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閑話:世知辛いのは異世界もだった

 亜樹の前には、今、一枚のお知らせがあった。

 昨日、無事に保育所の入所を済ませたレフが持ち帰ったお知らせペーパーだ。


「勇者殿、いかがいたしましたか?」

「九月後半に、保育所と幼稚園の合同運動会があるんだよね」

「はい」

「しかも、父兄参加ありなんだわ」

「まあ。では、勇者殿も参加なさるんですか?」

「出たいんだ。出たいんだけどさ、腕治ってないんだよね。いっちゃんが長期出張中だからさ……ここから自然治癒だけであと二週間以内に完治に持ってくとか、さすがの元勇者でも無理だっての!」


 亜樹はがっくりうなだれる。

 いつもこういった怪我を治してくれる同僚の樹は、今月どころか年内に戻ってくる気配すら感じられないのだ。


「やっぱ白妙さんに言っていっちゃんの出張先まで行ってこよう。骨折よりヒビのほうが治り悪いとか、やってらんないって。いっそポッキリいってたほうが治るとか、知らなかったよ。しばらく静養してていいですよとか言うけど、休むのも飽きたんだよ」


 亜樹の左腕は未だギプスで固められている。

 逆腕だし、運動を止められているだけで日常生活にさほどの不便はないものの、いかんせん、ギプスが外れるまでにはまだしばらくかかる。

 九月末までに怪我を治して腕の筋力も回復させて運動会参戦は、期間が短過ぎてどうにも難しいのだ。



 * * *


 その週末、亜樹はレフを連れてさっそく出掛けた。

 スマホには、白妙から聞き出した、樹の代わりに治癒魔法を施してくれる人物の住所がメモされている。


「神社の巫女さんなんだってさ」

「みこさん? さっちゃんとおんなじ?」

「ええと、漣さんとは違って、お坊さんの神社版みたいなやつかな」


 駅からのバスを降りて、地図アプリで道順を確認し、レフと手を繋いで歩きながら話し出す。

 巫女が治癒魔法とかゲームか、などとも考えたけれど、おそらくは“異世界帰り”でサポセンにスカウトされた人間なんだろう。巫女で治癒魔法なら、亜樹とは違って聖女召喚されて戻ってきたというところか。

 それにしても、“異世界帰り”とは本当に多いんだなと感心してしまう。




「なんか……女ばっか」

「すごいね、あきちゃん」


 坂を上がって石段を登ってたどり着いた小さな神社の境内には、女子の群れがいた。

 ここは本当に神社なのか。

 アイドルグループのコンサート会場とかじゃないんだろうか。

 だが神社らしく、パンパンパンパンとこれでもかというくらいに柏手を鳴らして真剣にお参りする女子もいる。


「とりあえず、社務所で聞いてみようか」

「うん」


 女子の群れは、社務所まで続いていた。

 正確に言うと、お札授与所というか、御守り売り場というか。

 漏れ聞こえてくる話からすると、相当に効果のある縁結びの御守りらしい。近隣の大学生でも雇ったのか、学生バイトが数人、御守りを求める女子たちをさばいている。


「正直言えば、御守り欲しいな」

「おまもり?」

「レフくんにはほたるちゃんがいるから必要ないけど、私にはめちゃくちゃ必要な御守りかな」

「ふうん?」

「でも……高いな」

「たかいの?」

「うん。普通の御守りと桁が違う」


 さすがにこれから諸々かかる幼児を抱えて、御守りひとつに諭吉を何人も注ぎ込むわけにはいかない。

 はあ、と溜息ひとつで御守りは諦めて、亜樹は端にいたバイト学生に声をかけた。


「すいません。サポセンから来たんですが、ええと……巫女さんはどちらに」


 そういえば名前を聞き忘れていたな、と考えながらへらりと笑って尋ねると、愛想のいいほうのバイト学生が「あ」と素っ頓狂な声を上げた。


「え、じゃあお姉さんが、今日来るって言ってた職員の人?」

「え? まあ、そうですけど」

「イレインさんから聞いてます。こっち来てください」


 イレインさん? と訝しげに呟いて、亜樹は案内の後に続く。

 なんだそのいかにも外国人な名前。


「イレインさーん、サポセンの人が来ましたよー」

「あっ、お待ちしてましたー!」


 小さな社務所の裏手に回ると、どうやら居住エリアのようだった。

 巫女の格好にたすきを掛けて両手に何かを握り締めた二十代後半くらいの女性が、からりと引戸を開ける。

 彫りの深い顔立ちはやはり外国人か。


「ちょっと御守りが足りなくなりそうなので、追加の作成をしてたところだったんです。散らかってますけど、上がってください。

 祥真くんは、もう戻って大丈夫ですよ」

「はーい」


 バイト学生はパタパタと表に戻っていく。それを横目にちらりと見やって、亜樹とレフはお邪魔しますと上がり込んだ。


「――すごい人なんですね。それも女の子ばっかり」


 表の喧騒が、裏にまで伝わってくる。

 巫女は「お陰様で」と笑う。

 

