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閑話:女子ポテチ会

「それで、妾の泰景は……」


 あの後、亜樹と白妙は百合姫を連れて御霊神社へと戻った。「財布も何も持ってません」と言うイレインも一緒だ。

 イレインが巫女姿のままなうえに百合姫も着物姿とあって、電車内で目立つことこの上なかった。


 そして今、夜を徹してのポテチ会である。

 百合姫が不在にしていた間に溜め込んだ限定ポテチを開けて、延々と食べ続けながら百合姫の話を聞く会である。

 拷問か、と思いながら亜樹がイレインを見ると、彼女はとてもにこやかに百合姫の話を聞いていた。さすがは聖職者だ。

 それに、百合姫は徹底して亜樹を怖がっているようだった。

 それもそうか、とつい自嘲する。

 あれだけ容赦なく斬り刻んで痛めつけたのだ。元は深窓の姫君だし、荒っぽいを通り越したただの暴力を受けるなんて、初めてだったのではないか。

 まあ、実際に生きていた時代が時代なのだし、まったく目にしたことがない、なんてことはないだろうが。


 白妙はそのまま事務所に戻ってしまった。

 今回のあれこれで提出しなきゃならない書類が多いためだ。

 亜樹と百合姫が派手に暴れたうえに一般人まで巻き込んでしまったのだから仕方ないなと、亜樹は笑って白妙を送り出した。

 しらばっくれて追い出したと言っていいかもしれない。


「あ、これけっこうおいしい」


 神使たちの用意したお茶を片手に、開けられたばかりのポテチを摘む。

 今夜はここ……つまり御霊神社の神殿に泊まり込みだ。

 宮司の許可は得ているが、きっと明日はポテチの空袋と食べカスで、掃除が大変なことだろう。それとも、神使が掃除までしてくれるのだろうか。


「それで、妾の泰景は……」


 何度目の「妾の泰景」だろうかなどと考えながら、亜樹も聞くともなしに聞く。


 結局、伝説と百合姫の話の相違点は、百合姫の父の領主が「そういう話」として広めただけだろう、ということになった。そのほうが都合がいいからと。

 百合姫だけの主観では、泰景が実際謀反を働いたのかどうかははっきりわからない。

 もしかしたら、結婚を反対する領主が泰景の手柄をなかったことにされて逆上のあまりとか、実はたいした手柄をあげられず領主さえいなければと思い余ったのか、それとも、まったく何もないのにそういうことにされたのか……千年経ってしまった今、真相は闇の中だった。

