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妖サポートセンター  作者: 銀月


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事件7.古民家の怪異?/前篇

 日本の夏は暑過ぎる。


 あまりに暑すぎるおかげで外へ出るのも億劫……いや、むしろ生命の危険がアブナイからと、連日、家に引きこもることしかできない。レフくん連れて公園になんて出ようものなら、間違いなく熱中症で死ぬ。

 とはいえ、遊び盛りの仔狼が家の中ばかりじゃつまらないだろう。

 雛倉さんに水神パワーでなんとかならないのかと訊けば、「雨なら適度に降っているだろうが」と返された。

 水神ってのは、気候を操る神じゃなかったか。


 仕方がないので、インターネットでだらだらと物件情報を見て回る。

「通勤はどうせ夜だなんだで白妙さんが車出すんだし、考えなくていいかな」

「おひっこしするの?」

 タブレット端末の画面を興味津々に覗き込んで、レフ君が首を傾げた。

「さすがに手狭になってきたでしょ。レフ君が来年小学校だし、なるべく通いやすいところに引っ越したほうがいいかなと思って。このアパートからだと、どこもちょっと離れてるしね」

「ぼく、たくさん歩いても平気だよ」

「どっちかっていうと安心のためだよ。今時、都会の喧騒は必ずしも子供にとって安全じゃないんだ。レフくんはかわいいからね。漣さんが居てくれてるって言っても、対策しておいて損はないでしょ」

「ふうん」

 よくわからないと首を傾げながら、レフくんはまた画面を覗き込む。お庭があるといいなあ、なんて呟きながら。

 ――そうか、アパートではなく貸し家にするという手もあるのか。

 あとで、住宅補助の上限を確認しなくては。


 と、スマホが震えた。画面を確認すると、白妙さんからの電話だった。

「亜樹さんに仕事です」

「久しぶりだね」

 ここ数日、呼び出しがないのは平和な証拠だと非番を堪能していたのに。

 私はスマホの通話口でつまらなそうに応える。

「で、どんなやつ?」

「今回の仕事は少々厄介でして。これからそちらに伺います」

「――嫌な予感しかしないんだけど」

 白妙さんが“厄介”というのだから、本気で相当に厄介なんだろう。

 この狐は、人をからかったり肝心なことを黙ってたりすることはあっても、嘘は吐かないのだ。

「その代わり、上手くいけば社宅に住めますよ」

「え?」

 だが、社宅?

 こうもタイミングよく降って湧いた話には、違和感しかない。この狐、まさか人の考えてることがわかるのだろうか。

「サポセンに社宅なんてできたの?」

「いえ、できるかもしれないという意味です。まだ少し不鮮明でして。それも含めて、そちらで説明しますから」

「はあ」

 白妙さんの声は、にんまりと笑う顔が見えそうなほど弾んでいた。

 そりゃそうだ。嫌な予感しかしなくても、結局のところ、私にはほいほい乗せられる選択肢しかないのだから。



 * * *



「古民家の掃除?」

「ええ、そうです。築七十年ほどになる純日本家屋なんですが、持ち主が昨年頭に亡くなってからずっと空き家でして」

「ふうん。で、それが?」

「依頼を引き受ける代わりに、うまく“掃除”を完了したら、サポセンの社宅として利用できることになりました」

「やっぱりかあ」

 うまい話には裏があるというやつだ。

 すんなりと社宅入れるラッキー……なんてことになるわけないと思っていたよ。“掃除”だって、絶対、文字どおりの“掃除”じゃないんだろう。

「でも、なんでその“掃除”なんかがうちに回ってくるの」

「はい。“掃除”というのはもちろん比喩的な意味でして」

 にんまり笑う白妙さんに、そうだろうなと胡乱な目を向ける。

「古い家で、屋敷神を祀っていたんですが、家主が亡くなったせいか何やら悪いものが入ったらしく……どうもややこしいことになっていると」

「悪いもの? じゃ、祟り神になったとか?」

「いえ、まだそこまでは。でも、時間の問題のようですね」

「それマジで面倒くさいやつじゃん」

 思わずこれ見よがしの大きな大きな溜息を吐く私に、白妙さんは軽く肩を竦めてみせた。




 この国の“神”は、わりと簡単に誕生して、わりと簡単に堕ちる、という。


 雛倉さんだって、今でこそ由緒正しい水神と言われているが、もとは地域の人々が神の恵みに見立てていた極々小さな湖でしかない。人々がきちんと祀り上げて、何年も治水やら豊穣やらを祈願して祭礼を行なっていたからこそ、神に昇格したという存在だ。

