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妖サポートセンター  作者: 銀月


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事件8.ブラックがブラックであるが所以~夏休み編〜/中篇

 事件が起きたのは、翌日だった。

 うわあああん、と真央(まお)が盛大に泣き喚きながら、伯母さんのところに来たのだ。

 その後ろを、びっくり顔の(そら)とレフが追いかけてくる。


「ママぁー! レフがわたしとけっこんしないってゆったー!」

「ごめんねまおちゃん。ぼく、ほたちゃんがおよめさんってきめてるの」


 いったい何事かと顰めた伯母と母である従姉の眉が、一瞬で緩む。亜樹もつい笑い出しそうになった表情を引き締めて、真央の頭をよしよしと撫でた。


「ごめん、真央ちゃん。レフくんにはもう許嫁がいるんだわ」

「うわーん! そんなのやだあ!」


 三人の話を要約すると、真央は今日になって、レフと結婚すると言い出したが、ほたる一筋のレフがそれに異を唱えたということらしい。

 きらきらの金髪の王子様みたいなレフと結婚してお姫様になるんだと泣く真央に、レフも宙もすっかり困り顔だ。


 あくまでも「けっこんできなくてごめんね」を通すレフと、泣いて我を通そうとする真央で、どうにも決着はつきそうにない。

 だが、そろそろ親戚連中が集まり始める頃合いだ。

 従姉は溜息をひとつ吐いて、「いつまでも泣いてばっかりじゃお姫様になれないよ」と一刀両断し、真央を連れて行った。


「レフくんも、着替えようか」


 少し心配そうに振り返りながら、レフは頷く。


「ぼく、わるいことしちゃったのかな」

「なんで?」

「まおちゃんなかせちゃった」


 汗だくになったシャツを脱がせながら、そんなことを話す。


「別に悪いことじゃないよ。他人の希望をほいほい聞くだけがいいことじゃないからね。もし悪いことだよって言われたら、レフくんは真央ちゃんと結婚するの?」

「……しない」

「じゃあ、しかたない。できることとできないことを、ちゃんとはっきり言わないほうが悪いことだと思うよ」

「うん」


 冷やした濡れタオルでざっと拭いて、乾いたシャツを着せて、着替え終わったところで「さ、行こうか」とレフの頭をポンポンと叩いた。

「うん」

 少ししょんぼりと元気がないレフの手を引いて、仏間へ向かう。



 * * *



 二部屋ぶち抜いた仏間では、粛々と宴会の準備が進められていた。ちらほらと気の早い親戚もやって来て、すでに料理を摘み始めている。

 田舎というのは、こういうイベントに必ず宴会がついてくるから面倒くさいななどとぼやきながら、亜樹もあれこれを運ぶ。

 台所に置いた酒くらい、セルフサービスで持ってこい、と。


「食べ終わったら、三人で遊んでおいで」

「うん」


 子供たちを大人に付き合わせることはないと、従姉が声を掛けた。真央の機嫌はどうにか直ったのか、また三人で連れだって庭に出ていく。

 他の子供たちはもうそれなりの歳のせいか、受験だなんだで来ていない。同じ年頃の宙と真央の兄妹がいてよかったと思いつつ、亜樹もくるくる働いた。




「きもだめし、しようよ」

「きもだめし?」

 庭でダンゴムシを集めるのにも飽きたのか、宙がそんなことを言い出した。“きもだめし”はレフの知らない言葉で、その意味もよくわからない。

「うら山の大石さまにおそなえしにいくんだよ」

「おまいりするの?」

「ちがうよ、きもだめしだよ」

 宙がふふんと笑う。

「大石さまのいしだんはくらくてこわいから、よわむしにはのぼれないんだ。だから、おまいりじゃなくて、きもだめしなんだぞ」

「ふうん?」


 つまり、怖がらないでその“大石様”のところまで行けばいいのか、とレフは納得する。深い山の奥ならともかく、ここから見える程度の山の中なら、そんなに怖くないと思うんだけどな……なんてこともちらりと考える。


「いいよ、きもだめし、いこう」


 にぱ、と笑う宙につられて、レフも笑う。山に入るなんて久しぶりだ。

 真央だけがきょろきょろとふたりを見比べて、眉尻を下げる。


「にいちゃん、大石さまは、いまはいっちゃだめって、じいちゃんいってたよ」

「なら、まおはこなくてもいいぞ。おんなのこだしな」

「えー。やだあ」

「おまえはるすばんだ!」

「やだあ、あたしもいく!」


 集めたダンゴムシを草むらに捨てて、宙は立ち上がる。


「よし、大石さままできょうそうだ!」


 ぱたぱた走り出す宙に続いて、レフと真央も走り出す。


「きょうそうだ!」

「にいちゃん、まってえ」


 家のそばの畑を抜けて、裏山に続く細い道を抜けて、小さな鳥居と石段が始まる場所に到着する。

 宙はあたりの草むらから適当な花を毟って「これがおそなえだ」とレフと真央に渡した。


「お花でいいの?」

「うん。じいちゃんが、大石さまにお参りしたら、ちゃんとおそなえをしないといけないって言ったんだ。

 何でもいいからおそなえしないと、大石さまに怒られるんだって」


 ふうん、とレフは手の中の花を見る。

 雛倉はお供物が無くても社にお参りするだけで喜ぶのに、大石はちょっとケチなんだろうか。


 石段の周りはたしかに鬱蒼としていて、昼間なのに少し暗かった。木々の影には苔が厚く生えていて、湿った土の匂いもする。

 以前住んでいた、ほたるがいる山の中の小さな集落を思い出して、レフはなんだかうきうきしてしまう。


 宙とレフで真央の手を引いて、ゆっくり石段を登って行った。

 細い石段は結構な長さのようだった。

 三人は、途中で休憩を挟みながら、ゆっくりと登って行く。いつも持たされている水筒の水を飲んで、石段の横に茂るシダの根元を覗き込んで、遊んだり寄り道をしたりしながらゆっくりと。




