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妖サポートセンター  作者: 銀月


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事件8.ブラックがブラックであるが所以~夏休み編〜/前篇

「あきちゃんのおばあちゃんて、どんなおばあちゃんだったの?」

 レフに尋ねられて、亜樹は「ん?」と考えた。どんなばあちゃんか……そんなこと考えたこともなかったなと、ふと浮かんだままを口に出す。


「ひと言で言って、うなぎみたいなばあちゃんだったな」

「うなぎ?」


 レフもしばし考える。しばし考えて首を傾げた末、次の疑問を口にする。


「おばあちゃんて、おいしかったの?」


 追加された質問に、亜樹はしまったなあと笑う。レフの知っているうなぎと言えばアレか、と。生きたうなぎを目にするチャンスはそうそう無い。ゆえに、レフが知っているのは、土用の丑の日でおなじみの、白いご飯の上の甘辛いタレを絡めて焼いた蒲焼きだった。

 たしかにうなぎの蒲焼きはおいしい。だが、亜樹の言ううなぎは蒲焼きではない。うなぎ違いというやつだ。


「うーん、おいしくはないんじゃないかな」

「おいしくないのに、うなぎなの?」

「うん。蒲焼きにする前のうなぎだからね。にょろにょろのぬるぬるで、掴みどころがなかったなって感じ」

「蒲焼きの前のうなぎ……? にょろにょろでぬるぬるなの?」


 レフには今ひとつ納得できないようだ。

 何しろ、蒲焼きからもとの魚を正しく想像するのは、たいへんに難しい。


「今度、水族館に行こうか。食べられるうなぎはいないかもしれないけど、似たようなのならたくさんいるから」

「うん!」

「そうだ、後でうなぎがいる水族館があるかどうかも調べようね」

 レフはうれしそうに頷いた。




 夏真っ盛りの今日、仕事も盆休みに突入した。


 今年は亜樹の母方の祖母の七回忌でもある。法事に出られなかったんだから墓参りくらいしろと言われてはしかたない。新幹線だのが必要な距離じゃなくてよかったなあ、などとぼんやり外を眺めながら、亜樹はレフとふたり鈍行列車に乗車中だ。

 ちなみに青春十八切符を使っての移動である。

 それなりに時間はかかるが、一度やってみたかったのだ。


「車が運転できればよかったんだけどねえ。免許取ろうかなあ」

「あきちゃん、うんてんするの?」

「うん。そしたら、気軽に遠出できるかなと思ってさ。ふたりでキャンプしに、山の中にも行けるようになるよ」

「わあ!」


 荷物を抱えての移動は面倒くさい。

 だから、うまいこと白妙に車を出させて付き合わせようと思ったのに、うまく逃げられてしまった。

 残念すぎるな、と亜樹は溜息を吐く。

 だが、幸いにも社宅には余裕で車を停められるスペースがあるのだ。この際、一念発起して自動車学校に通うのもいいかもしれない。


「あきちゃん、キャンプって、バーベキューもできるんだよね」

「ん、そうだね。レフくんバーベキューやりたいの?」

「うん! テレビでみたの。すっごく大きいおにくやいてたんだよ!」


 レフはテレビで見たというアウトドア番組の話をする。キャンプとバーベキューがすごく楽しそうだったのだと言うレフに、それならほたるを呼んで一緒にキャンプもいいかもしれないと亜樹も考える。

 今は暑すぎるから、もう少し涼しくなってから……シルバーウィークのあたりはどうだろうか。キャンプは無理でも、バーベキュー場なら日帰りでも行けるだろう。


「ああそうだ。大きいのはちょっと無理かもしれないけど、じいちゃん家の庭は広いし、たしか七輪くらいはあったと思うから、バーベキューの練習やってみようか」

「バーベキューのれんしゅう?」

「そうだよ。ホムセンも近かったし、あとで車出してもらって炭とお肉買いに行こう。小さい七輪でも、焼き鳥くらい焼けると思うんだ。まあ、七輪なくても、焚き火組めば串焼きくらいできるし……そうだ、串も買おう」

「わあ!」


 きらきらと目を輝かせる幼児はかわいいものだ。

 亜樹はうんうんと頷く。


 幹線鉄道からローカル路線に乗り換えて、さらにバスに乗り換える。

 亜樹が最後に来たのは高校時代、大学受験の前だから、何年ぶりになるのか。そのころとはあまり変わってないようで、何となくほっとする。


「ここからさらに歩くけど、レフくん疲れてない?」

「ぜんぜん大丈夫だよ」

 気もそぞろにきょろきょろと周りを見回しながら、亜樹に手を引かれて歩き出した。大きな荷物も、亜樹が軽々と担いでいる。目を丸くして「あきちゃんは力もちだね」と感心するレフに、亜樹はあははと笑った。

