【クリスマスSS】狼子供のクリスマス
・SSと言いつつ全然短くありません。
・クリスマスSSなので、時制が前後します。
「レフくんはどのケーキがいい?」
「んとね、いちごたくさんのやつ! チョコものってるの!」
「んー、じゃ、これの一番大きいのにしようか」
「ほんと!? おおきいの!?」
「ほんとほんと。皆で食べるんだしね」
隣駅のデパートで集めたカタログを広げてのクリスマスケーキ選定会は一瞬で終わった。レフくんの意見を聞くだけなんだから、そんなものだ。
レフくんは目を輝かせてはしゃいでいる。大きなケーキははじめてなんだ、とか、泣かせるじゃないか。
「勇者アキ」
「ん?」
ケーキの広告をじっと睨むように見つめながら、長ちゃんが顔を顰める。いったい何が引っかかっているというのか。
「クリスマスとは、宗教行事ではなかったか。ここの神は雛倉様のはずだが、クリスマスとは雛倉様ゆかりのものと考えてよいのか?」
「それ、違うから」
何かと思えばそんなことかと、私は大きく息を吐く。
考えてみれば、長ちゃんの出身世界で、宗教と女神はものすごく尊重されるべきものだ。もちろん、中には自分に都合のいいお願いを祈る者はいたが極少数派だ。長ちゃんだって、こう見えて意外に真摯に女神を拝んでいた。
「あのね、いい? ここ日本。日本だから、長ちゃんとこの女神も八百万いる神々のうちのひとりだね、って言っちゃうお国柄。
そして日本はどんな宗教行事だろうと楽しく経済効果があればオーケー。神様自身、どんちゃん騒ぎで喜ぶんだから何も問題ない。
ね、雛倉さん?」
「む、そうだな。我は祭が好きだぞ」
ケーキのカタログの横に乗ってるシャンパンの欄をガン見しながら、雛倉さんはうむうむと頷いた。
この調子だと、ワインも買ってこいとか言い出しそうだ。
「そして何より、クリスマスは世界中の良い子にサンタさんが贈り物くれる日なんだから、宗教は二の次でいいんだよ」
長ちゃんはどうにも納得し難いという変な顔で私を見るが、実際そうなんだからしかたない。少なくとも、私と私の周りではそうなのだ。レフくんだって、別に洗礼だなんだを受けてるわけではないようだし、どこか教会探してミサに参加する必要もないだろう。
「とにかく、この社宅の公式神は雛倉さんだから、雛倉さんがオッケーならオッケーってこと」
「ならば、我はおっけいであるな」
厳かに頷きつつ、雛倉さんはシャンパンの欄を爪で切り取っていた。きっと、渓さんをお使いに向かわせるんだろう。
「あ、そういや、レフくんはサンタさんに何をお願いしたの?」
「なにって?」
「いや、プレゼントには何をお願いしたのかなって」
レフくんはきょとんと首を傾げている。
「でも、もうケーキきめたよ?」
「え? いやいや、ケーキは皆で食べるものだし。サンタさんのプレゼントは、ケーキと別枠だよ」
「でも、ママはサンタさんにはケーキをおねがいするものだっていってたよ」
ぐ、と言葉に詰まる私を、レフくんは不思議そうに見上げる。
「それでね、きょねんは、サンタさんがとってもいそがしいからって、ママがサンタさんのかわりにケーキをよういしてくれたの。ことしはあきちゃんがサンタさんのかわりにケーキをよういしてくれるんだよね?」
「あ、まあ、私は元勇者だしね、サンタ代行も頼まれてるから、そうだよ」
レフくんママって頑張ってたんだな、などと私は必死に考える。
レフくんが覚えてるのは、ほたるちゃんの郷に来てからのことばかりだというし、言葉だの文化だの違うど田舎で、レフくんママも、さすがにクリスマスプレゼントを用意できるほど、余裕はなかったんだろう。
それに、そうだよ、これくらいの歳の子ってサンタさんをガチで信じてるものじゃないか。私だって、隣のおばちゃんに真実をバラされるまで、サンタの実在を疑ったことなんてなかっただろうが。