 古い家なら、狐だ蛇だを屋敷神として祀ってることすら珍しくない。


 だいたい、聖も魔も怨霊も人間も全部いっしょくたにまとめて崇めてしまえ、伏し拝んでちやほやすればおとなしく恵みを(もたら)してくれるだろう、というのが、この国の大多数の“神”だ。故に、祭礼が途絶えた、あるいは祭礼のやり方が気に入らない等の理由でたちまち怒って暴れだす程度、実に珍しくない。。

 おまけに、一度祀られた神が臍を曲げて暴れ出せば、なかなか鎮まってくれない祟り神となってしまうことも多い……らしい。

 そこまでのものを、私はまだ実際に見たことはないのだが。




「それってさ、殴り倒さなきゃ埒が明かないってこと?」

「それもまだはっきりとは」

 暴れるまでは行ってないが暴れだすのも時間の問題なのかと考えながら、確認する。殴って済むならまだ面倒は少ない。

「いかに元勇者の私だって限界あるからね。だいたい浄化って、あんまり私向きじゃないんだよ。でもうっかり殺っちゃうのは無しなんでしょ?」

「はい」

 白妙さんも少し困った顔になる。

「いっちゃんは?」

「樹さんは他案件で遠方に出張中でして、しばらく戻れません」

「じゃあ、こないだ一緒した滝沢さん」

「彼も、地元の祭礼で手が離せないと」

「じゃ、マジで私ひとり?」

 いかに弱っていても、祟り神まであと一歩という相手を前に私ひとりというのは、負担が大きくないだろうか。

「いえ」

 だが、白妙さんはにっこりと笑った。

 これは何かある時の笑顔だ。

「誰が来るの」

「魔法使いさんですよ。先日研修も終えましたし、今回OJTの一環として同行することになりました。亜樹さんなら彼の能力もよく知っていて勇者時代の経験もありますから、お誂え向きでしょう?」

「えー……長ちゃんて、あれで性格細かいくせにやることも魔法も派手でめんどくさいんだけど」

「もう決定なのでお願いします」

 白妙さんはにこにこと断言して、資料を差し出した。その古民家の周辺の地図と、家の見取り図と……。


「へえ、この近所なんだ」

「そうなんですよ。それも、亜樹さんに振り分けた理由のひとつです」


 地図サイトから印刷した広域地図によれば、駅からは少し遠い。バスを使わなきゃいけない距離だろうか。このアパートからも徒歩なら一時間くらいはかかる地区だ。そのかわり、周りは田んぼと畑と雑木林が多い。元農家というだけあって、庭も広い。

 おとなしく座っていたレフくんも興味津々に覗き込んで、「おにわだ」と目を輝かせる。いかに貸家でも、この広さの庭はそうそうないだろう。


「これ、きれいにしたら社宅として借りられるんだよね。私が借りられると思っていいのかな」

「はい、そうですよ」

「仕方ない、がんばるか」

「亜樹さんならそう言うと思っていました」


 やっぱり白妙さんにはホイホイ乗せられてしまう。そう思ったが、ちょうど引越しを考えてるところだったからと自分を納得させた。




 事前の打ち合わせと言って、長ちゃんがきたのは翌週だった。

 こっちの事情に合わせて半袖のシャツにチノパンという格好だが、違和感だらけだ。似合ってない。

長衣(ローブ)じゃない長ちゃんなんて初めて見たかも……あ、いや、温泉の時もこんなんだったっけ? 宿じゃ浴衣だったから、あんま覚えてないや」

「魔法使いの正装では目立つからと、目眩しで服装の見た目だけを変えている」

「あー、魔法か。なんだ」

 たしか、あの長衣には長ちゃん直々にあれやこれやとてんこ盛りの魔法を掛けていたはずだ。それこそ、私の鎧みたいに盛りすぎなくらいに。それを脱ぐのは、魔法使い長ちゃんとしては無い選択なんだろう。