 もっとも、百合姫が“嘆きヶ淵”に身を投げたことは事実である。

 しかし、その理由は泰景の死を嘆いたからではなく、実の父である領主を呪ってのことだったというから驚きだ。真性の祟り神ではないか。

 “嘆きヶ淵”という池の名前も、「泰景の裏切りを嘆く百合姫の涙が池となり……」なんてもっともらしい謂れが伝わっているが、本人に言わせると――。


「いくら妾でも、そんなにたくさん涙が出るわけないじゃない。

 ここは昔から大雨が降るとすぐ水が溜まる窪地だったの。妾が身投げした時も、ちょうど大雨の後でたっぷり水が溜まってたのよ。

 ちなみに、ここにしたのは屋敷から一番近かったから」

「そうなんだ……」


 本人に身投げのことをあれこれ聞くのはどうかとも思ったが、もう千年も前のことだからと、本人はあっけらかんとしたものだった。

 領主への怒りも、千年祀られ続けたお陰で最近はさほどでもないらしい。

 今はそれよりも泰景なのだとか。


「泰景さん、本当に転生なんかしてたら、絶対逃げられないよね」

『そうですね』


 傍らに置いたままの“蛇神斬り”も同意する。

 万一見つけたら、拉致監禁まがいに……平たく言って神隠しに遭わせてしまいそうな危うさもある。

 そのあたり、あとで白妙を通してサポセンに注意を促しておくべきか。


 百合姫は、泰景がどんなに素晴らしい若武者であったかを、大袈裟なほどの身振り手振りを交えてまたイレインに語っていた。

 イレインも、よく飽きもせず付き合えるなと、亜樹は感心せずにいられない。


「滝音さん、百合姫さんてさあ……」

「はい」


 新しいお茶をどうぞと差し出した神使に、亜樹は何気なく聞いてみる。


「いつもあんな感じなの?」

「いつもはもう少し控えめですが、イレイン殿がしっかりと聞いてくださることが嬉しいのでしょう。あんなにはしゃぐ姫様を拝見するのは久しぶりです」

「そっかあ……」


 新しいお友達効果というやつだ。

 亜樹はなるほどと頷いて、受け取ったお茶をぐびりと飲んだ。




「姫様、お客人がいらっしゃいました」

「イレイン殿のご友人だそうです」


 からりと軽い音を立てて引き戸が開いた。ついさっき、誰か訪ねて来たと席を外した双子神使が、客を伴って戻って来たのだ。


「あ、クラレンス、着いたのね。よかった、これでやっと着替えられるわ」


 一礼をして入ってきたのは、まだ若い男だった。イレインが荷物と財布を持ってくるよう依頼した相手だろう。

 それにしても、金髪に彫りの深い顔立ちなのは外国人だからなのか、それともイレインの同郷なのか――そういえば、事故に遭った仲間を探して日本に来たと話していた覚えがあるけれど、と亜樹はまじまじと男を観察した。

 ちょっとないくらい顔がいいうえに、妙にキラキラしている。正直なところ、亜樹には胡散臭さしか感じられないほどに。


「百合姫様、紹介します。彼はクラレンス。私同様、おおいなる母、大地の女神に仕える聖騎士……ええと、女神に忠誠を誓った、武士のような身分の者なんです」


 百合姫は、ポカンと男を見上げていた。

 男はすぐに膝を突き、どことなく時代が掛かったような仕草で(こうべ)を垂れる。


「紹介にあずかりました、クラレンスと申します。

 イレインより、姫がこの地においておおいなる母、大地の女神の布教をお許しくださったことも聞き及んでおります。姫の寛大な心に感謝を」


 クラレンスと名乗った男は、流れるように百合姫の手を取り、その指先に軽く口付けた。亜樹はうっわあと顔を引きつらせてそっと壁による。


「あれ、たしか騎士くんとか王子様がやってたやつに似てるよね」

『たぶん、騎士の礼とかいうものに似てると思います』


 騎士の礼なんぞにはいい思い出がない。

 奴らは人のことああやって貴婦人のように持ち上げておいて、己の期待した淑女とは違うと判断すれば即態度を変えるような、失礼な(やから)なのだ。

 えんがちょ、と口の中だけで呟いて、亜樹は観客に徹した。

 おまけに、彼の名乗りから判断するに、イレイン同様、新興宗教の人その二なのは間違いない。これ以上宗教と関わるなんて、断固無しだ。


 どんなおべっかを口にしているのかは知らないが、にこやかに話す男をじっと見つめる百合姫の頬はだんだんと赤く染まっていく。

 亜樹は手近なポテチの袋をを引き寄せると、「あーあ」と溜息を吐いた。


『どうかしましたか、勇者(マスター)

「ばっかだよねえ」

『馬鹿なんですか?』

「百合姫は風早くんを泰景だって言い張って追いかけた筋金入りだってのに、あいつあんなに愛想振り撒いて、そりゃ絶対憑かれるだろって思うんだ」

『憑かれるんですか?』


 クラレンスを見つめる百合姫の目は、完全なハート型だ。

 亜樹の目には、どう見てもハート型以外の何にも見えない。


「わ……」

「姫?」

「妾の泰景だわ! こんなところにいたなんて!」

「――え?」


 ほれ見たことかと、亜樹は傍観に徹することにした。さらなるポテチの袋とポットも引き寄せて、また少し壁際へと離れる。

 姫にがっちりと抱き付かれて困惑するクラレンスからイレインへと視線を移すと、イレインは我が意を得たりとでも言いたげに、にんまりと笑っていた。


 つまり、イレインはこの結果込み……いやむしろこの結果を狙ってクラレンスをここへ呼びつけたのか。

 百合姫が新興宗教の人その三……いや、新興宗教の神だか教祖だか元締めだかになる日は、近いのかもしれない。


「――イレインさんて、敵に回しちゃいけない人なんだね」

『そうですね』


 亜樹はパリパリとポテチを食べながら、ただ、百合姫と、百合姫の新しい仮称泰景氏を眺めていた。


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