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事件6.何かに流されるくらいなら、自ら飛び込んでしまえ/後篇

 からりと引き戸を開けて、私は奥の部屋へといったん引っ込んだ。


 漣さんと一緒に輪になって座り込んだ子供たちがいっせいに顔を上げて、漣さんが少し不安そうに首を傾げた。

「勇者殿、いかがですか?」

 私は安心させるように笑顔を浮かべて、ひょいっと肩を竦める。

「雛倉さんがうまくまとめてくれたよ。さすが年の功ってか、神だよね」

主人(あるじ)さまが……それは、ようございました」

 漣さんがふんわりうれしそうに微笑む。

「普段は酒ばっかり飲んでるくせに、締めるときは締めるんだね。ちゃんと神だったんだなんて、ちょっと見直しちゃった」

「まあ、勇者殿。だって、わたくしの主人さまですよ」

「それもそうか」

 くっくっとひとしきり笑って、それから私はレフくんとほたるちゃんの前にしゃがみ込んだ。


「レフくん、今、レフくんを連れて行きたいと言ってる神様が来てる」


 ほたるちゃんが大きく目を見開いて、パッとレフくんを振り返る。レフくんは今ひとつピンとこないのか、ぽかんと私を見上げたままだ。


「その神様についていけば、辛いことはなくなるかもしれない。

 けど、レフくんが会いたい時にほたるちゃんたちと会えなくなったり、行きたいところに行けなくなったりするかもしれない」

「パパとママは?」

「んー、その神様のところにはいないかな」

 レフくんは、じっと考えるように、私とほたるちゃんを交互に見た。

「ほたちゃんは、いっしょじゃないの?」

「一緒には行けないかな」

「じゃあ、ぼく、ほたちゃんといっしょがいい」


 ハラハラと心配そうにレフくんを見ていたほたるちゃんが、「レフ!」と抱きついた。ぎゅうぎゅう力いっぱい抱きしめて、レフくんが「ほたちゃんくるしいよ、どうしたの」とよしよし頭を撫でる。


「そっか、レフくんはほたるちゃんと一緒がいいか」

「うん。ぼく、ほたちゃんだいすき」

 にこ、と笑うレフくんの頭を、私はわしゃわしゃ搔きまわす。小さな子の髪の毛は柔らかくて手触りがいい。

「レフくん。今、あっちの部屋で、いい歳した大人が大人げなく、レフくんのこれからのことをあれこれ勝手に決めようとしてるんだ」

「ぼくのこれから?」

「そう。でも、そんなのは無視していい。レフくんがそうしたいと思ってることを言えばいいんだ。うんと我儘にね」

「でも、わがままはよくないって、ママがいってた」

「もちろん何もかも我儘ばっかりじゃだめだよ。でも、今はうんと我儘を言っていいところなんだ。暁の女神公認勇者の私も、レフくんの我儘が通るように手伝ってあげるから、何でも好きなように言っていいよ」

「私も! 私もレフの味方だよ!」

 ほたるちゃんはますます力を込めてレフくんを抱き締めた。レフくんはただただ困惑するばかりのようで、困った顔のまま私をじっと見つめてくる。

「でも、わがままって、ぼくわかんない」

「うーん、わかんないか。じゃあ、先延ばしにしちゃう?」

「さきのばし?」

 こてんと首を傾げるレフくんは、きっと今までずっと“いい子”にしてきたんだろう。いろんなものを抑えて。

「今すぐ思いつかないなら、今すぐ言わなくてもいいってことだよ。どんな我儘が言いたいか、わかるようになってから言えばいいんだ」

「わかるようになってからって?」

「レフくんがもっと大きくなってから、ってこと。大きくなったら、もっといろんなことがわかるようになるからね。どんな我儘を言いたいかも大きくなればわかるから、それから、いっぱい我儘を言えばいいんだ」

