閑話:神の品格
短いお話です。
仕事から帰ると、なぜか竜神と剣が酒盛りをしていた。
「……雛倉さん何やってるんですか。あと蛇神斬りも」
竜神雛倉はワンカップ酒の蓋を開け、カタカタ揺れる剣を相手に酒を飲みつつ何やら愚痴っていたようなのだ。
竜神も愚痴るものなのか。
何かを訴えるようにカタカタうるさい剣の柄を取ると、いっきにぶわっと意思が流れ込んできた。
『勇者、聞いてください。酷いんです』
「落ち着いて順番に」
『あ、はい』
剣の話はこうだった。
私が仕事で留守の間に、ここらの土地神の使いとやらが挨拶に来たのだという。「由緒正しき竜神殿がこちらに祀られたと聞き及んだ主人が、これはぜひ挨拶に伺わねばならぬと申しまして」と。
『なんか、由緒正しくても神使のひとりもいないなんてって雰囲気びりびりで、あれ絶対雛ちゃんのこと馬鹿にしてました! 雛ちゃんのほうが格でいったら上なのに! あのお使い蛇許さない! 勇者がいたら絶対ころ……お仕置きしてやったのに!』
雛ちゃんて誰だ。あと神使殺すとか物騒なこと考えるのやめろ。
「やはり神使のひとりくらい抱えねば、神としてしめしがつかぬのだ」
「雛倉さん、神使って」
「我の意思を人々に伝える使いだ」
「いや、だって、雛倉さんが意思を伝えなきゃならない相手って」
「……どうせ、我の氏子などひとりも居らぬ」
「ちょ、いじけないで。湿気が増すから」
『雛ちゃん元気だして!』
剣がびりびり震えて大騒ぎする。
こいつらいつの間にこんなに仲良くなった。
『勇者、雛ちゃんのために神使になりそうな妖か生き物、なんでもいいから捕まえてきてください! あのお使い蛇よりかっこよくて強いやつ!』
「いや、だから落ち着いて。神使って、無理やり拉致ってきて押し付けるものじゃないでしょう」
『だって勇者!』
「一応、白妙さんにも相談しておくから」
剣に向かって溜息を吐きながら、いったいこいつら何なんだ、と思う。
「いまさら1年や2年神使なしだって、雛倉さんの格が落ちるわけじゃないでしょう? もっと鷹揚に構えててよ」
『じゃあ勇者、せめて雛ちゃんにワンカップじゃなくて一升瓶の立派なお酒をお供えしてください! ワンカップなんて、ってあの蛇が笑ったんです!
……勇者さえあの場にいてくれたら、蛇神斬りの名に相応しく、あの蛇叩っ斬ってやったのに』
「ええ……」
『あと、せめて棚を立派に! もっとキラキラにして! カラーボックスなんですねって、あの蛇が! 蛇が!
やっぱり勇者、あの蛇斬りに行きましょう。あれ絶対魔王の手先です』
「いや、この世界に魔王なんていないから」
チッ、と舌打ちするように剣が震えた。お前はどんだけ雛倉さんに肩入れしているのかと。
『わかりました。今度白妙さんが来たら、近所の蛇が神使のくせに神を貶めるから成敗してくださいって苦情申し立てします』
「やめて。仕事増やさないで」
なんなんだこのカオス。
せっかく仕事終わってゆっくりしようと思ったのに、自宅が安住の地じゃないなんてどうしてこんなことになるのだ。
「蛇神斬りよ。お主の心意気、確かに受け取った。我は嬉しいぞ。お主が付喪神でなければ、我が神使として迎えるところなのだが」
『雛ちゃん! 力になれずすみません。私が剣じゃなかったら……』
「お主も精進せよ。付喪神ならば、通力を得て人型を取れるようになる日もじきに来るであろう」
『えっ、そうなんですか! 私がんばりますね』
「うむ」
「ちょ、何それ困る。だいたい蛇神斬りは付喪神とかじゃなくて魔法剣で……」
「いや、こやつは既に立派な付喪神であろう。でなければ、剣が意思を持つことなどありえぬ」
「えええ……」
『勇者、私頑張ります。立派な付喪神となって、勇者や雛ちゃんのお役に立てるようになりますね!』
「いや、そんなのにならなくていいから……」
賑やかなのは嫌いじゃないけど、私の生活が面倒になるのは困る。
そもそも知性ある魔法剣が付喪神認定受けるってどういうことなの。
その後結局、やはり体裁というものは大切だという剣の訴えもあり、ホームセンターでそこそこの神棚を調達してカラーボックスの上に設える羽目になった。
雛倉さんはなんだか満足げにとぐろを巻いている。
供えた酒も、通販で買った木箱入りの新潟のお高い銘酒となった。
『勇者見てください! 雛ちゃんの鱗がつやつやになりましたよ!』
「ああ、うん、よかったね」
『これでいつあの蛇が来ても大丈夫です!』
やたらとテンション高く喜ぶ剣に、こいつこんな剣だったっけと、私は遠い目になった。少なくとも、あっちにいた時はもうちょっと控えめで、とても奥ゆかしい剣だったはずなんだけどな。