「えーと、そう! 今年から、がんばったいい子にはケーキとは別にプレゼントを配ることになったんだ。それで、レフくんにも配るようにって、サンタさんから連絡が来たんだよね」
レフくんの顔が輝いた。
「ほんと!?」
「うん、だから、レフくんはサンタさんに何をお願いしたいかな?」
「ぼくねぼくね、せいぎのみかたになるやつがいい!」
「――え?」
「あきちゃんももってるよね! ぼくもライダーとかあきちゃんみたいにへんしんしたいの! それで、せいぎのみかたのゆうしゃになるの!」
ぽかんと口を開けて、それから、ニチアサか、と思い至る。
レフくんは、近頃日曜朝に放送している子供向け特撮番組にハマっている。某大手通販会社の提供する番組オンデマンドサービスで、過去の放映分もがっつりなくらいにはどハマりしている。
確かに私もせがまれて乗せられて何度か“蒸着”してみたが、私の鎧は全身甲冑なだけに、まるで変身したかのように見えたのだろう。
これはもしかして、市販の変身ベルト的なおもちゃじゃ収まらないのではないか、などという予感しかない。
「ええと、レフくんは、正義の味方になりたいんだ?」
「うん! それで、ほたちゃんをまもって、わるいやつをやっつけるの!」
あ、悪いやつのビジュアルが、あの益荒男山神しか浮かばない。
「うーん、ちょっと難しいかもだなあ……サンタさんに相談してみるよ」
「うん。あきちゃんからもサンタさんにおねがいして。ぼく、もっといいこにしてがんばるから、おねがいしますって」
「――というわけなんだけど、なんとかして」
「相変わらずの無茶振りだな、勇者アキ」
待ち構えて捕まえた長ちゃんが、思い切り顔を顰めて渋い声を出す。
「長ちゃんならなんとかできるでしょ。有能なんだし」
「当然だ……と言いたいが、ここはあちらと勝手が違う。素材の調達も術式の用意も、全てがあちらのようにはいかんのだが。
そもそも、レフに用意したいという魔導具の具体的な機能もあやふやでは、作りようがない」
「だから、さっきも言ったじゃん。正義の味方になれる奴って。変身ベルトとかウルトラなんちゃらとか、だいたいそんなところ?」
「さっぱりわからん」
むう、と眉が寄る長ちゃんに、私の眉も寄る。
「んじゃ、とにかく、ニチアサ特撮見て」
「私にそんな暇があるとでも?」
「あるじゃん。前みたいに魔術師長がどーとかこーとかないんだし、暇ありまくりでしょ。レフくんのためなんだからやって」
偉そうに忙しいという素振りを見せるが、私は知っている。オフの日は納戸にこもり、暇に飽かせてひたすら趣味の魔術研究に勤しんでいることを。
長ちゃんはこれ見よがしにやれやれと溜息を吐いて、しかたないと腰を上げた。
そこから数日、長ちゃんはレフくん本人オススメの特撮番組を見倒したらしい。漣さんから、意外に集中して真剣に見ていたようだと聞いたものだから、長ちゃんも男の子だったんだななどと妙な感心をしてしまった。
「勇者アキ」
「ん?」
「“正義の味方”とやらは、正体を隠さなければならないわけだな」
「え? まあ、そういうの多いかな」
「ふむ。故に変身前とかけ離れた姿となり、同時に、肉体的な力と防御を得なければならない、と」
ブツブツと考え込む長ちゃんに、私はなんとなく危機感を覚えた。長ちゃんは結構な職人タイプだから、ほっとくとやり過ぎる傾向がある。
「あのさ長ちゃん。レフくんはまだ未就学児だから、そのへん考慮してね。幼児の発達と学習に悪影響及ぼすようなものは無しだから」
じろりと私を見返す長ちゃんは「わかっている」と尊大に言ってのけた。
「その程度の考慮は織り込み済みだ。子供騙しではなく、しかし安全にはしっかり配慮したものを作ってやろう」
