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妖サポートセンター  作者: 銀月


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閑話:引っ越し完了

 なんやかやでどうにか引っ越し作業も終えた。


 当面はレフくんのおかげで婆ちゃんも夜中にしくしく泣くことはないようだし、そこは安心だろう。まあ、婆ちゃんのいる仏間には未だにちょっとだけ近寄りがたいけど――あなたの知らないワールドにはあまり関わりたくないのだから仕方ない。

 ちなみに、長ちゃんは一足先に引っ越しを終えている。

 魔改造した元車庫の離れに早々にこもったまま姿も見せないのは、きっと、嬉々として魔術の何かにいそしんでいるからだろう。

 こっちに用ができない限り、永遠に出てこなくていいんだけど。


 雛倉さんも庭の池をいたく気に入ったようで、こちらもひと安心だ。さっそく池の真ん中にある岩の上に社を作れとうるさいので、サポセンの伝手で手配した。ご神体の丸石は、その岩に安置することになったんだけど……。

「え、ここに“蛇神斬り”ぶっ刺せって?」

 ここ、というのは、雛倉さんの丸石を安置するために丸く削った穴の底だった。池に浮いている亀とレフくんが首を傾げる。

 レフくんが「ささるの?」と不思議そうに尋ねるが、たぶん刺さるだろう。女神謹製のなんでも斬れるチート剣なのだから。

 だが、こんなとこに剣を刺してどうしようというのか。

「そやつは何でも斬れるのであろう? ならば、この岩を貫くことくらいたやすいであろう」

『もちろんですよ! 勇者(マスター)、やっちゃってください! ざくっとひと思いに行きましょう!』

「いや、ひと思いっていうかその言い方やばくない?」

「ほれ、早うやらぬか」

 最近、“蛇神斬り”に語彙が増えて口調がだめな方向に向かってる気がするんだけど、誰のせいだろう……なんて考える間もなく、雛倉さんがあまりに急かすので、私は“蛇神斬り”を抜いた。流れるように雛倉さんの指示する場所に垂直に切先(きっさき)を当てて、えい、と思いっきり突き立てる。初めてこの剣を手にした時の台座に刺さってたよりも深く、柄元まで思いっきりひと息にだ。

 雛倉さんは、なぜかわくわくとうれしそうな顔でそれを見ている。

「こんなもんでいいかな?」

「うむ、うむ」

 雛倉さんはぐいと顔を近づけて、じっくりと剣の刺さり具合を観察する。

「良し、良し。ささ、抜くのだ。早う抜け」

 よくわからないけれど、言われるままにとにかく剣を抜く。“蛇神斬り”はいい仕事したとでもいうかのように満足げだ。

 ふんふんと鼻歌でも歌い出しそうな浮かれた面持ちの雛倉さんが、今度はたった今できたばかりの小さな穴を覗き込み、尻尾でぺしりと一打ちした。


「――え?」


 穴からたちまちこんこんと湧いて出た水に、私は呆気に取られてしまう。剣の刀身は一メートルにも満たない長さなのに、どこをどうしたら水が湧いて出る余地があるのだ。

 どう考えても、地下水脈はおろか水道管にすら届かないだろうが。


「ふむ、なかなかによい水だの」

「え? え?」

「忘れたか。我は水神であるぞ。このくらいできぬでどうする」

 呆然とする私の前で、雛倉さんは水の湧き出した穴に丸石を安置すると、とてもとても満足そうにとぐろを巻いた。


 漣さんは、「主人(あるじ)様、ようございました」と笑っている。レフくんも目を丸くして「雛倉様、すごいね!」と興奮気味だ。

 池の亀も、もう、雛倉さんにひれ伏せんばかりだった。こいつが雛倉さんに(くだ)る日も近そうなくらいに喜んでいる。


「我の神域たる池の水が濁っていては、話にならぬであろう。だが、これで安泰だ。我自らが水を招いたのだからな。これでここが干上がることなどないぞ」

「すごいな……雛倉さんてほんとに神なんだね」

「当たり前のことを申すな。我をなんだと思っておったのだ」

「大酒飲みのぐうたら竜」

 むむむと雛倉さんが口をへの字に曲げる。言い返さないのは、心当たりがあるからだろう、たぶん。

「まーいいや。つまりここから湧いてる水はご神水ってことか。すごいな。庭の池からご神水が湧く社宅って」

 まあ、ご神水とか言っても何か効能があるわけではないだろう。夏場の取水制限が来ても、水には困らないってくらいか。

「あきちゃん、お池で水あそびしてもいい?」

「雛倉さんがいいって言ったらね」

「構わぬ。ここは我の神域であるから、水難事故なぞも起こらぬぞ」

「そりゃ安心だ。よかったね、レフくん」

「うん!」

 これで夏のプールも安心か。湧き水なので水温には注意しなきゃならないけれど、この日差しの強さなら安心だろう。なんなら、あとで雛倉さんに水温上げてくれと言っておけばいいかな。