「昔はこれより重たい荷物を担いで何時間も歩いたんだ。最近はそんなことなくなったけど、まあ、衰えてなくて良かったな」

「ふうん。ぼくも力もちになれるかな」

「なれるなれる。レフくんなら、私よりずっと力もちになるよ。大きくなったら楽しみだね」

「ぼく、力もちになったら、ほたちゃんをおひめさまみたいに抱っこするの」

「うわー、お姫様抱っことか女の子の憧れだよ。じゃ、がんばらないと」

「うん」


 レフは人狼族だ。きっと、あまり鍛えなくても相当な力持ちになるんだろう。サポセンで何人かと顔を合わせたことがあったが、いずれもガタイがよくて、端的に言えばガチムチだった。

 今はかわいい幼児のレフも、大きくなったらガチムチか……と、あまりの想像できなさに、亜樹はつい笑ってしまった。



 * * *



 表通り……と呼ぶ、車通りの多い道から路地に入って少し坂を上ると、やっと祖父の家だ。裏側には山が連なっていて、坂の下にいくつか田畑を持っている、このあたりでは典型的な農家だ。

 もっとも、最近はあまり農業も流行らないので、同居している伯父も従姉妹の夫も、町に勤めに出ているというが。


「こんにちはー」

「こんにちはあ!」


 がらがらと玄関の引き戸を開けながら、大声であいさつをするのがこの家へ来たときの恒例だ。

 すぐに奥から祖父が出てきて、よく来たよく来たと相好を崩す。


「ほら、レフくん。爺ちゃんだよ」

「ぼく、さくらぎレフです」

「ほうほう、この子がそうか。ちゃんと名前が言えるんだなあ」

「うん、来月から保育園の年長さんだからね」


 ぺこりとお辞儀をするレフに、祖父は目を細める。


「あ、じいちゃん、これ、社宅の管理人の雛倉さんから」

「ん?」


 上がり込んで靴を揃えて、それから亜樹は小さい酒瓶を取り出した。茶色い瓶にラベルは無く、受け取った祖父が不思議そうに瓶を掲げて透かし見る。


「長生き祈願の酒だってさ。御神酒(おみき)みたいなやつ……になるのかな?

