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妖サポートセンター  作者: 銀月


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閑話:勇者と運動会のラスボス

 空が気持ちよく青い。

 多少高くなったとは感じる。だが、この青さはまだまだ夏だと主張する夏空の青さだ。そこにひとつふたつ申し訳程度に雲が浮いている、文句なしの快晴だ。


 お彼岸を過ぎて多少マシにはなったけれど、今日も暑くなりそうである。

 園庭には熱中症防止を兼ねて、小さなトラックを囲むように日除のテントが張られた保護者席。その外側にも、持ち寄ったテントがちらほらと置かれたやっぱり保護者席。

 園が用意した保護者席は、園児ひとりに対して父母ふたり分だ。それ以外は外側の邪魔にならないところで観戦くださいというのが、この保育所および幼稚園の運動会ルールだった。


「あっついねえ。鎧着られれば涼しく過ごせるんだけどなあ」

「雛倉様が、今日だけは雨が降らないようにしたとおっしゃってましたから」


 凍らしたペットボトルをタオルに包んで、首を冷やしながら園庭を眺める。暑いので、短パンにTシャツとラフで涼しい格好だ。(さざなみ)さんも、いつもとは違う七分丈のパンツにTシャツと、洋装である。

 向かいにある園児用のテントでは、しっかりと運動帽をかぶった幼児がちょこちょこと走り回っていた。こっちを見て手を振る子もいる。


 今日は、レフくんの通う保育所と幼稚園の、合同運動会なのだ。


「コタくんパパってのが、去年の運動会じゃ圧倒的だったんだってさ」

「けれど、今年は勇者殿が圧倒的に勝つのですよね」

「もちろん、そのつもり」


 帽子をかぶっているせいか、幼児の群れの中でレフくんがどこにいるのかよくわからない。金の髪さえ見えれば一瞬なのにとは思うが、思ったよりも皆に馴染んでいるようでもあって、ちょっと安心する。


 保護者参加科目は三つだし、本当の意味で競争になるのはひとつだけだ。

 チーム戦の親子玉入れと、お遊戯は数に入らないだろう。終了間近にある親子徒競走が、問題の科目だ。

 コタくんパパは、コタくんから聞いたレフくん曰く、熊のように大きくて力持ちらしい。親子徒競走でも、コタくんを担いでダントツの一等賞でゴールしたとか。


「まあ、担いで走るなら私も負ける気はしないけどね。リーチの分は回転力で稼げばいいわけだし」

「勇者殿、やる気に満ち溢れてますね」

「当たり前だよ。レフくんの晴れ舞台だもん」


 くすくすと笑う漣さんに、私も不敵に笑い返した。


「おはようございます、相川(あいかわ)小太郎(こたろう)の母です」

「あ、おはようございます。桜木レフの保護者の桜木亜樹です。こちらはいつも送迎をお願いしてる、社宅の漣さんです」


 隣の席に、おっとりした優しそうな雰囲気のお母さんが座った。

 たぶん私より十は上だろう。


「もしかして、コタくんのお母さんですか。レフからいつも話を聞いてます。仲良くしていただいているようで、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ……その、小太郎も、レフくんが入所してうれしいみたいで。あの子も、どうしてもちょっと浮いてしまうものですから」