こいつなんでこんなに偉そうなのかなと思う。もしかして、特撮によく出てくるマッドサイエンティスト枠でも狙っているのか。そうなればなったで大手を振って封印なりできるのだから、悪くないが。
「んー、そこは、じゃあ信用しとく。必要なものがあったらなるべく調達するから、言ってね」
「ああ」
長ちゃんは職人魂が刺激されたのか、嬉々として元納戸の秘密研究室へと戻っていった。ちなみに、あの納戸が長ちゃん自身の手で魔改造されてから、私は一度も覗いてない。今後も覗く気はない。
世の中に、知らないほうが良いことは一定数存在するものだ。
そしてクリスマス前日。
「勇者アキ、これが注文の品だ」
長ちゃんが寄越したのは、単なる赤い石が嵌った銀の腕輪に見えた。
「長ちゃん、これまさか銀? 人狼に銀は駄目なんだけど」
伝説のとおり、人狼に銀は有害だ。たいていの傷ならたちまち治ってしまう人狼に、唯一致命的な傷を負わせられる物質が銀というわけだ。
「いや、銀ではない。真鍮をベースに各種魔法的な処理を施したものだ」
「ならいいか。で、これどういうもの?」
「幻術と変身術、それから防御、強化の術式を織り込み……」
「もっと端的に」
やたらと専門用語混じりの小難しく長い解説になる気配を制して、私は先を促した。とたんに、長ちゃんは何か残念なものを見るような表情を浮かべる。
「勇者アキには魔術の基本を叩き込んだはずだが」
「魔術なんか使う機会ないって言ったじゃん! 細かいことなんか忘れたわ!」
「わかった、端的に説明してやろう」
長ちゃんは大きな溜息を吐く。
「この道具は、使用者の外見を変化させ、肉体強化と防御強化の術式を展開するというものだ。万が一、使用者の変身前変身後の関係を知られた場合に備え、認識阻害の術式も編み込んである。とはいえ、阻害できるのはこちらの人間族だけになるがな」
「へえ」
「その顔では理解していないな」
「うっ。まーいいじゃん。魔術に関してだけなら長ちゃんのこと信用してるってことなんだし」
長ちゃんは胡乱な目で私を見るが、すぐに諦めたように溜息を吐いた。
「ただし、武器は付けていないぞ。武器の所持は違法だというからな。それとこれにはレフのみの使用制限も付けてある」
「うん、そこは問題ない。さっそくラッピングして、ツリーにぶら下げないと」
レフくんが喜んでくれるといいなとにまにま笑いながら、私はすぐ準備に取り掛かった。
「わあ、ごちそう!」
「七面鳥はさすがに難しかったんですけど、鶏は渓兄にお願いして買ってきてもらったんですよ」
料理を並べながら、漣さんがそんなことを話す。渓さんも今日は休みだとかで、久しぶりに雛倉さんの神使も全員が揃った。
白妙さんも、ちゃっかり席に着いている。やはり狐は要領が良い。
さらに言えば、雛倉さんにはどこぞの酒を持って来るくせに私に何もないのは、いったいどういうつもりなんだろうか。
「それでは、くりすますとやらを祝うとするか」
雛倉さんが上機嫌にフンと鼻を鳴らす。
久しぶりの神事だと、雛倉さんはひたすらに機嫌がいい。もちろん、クリスマスが西の一神教の行事だとは誰も教えてないし、誤解も解いていない。
雛倉さんが喜んでるんだからそれでいい。
「めりい、くりすます!」
「メリークリスマス!」
雛倉さんの取った音頭に合わせて皆でクラッカーを鳴らし、乾杯する。漣さんとレフくんは子供シャンパンだが、その他は酒だ。
カチンカチンとグラスを合わせる音に、歓声が上がる。
ぐいっとグラスを空けると、雛倉さんが取り寄せた酒の封を開けた。そこには白妙さんもちゃっかり混じっていた。やはり狐は要領が良い。
鶏を切り分ける長ちゃんの横では、レフくんが涎を垂らさんばかりにじっと見つめながら待っている。皿に置かれた腿肉の端っこにアルミホイルを巻いてもらうと、さっそくかぶりついた。
「あきちゃん、おいしいよ!」
