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インベイション

『アリス……アリス……』



「始めろ」

 サエジマの声を合図に、強化セラミックのケースから制御ユニットが取り出される。それは白く細長く、長さは三十センチ程度。くねくねと柔軟に動くさまはウナギのようだ。その様子は機材室からもガラスの壁越しに、そしてモニターを通じて確認できる。

 研究員がユニットの接続部を、寝台車にうつ伏せで寝るアリスの尾てい骨にあてがう。すぐさま接続部から針のようなものが射出され、彼女の体内に入った。

「んっ!?」

 流石に痛かったのかアリスの悲鳴があがる。その後も目覚めこそしないものの、悪夢にうなされているかのようなうめき声が実験室中に響いた。


「どうだ?」

「今のところは正常です。この調子なら人体に影響はありません」

 安堵の溜息が漏れたのは生体課のメンバーが陣取る一角からだ。前回の失敗のこともあり、今回は上手くいくのではないかという期待が皆の中で大きくなる。


「3・2・1、接続プロセス完了」

「後は上手く機能するかどうかだが・・・・・・」


『アリス、どこ?』


 一人の研究員が訝しむように言う。しばらく様子を見ていると、アリスの白いボディスーツの表面がほんのりと黄色く発光し始めた。まるで神聖な生き物のような姿に声が漏れる。

「女神だ……」

 研究員の誰かがそう言った。女神にしては若すぎるが、他に形容できる言葉は彼らにはなかった。

「アリス。起きなさい」

 サエジマの言葉にアリスは瞳をぱっちりと開くと、起き上がってベッドから降りた。光はまだ放ったままだ。

「博士、成功ですか?」

「試してみよう。入れ」

 サエジマの言葉で、実験室の扉が開き、他の研究員や機材と入れ替わるように、一人の屈強な警備兵が入った。

「アリス、彼を倒せ。模擬戦だ」


 警備員自身、相手は幼い女の子であり、警備の仕事を行う自分がどう手加減したって、負けるはずがない、そう思っていた。だからこそ、最初くらいは、博士の実験がどんなものかを知るためにも少女の攻撃を一度受けてみようと思い突っ立っていた。


 それが間違いだった。


 気が付けば自分の身体は、自分の背後にある壁にぶつかっていた。よほど大きな力によって自分の身体は壁へと叩きつけられたのだろう。背中からの痛みは身体中を襲う。

そう、なんと彼女は、自分の数倍はあろうかという体格の男を、片手で突き飛ばしたのだ。


『おーい。アリスー』


 痛みをこらえ、なんとか立ち上がり呼吸と姿勢を整える。大人を突き飛ばす人間離れした力に、もう手加減はしていられない。自らの生命の危機を感じた彼は、彼女の小さな体をめがけ蹴りを繰り出すが、瞬時に足が届かない紙一重のところに下がられた。ならば、と持たされていた鉄球を少女に向かって渾身の力で投げつけるも、彼女は難なくそれを受け止めてしまう。それは彼の腹部に投げ返され、衝撃で彼の背中は再び背後の壁に打ち付けられた。


「よくやった。アリス」

 その言葉で、アリスの発光がおさまる。目の前の光景に全員言葉を失っていたが、やがて歓声に包まれた。サエジマは満足げな笑みを浮かべるが、アリスの顔に表情はない。ただ制御ユニットは尻尾のようにゆらゆら揺れていた。




 バンッ――部屋中に響く低い音とともに、全ての明かりが消えた。扉の向こうでは結構な人数のざわめきが聞こえる。その中から若い声が一つ。

「ブレーカー見てきます」

 足音が扉に近づいてくる。男は相手より一瞬早く扉を開くと、所構わず引き金を引いた。すると闇に満ちた室内に光の線が幾度も走る。やがて人の気配がなくなると、畑寺は足元のぬいぐるみを蹴飛ばし、暗視ゴーグルの視界でゆっくりと部屋を見渡した。

「そこそこ大量だな。さて、本命は……」


『アリス、こっちだよ』


 機械が並ぶ部屋に散らばるぬいぐるみというのはミスマッチすぎて気味が悪い。部屋の片隅にドアを見つけ慎重に開けると、全身タイツのような服を着た女の子がいた。満月の夜に見たあの子だ。

「無事だったんだね。さ、一緒に帰ろう」

 しかし少女は人形のようにピクリとも動かなかった。もしかして暗視ゴーグルを付けたまま話しかけて怖がらせてしまっただろうか。それとも突然電気が消えてどうすればいいかわからなくなっているのか。とりあえずいつまでもここにいるわけにもいかない。畑寺はTSA光発生装置をホルスターに仕舞うと、ゆっくり少女の手を取った。安心させようと優しい口調で言葉をかける。