 せっかくだから持ってけって、持たせてくれたんだよね。めっちゃ酒好きがくれた酒だから、たぶんおいしいと思うよ」

「そりゃあ、ありがたい。なら、まずは仏壇に上げておくかね」

「ご仏前用のお菓子も持ってきたけど、そうしてもらえるかな」


 明日になれば、近所に住む親族が皆集まってどんちゃん騒ぎだ。小瓶の酒なんてあっという間になくなるだろう。


「じゃ、レフくん。まずはお線香上げようか」

「うん」

 レフを連れて、亜樹はすぐに仏間へ向かう。

 仏間はすでに灯籠やらで飾られていた。


 ここへ来る前に、レフの母の写真にも線香を上げてきた。亜樹が聞いてる限りでは新盆になるはずだが、さすがに、今、雄滝山に行くのは無茶だろう。

 申し訳ないが、墓参りはもう二、三年経って落ち着いてからだ。

 レフが先にお線香を上げた後、亜樹も線香を点して手を合わせる。




 そこにからりと襖が開いて、伯母がひょいと顔を出した。


「亜樹ちゃんいらっしゃい。じゃ、この子が亜樹ちゃんの養子なの?」

「こんにちは、伯母さん。レフくんていうんだ、よろしくね」

「こんにちは、さくらぎレフです」

「あらあらお利口さんで、日本語も上手なのね。いくつ?」

「ごさいです」


 広げた手のひらを前に出して、レフがにこっと笑う。

 これまでの生活から学んだおかげなのか、レフの大人に対する愛想はとても良い。見た目のかわいらしさもあって、たいていの大人から好かれる。


「うちの孫も同じくらいかね。レフくんも仲良くしてね」

「うん!」

「あ、そっか。もうこのくらいだっけ?」

「そうなんだよ。亜樹ちゃんは写真で見たっきりだっけね」


 従姉妹が結婚して子供ができた、と聞いたのは、亜樹が高校に入ったころだったか。もうそんなに前なのかと、少し遠い目になってしまう。


(そら)ー! 真央(まお)ー! 亜樹ちゃんが来たよー」

 はーい、とぱたぱた駆けてくる足音が聞こえて、伯母の足下から子供ふたりが顔を出した。

「あ、がいじんだ!」

「がいじん!」

「こら!」


 レフを見るなり目を丸くして指さすふたりを、伯母が慌てて叱る。


「宙くんと真央ちゃんか。レフくんは外人じゃなくてロシア人だから、間違えちゃいけないよ」

「さくらぎレフです」

「にほんごだ!」

「にほんご!」


 またぺこりとお辞儀をするレフに、ふたりはいっぱいに目を見開く。


「ほら、あんたたちもちゃんとあいさつなさい! レフくんはちゃんとあいさつできたわよ!」

「おおはしそらです」

「おおはしまおです」

 どやされてようやくレフと同じようにぺこりとお辞儀をするふたりに、亜樹も「ふたりもちゃんとあいさつできたね!」と笑った。




 まあとりあえずスイカでも食べて、ゆっくりしてなさい――などと言われ、縁側に座って庭を走り回る子供たちの見張りが、亜樹の役目になった。

 山と田畑ばかりの田舎もやっぱり暑い。

 あまり外に出っぱなしでは熱中症が怖いからと、適度に呼んでスイカを食べさせたり身体を冷やしたり……まるで保母さんのような役割だ。

 だが、こんなにぼーっとできたのは、いつぶりだろうか。少なくとも、就職してからこんなにのんびり休めなかったことは確かだ。

 つい、メッセージは来ていないよな、とスマホの画面を確かめてしまう。


「レフはおおきくなったら何になるの? あたし、ねこやさんになるの」

「おれ、おまわりさん!」

「ぼくは、大きくなったら、せいぎのみかたになるんだ」

「えー、せいぎのみかたって、テレビのお話の中だけなんだよ」

「そんなことないよ。だって、あきちゃんはせいぎのみかただよ」


 いつの間にか、子供たちは地面にしゃがんでアリだか何だかをつつきながらおしゃべりを始めていた。亜樹はぷっぷっとスイカの種を飛ばしながらそれを眺めていたが、レフの言葉にぶふっと吹いてしまう。


「へんなのー! それに、あきちゃんの子になったんなら、あきちゃんがママなんだよ。なんでママってよばないの?」

「あきちゃんは、あきちゃんだからだよ」

「ママなのにおかしいよー」

「おかしくないもん」


 どうやら真央は言いたいことを我慢しない子供らしい。

 まあ、未就学児なんてそんなもんだよなと思いつつ、亜樹は立ち上がる。


「うん。そうなんだ、真央ちゃん。私はレフくんのママじゃないし、レフくんのママはちゃんとほかにいるからね。だから“ママ”じゃなくていいんだよ」


 亜樹の言葉にむむむと唸って、真央が眉間にしわを寄せる。

 どうも納得できないようだ。

 この齢の子供なら「保護者=父母」という認識になるのもしかたないか、と亜樹は苦笑を浮かべる。


「ママじゃないなら、あきちゃんはレフの何?」


 宙が尋ねる。ママじゃないのに親っていったい何なのだ、と言いたげだ。


「んー、レフくんの何か、か。難しいな。あえて言うならメンターかな」

「めんたー?」


 聞き慣れない単語に子供たちはぽかんと口を開けた。レフ以外のふたりが、ふっふっふと笑う亜樹を胡乱な目で見詰めている。


「将来、レフくんが清く正しく美しい正義の味方に成長するために、道を示して教え導き、最後には敵として立ちはだかって倒されるメンターが私だよ」

「あきちゃんもへん。何言ってるかわかんない」

「わかんないよ。めんたーなんて聞いたことないもん」

「そっかあ、変でわかんないかあ。参ったなあ」


 あっはっはと笑い飛ばす亜樹を、ふたりはやっぱり胡乱な目で見ていた。


「だいぶ暑くなったでしょ。そろそろ中に入って、スイカジュース作ろうか」

「スイカジュース!」

「作る!」

「じゃあまず風呂場にいって汗流そうね」

「はあい!」


 子供たちは連れだって家の中へと走り込んでいった。



※雛倉さんの持たせた酒は、雛倉さんスペシャルセレクトなただの美味しい酒です。

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