓う植物でどうたらこうたら、それで神様を叩くとそこに憑いていた邪気や穢れを祓うことになってどうたらこうたら……つまり、端的にまとめれば「厄祓い(物理)」ということか。
レフくんは、“ガラ竹さん”がとても楽しみだという。当たり前だ。青竹で地蔵尊をぶっ叩くなんて、通常なら怒られることなんだから。
「あのね、たけのぼうがさいしょにわれるとかちなんだよ」
「え、競争なの?」
「みんながいってた」
そりゃ、力いっぱい石に叩きつければ青竹なんてすぐ割れるだろう。しかしそれはある程度力があればの話ではないか。
保育園児が青竹割るには、相当なパワーが必要なんじゃないだろうか。たしかにレフくんなら、並の園児より遙かにパワーいっぱいだろうが。
「わかったけど、ほどほどにね。あんまり力いっぱい叩いたら、お地蔵さんも痛いだろうし」
「うん!」
その後も、運動会以来仲良くなったコタくんやしょうくんと、誰が一番最初に竹が割れるかを競争するのだと、レフくんは楽しそうに話していた。
* * *
そして、今日の呼び出しである。
ここは綾織神社の社殿の一角にある、小さな会議室のような部屋だ。白妙さんと並んで座る私の前に、神使の金波がそっとお茶を出す。菓子鉢にあるお菓子は、銀波が先日の物産展で仕入れたどこぞの銘品だろう。
ちなみに、私と白妙さんだけでなく、滝沢さんと水凪さんも一緒だ。
「勇者殿は“ガラ竹さん”って知っているでしょう?」
「はい。保育園のお知らせペーパーも読みましたし。今日これからでしたっけ?」
「ええ、そうなの」
「おもしろい祓い方ですよね。その発想はなかったなと感心しました」
うなずく滝沢さんに、綾織姫はにっこりと微笑んで上品にお茶を啜る。
さすが元武家の姫様だけあって、素人目にもきれいな所作だ。
「わたくしの実家の何代か前のご先祖が、辻守りのお地蔵様に憑いた悪いモノを見かねて、折り取った青竹でそいつを叩き出したのが最初だって聞いたわ」
「……ええと、姫様のご先祖なら、武家の方だったんですよね」
「そうなの。きっと血の気の多い方だったのね」
「はあ」
綾織姫は、なんでもないことのようにふふっと笑う。“武家の姫”だった綾織姫にとってなら、たしかにそう珍しいことでもなかったのだろうが。
「今年は天災が多かったでしょう? 良くないものがたくさん溜まってしまったようなのよね。時代が時代なら、夜を徹しての加持祈祷やら御仏の建立やらで穢れを祓ってるところなのに、今はそんなことしないものだから」
「たしかにそうですね」
「だから、勇者殿にお願いしようと思ったのよ」
「はあ……」
なんで勇者だから私なのだろうか。やっぱり物理繋がりだろうか。
曖昧に頷くと、「勇者殿なら絶対間違いないものね!」と、綾織姫が後ろに用意しておいたらしい青竹を取り出して、ずいと差し出した。
「わたくし、勇者殿のためにこれを清めておいたの。これでしっかりと祓ってきてちょうだい。よろしくお願いね」
受け取った青竹は、綾織姫のパワーを受けてとても力強く神々しく輝き……なんてことはなく、どう見てもただの青竹だった。
これで大丈夫なんだろうか。
場所の説明……主に、その場をどうにかする際の注意事項なんかを聞いたあと、社殿を後にしながら受け取った青竹を二、三度ぶんぶんと振ってみた。
手元が滑りそうなので、布でも巻いたほうがいいかもしれない。
「滝沢さん、この青竹ってどうですか?」
「え、どうって?」
「なんかこう、スペシャルなパワーとか感じます?」
「まあ……ちょっとお清めパワーは上がってる……かな?」
滝沢さんも困惑しているようだった。
そもそも、そのお祓いとやらも青竹じゃなきゃいけないのだろうか。