「とうちゃーく!」

 石段の上の鳥居をくぐって、三人は歓声を上げた。

 宙も真央も、ここまで子供だけで来たのは初めてだ。なんとなく、すごい冒険をしたような気持ちもあって、テンションはどこまでも上がっていく。

 昼間の石段も、たいして怖くはなかった。

 小さな神社の境内は、広くてとても涼しかった。ときおり、まだ青いどんぐりもあって、三人は大はしゃぎで拾い集める。


 見慣れない木の実やら花やら虫やら、あれこれ集めて並べて……気が付いたら日が傾きかけていた。

 不意にぞくりと背中の毛が逆立つような気配を感じて、レフはぱっと顔を上げる。


「レフどうしたの?」

「わかんないけど、いやなかんじがしたの」


 いったい何事かと、真央が首を傾げる。

 レフも、きょろきょろと落ち着きなく周りを見回しはするものの、何か嫌な気配がするのにわからない。

 けれど、こういう時はその感覚に従うものなのだと、母狼に教えられた。


「そろそろ、おまいりして、かえろうよ」


 言われて宙も空を見上げる。いつのまに、こんなに日が低くなっていたのか。そろそろ山陰に入ってしまう頃だ。


「暗くなるまえに帰らないと、母ちゃんにお尻たたかれる!」

「たたかれちゃう!」


 あわてて取ってきた花を拾い上げて、“大石様”の賽銭箱へと向かった。境内の隅、本殿の裏側にある大きな岩が“大石様”だ。


「――あれ?」


 宙が立ち止まり、首を捻る。

 前に来た時と、大岩の形が違うように見えたのだ。


「にいちゃん、大石さま、たおれてるみたい」


 すぐそばの斜面から崩れた土砂が、大岩を押し倒していた。注連縄も切れて、賽銭箱も放り出されて、結構なありさまだ。


「じいちゃんに言わないと」

「うん。でも、おはなあげていかなきゃ……」


 花を片手に駆け出そうとする真央の手を、レフが引き戻した。


「まおちゃん、だめ」

「レフ? でも、おまいりのときはちゃんとおそなえしないとだめって、じいちゃんが……」

「だめだよ。あそこ、こわい」

「レフ?」


 大きく目を見開いて大岩を凝視するレフに、ふたりは顔を見合わせる。

 いったい何を言ってるんだ、と口を開こうとする宙と真央の手を、レフがぐいっと引っ張った。


「くる、にげなきゃ」

「え?」

「はやく!」


 すごい剣幕で怒鳴られて、宙も真央もわけもわからず走り出す。いったい何だというのか、さっぱりわからない。


「あっ」


 いきなり真央が転んだ。ぺしゃりとまともに転んで泥だらけになって、たちまち泣き出してしまう。


「なんで、なんでえー!」

「まおちゃん、立って」

「やあー! レフのばかー!」


 わんわん泣きわめく真央は、ちょっとやそっとじゃおさまりそうにない。どんどん膨れ上がる嫌な気配に、レフは気が気じゃない。

 どうしよう。真央を背負って走れば逃げられるだろうか。でも、自分はまだそこまで力があるわけじゃない。

 けれど、置いて逃げるわけにもいかない。

 だって、自分は狼で、狼は絶対仲間を見捨てないのだ。


「――そらくん、あきちゃんよんできて」

「え、でも、まおが」

「だいじょうぶだよ。だから、はやくあきちゃんよんできて」


 “大石様”の大岩から何かが染み出しているのは、宙の目にも見えていた。

 大岩の下から染み出すように出てくる黒いもやもやは、絶対に良くないものだ。あたりを探るように、何かを探すように、ゆっくりゆっくり広がりつつあるあれに見つかったら、絶対にまずいことになってしまう。


「そらくん、はやく!」


 宙が弾かれたように駆け出した。

 境内を横切り鳥居を潜るのを見届けて、レフは真央を助け起こす。


「まおちゃん、あれにみつからないように、かくれよう」


 ぐすぐすと泣きじゃくりながら頷く真央を、境内の社へと連れて行く。

 パンパンと柏手を打って、社の扉を開けて、「かみさま、まおちゃんをおねがいします」と押し込んだ。


「レフは?」

「ぼく、だいじょうぶだよ。だって、ぼくはせいぎのみかたになるんだもん」

「でも、でも」

「それに、そらくんがあきちゃんつれてきてくれるよ。あきちゃんはすごくつよいし、ぜったいたすけてくれるんだよ。

 だから、まおちゃんはちゃんとかくれててね」


 ぱたんと閉じた社の扉は、どうしてか開かなくなってしまった。

 さっきは簡単に開いたのに、真央が渾身の力を込めて押しても引いても揺すっても、まったく開く気配がない。


 それならと、必死に格子の隙間から外を覗こうとする真央の視界の端で、金色の仔犬が真っ黒な化け物に飛びかかるのが見えた。


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