「はあ……」


 浮く? と内心首を傾げる。

 なんだろう。

 保育所へ入るにあたり、ネットでいろいろとお母さんの悩み事みたいなものを漁ってはみたが……もしや多動傾向があるとかそういうことだろうか。


「サヤカ」

「あ、あなた」


 そこへ、ちょっと変わったイントネーションの声が掛かった。コタくんのお母さん……サヤカさんが振り向いて、にっこりと笑う。


「桜木さん、主人のバーナードです」

「相川バーナードです」

「へっ、あっ、桜木レフの保護者の桜木亜樹です」


 薄い茶髪に茶目の、どう見ても日本人じゃないおっさんだった。このバーナードさんがコタくんパパということか。

 もっと言えば、たしかに熊だ。間違いなく熊だ。おそらくは渓さんといい勝負以上の、高身長にガチムチという奴だ。

 漣さんもポカンと驚いている。

 にこやかに差し出された手を慌てて握り、握手を交わして、つまり小太郎くんはハーフってことかと納得した。

 純日本人ばかりの子供の中じゃそりゃ見た目は浮くだろうし、レフくんと仲良くなれるはずだ、と。


 だがそれよりも。

 このコタくんパパたるバーナードさんがラスボスか。

 パワーで勝つのは厳しそうだ。




 開会式で年長組の代表の子供が宣誓し、運動会が始まった。

 とはいえ、幼児の運動会だ。

 小学校ほど規律が取れているともいえず、どちらかと言うと皆できゃっきゃと騒ぐのか楽しくてあれこれやっているという雰囲気だ。

 たぶん、この運動会自体の目的も、幼児たちの発表会と保護者の交流を兼ねてるようなものなんだろう。

 競争よりも体操やらお遊戯やらが中心だし。


 保護者参加の玉入れも、ほとんど母親が参加して和やかに行われた。小さな子供を抱えて玉を入れさせる親とか、ふたりで一緒に籠目掛けて投げる親とか、どこかのんびりと和やかに、だ。


「あきちゃん、ぼくいっぱいれんしゅうしたんだよ! コタくんといっしよに!」

「よーし、玉拾いはこの勇者アキに任せて、レフくんはどんどん投げようか!」

「はあい!」


 コタくんはと見ると、玉入れに出ているのはやはり母のサヤカさんだった。

 あまり拾いすぎないよう、他の園児を邪魔しないよう、これくらいあればという数を集めて、レフくんにひとつずつ渡すと、レフくんはそれを上手に放って入れていく。さすが人狼族。身体能力は他の幼児よりも高いようで、おもしろいほどひょいひょい入れていった。

 この調子ならきっと親子徒競走もいけると、私は確信する。


 午前の締めの親子のお遊戯は、幼児番組でもガンガン流れているナントカ体操だった。正直、練習時間が取れなかった私はかなり残念な出来だったが、周りの保護者も似たり寄ったりだったので問題ない。


