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妖サポートセンター  作者: 銀月


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事件5.棄て場と神隠しの森/前篇

 これは確かにヤバイなあ、と、私は目の前の土地をじっと眺めた。

 町中の閑静な住宅街に突然出現する、鬱蒼とした木々。まるでそこだけ森を切り取ってはめ込んだかのような様相は、周囲から明らかに浮いている。

 どう考えても、もう少し木の枝や下生えを整理して整えないと隣家の迷惑になるだろう。なのに、余分な木々を切ろうとすると、たちまち“祟り”に襲われて怪我で済めば儲けもの、最悪命を落とすことすらある……というのが、この一角について回る話らしい。

 おかげで隣接地は更地のままだ。

 そもそも、パッと見には何だかよくわからないが、ここもいちおう神社なのだ。どう見ても危険しか感じないが、いちおう神域なのだ。祭神は不明だが、ここからさほど遠くない大きな神社の管理下にあるはずだ。


 だが、今のこの場所は、私にだって感じ取れるくらいに強い敵意のような、害意のようなものがわだかまっている。

「いやあ、これは見事だね」

 はははと横で笑うのは、今回はじめて仕事を共にするサポセンの現場担当社員だ。本当なら、この手の案件はいっちゃんがいちばん向いてるんだろう。だが、あいにく今日は別件の対応が入ってるからと、この人がやってきたのだ。




「どうも、はじめまして。滝沢(たきざわ)八潮(やしお)です」

桜木(さくらぎ)亜樹(あき)です」


 なかなかに背が高い彼の歳は、たぶん私よりも上だろう。けれど、30までは行ってないはずだ。ジーンズにシャツにジャケットというラフな格好で現れた彼に、調子よくへらへら笑いながら握手を求められて、私も手を差し出した。


「桜木さんて、元勇者なんだって?」

「ええ、まあ。滝沢さんは神職と聞いてますが」

 神職の職員は、だいたいあの平安貴族っぽいいかにもな格好で来ることが多いのにと首を傾げると、滝沢さんはにこにこと屈託なく笑った。

「実は正式じゃないんだけどね」

「正式とかあるんですか?」

 握手を交わすなり、滝沢さんはいたずらっぽく舌を出す。手のひらは見かけよりも固くがっちりしている。できているタコの感じからして、何か武道でも嗜んでるのだろうか。完全に動けないというわけではなさそうだ。

「うん。大学は関係ないところを出たし、神社本庁の資格試験なんて受けてないから、今のとこ自称神職ってところかな。実家が神社ってだけだよ」

「へえ」

 そこへ、白妙さんが戻ってきた。滝沢さんと組んでいる化け蛇の水凪(みずなぎ)さんとの情報擦り合わせが終わったらしい。


「水凪さんと合わせても、中は未知数です」

「そうなの?」

「このあたりじゃ“神隠しの森”と呼ばれてるんだよ、ここ。こんなに狭いのに入ったら2度と出られないとか、異次元に通じてるとかね」

 水凪さんの言葉に、滝沢さんも頷く。

「本当かどうかは知らないけど……それでも、まあ、何か穴が開きやすい要因がある場所なんだろうね」

「穴、ですか?」

「そう、異次元の穴。古来から“神隠し”の一因になってたものだよ。

 君も、“元勇者”なら心当たりあるだろう?」

「まあ、たしかに私も“異世界帰り”ですし」

 滝沢さんはにっこりと笑った。

「どういう理屈かはわからないけど、世界はここだけじゃないらしい。そして何の弾みでか、ここじゃない世界に通じる穴が開く、一種の自然現象みたいなものがあるんだ。運悪くそこに踏み込むと、ここじゃないどこかへ飛んでしまう」