「そうなの?」

「そう」

 レフくんは少し混乱してしまっているようだった。無理もない、知らない大人に、今まで親の言い聞かせてきたことと逆のことをしろと言われてるのだ。

「でも、ママは、おへんじもはやくしなさいって……」

「お母さんに聞かれたことならそうだけど、ここにいるのはお母さんじゃないからいいんだよ。レフくんにとってはどうでもいい大人ばっかりだ。

 それで、レフくんはほたるちゃんと一緒がいいんだよね?」

「うん」

「なら、なおさら、今は“あとで考えます”でいいよ」

「あとでかんがえるの?」

「そう。あとでゆっくり、何年もかけて考えれば大丈夫」

「――うん」

 まだ少し納得のいかないところはあるようだったが、レフくんはしっかりほたるちゃんの手を握ったまま頷いた。

「じゃああっちの部屋に行こう」

 私はレフくんとほたるちゃんを手招く。

 たぶん、ここからが正念場かもしれない。




 引き戸を開けると、その向こうで雄滝さんが喜色満面の笑顔を浮かべて、「おお、我の狼よ!」と立ち上がる。

 そのまま食卓を回り込み、駆け近寄ろうとするが、レフくんは怯えてほたるちゃんの後ろに隠れてしまった。

 ほたるちゃんが尻尾の毛を逆立てて、ぐるぐると雄滝さんを威嚇する。


「お主は山の狐であろうが! 雄滝様の御恩を忘れたと申すか!」


 (みずち)たちが噛み付くようにがなりたてた。とたんに、ほたるちゃんの耳がしょぼんとうなだれてしまう。

 レフくんを背に庇ったまま、私に縋るような視線を寄越す。


「雄滝様、レフくんは誰のものでもないよ」

「だが」

「雄滝様が決めることじゃない」

 私と睨み合う雄滝さんに、雛倉さんがやれやれと溜息を吐いた。

「これ、まずは話をせいと申しただろうが。双方座らぬか」

 くいくいと尻尾を振って雄滝さんを席へ戻すと、子供達にも座るように促した。空いた椅子にレフくんとほたるちゃんを座らせて、私はその横に立つ。

 レフくんはしっかりとほたるちゃんの手を握ったまま、そろそろと雄滝さんへと顔を向けた。


「仔狼よ、我が元へ参れ」


 当然来るよな? という圧力まで込めて、雄滝さんが厳かに告げる。余裕の笑みを浮かべて、手まで差し伸べて。

 レフくんはびくりとその手に目をやって、それからほたるちゃん振り仰ぐ。心配そうにレフくんを見つめるほたるちゃんに、きゅっと眉を寄せる。


「――ぼく、いかない」

「なに!? 行かないだと!?」

「小童のくせに、雄滝様のお召しを断ろうというのか、生意気な!」

 蛟二匹がたちまちぎゃんぎゃんと喚き出す。

 だけど、レフくんはぐっとほたるちゃんの手を握り締めたまま、しっかりと雄滝さんの顔を見返す。

「だって、ぼく、おおきくなったらほたちゃんをおよめさんにするんだもん。だから、いかないよ」

「ならば、その娘ごと……」

「駄目だよ、雄滝様。それは欲張りすぎだ」

 さらに伸ばそうとした雄滝さんの手を、私は払いのける。

「レフくんは行かないと言った。だからこの件は終わりだよ」

 蛟二匹が、シューッと息を鳴らす。もさもさの髭に半分隠れた、雄滝さんの顔が険しくなる。

「我の元へ来れば、何でも望みを叶えてやるぞ」

「やだ、ほたちゃんがいい」

 隣に座るほたるちゃんにしっかり抱き付いて、レフくんは頭を振る。

「だから、その娘も……」

「雄滝様、だから、そこまでだ」

 “蛇神斬り”に「来い」と呼び掛けた私の手に、剣がひと振り現れる。やっと出番かとカタカタ鞘を鳴らして喜ぶ“蛇神斬り”を、すらりと抜いた。

「貴様! 人間の分際で雄滝様に刃を向けると申すか!」

「無礼な! 神の怒りを恐れぬか!」

 半人半蛇の姿に変わった蛟が、私に掴み掛かろうと身体を伸ばして……。


「これなるは我の神域と申したぞ!」


 派手な音を立てて、雛倉さんの尾が間を掠め、テーブルを叩いた。


「我の前で血を流すか! 神域に穢れを持ち込むか!」


 カッと光が走り、小さな稲妻が落ちる。

 雄滝さんが鼻白んだ顔で仰け反った。


「――雄滝様、この辺りで収めていただかねば、私どもから出雲へご報告申し上げねばならなくなりますが」


 それまで空気に徹していた白妙さんが、にこやかに割って入る。

 この狐、ずっとようすを伺っていたのか。


「それとも、まだ仔狼の安全が心配ですか? この勇者は人間とはいえ、さる女神自らが見出したお墨付きですし、雛倉様のお社の神主でもあります。

 この勇者がついておりますし、私どもも仔狼の同族にはいくつも心当たりがありますから、問題などこれっぽっちもありません」

「え?」

 今、白妙さんは変なことを言わなかったか?