 お昼は渓さんが運んでくれる手筈になっていた。そして、予想通り余分な面々もぞろぞろと付いて来ていた。

 白妙さんはともかく、長ちゃんまで来るとは思わなかったが、ここでなければ昼食が取れないんじゃ仕方なかろう。

 そして、せっかく子供同士仲が良いのだからと、コタくん一家も誘って和やかに昼食を囲んだ。

 レフくんはコタくんと、ニチアサ特撮やら午後の競技やらあっちに飛びこっちに飛びしながらあれこれとおしゃべりをしている。

 サヤカさんもバーナードさんもどこか安心したような顔でふたりを見ているのは、「浮いてしまう」の言葉が表していたとおり、ずっと心配だったのだろう。

 途中からの入所だし明らかに見た目が日本人でもないし、どうなるかなという心配も、まずはクリアされた……と考えていいのかもしれない。

 というか、レフくんはコミュニケーション能力が高い子なのだ。心配ない。




 午後の競技は緩いお遊戯と、本命の親子徒競走のふたつだけ。その後閉会式をやっておしまいだ。

 お腹もくちくなったせいか、どうしても眠くなってしまった子もいるようで、なかなかのカオスである。


「よーし、じゃあ行ってくるわ」

「勇者殿、がんばってくださいませ」

「亜樹さん、魔法は禁止ですからね」

「わかってるって。そもそもそんな便利なの使えないってば」


 軽く身体を曲げ伸ばししつつ、私は集合場所へと向かう。レフくんはすでにスタンバイしていた。コタくんと並んでぶんぶん手を振っている。

 予想どおりというか、聞いていたとおり、同じクラスの子供同士で走るのだ。


「あきちゃん!」

「レフくん、がんばろう」

「うん!」


 すぐ後からは、バーナードさんもやってくる。コタくんが「パパ!」と飛び付くと、軽々持ち上げてしまった。

 さりげなく周りを見ると、ママさんはちらほらで、普段あまり運動はしてなさそうなパパさんが多数といったところか。

 やはりラスボスはバーナードさんだ。


「バーナードさん、負けませんよ」

「いやいや、今年も私がもらいます」


 にやりと笑うと、バーナードさんもにやりと笑い返してきた。


 列はだんだんと短くなる。子供の数はさほど多くないのだ。順番もすぐだろう。

 疲れてうとうとし始めた子を抱えて必死に走って行くパパさんやら、子供と仲良く手を繋いでゆっくり走るママさんやら、さまざまだ。

 先生の誘導に従って並んで、レフくんと手を繋いで、私はそっと囁いた。


「レフくん、よーいドンで私がレフくんのこと抱えたら、全力でしがみついてね。レフくんなら絶対落ちずにしがみついていられると思うんだ」

「わかった! ぼくがんばるね」


 いよいよ私たちの番だ。

 一度に走るのは八組。

 横一列に並んで、園庭の向こう側、五十メートルには足りないくらいの距離を走って子供と一緒にゴールするというのが、親子徒競走のルールだ。


 「位置について!」という先生の合図で、全員がスタートラインに並ぶ。

 「ようい!」で身構えて……パン! というピストルの音で一斉に子供を抱えて走り出した。レフくんがぎゅうっとしがみ付く。


「よーし、その調子だ!」

「あきちゃんすごい! はやい!」


 今日のため、ここ一週間は鎧を着込んでのダッシュ練習までやったのだ。


 わーっとはしゃぐ子供達の声が響く。視界の端には、意外に真剣に走るパパさんたちが映って……あれ、と思う。

 バーナードさんとは互角だ。パワーとリーチはバーナードさんだが、回転力は私のほうが上だろう。

 だがしかし――


「え?」

「わあ! しょうくんのパパはやーい!」


 どこかひょろっとしたパパさんが、子供をしっかり抱えてぐんぐんとスピードを上げていく。あっという間に抜かされて、しまった、これは素の速度が速い人だ、と思った時には勝負がついていた。

 一等のテープを切って、およそ半馬身くらいの差をつけて、しょうくんパパがゴールしていた。私とバーナードさんは、ほぼ同着だ。


「ああ……ダークホースに負けた……」


 荒く息を吐きながら、がっくりと項垂れる。レフくんとコタくんは上機嫌で、「しょうくんすごい!」と騒いでいる。

 ラスボスの先に真のボスがいることなんて予想していなかった、私の甘さがこの敗北を招いたのか。


「あー、負けた! しょうくんパパって絶対陸上かなんか、走る競技やってた人だよね! あの速さは間違い無いね!」

「残念ですが……桜木さん、ママさんなのに力ありますねえ」

「今日のために鍛え直したもん。そりゃもーめっちゃ筋トレと走り込みやったもん。勝つ気満々だったのに、くやしー!」


 地団駄を踏む私と大笑いするバーナードさんに、実は学生時代陸上選手だったんですというしょうくんパパも「うちの子早生まれで軽いですし」と笑っていた。

 そりゃ、本格的に陸上やってた人になんて、速度そのものが敵わない。

 私の足は人並みの速さでしかないのだ。




 閉会式を終えて、園庭の片付けを手伝って、相川さん一家やしょうくんパパさんたちと挨拶をして、荷物を担いで歩き出した。

 漣さんや渓さんたちには、先にテントやらを持って帰ってもらっている。

 日はだいぶ傾いたが、まだまだ暑い。

 いつもならしっかりお昼寝を取らないと眠くて仕方ない時間なのに、今日は運動会の興奮冷めやらずといったところか、まだまだ元気だ。


「あのね、あのねあきちゃん。きょうのかけっこで、もっとずっとちいさいときに、パパとママとぼくでいっぱいはしったの、おもいだしたの。

 パパがさきをはしってて、ママがぼくをくわえてパパをおいかけるの」

「うん……」

「でもずっとじゃなくて、ぼくもいっしょにはしるんだけど、つかれてはしれなくなると、ママとパパがくわえてはこんでくれたの」


 繋いでいた手を解いて、私はポンとレフくんの頭に手を乗せる。

 レフくんは、おそらく北欧からシベリアにかけての、どこか森林地帯の出身で、西の教会に見つかって追われて遥々この東の果てまで逃げて来たんだろう……とは、白妙さんの話で聞いていた。

 レフくんが物心つくかつかないかのころ、そうやってレフくんの親たちは長い距離を移動したのかもしれない。


「そっか、思い出したんだ」

「うん――あきちゃん、ありがとうね」


 レフくんがぎゅっと脚にしがみつく。

 私はそのレフくんの頭をぽんぽんと叩いて、ひょいと抱き上げた。


「一等賞は残念だったけど、今夜は焼肉でも食べに行こうか」

「わあ! やきにく!」

「運動会がんばったで賞と一等賞惜しかったで賞だ!」

「やったあ!」


 レフくんは私の手を掴んで走り出す。


「ぼくおおきくなったから、たくさんはしれるようになったんだよ!」

「じゃあ、どれくらい走れるか、試してみよう!」

「うん!」


 社宅まで、ゆっくり歩いて一時間。ふたりで走ったら、どれくらいで着くだろうか。


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