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事件4.マッチポンプ怪異現象、とは

切り時がわからないので長くなった。

「幽霊の、正体見たり、枯れ尾花……ってか」

 日没前、現場に来て最初に思ったのはそれだった。


 今回の仕事は、なんと町中で幽霊退治の予定だ。

 町中と言ってもやっぱり田舎というか、中心地からは離れてるから周りは畑と田んぼばかりなのだが。

 まんいち本当に幽霊がいたらまずいので、勇者セットもある。蛇神斬りさえあれば霊体など恐るるに足らずだが、念のため鎧も持参だ。

 元勇者のくせに油断してやられましたはカッコ悪い。


「んで、町工場の跡地をなんとかしてくれって話だったけど、なんとかってどうなんとかすればいいの」

「原因が判れば根本を叩いて欲しいとのことでした。ついでに、できるようなら建物も潰してしまって構わないらしいです」


 昼間、この工場の持ち主という爺さんに会って聞いた話を反芻しながら、私は白妙さんに確認する。

 サポセンはいつから解体屋も兼ねるようになったんだ。




「バブルが弾けて売り上げも落ちたし、息子は東京勤めの会社員になって後を継ぐものもなかったしで、早々に工場は畳んだんだが、建物やらを壊す資金までは足りなくてなあ」


 爺さんは、だから、機械だけはあらかた処分した後、建物と敷地は閉鎖して荒れるに任せておいたと語った。

 それが、肝試しにちょうどいいと口コミで広まるうちに、なぜか過去に起こってもいない事故が起きたことにされ、存在しない死者が存在したことにされ、事故の負傷を苦にした自殺者やらまでが出たことにされ……今ではこの廃工場は立派な心霊スポットとして、ネットでの噂だけがひとり歩きしている状態だという。


「シーズンになると肝試しにくる若者も多くて、集まって騒ぐので相当にうるさいようですね。おまけに、年間を通して廃墟マニアが来ては勝手に中に入り込むことにも困ってるんだそうです。

 さすがにいつ壊れてもおかしくない状態ですし、本当に死傷者が出る前に、今回、建物も撤去することにしたのだとか」


 なるほどなあ、と私も頷く。噂だけならともかく、馬鹿のせいで本当に事故が起こったら目も当てられない。


「ところが、いざ解体作業を始めてみたら、本当に怪異が起こるようになったようですね。

 怪異現象といっても、一夜明けたら重機が全部倒されていたという程度が数回らしいですが」

「……それさあ、よくある話で、誰かここ壊したくない人がいたずらしてるとかいうパターンじゃないの?」

「けれど、この建物を壊さず残すメリットなど、無いように思えますが」

 白妙さんの言葉に、荒れ放題に雑草やら蔓草やらがはびこった敷地と、ところどころ屋根が落ちたり壁が抜けたりで半壊した建物を見やる。

 うん、たしかにこれ残す意味はわからない。

「でもほら、世の中には行為に意味を求めない人も一定数いるものだし」

「その一定数の内の誰かがここにいたずらをしたと考えるんですか……犯罪行為に手を染めてまで?」

「……まあ、ないか」

 苦笑しながら敷地をぐるりと見回すと、白妙さんもそれに倣う。

「とはいっても……ここにはあまり良い気配がありませんね」

「そう?」

 改めてもういちど見回すが、私にはさっぱりわからなかった。

「あ、そういや今回はどこの妖からの依頼なの」

 ふと、あの爺さんが依頼主じゃないよなと訊いてみる。サポセンは、基本的に妖からの依頼しか受けないものなのだ。

「聞いてませんでしたか? こちらの持ち主と懇意になさってる、化け狸の六斗(りくと)さんですよ」

「懇意にって」

「なんでも、仔狸の頃、とてもお世話になったのだそうです」

「はあ」

 妖の付き合いは広いのか狭いのか、たまにわからない。意外に人間と交流持ってたりするから侮れない。

「まあいいや。とにかく、日が沈む前にひと通り見てこようか」

「はい」




 敷地内に人の気配はなかった。せいぜいが、虫やら何か小動物やらといったところだろう。浮浪者や子供が入り込んで、ということもなさそうだ。

 ま、入り込むにしても、こんなに荒れてて半壊してるんじゃ、危なくておちおち根城にする気にもなれないだろう。

「特に何かあるようにも思えないね」

「はい……」

 白妙さんは今ひとつ納得いかないような顔で、周りを眺めている。


 建物の中はだだっ広い工場部分と事務所部分に分かれていた。

 工場部分の奥側はすでに植物に侵食されつつあって、壁も天井も大変見通しが良くなっている。

 ちらほらと残された機械は錆び付いている。売れなかったからここに放置している、というところか。

 事務所部分は、床が腐っているものの、まだ原型はとどめていると言えるだろう。しかし、昔、誰かが入り込んでたような跡とゴミが残っているくらいで、やはり“怪奇現象”の原因になりそうなものなど見当たらない。

