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妖サポートセンター  作者: 銀月


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事件9.事実は伝説よりも奇なり/前篇

「百合姫様を連れ戻していただきたいのです」


 悲痛な表情の双子の水蛇神使、滝音(たきね)早瀬(はやせ)が額づいた。

 どれだけ悲痛かというと、あの勇者と崇められた三年間にここまで進退窮まった顔なんて無かったなと思うほどの悲痛さだ。


 ――神使たちの訴えは、この御霊神社から出奔してしまった祭神、百合姫を連れ戻して欲しいというものだった。

 昨年の神事に参加した男が、間違いなく恋人の生まれ変わりだと言って出奔してしまったのだ。


「姫様は、あれは絶対にわらわの愛しい泰景(やすかげ)だと言い残しまして……あれから一年。未だ、戻って来られないのです」

「一年か……」

「しかも、こちらには文のひとつも寄越さず遠方へとお出ましになられたまま、戻る気配もないのです」

「あー……」


 百合姫様とは、かつて、もう千年近く昔の、この一帯を治める豪族だかなんだかだった領主の姫だという女神だ。

 恋人に裏切られて気鬱に病んで亡くなった後、成仏できずに夜な夜な迷い出ては泣き続け、悲しみに暮れる百合姫の霊を慰めるためにと祀ったのだという伝説が、この御霊神社のいわれである。ちなみに、五穀豊穣と縁結びの女神なのだとか。そのいわれでどうして縁結びなのかはよくわからないが。

 それにしても、たおやかで繊細で、ちょっとしたことがショックでめそめそ泣くばかり……なんとまあ、古式ゆかしいお姫様だろうか。


「姫さんてまだその恋人に未練たらたらなの? だって、裏切られたんでしょ。それとも祟ってやろうとか考えて?」

「それは……」


 しかし、繊細なはずの百合姫さんは、千年近い女神生活の末にすっかり現代ナイズされていたらしい。ふたりによれば、日々「泰景の薄情者! 馬鹿! なんで勝手にさっさと成仏しちゃうのよ!」などと文句を言いつつごろごろ暴れては、ポテチをむしゃむしゃ食べる生活をしていたとか。

 どうりで、社殿の片隅の段箱に、期間限定ポテチの買い置きが積み上がっているわけである。

 千年近く前といえば、下手したら平安の、髪をずるずる引きずるほどに長く伸ばしてずっしり重たい十二単なんかを着て日がな一日ほとんど動かずに過ごしてるという、筋金入りのお姫様生活をしていたはずではないか。

 それがどうして“恋人の生まれ変わり”なんぞ追いかけて出奔するほどに変わるのか。まさか現代に染まった結果、現代っ子に相応しい行動力まで手に入れてしまったのか。


「あれ? でもさ、裏切った恋人が、なんで姫さんを待っててくれてるとか思ったわけ?」

「それは、わたくしどももあまりよく知らないのです。わたくしどもが姫にお仕えするようになったのは、姫が神となってからずいぶん後でしたので」

「ふうん?」


 やっぱり未練なのだろうか。

 その泰景とやらは、そんなに顔がよかったとかか。

 しかし、先の台詞とといい、生まれ変わりなんて見ただけでわかるものだろうか。あれは絶対泰景なのでと言いつつの、ただのひと目ぼれではないのか。


「で、期限はいかほど?」

「できれば、次の神議に間に合うように……次は出席せねばなりませんので」

「んー、あと半月ってとこかあ」

「はい。それに、まだ一年ですから姫様不在でもなんとかなっております。けれど、姫様はこの御霊神社の女神で嘆きヶ淵一帯を治める土地神なのです。この地域の最古参に等しい女神としてのおつとめもございます」

「このままでは、土地にも影響が出てしまいます。そんなことになってしまえば、出雲の神議(かむはかり)大国主命(おおくにぬしのみこと)殿より叱られるだけでは済みません。神のすげ替えなどという事態にまで発展してしまったら……」


 うっ、と滝音と早瀬がそろって涙ぐみ、西の方角をちらりと見やった。


 基本的に、分社との行き来や神域の移動でもなしに長く神が留守にするなんて、異常事態なのだ。皆無とは言わないが、どんな神でもちょっと出かける程度で一年も二年も神域を不在にすることはそうそう無い。

 遠方に出かけることだって、せいぜいが神無月の神議くらいだろう。

 サポセン社宅の雛倉だって、あれできちんと正式な手続きを踏んだうえで、神域を引っ越しているのだ。


「ていうかさ、白妙さん、この案件って私向きなの?」


 額付いたまま微動だにしないふたりを前に、私はじっとりと横目で白妙さんを見た。白妙さんはにっこりと笑顔を浮かべて頷いた。


「ええ。そもそも、御霊を祀っているという由来の時点で、百合姫様が祟り神であることは間違いありませんし」

「え?」

「だいたい、未練にしろ恨みにしろ、怨霊となって彼岸へ行き損なってる時点でまともな霊じゃないんですよ。しかも、女神となれるほどのポテンシャルを持ったお方ですし、いざというときには亜樹さんの物理と魔法でなんとかしてもらう必要があると判断しての配員です」

「そんなに危ない案件だったの?」


 脳内お花畑でテンション爆上げの恋愛脳女子がただ出奔しただけってわけでもない、ってことなのか。


「それに、その相手の仮称泰景さん、百合姫様に魅了されてますし」

「は? 魅了?」

「百合姫様は蛇神でもありますからね。蛇の邪眼なんて、どこに行っても有名な話じゃないですか」

「マジかあ!」


 どう考えても色恋沙汰でしかないのに、なんで私がかり出されるのか、なんて考えていたけれど、それなら納得だ。おまけに、その仮称泰景氏がヘタな振り方したら、その瞬間、祟り神に堕ちて暴れ出す可能性大ということではないか。

 神使の双子水蛇が、「どうか、姫様をお願いします」と泣きながら額を板敷きの床に擦り付ける。擦り傷でもできそうなほどに。


「それに、その生まれ変わりだとかいう男性が本当に生まれ変わりならいいんですけど、そう都合よくコトが進むことなんて稀ですし。百合姫様が祟り神覚醒などしないよう、うまいこと穏便に振られて戻るのが一番なんですけどねえ」

「そういうものなんだ」

「古来、神への嫁入り譚は多いですが、婿入り譚は少ないでしょう? それに、その手の民話にしろ何にしろ、異類婚に限らず、男の浮気で破綻するパターンは多いんですよ。いかに魅了されてるとはいっても完全ではありませんし、仮称泰景氏がこの先浮気なんてすることがあったらと考えると、正直、ぞっとしませんね」

「それ、白妙さんの化け狐キャリアがソース?」

「そう思ってくれても構いませんよ」


 肩を竦めた白妙さんは、にいっと狐スマイルを浮かべてことも無く言ってのける。そういうモノかなとも思うけれど……もしやあれか。種役の男性と畑役の女性の性質の違いってヤツか。

 迷信じゃないのかそれ。


「わかった。早いとこ姫さん連れ戻して案件終わらせるよ。それに私、レフくんの運動会までには戻らなきゃいけないし」

「運動会ですか」

「そうだよ。そのために腕治して筋トレと走り込みやって、父兄参加科目全部に丸付けて出したんだもん。絶対戻るからね」

「はいはい、よろしくお願いします」


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