「これでやれるだけやってはみたほうがいい……のかな?」
『今回、私の役目はないんですか?』
“蛇神斬り”の声はやや不満げだ。自分なら穢れだろうが怨念だろうが何だって斬れるという自信故の不満だろう。
「そんなにふてくされないでよ。綾織姫がこれ出したのはたぶん意味があるんだろうし、いざとなった時の頼りは“蛇神斬り”なんだしさ」
『――しかたないですね』
腰に下げた“蛇神斬り”は、しぶしぶといった調子で黙り込む。
その間に、集中するようにじっと目を閉じてた滝沢さんが「うーん」と唸る。
「調査の時間が足りないのがなあ」
「調査ですか?」
「たしかに、綾織姫の言う場所に良くないものがあるなというのは判るんだ。でも、綾織姫もそこが何だかわからないって言ってただろう? せめてこの辺りの地誌やら風土史やらが調べられればなと思って」
「そういうのって、知ってたほうがいいんですかね」
私は今ひとつピンと来なくて、首を傾げる。
「由来が判っていたほうが、対策を立てやすいですしね」
「お堂があるってことは、神堕ちしたやつかもしれないしね」
白妙さんも水凪さんも、どことなく不安げだ。
「――まあ、最悪斬って封じればなんとかなるって。滝沢さんもいるんだし」
「亜樹さんの言うような、雑な対処だと後々まで響くんですよ。この辺りのパワーバランスだってあるんです」
「そんなものあるんだ?」
白妙さんが呆れた顔で溜息を漏らした。
「いつも“殺さずに”と注文しているのを何だと思ってたんですか」
「え、そりゃ単純に、むやみに殺すとかは罪になるからじゃないの?」
「力のあるものが周辺に及ぼす影響は意外に大きいんですよ。力の善し悪しに関わらず、その影響があってこそ平穏が保たれていることも多いんです。それを何も考えず取り除いたりしたら、大きな反動が起こります。
亜樹さんは、津波が起こるしくみを知らないんですか?」
「……あー、なんとなくわかった」
地震やらで海底の地形が変わると、その影響で海面が盛り上がって……だったっけ? 海面からは全然見えない地の底水の底の出来事が地上にものすごい影響を及ぼすことは、さすがの私でもよく知っている。
「ともかく、由来が判らないのであれば、綾織姫のおっしゃる方法で祓うのが一番ですよ。滝沢さん、よろしくお願いします」
「はいはい。亜樹さんが強いのもその剣がすごいのもこの前の案件でよくわかってるけど、今回は押さえていこう」
「わかりました、ってば」
滝沢さんに笑いながら追い打ちをかけられて、私も“蛇神斬り”も、これはもうおとなしく青竹物理で行くしかないなと思う。
でも、滝沢さんは、はっきりしないという由来がやはり気になっているようだった。ちらりとお堂の方を見やったあと、少し考えるような素振りを見せる。
「ただ、判らないままっていうのも不安だし……白妙さんと水凪さんで、そのお堂周辺のことを調べてくれないかな。綾織姫が知らないってことは、神社や妙海寺には記録がないんだろうけど、図書館あたりに何か残っているんじゃないかと思うんだ」
「わかりました。では、私と水凪さんはお堂までついてはいけませんし、そちらを手分けしてあたりましょう」
「うん、任せといて」
神社から少し離れた場所にある保育園から、子供たちの歓声が聞こえる。
そろそろ、“ガラ竹さん”に出発するのだろう。
「白妙さんも水凪さんも、なる早でおねがいね」
「はい」
案件の期限は今日の日没までだ。
私と滝沢さんは、妖ふたりと別れてお堂に向かった。
※“ガラ竹さん”について、実際の行事を元ネタにしておりますが、名称と由来については適当な創作です
 