「こりゃ、夜まで待つしかないかな」

「そうですね。日のあるうちは何も出てきそうにありませんし」

 はあっと大きく息を吐く私に、白妙さんも軽く肩を竦める。日が沈みきって真っ暗になるまで、あと2、3時間はかかるだろう。

「んじゃ、時間になる前に腹ごしらえしに行こうよ」

「構いませんが、経費では落ちませんからね」

「うええ。サポセンて、そういうところケチだよね」

「経費節減です」

「ちぇー」

 顔を顰める私に、白妙さんは澄ました顔で微笑んだ。




 ふああと何度もあくびをしながら待つこと数時間。

 そろそろ日付も変わろうかという時間になって、ようやく何かが来た。

 いや、来たというより目を覚ましたと言うほうが正しいか。

「白妙さん」

「はい、よろしくお願いします」

 なんとなく、悪意のような敵意のようなものを感じて、私は蛇神斬りを掴むと、車を降りて走り出す。


「“蒸着”」

 走りながら、持ってきた鎧を身に纏う。

勇者(マスター)! この気配は魔王の手下ですか?』

「違うけど、似たようなものかも」

 気配は工場の中からだった。右手に抜き放った蛇神斬りを持って、大きく開いたままの入り口から中に走り込む。

『勇者、右』

 蛇神斬りの言葉と同時に、前方へ飛び込むように転がった。そのまま2回転くらい転がり、勢いをつけて立ち上がる。

「……なんだこれ」

 振り向いて剣を構えて、私はそこにいたものを唖然と見上げる。工場の高い天井に届きそうなくらいにでかい……。

「機械が、動いてる?」

『勇者、来ます』

 お前は機械生命体(トランスフォーマー)か、というツッコミをする間もなく、ぶうんと振り抜かれた腕っぽいものを避けた。

「あれ、当たったら痛いやつだね。大振りだから助かるけど」

『勇者、今日はどうしますか』

「斬る」

『はあい』

 蛇神斬りの確認にシンプルに答えて、正眼に構える。

 でかい分、さすがに動きは鈍いことにほっとした。これでスピードまで速かったら、やってられない。

「まずは脚狙っていこう。足止めが先だ」

『はあい』

 奴の動きに注意しながら、足首めがけて剣を横薙ぎに振るう。一撃離脱よろしく、斬りつけては離れてを繰り返して、少しずつダメージを入れていく。うっかり踏まれても困るからだ。