 私は生い茂った木々をじっと見つめる。

 それにしたって、ここに漂う禍々しいとしか言いようのない気配は。

「でも、それだけじゃ祟りに……何よりこの雰囲気、説明つかないですよね」

「どこか変な場所に繋がってるんじゃないかと思うんだ」

 茂みの前で肩を竦める滝沢さんに、私も目を眇めてどうにか透かすようにじっと見つめる。けれど、木々や下生えの重なりは厚く、暗く、とても奥までは見通せなかった。


「……白妙さん、ここの後始末、長ちゃんに任せるといいかもしれない」

「魔法使いさんですか」

 白妙さんが小さく首を傾げながら私を振り返った。

「そう。いちおう、あれでも魔法に関しての腕はあっちでトップクラスだったし、こっちにわざわざ出張って来れたくらいなんだよ。もしここに異界への穴があるんなら、あいつが対処できると思う」

「なるほど、では後で手配しましょう」

 ふむ、と白妙さんはスマホにメモを取る。


「話を戻しますが……」

 白妙さんは、ちらりと茂みの奥へと目をやった。

「当面の対処として、ここの澱みを八潮さんに祓ってもらいます。亜樹さんは、その間、彼の警護を頼みますね」

「はいはい、いつものやつね。任せて」

 私は茂みから滝沢さんに視線を移す。

「滝沢さん、ここは雰囲気よくないから、先に守護つけときます」

「守護?」

「はい。“混沌の海にたゆたう力よ、我が命を聞け。彼の者の受けし災いを全て我が身のものとせよ”」

 滝沢さんの身体がぽうっと光に包まれた。以前、いっちゃんにもやった、肩代わりの護りだ。

「へえ? これが魔法? どういう効果があるの?」

「勇者の特技ですよ。小一時間程度、滝沢さんが食らったダメージがこっちに来るので、なんかあっても安心です」

「……え? それって、俺が受けた傷を亜樹さんが肩代わりするってこと? 大丈夫?」

「大丈夫ですよ、任せてください。慣れてますし」

「いや、慣れてるとかそういう問題じゃないんじゃないの?」

 滝沢さんが呆然とした顔で私をまじまじと見つめる。慣れてない人には、ちょっと強烈なのかもしれない。

「私を何だと思ってるんですか。元は付くけど勇者なんですよ。“蒸着”」

 鎧を纏い、シャリンと音を立てて蛇神斬りを抜き放ち、名乗りでも上げるかのように堂々と言い放つ。

勇者(マスター)! この気配、魔王ですか?』

「魔王じゃないけど、似たようなものかもね」

 やる気十分と伝えてくる蛇神斬りに小さく苦笑を漏らすと、水凪さんがひゅうっと口笛を吹いた。

「亜樹ちゃんかっこいいねえ。八潮、大丈夫だよ。この鎧にも古い魔法がかかってるみたいだ」

「亜樹さんの“勇者セット”は、怪我も軽減してくれるんだそうです」

 それでも少し不安げに私を見る滝沢さんに、私はあははと笑ってみせる。“勇者”の頑丈さを舐めないでほしい。

「まあ、見ててくださいよ。“暁の勇者”の称号にかけて、滝沢さんには傷ひとつ付けませんて」

「わかったけど……あまり無理はしないようにね」

「無理なんてしませんから。さ、行きましょう」

 外に残る白妙さんと水凪さんにひらひらと手を振って、私と滝沢さんは茂みの中に踏み込んだ。




「あー……この感じ、めっちゃ覚えてる」

 茂みの中にかすかに残った獣道のような参道に立つと、嫌な気配が奥から吹きつけてきた。

「いやあ、これはちょっとすごいね」

 はは、と、滝沢さんも引き攣ったように笑って周りを見回す。

「何が出てきてもおかしくないので、気をつけてください」

「亜樹さんもね。いかに勇者っていっても、怪我は負うんだよね」

「ええ、まあ」

 妙にいたわられて、なんだか調子が狂いそうだ。


 ……いや、待て。私だって妙齢の女子なのだぞ。白妙さんや雛倉さんたちからだって、本来こういう扱いをされるべきなのではないだろうか。


「ええと、私が前に立ちますから、滝沢さんは後ろからお願いします」

「ああ、うん……なんか逆だなあと思ってしまうけど、よろしく」

「今回は私が護衛役なんですから」

 苦笑する滝沢さんに、私も笑い返す。