 振り向く私をまるっと無視して、白妙さんはまだまだにこやかに続ける。

「それに、雄滝様。あまり無理を仰いますと、こちらとしても隔離せねばならなくなってしまいます」

「我を隔離すると?」

「はい。雄滝様のお社を、現世(うつしよ)から切り離さねばならなくなります」

 白妙さんが、狐らしい顔で目を細めて笑う。

 雛倉さんに私に白妙さんに……と、さすがに三人が相手では分が悪いと考えたのか、雄滝さんはふうっと大きく息を吐き、身体を引いた。

 蛟たちも、しぶしぶと雄滝さんの後ろへと引っ込む。


「――帰る」

「うむ」


 雄滝さんは、ふんっと肩を怒らせて立ち上がる。雛倉さんが、帰れ帰れと追い出すように尾を振った。


「……仔狼よ。来たくなったら、いつでも我の社に来てもよいのだからな」


 それでもひと言残していくあたり、雄滝さんは未練タラタラなのか。

 レフくんはしっかりとほたるちゃんにしがみついたまま、じっと睨み返すように雄滝さんを見ていた。




 バタン、と玄関の扉が閉まり、誰ともなく、はあっと大きく息を吐く。


「換毛期でもないのに毛が抜けたら、どう責任取ってもらいましょうか」


 白妙さんがぱたりとテーブルに突っ伏した。


「私のせいじゃないし」

勇者(マスター)、逃してよかったんですか?』

「いや、さすがにここで斬ったら大ごとだから」

『はあい』


 私も“蛇神斬り”を鞘に納め、床に座り込んだ。漣さんが「お疲れ様でした」と麦茶を入れてくれる。

 レフくんとほたるちゃんにはちょっと甘くして、ついでにお菓子も添えて前にグラスを並べる。

「ぼく、ほたちゃんといっしょにいていいの?」

 不安そうに見上げるレフくんをよしよしと撫でて、私は白妙さんをちらりと見た。白妙さんは唸りながら髪をわしわし掻き混ぜる。

「察するに、雄滝山が、ほたるさんの郷がある山ですね?」

 ほたるちゃんは顔を顰めながら頷く。

「なら、現状でレフさんが戻るのはほぼ無理です」

「ああ、やっぱりかあ」

「だめなの?」

 ほたるちゃんとレフくんが泣きそうな顔を見合わせる。

「あのおっさん、どう考えても諦めてないからね」

「ええ。ここは雛倉様の神域ですし、そこに亜樹さんや私がいて、どう考えても力負けしてるからしぶしぶ引っ込んだというところですね。のこのこ戻れば、待ち構えている雄滝様が大喜びで隠しに来ますよ」

「じゃあ、ぼく、やっぱりほたちゃんといっしょにいられないの?」

 うっ、と目を潤ませるレフくんとほたるちゃんに、漣さんまでが「どうにかなりませんか」と私を見る。

「いや、さすがに、その」

「亜樹さんが神殺しなんて、始末書じゃ済まなくなるので勘弁してください。それから、レフさんはもう、生半可なところには預けられませんよ」

「え?」

「たとえ同族であっても、最低限、雄滝様より力が無くては預かれません」

「……そういうことかあ」

 うるうると目を潤ませた子供ふたりが、べそべそと泣き出してしまう。

「あー、もう、わかった!」

 負けた、と私は両手をあげる。

 つくづく、泣く子供には勝てない。

「レフくんはうちにいな! うちなら雛倉さんも私もいるし、白妙さんだってちょくちょく来るし、なんなら、あの白蛇も巻き込んだっていいよね?

 それに、私ならいつだってほたるちゃんの郷に遊びに連れていけるし!」

「亜樹さんならそう言うと思いました」


 え、と白妙さんを振り向くと、にこにこしながら電話をかけ始めていた。

 しまった乗せられた、と思う。


「レフさんも亜樹さん預かりということで手続きしますね。それから、まだ幼いですし、せめて義務教育と高校くらいは面倒見なきゃいけませんよ。ことによったら大学進学もですね。今の世の中、高卒では職も限られますし」


 手際が良すぎる。

 白妙さんの手際がめちゃくちゃ良すぎる。

 さては白妙さん、私に押し付けることしか考えていなかったな。


「待って。それ、ガチで扶養家族ってこと? 扶養控除付いちゃうような?」

「大丈夫です。サポセンの給与は良いほうですし、今回はきちんと扶養家族に入るわけですから、家族手当も付きますよ」

「そういう問題!?」

「そういう問題でしょう?」

 白妙さんは、ものすごく爽やかな笑顔で「それでは、必要な書類を取って来ますから」と手を振り出て行った。

「ほたるさんとレフさんは、とりあえずこちらでお世話になってくださいね」

 と、言い残すことも忘れずに。




「レフくんに元勇者からひとつ贈るべき言葉があります」

 やはり白妙さんは狐だった。

 どこからどう見ても狐だった。

 ぐぐぐと拳を握る私を、レフくんとほたるちゃんが不思議そうに見上げる。

「何かに乗せられて押し流されるくらいなら、自分から流れに飛び込んで泳いでしまったほうがいい」

「およぐの?」

「そう。泳ぐんだ。わけもわからず流されるくらいなら、自ら流れの先にあるもの目指して泳いだほうが、絶対いい」

 ふうん? と首を傾げるレフくんとほたるちゃんに、私は力強く頷き返す。

「勇者よ、何を申しておるのか意味がわからぬぞ。それと、幼子に妙なことを吹き込むのは感心せんな」

「これは私が勇者生活の三年と、今日のこの数時間の出来事で身をもって学んだことで、全然変なことじゃないから」

「ふむ。おぬしも難儀よのう」

 雛倉さんは尻尾を振ると、自分の御神体へと戻って行った。


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