「こんなにでかいのとやり合うの、久しぶりだね」

『そうですね』

 それにしても、こいつは何なんだろうか。工場内に残ってた機械が節操なくくっついて出来上がったゴーレムみたいに見えるけど。

「亜樹さん、それ、付喪神のようなものです!」

 そこに白妙さんの声がかかる。ようやく正体を見極めたらしい。

「付喪神? これが!?」

「はい。いくつもくっついてるうちの、どれかが本体ですよ」

「何それ、本体にオプション付けてでかくなってるってこと!?」

「そんなところです」

 うわあめんどくさい。

 て、つまりそれじゃ。

「本体叩かないと、止まらないってこと!?」

「そういうことです!」

 ……脚斬っても意味ないのか。

「蛇神斬り、白妙さん情報入ったから、作戦変更」

『はあい。どうしますか?』

「本体探して斬る……“飛天”」

 私はどれが本体なのかを見極めようと、ふわりと浮かび上がった。

「多くて、6つか7つってところか……ひとつひとつ斬ってくのが確実かな。だいたい真ん中、心臓部が本体ってのがセオリーだけど」

 その間もぶんぶん振り回される腕を、どうにか避けながら、考える。

「よし、蛇神斬り、真ん中のパーツから斬っていこう」

『はあい』

 一瞬止まって、剣を構え直した。

 ……が、そこを狙って、ぶん、と振り切られた腕に吹っ飛ばされる。

「亜樹さん!?」

 派手な音を立てて柱にぶち当たった私に、白妙さんが声を上げた。

「大丈夫。これくらいで勇者は壊れないって」

 勇者セットの性能は、ただの鎧よりもずっと良いのだ。力任せに叩かれた程度なら、びくともしない……はず。

「……象が踏んでも壊れないほどに頑丈なんですね」

「魔王パンチに耐えられるくらいだからね」

 だから、白妙さんは、なんでそこで呆れた顔になるのだ。

「白妙さんは、ちょっと外に下がってて」

 ともあれ、奴と少し距離ができたのをいいことに、私は素早く片手を閃かせ集中する。ひらひらと何かを描くように動かし、早口に“力ある言葉”を紡ぎ出す。

「“混沌の海にたゆたいし大いなる力よ。わが名に従い──”って」

 が、急に外で上がった悲鳴に、集中が途切れてしまった。

「今度は何なの」

 慌てて屋根の穴から空へ上がる。

 いったい何の騒ぎが、と悲鳴があったほうを見れば、どうやら肝試しに来た馬鹿が、別な何かに絡まれたところだったらしい。


 ──思わず舌打ちが出てしまう。

 なんだってこう、間が悪いんだ。


 絡んでるものが何かまではよく見えない。だが、私の身体はあいにくひとつきりなのだから、こっちが終わるまで何とかしてもらわなきゃならない。

「白妙さん、そっち頼める?」

「しばらくなら」

「じゃ、しばらくよろしく!」

 白妙さんは人を化かす狐らしい妖術で、大騒ぎする馬鹿たちをたちまち掌握しておとなしくさせてしまった。

 それから新手の何かをあしらいつつ、私のほうへと誘導してくる。

「蛇神斬り、ちょっと本気出さないと間に合わないかも。対魔王モードでやっちゃおう」

『はあい!』

 剣に込められた魔法が力を増す。


 対魔王モード、と呼んでるのは、実際魔王を相手にするときにも使ったパワーだった。なんか小難しい説明をいろいろされたけど、要するに、魔王もしくはその眷属を難なく斬れるほどのパワーが出るけど、その後しばらく休息しないといけません、てやつだったか。

 さっき、蛇神斬りは「魔王の手下の気配」と言ってたし、もしかしたら効くんじゃないかなーと思ったのだ。


 剣を構えて急降下しながら、渾身の力で奴に斬りかかると、たいした抵抗もなく刀身が通ってしまった。

「うわ、凄い。ちゃんと斬れた!」

『当たり前です!』

 驚く私に、蛇神斬りが得意そうな声で返す。

「それじゃいつも通り、終了前はカウントダウンしてね」

『はあい』

 さっきの感触から考えると、3回までなら殴られてもなんとかなりそうだ。なら、攻撃優先で行ったほうがいいだろう。

 対魔王モードが続いてるうちに、白妙さんのほうのも合わせて2体、どうにかしなきゃいけないのだ。

 私は蛇神斬りを構え、でかいほうの付喪神に突撃(チャージ)をかける。




「白妙さん、私、ちょっとこのまま鎧着とくわ」

 バラバラになった付喪神……もとい、機械と工場の建物を前に私が呟くと、白妙さんが「珍しい」と言わんばかりに眉を上げた。

「どこか折れましたか」

「たぶん、左腕と、肋骨……はヒビかな。結構痛い」

「わかりました。樹さんに連絡しておきます」

 有無を言わせず、白妙さんが電話をかける。私も、ひと月もふた月も動けないのは困るので、おとなしく頷いた。

 いっちゃんは、ちょっとした怪我なら治せる治癒術の使い手でもある。真にチートというのは、いっちゃんみたいな人を言うのではないか。

 それから、サポセンで待ち合わせることになりましたよ、とスマホをしまいながら告げる白妙さんに振り向いた。

「ここさ、いっちゃんあたり呼んで、1回ちゃんと見てもらってから、鎮めたほうがいいんじゃない?」

「そうですね……このあたりの土地神様にも話を通して、見張っていただくようにもしないと」

 はあ、と私は溜息を吐く。

「それにどうやら、大元はここではなく、別なところにあるようですしね」

「ああ、白妙さんもわかった?」

「亜樹さんにもわかるのに、私にわからないはずがないかと」

「まあ、そっか」

 そう、大元はここじゃない。

 本来なら、付喪神があんな打ち捨てられた機械に生ずるのはおかしいし、何といっても生まれるまでの年数が少なすぎるのだ。

 本来、ここは何の変哲もない場所で、こういう事態がおかしい。

「あー、もう、心霊スポットっていうか、これ、マッチポンプ的心霊スポットって言うべきだよね」

「なんですかそれ」

「だって、なんでもない場所をそう扱ってたら立派な心霊スポットになりましたって、どうなの。こんなの続いたら、この心霊スポットはワシが育てたとか言い出す奴が出てきそうじゃない、そのうち」