「私のお仕えする地母神は、結婚と豊穣も司る女性と子供の守り神ですから、御守りも当然よく効くんですよ。もちろん、縁結びの御守りです。

 あ、私、地母神の司祭イレインです。サポートセンターには契約社員? 嘱託? そんな扱いで勤めています。怪我はその腕ですか?」

「あ、桜木亜樹です」

「さくらぎレフです」


 あわてて名乗る亜樹に習って、レフもぺこりとお辞儀をする。そういえば、保育園で自己紹介と挨拶のしかたを習ったのだと言っていた。

 巫女は亜樹が差し出した左腕をそっと確認する。包帯を外し、ギプスを取って、すっかり痩せてしまった腕を見て……それから片手に持っていたメダルか何かをゆっくりと押し当てた。

 そのままぶつぶつと、聞いたことのない不思議な言葉を呟く。


「“おおいなる母、育むお方の聖なる御名において、この者に癒しの奇跡を”」


 メダルのあたりがぽうっと温かくなったと思ったら、すうっと痛みが引いた。

 亜樹もレフも驚きに目を丸くして、左腕を見る。

 手を握ったり開いたり、肘を曲げたり伸ばしたり、いくらやっても痛くない。


「これでもう大丈夫ですよ」

「すごい。ガチなんだ」

「がち、ですか?」

「イレインさんて、やっぱ聖女召喚から帰ってきた人なの? なんで日本でサポセンに?」

「いえ、私、召喚されたわけじゃなくて、事故でこっちに来た仲間を迎えに来て、そのまま居着いただけなんですよ。こちらには女神の信仰がなかったので、これは布教しなくてはと思いまして」

「へ、事故? 居残って宗教活動?」

「はい」


 やばい、宗教の人だった。

 亜樹はつい身構えてしまう。暁の聖なる女神といい雄滝山の山神といい、神関係であまりいい思い出はない。

 だが、巫女にはそんなことを気にしたそぶりはないようだ。


「幸い、仲間がこちらで迎えを待つ間にいろいろと根回しをしていましたから、それを引き継ぐ形でここに残った次第です」

「じゃ、イレインさんて、異世界人……」

「そうなんです。それに、こっちって婚期が遅いから私の歳でも余裕って聞いて、あっちに帰る気を無くしたっていうか」

「は? 婚期?」

「ええ。あっちじゃハタチ過ぎたらイキオクレですからね。私なんて後添いすら断られる、孫ができてる可能性すらあるババァの年齢なんですよ。だから結婚なんてもう諦めてたんですよねえ……仲間がうっかり事故になんて遭ったせいで、すっかり婚期逃しちゃって。あ、仲間のことはちょっとだけ恨んでますし根に持ってもいます」


 なんだそれ。世知辛過ぎる異世界だな。

 亜樹はぽかんとイレインを見つめた。


「でも、こっちじゃ私の年齢でもまだまだイケるって聞いて、残るしかないなって。

 合コンっていうんですか? 何度か連れて行ってもらったんですが、あれ、良いですね。男性がとっても優しくて、紳士な方が多くて。でも、結婚というと、ちょっと及び腰な方ばっかりなのが今ひとつなんですよねえ」

「はあ……」


 それ、ガツガツいき過ぎて引かれてるだけじゃないだろうか。さらに言うなら、縁結びの御守り作ってるわりに本人に良縁がないというのはどうなのか。

 さっきまで欲しいと思っていた御守りへの思いが、急に色褪せていく。


「あの、じゃあ、これにサインお願いします」

「あ、はいはい」


 依頼書に完遂のサインをもらって、イレインに写しを渡す。これを白妙に提出すれば、のちのち治療費がイレインに振り込まれるというしくみだ。


「それじゃ、あまりお邪魔してもアレですし、この辺で」

「はい、あまり怪我のないよう気をつけてくださいね。あ、そうそう。こちらも渡しておきますよ。ここでいうところの……ええと、交通安全? そんな御守りですから」

「あ、ありがとうございます」

「女神のご加護はレイゲンアラタカなんです。これで地母神教会に入信したくなったら、いつでも来てくださいね」

「あー、はい、まあ」


 神はもう十分間に合っている。亜樹がここに入信する日はきっと来ないだろう。とはいえ、せっかくいただいたのだ。交通安全の御守りなら、レフの園バッグにでも付けておけばいいか。

 そんなことを考えながら御守りを受け取って、亜樹はもう一度礼をした。

 レフも、「おねえちゃんばいばい」と手を振ってぺこりとお辞儀をする。


 手を繋ぎ、混雑する境内を抜けて、来た道を戻りながら亜樹はもう一度左手をわきわきと動かしてみた。

 よし、痛くない。


「あきちゃん、運動会出られるの?」

「うん。もう治ったから、これからばっちりトレーニングするよ」

「やった!」

「父兄参加種目の一等賞は、勇者アキが総ナメにするからね」

「あきちゃんすごい!」


 レフがうれしさのあまりかぴょんぴょんと跳ねまわる。亜樹は笑って、「バス停まで競争だ!」と走り出した。


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