 長ちゃんの横でにこやかにお辞儀をするのは、長ちゃんを担当する職員、女鬼の安達さんだ。

「こんにちは、仕事で組むのは初めてね」

「こんにちは。長ちゃんがお世話になってます」


 安達さんは、ばいんばいんなナイスバディの長身かつ妖艶な美人である。さすが鬼というべきか。

 その昔、ちょっとワルだった頃、人里離れた峠道やらで通りすがりの旅人を誘惑しては自宅に誘い込み、いろんな意味で食べていたらしい歴戦の女子だ。今は、そんなヤンチャからは足を洗って平和的にサポセン職員として活躍中なのだが。

 長ちゃんも見た目は悪くないし、安達さんはそのまんま超肉食だし、そのうち食われるんだろうなー、などと考える。

 ご愁傷様だ。


「ほら、私ってどっちかっていうと物理特化型でしょう。なかなか組める相手が見つからなくって。長ちゃん紹介してもらって、とっても助かったわ」

「ああ、よかった。たしかに長ちゃんは魔法特化で物理全然だもんね」

 ふふ、と微笑む安達さんの横で、長ちゃんが顔を顰めた。


 少し遅れて白妙さんがやってきたところで、ミーティング開始だ。

 問題の家の周辺詳細図を広げる。

 隣家は無く、北側は雑木林、南側に道路があって、東西は畑地の一軒家だ。騒音を気にする必要はない。

「ただ、早朝から夕方にかけて農作業にくる方はいますし、交通量もそれなりにありますから、やり過ぎれば通報されてしまいます」

「なるほど……」


 あまり派手に目立つな、ということか。

 多少の相手なら白妙さんが妖術でごまかせるけど、目撃数が増えたらそうもいかない。最近は何かあるとすぐ動画を撮ってアップロードされてしまうことも多いので、気をつけなければいけない。


「では、私が結界を張ろう」

「あ、そっか……ええと、家の敷地の一辺がこんだけだから……長ちゃんの結界ならギリいけそうだね」

「どんな結界ですか?」

「“防音”と“侵入禁止”くらいか。幻影を被せるのは少々手間なうえ、私の魔法容量をかなり食い潰す。今回はやめておいたほうがいいだろう」

「中から出せないようにするのはどうですか? そうですね、霊や実体をもたないものも閉じ込めるような……」

 長ちゃんの説明に、白妙さんがじっと考え込む。

「可能だ。侵入禁止の付帯効果として、私の許可無きあらゆるものの通過を禁止と設定できる。ただし、空間を渡ることは阻害できないが?」

「それでかまいません、お願いします」

「わかった」

 正体不明の“悪いもの”に逃げられては困るということだ。考えてみれば、魔王討伐の旅でも、長ちゃんの結界にはかなり助けられたものだった。

 あ、霊体? 非実体?

 相手がよほどパワーに溢れてるか条件が揃ってるかしなきゃ、さすがに私に霊なんて見えないじゃないかと思い至る。

「ねえ、長ちゃん。私に感知回してくれると思ってていいのかな」

「ああ、必要とあらば回そう。ただ、触媒の数が心許ないので、調達しなければならないが?」

 顔を顰めて確認すると、長ちゃんはそのくらいなんでもないと返してきた。

 とはいえ、こちらじゃ元いた世界のように、魔法に必要な触媒の調達には難があるらしい。そういえば、魔王討伐の最中も、何かといえば倒した魔物から毛だの血だのを嬉々として毟り取っていたな。

「……感知の触媒って、なんだっけ」

「聖別された油と、掛けられる対象の睫毛だ」

「聖別って、もしかして暁の女神の神官がやらないとアウト?」

「いや。善き神の聖職者に正しい手順で聖別された油であれば問題ない」

「善き神の聖職者……」

 思ったよりも面倒臭そうじゃないものでホッとする……が、この日本で“善き神の聖職者”ってなんだ? 考え込む私に、白妙さんが息を吐いた。

「そのくらいでしたら、心当たりはあるので手配しておきます」

「さすが白妙さん!」


 他にも諸々打ち合わせ、実行は準備の整う十日後ということになった。



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