「いや、でも人間はそういうの得意でしょうに。今さらですよ」

「そうなの?」

「そうですよ。なんの変哲もないただの石ころですら、人間にかかれば神に昇格するんです。こんな廃工場が心霊スポットに育つくらいかわいいものかと」

「ええ? そう?」

 潰れてしまった建物の残骸を眺めて、わたしは顔を顰めてしまう。白妙さんが言うと説得力があるのが気に入らない。

「でもさ、今回のこれはちょっと違うじゃない」

「そうですか? 似たようなものでしょう。

 古来から、何の曰くもない土地にいろいろやらかしたり持ち込んだりした挙句、とんでもない場所に変えるのは人間のお家芸ですから」

「そう言うと、身も蓋もないね」

 本当に身も蓋もないなと、盛大に溜息を吐いてしまう。

「じゃ、大元どうにかしてお終いかな」

「はい」

 ちょっと腕も胴も痛いけど、荒事じゃなければ問題ないだろう。

 車に戻りながら、白妙さんはふと思い出したという顔で私を振り向いた。

「そういえば亜樹さん」

「ん?」

「さすがに勇者パンチとか勇者キックとかを声に出すのは、控えたほうがいいんじゃないでしょうか」

「え、いいじゃん。そのほうが気合い入るんだもん」

「昭和以前のセンスだと思うんですけど」

「わかりやすいのは美点なんだよ!」




 工場からさほど離れていないその家に、まだ夜更けと言っていい時間に到着した。そこそこ広い、田舎の農家上がりの一軒家という佇まいだ。


 白妙さんの妖術で首尾よく上がり込み、すぐに目的の人物を見つけ出す。

 相手は、工場主である爺さんの縁戚にあたるおっさんだ。先々代あたりで枝分かれした家らしい。

「うわあ、また立派なの憑けて」

 対面していきなりそんな言葉が口を突いて出るくらい、そのおっさんには立派なものが憑いていた。

 白妙さんの術でぼんやりとしたままのおっさんの背に、でかい影のようなものがうぞうぞと蠢めいていたのだ。

 こいつを何とかしないと、あの工場にまた何かを起こされてしまう。

 蛇神斬りが使えればあっという間なのだが、さっきの立ち回りのおかげで寝ているから、今は使えない。

 しかたない。相手はおっさんだけだし、これくらいならなんとかなるだろうと、私はその影に向かって手を翳す。

「“混沌の海にたゆたう力よ。聖なる女神の名と我が暁の勇者の称号において、これなる魔を封じよ”」

 たいした抵抗もなく、影はおっさんの中に吸い込まれ、しゅるしゅると煙のように細くなって消えた。




 白妙さん曰く、ああいうものが人間に憑くのは、よくあることらしい。

 性根が呼ぶのか、はたまた先祖からの因縁か、住んだ土地が悪かったのか……理由はいろいろありすぎて、どれと特定するのは難しい。だが、憑いたものとの相性がいいと、当人と一緒にすくすくとでっかく育ってしまうのだともいう。

「工場主のご親戚で相続で揉めたこともあるようなので、おおかたあの土地が欲しかったとかずっと恨みを持ってたとか、そんな理由でしょうね」

 白妙さんはちょっと考えて、呆れた口調で言ってのける。


 おっさんに憑いたものが、どうして今になってあの廃工場跡地にちょっかいかけるようになったのか。そこはよくわからないし、ぶっちゃけ動機なんてどうでもいい。

 私も、そういうこともあるんだなと納得する。


 農民でもない私からすると、土地なんてそこまで欲しいものかという疑問しか出てこない。私の仕事は、土地の広さが収入に直結してるわけじゃない。土地があったところで、地縁しがらみその他に固定資産税と、あまりいいことないとしか思えない。


 憑いてたものを失くしたおっさんが、今後どうなるのかは知らない。

 けれど、「物事には作用反作用の法則というものがありますから」と笑う白妙さんは、やはり狐だと思った。あのおっさんに、いったいどんな反作用が来るのやら。あまり想像したくはない。


「どうでもいいけど、作用反作用って、それ、物理じゃなかったっけ?」

「因果も似たようなものですから、当てはまりますし」

「因果って、物理だったんだ……」


 なんだか私も白妙さんに化かされてるような気がしてきた。




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