「うんうん、おいしいねえ」
「ほたちゃんもいっしょだったらよかったのになあ」
「そうだねえ。次はなんとか考えてみようね」
「うん!」
口いっぱいに料理を頬張りながら、レフくんはほたるちゃんとクリスマスをやる時はあれをするこれをするという話を続ける。うんうんと相槌を打ちながら、私もちびちびとグラスを空ける。
ほたるちゃんもまだ小学生だ。さすがに距離もあるし、年末年始のこの時期にこっちへ招待というわけにもいかないのが辛いところか。テレポーテーションみたいな魔術があればいいんだが、あっちには無かったんだよなあ。
ま、そこはそれ、ここはこれ
「そうそう、レフくん。サンタさんからプレゼントが届いてるよ」
「え、ほんと!?」
「ツリーに置いたって聞いたから、探してごらん」
「うん!」
ツリーに走り寄り、瞬く間に包みを見つけて、キラキラと目を輝かせながら振り向いた。
「あきちゃん、これ?」
「うん、それみたいだね」
「あけていい?」
「いいよ」
がさがさと包み紙を開けると出て来たのは、もちろん長ちゃん謹製の腕輪だ。特撮ものに出てくるちょっとゴツい腕輪にデザインを似せてある。
「わあ、これ、せいぎのみかたになれるやつ?」
「レフくん、“変身、オオカミレッド”って言ってごらん」
「えっと、“へんしん、オオカミレッド”!」
レフくんがそれっぽいポーズを付けて高らかにコマンドワードを唱えると、いきなり眩い光が迸った。あたりが真っ白に染まるほどの閃光に思わず目を瞑り、それからゆっくりともう一度目を開くと……。
「うわ……」
「あきちゃん! ぼくオオカミレッドだよ! せいぎのみかただよ!」
レフくんが、あまりにもベタすぎる戦隊スーツの赤枠ヒーローになっていた。
しかもあれだ。
見た目年齢は上がってるし、顔半分隠れたヘルメットからは狼耳が覗いてぴこぴこ動いているし、スーツのお尻からはふさふさの狼尻尾も揺れている。
何というか……。
「ちょっ、ちょっ、これ! 長ちゃんひょっとして天才!?」
「当然だ。私を何だと思っている」
「やばい、やばいよレフくんカッコイイ! 私も蒸着鎧じゃなくてこっちにしてもらえばよかった! むっちゃカッコイイ!」
「あきちゃん、これでほたちゃんまもれるかな?」
「いけるいける! 防御もバッチリだって聞いたよ。それこそ、象に蹴られても大丈夫なやつだから!」
「さすがに魔竜の牙や爪までは防げるわけではないが、大抵の魔獣相手に遅れを取ることはないぞ」
興奮する私とレフくんに、長ちゃんはこれ以上ないドヤ顔で解説する。
「わあ! わあ!」
興奮のあまり部屋の中でばたばた暴れ出して漣さんに止められるまで、私とレフくんは大はしゃぎだった。
武器の所持はできないが、レフくんは人狼で体力面の素質があるわけだし、体術ならいけるんじゃないだろうか。空手とか少林寺とかを習っておいて、いざとなれば素手で格闘するオオカミレッド。うん、カッコイイじゃないか。
「ところで長ちゃん、アレなんで変身すると大人の姿になるの」
「なんだったか、変身すると大人になるアニメがあったので、参考にした。子供の姿ではいろいろと支障もあるからな。さらに言えば、年齢が変わることで正体もばれにくくなる。当然の配慮だ」
魔法少女か。魔法少女ものまで見たのかこいつ。
長ちゃん意外とそういうの好きだったのか。
その後、予想通り「ぼくつよくなるんだ!」と言い出したレフくんを子供空手教室に入れた。
将来のオオカミレッドを想像して、ひっそりと喜んでいる私を白妙さんが諦めた顔で見ていたが、気にしない。
ついでに言うと、翌年の夏休みを使って遊びに来たほたるちゃんが、「私もキツネピンクになりたい!」と言い出したのは、ちょっと計算外だった。
次のクリスマスで、レフくんと同じものをサンタさんに頼むのだそうだ。





