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閑話:勇者ですら敵わない

「それで、どういうことなのか説明しなさい」

「いや、どういうことなのかと言われても、説明しにくいっていうかさ……」


 正座をしてブツブツとはっきりしないことを述べている亜樹の後ろで、(さざなみ)がはらはらしながらレフを抱き締めている。

 亜樹の前では壮年の男女……つまり、亜樹の両親が眉を釣り上げていた。


「勝手に戸籍抜けたと思ったら、いつの間に養子なんて! まだ結婚もしてないのにどういうことなの。それともお前、結婚前だってのに、付き合ってる人の連れ子と養子縁組したっていうの!?」

「いや、付き合ってる人なんかいないから。この子も、そういうんじゃなくて、なんというか、必要に迫られて?」

「必要に迫られて養子縁組って、どういうことなの!」


 涙で潤んだ目で成り行きを見守るレフの背を宥めるように撫でながら、さすがの勇者も両親には敵わないのか、などと漣は考える。




 パスポート申請に必要だからと戸籍謄本を取ってきたら、亜樹がいつの間にか分籍していた。

 なぜ相談も無くいきなり分籍なのか。


 そう言って両親が押し掛けて来たのはほんの一時間ほど前だった。


 いつものように応対に出た漣に混乱して騒ぎ出したところに、レフを抱えて慌てて出てきた亜樹を捕まえてのこの状況だ。

 この混乱は、果たして無事におさまるのだろうか。

 雛倉は白妙に連絡してくれただろうか。

 漣の眉尻が、またじわりと下がる。

 ここに白妙が居合わせていれば、妖術でうまく煙に巻いてくれたのかもしれないが、あいにく、漣にそんな術は使えない。

 一方的に母に責められる亜樹の姿に、レフも困ったようにおろおろと視線を泳がせる。


「あの、あの……」


 とうとう困り果ててか、レフが小さく声を上げた。

 ハッとした表情で、亜樹の父母がレフへと視線を移す。

 頭に血が上ってついついがなり立ててしまったが、ここには幼い子供もいたのだった、とようやく思い出したようだった。

「ぼく、ここにいたらめいわく?」

 うっ、と涙をこぼすレフに、父も母も、うっと言葉に詰まる。少し気まずそうに視線を交わし、「あの、ええとね」と言葉を探す。

「でも、ぼく、どこにいったらいいかわかんない」

 とたんにおろおろと視線を泳がせる両親は、たぶん根っこのところが亜樹と同類なのだろう。おそらくは、相談も無く勝手をした亜樹に腹を立ててるだけで、本気で子供を追い出そうとはしていないのではないか。

「ああ、レフくん、ごめんね。泣かないで。おばさんはレフくんに怒ってるわけじゃないのよ。亜樹がいつもいつも勝手して、親に心配掛けてばかりだから怒っただけで……ねえ、お父さん」

「うむ」

「レフくんを追い出そうってわけじゃないのよ」

 腰を浮かせて慌てて取り繕う母に、レフはぐしぐしと目をこすり、ぱちぱちと瞬きをする。淡い金色の長い睫毛に残っていた涙が、ぱっと散っていく。

「ぼく、ここにいていいの?」

 こてんと首を傾げるレフに、両親の目尻が下がる。

「もちろんだよ! こんな子供を追い出すなんて……!」

「うむ」

 よかった、とにっこり笑うレフに、亜樹の父母はほんのりと顔を赤らめた。こんなにかわいい子供なのになんて不憫なの、と呟く声がかすかに聞こえる。

 亜樹の言葉より何より、白人の整った顔立ちの幼児がこぼす涙のち笑顔の破壊力は、計り知れなかったらしい。


「――亜樹」

「は、はいっ!」


 少し冷静になった母の声に、亜樹の背がビシッと伸びた。

「お前、この子の保育所とかどうするの。学校は。お前、昼間は仕事でしょ。誰が付いててあげるの」

「え、いや、漣さんが居てくれるし、ぼちぼち探そうかなと」

「そんなんで見つかると思ってるの? この辺りは激戦区じゃないの」

「いや、だから漣さんいるし、お迎えの心配もないから幼稚園でもいいかなーって思ってたんだけど」

「何言ってるの!」

 ドン、と卓袱台を叩かれて、亜樹がびくりと飛び上がった。

 母の眉がまた釣り上がっている。

 さっきまでとはまた別な理由で。

「漣さんだって、まだまだ若いお嬢さんでしょう! お前の嫁でもないのに何もかも丸投げしていいと思ってるの!? 子供が育つまで何年かかると思ってるの! おまけに幼稚園なんて、母親同士の付き合いだって行事だって大変なのよ!」