 うん、本来あるべき扱いを受けてるなと思う。心の底から。

 白妙さんとか、滝沢さんを見習ったほうがいい。


勇者(マスター)、やっぱり魔王の気配がしますよ』

「ここに魔王はいないよ」

『でも、この気配は魔王じゃないんですか?』

「なら、魔王の同類かもね」

 前に横たわる闇を斬り払うように、私は蛇神斬りを振るった。

「なるほど、本当に剣が喋るんだね。言葉も意外にしっかりしてるんだ」

「そうですね。剣のくせに結構知能は高いんですよ」

『あたりまえです!』

 斬り払った闇の隙間から、また湧き出すように何かが出てきた。

 腕のような何かを伸ばし、私と滝沢さんに絡み付こうとするのをもう一度剣を振るって斬り払う。

『勇者』

「蛇神斬り、遠慮はいらない。“混沌にたゆたう力よ。暁の勇者の名において、刃に女神の祝福を”」

 ぼんやりと燐光のような光を帯びる蛇神斬りに、滝沢さんが感心したような声を上げる。

「いかにも聖剣ってやつだね。たしかに何でも斬れそうだ」

「こっちに来るものは任せてください」

「うん、じゃあ、始めようか」

 パァン、と滝沢さんの柏手が響いた。


 滝沢さんの“祓い”は、いっちゃんの、何もかもを飲み込んでいくような輝く白い光とは違っていた。滝沢さんの紡ぎ出す言葉と音が、ただ、穏やかに宥めるようにあたりのものを鎮めていく。泡立つ波が凪いでいくように、ただただ、あたりが穏やかに静かになっていく。

 こんなやり方がと、私は一瞬だけ唖然として滝沢さんを振り返った。

 滝沢さんの周りだけが、時が止まったようだ。黒い闇は、滝沢さんを中心に静かに解け消えるようになくなっていく。

 時折、断末魔か何かのように黒いものが伸びてくるが、滝沢さんに近づくにつれて薄れ、霧散するように無くなってしまう。


 ひととおりの祝詞を唱え終わると、滝沢さんは、とりあえずと、参道の周りにだけ神水と塩を撒いた。

 一時的だが、安全な場ができて、ほっと安心する。


「……ここは、“棄て場”だったのかもね」

 参道の先、なお暗い闇の中をじっと見透かすように見つめながら、滝沢さんがぽつりと呟いた。

「“棄て場”?」

「そう。文字通り、“棄てる”ための場所だ」

 聞きなれない言葉に、思わず繰り返す。


 いったい何を捨てるための場所なんだろうと考えて、それからこの場に満ち溢れる怨嗟のような澱みに思い至り……。


「そんな、じゃ、ここに棄ててたものって」

「昔の地図じゃ、もともとこの辺りは沼や山が多くて、あまり人も住まないような土地だったんだ。このあたりの住宅街は戦後作られたものだから、できてまだ100年も経ってないんだよね。

 今は造成されて均されてるけど、このあたりがこの地域ではいちばん低い場所だったらしいし。だから、棄てられたものはここに溜まっていったんだろう」

 滝沢さんもやりきれないなと吐息を漏らす。

「推測でしかないけど、つまり、昔、飢饉や貧困で食い詰めてどうしようもなくなると、動けなくなった年寄りや間引いた子供をここに棄てていたんじゃないかなと思うよ」

「そうですか……」


 ここにわだかまっているものは、あの魔王が纏っていたのと同じものだ。

 世界の勝手で一方的に負債を背負わされた恨みと嘆きによく似た、棄てられたものたちの声。だから、蛇神斬りは魔王の気配がすると繰り返したのか。

 はあ、と思わず溜息を吐く。

 こういう貧乏くじを引かされて負債の清算を請け負う役目を背負い込むのは、いつだって勇者と呼ばれる者なのだ。


「なんだって、こんなことになるんだろう」

「亜樹さん、そんなに落ち込まないで。それこそ俺たちのせいじゃないんだから、気に病んでも仕方ない。それよりも、澱んだものを清めて留まっているものを黄泉へ送るほうが、よっぽど有意義だよ」

「……そうですね」

 私はもう一度だけ溜息を吐いて、剣を構えた。

「滝沢さん、進みましょう」

「ああ、行こうか」



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