 プールでふと思い出す。


「そうだ。レフくん、保育所からオッケーが出たよ。九月から年長さんだ」

「わあ!」


 これまで戸籍が無くて山の中で隠れ住んでいたレフくんは、保育所はおろか学校すら通えない状況だったらしい。レフくんも、本当はほたるちゃんと一緒に幼稚園に通いたかったそうだ。

 しかし、無事に戸籍を得た今は、もう問題ない。

 問題があるとすれば、保育所激戦区のこの地域ではなかなか空きが見つからないということだけだった。通える範囲の保育所をいくつか当たってみたが、案の定どこもいっぱいで空き待ち必須という有様だった。


 ――が、なんとここで天の助けが現れた。綾織神社の綾織姫さんだ。


 なんで神社が保育所なんかに伝手があるのかと思えば、隣の妙海寺なら顔が利くからだというのだ。なんでも、昔は神仏習合だとかで神社とお寺がいっしょくたで、だから隣どうしの妙海寺と綾織神社もいっしょくたに祀られて管理されていたらしい。

 現在は一応分けられたけれど、今でも、綾織神社の宮司の親戚が妙海寺の住職で……つまり、それゆえに綾織姫の顔が利く。

 そして、妙海寺には付属の幼稚園と保育所があって……引っ越しの少し前に綾織姫に挨拶に行った際、レフくんの保育所の話がちょろっと上がったのを覚えていてくれて、手を回してくれたということだった。

「園児のお父さんが栄転でお引っ越しになるように、ちょっと働きかけてみたの」

 綾織姫はそう言ってコロコロ笑っていたが、日本の神様って平気でこういうことやるよなあとしみじみ感心する。さすが土着の神というべきか。

 ともあれ、神様の口利きでというのは妙な話だけど、運良く九月から空きが出る、妙海保育所への入所が決まったというわけだ。

 当然私立なので、公立よりはお金がかかってしまうが、そこはしかたない。出張手当だなんだでそれなりに給料はもらっているのだ、なんとかしよう。

 白妙さんにもベア交渉をしよう。来春は春闘だ。


「明日は指定のお店に行って、制服とか買ってこようね」

「ぼくたのしみ! おともだちできるかな」

「できるできる。大丈夫だよ」


 それから、レフくんの耳と尻尾のポロリ対策も考えなきゃいけないことに思い至った。だいぶ引っ込めていられるようになったけれど、何かしらの弾みでポロリしてしまうので、油断はできない。


「長ちゃんにも道具を頼んでおかなきゃならないな」

「どうぐ?」

「そう。うっかり尻尾ポロンしないようなやつを作ってもらおう」

「あ、そっかあ」

「私も魔法習い直して、レフくんに幻術かけるくらいなんとかできるようになろうかな。長ちゃんに指導受けるのは癪だけど、背に腹は変えられないしね」

 勇者時代にひと通り基礎は習ったし、それなりの魔法もマスターしたはずだったが、所詮突貫知識。現場を離れて使う機会が激減したため、便利な奴以外はすっかり忘却の彼方だった。

 受験知識のようなものだ。

「あきちゃんは魔法使いなの?」

「違う違う。元勇者だよ。勇者ってのは、なんでもできないといけないんだ」

「そうなの?」

 きょとんと首を傾げるレフくんは可愛い。きっと保育園でもモテモテになるだろう。レフくんのことだから、それでもほたるちゃん一筋なんだろうが。

「今夜のうちに必要なものチェックしておいて、九月までに準備しないとね」

「うん!」

 はしゃぎ回るレフくんの、今は引っ込んでいる尻尾は、きっとぱたぱたすごい勢いで振り回されているに違いない。




 そして夜。

 渡されていた入所案内を確認して、私は頭を抱えた。


 ……手作りの手提げ袋に巾着袋を用意しろ!? 月に一回お弁当の日!? これはマジなのか!? と。


 裁縫なんて高校の家庭科でしかやったことがない。自慢じゃないが、ミシンでまっすぐ縫えたためしもない。

 せいぜいボタン付けがやっとくらいのものだ。

 おまけに、お弁当なんて自分のものすら作ったことがないのに、子供の弁当なんてどうやって作ればいいんだ?


 結局、布とミシンを買ったものの、使い方どころか作り方すら今ひとつだった私は、漣さんの全面的な協力を得てどうにか作り上げたのだった。

 弁当も漣さん頼りにしなければ、とても立ち行かない。

 申し訳ないが、適材適所ということで、ひとつお願いすることにしよう。


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