「いや、だって、その……」

「今すぐ保育所の申し込み方法聞いて、なんとかしなさい。お前が引き受けるって決めたんなら、ちゃんとする責任があるんだからね」

「はあ……」

 ガミガミという擬音が付きそうな、絵に描いたような説教を食らって、亜樹は項垂れるばかりだ。(あやかし)なんだし、様子見ながら、最悪、小学校から通わせればいいんじゃないかななんて考えていたのに、そうもいかないらしい。

「まったく、子供育てるってのがどういうことなのかわかってない小娘のくせに、屁理屈だけで育つと思ったら大間違いなんだからね!」

「いや、そう言われても」

「お母さん、見に来るから」

「え」

「ねえお父さん。亜樹の養子なんだから、私たちの孫になるのよ。亜樹だけに任せとくわけにいかないでしょ」

「うむ、そうだな」

「いや、待って。ほら、休日出勤とかもあるしさ、そうそう来られても困るし」

「だったらなおさらでしょ! あんたの養子なのに、漣さんに丸投げしようってのかい! 漣さんにお休みもあげない気なのか!」

「あ、あの、母殿、わたくしのことならお気になさらず……」

「漣さんは黙ってて。この子は甘やかしたらどこまでもつけ上がる子なのよ。

 だいたい、三年も行方知れずでやっと帰って来たと思ったら家でだらだらニートなんかになるし。ようやく定職に就いてくれたと思ったら今度は子供引き取ったって、お前はいったいどれだけ勝手すればいいと思ってるの」

「はあ、うん……」

「お前だけに子供の養育なんて心配で任せてなんておけないわ。お母さん、これから毎週でも来るから」

「え、ちょ、待って。毎週?」

「ねえお父さん。そんなに遠くないし、毎週でも来れるわよね」

「うむ。来れる」

「いや、待って。勘弁してよ」

「そうと決まったら、買い物行きましょうかね。レフくん、いろいろ入り用でしょ。この歳なら着替えも多めにあったほうがいいし」

「だからお母さん待って」

「お父さん、車回してちょうだい。亜樹、この辺にデパートあったわよね」

「あるけど、待ってってば」

「お前はついてこなくてもいいから」

「そういうわけにいかないでしょ!」


 さあ、と母はにっこり笑って立ち上がり、レフの手を取って玄関へと向かう。レフが戸惑ったようにきょろきょろと亜樹と漣を見ると、亜樹も観念したように「行こうか」と立ち上がった。

「漣さん、悪いけど留守番頼むね。もしかしたら夕食も食べて行こうかなんて勢いだから、あとで連絡する」

「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 少し心配そうに伺う漣に、亜樹は力なく笑って玄関を出て行った。



 * * *



「ああ、それでの呼び出しだったんですね」

 亜樹が出てから約三十分後、ようやく現れた白妙は、遅れて到着してよかったなどと考えながら茶を啜った。

 あの亜樹ですら為すすべなく従わされる亜樹の母というのは、どれほど強力な存在だというのか。

「あの、勇者殿は大丈夫でしょうか」

「大丈夫ですよ。亜樹さんは図太いタイプですし、ご両親なんですから」

 にっこり笑う白妙に、漣はやっぱり困り顔のまま、ちらりと玄関を見やる。

「その、戸籍とか養子縁組とかも仰ってましたけど、いつの間に……」

「ああ、あの歳の子供を学校にも通わせずにいれば間違いなく通報されますからね。親権もなく連れ歩いて、どこから誘拐したという騒ぎになっても困りますから、法的手続きは抜かりなく済ませてありますよ。戸籍もバッチリです。

 サポセンには弁護士資格を持っている職員もおりますし、そういった伝手もちゃんと用意してあります」

「はあ……」

「とはいえ、亜樹さんおひとりではやはりいろいろと不安要素は大きいところです。漣さんと雛倉様のご協力あってのこととなりますから、よろしくお願いしますね。特に常識ですとか……人狼は力と体力のある妖だというのに、亜樹さんのような問題児(脳筋)に育っても困りますしね」

「はあ……」


 あれこれと困らされてる体を取っていても、なんだかんだ一番要領がいいのは白妙じゃないだろうか。

 これが、尻尾を何本も持つ白狐の年の功、というものか。


 漣は、この先勇者がつつがなく過ごせますようにと天に祈ったのだった。



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