「ほら、帰るよ……ッ!?」

 だが、その言葉が続くことはなかった。畑寺は自分の目を疑うほかなかった。少女の手を取ったその時に、突如、彼女の体から火のような何かが起こったのだ。彼女の身体にまとわりつく黄色い“ソレ”はゆらゆら揺らめきながら、やがて頭上に二つの先端を形作った。その様はまるで獰猛な山猫だ。

「なんだ……これ……」

 異様な光景に思わず距離をとり、ホルスターに手をかける。しかしそれよりも早く、彼女は一気に距離を詰め、畑寺の腹に拳を入れた。殴りかかった。

「かはっ!?」

 自分から数メートルも背後にあった筈の壁が、今はぴたりと自分の背中についている。ありえない。常識で考えれば信じられないことだが彼女の一発が身体をここまで吹き飛ばしたのだ。

「なんなんだよおい」

 何かはわからないが、このままではやられる。畑寺は、ここにきて注文の多い料理店に迷い込んだ猟師の気持ちを悟った。


『じゃあアリス。ゲームといこう。君が鬼だ』


「だがこっちには!」

 畑寺はTSA光発生装置を抜き、引き金を引く。放たれた光線はたちまち彼女に当たった。

 しかし、こちらに歩いてくる彼女の身体に変化はない。

「嘘だろオイ!」

 彼の目には超現実的な光景が容赦なく襲い掛かる。彼女の足は床を離れ、それに合わせて周辺の機材も浮かび上がっていく。想像もつかない出来事が相次いで起こる中で、それでも畑寺は宙に浮くそれらがどのように動くかを冷静にみていた。宙に浮き、少女は自分に敵意を向けている。文字を読む様にゆっくり考えられるなら誰だって察しがついただろう。宙に浮いたそれらの向かう先はそう、自分だ。


 ――ドガシャーン!!!

様々な機材が壁にぶつかっていく。そのうち壁が崩れ、塵を巻き上げた。



 射線がわかれば避けるのはたやすい。畑寺は機材を避け廊下に出た後、一目散に廊下をひた走っていた。何か策は無いか。そう考えている間も後ろからシャンデリアや観葉植物が飛んでくる。

 少女の猛攻になす術もない狩人。装置がきかないとなれば、彼はもうただのちょっと強い人でしかない。アリスを傷つけるわけにもいかない彼はとにかく考えるしかなかった。

 遠くに廊下の行き止まりが見えた。このまま走っていても袋のねずみだ。そうなればこの猫は容赦なく自分を狩るだろう。まさか自分が狩られる立場になるとは。


 畑寺は「更衣室」と書かれた扉に飛び込んだ。ずらりと並ぶロッカーがそれぞれ人一人ずつ入れそうな大きさであることを確認しながら、一番奥のロッカーに閉じこもる。これでやり過ごせるといいが……。


『ほらアリス、見つけてごらん』


 程なくして部屋に彼女が入ってきた。どうやら畑寺の居場所は気づいて無い様だ。ちょうど目線の位置にある空気穴から、彼女がキョロキョロと見回しているのが見える。

 頼む。今はこのまま帰ってくれ――


 少し辺りを探して諦めたのか、出口に向かう少女。よかった。助かった――

 しかし彼女は出口で立ち止まったかと思うと、突然その身に纏った黄色い炎を周囲に拡散させた。彼女を中心にして球状に広がる僅かな光が畑寺の前にも迫り、体を通っていく。これはまさか――

「生体センサーか!?」

 彼女が振り向いたのと畑寺が飛び出したのは同時だった。畑寺は一か八か軽い身のこなしで彼女の背後に回ると、すんなりと羽交い絞めにすることができた。

「ほら、遊びは終わり。おとなしくするんだ」

 あまりの無抵抗ぶりに拍子抜けした。が、それもつかの間。彼女の身体に再び光が灯ると、周囲のロッカーが畑寺めがけて飛びかかった。


『ほらほら、上だよ、アリス』


「これはもう……手に負えない」

 無数のロッカーの下敷きになり、畑寺は身動きが取れない。アリスは彼が動けないことを確認すると、更衣室を後にした。彼女の頭の中には目が覚めてから響く奇妙な声があった。その声に導かれ、階段を上がり、屋上に出る。少し欠けた月が夜空に輝き、吹きつける夜風は彼女の表情と同じくらい冷たい。


『やっと来たね、ちんちくりんのアリス――』


 夜風の中から響く声風の吹く方に目を凝らすと、サッカーボールくらいの大きさの三つの何かが彼女の脇をすり抜けた。

 アリスが振り返った先には、クッションにのって宙に浮かぶ兎と猫のぬいぐるみ。そして狼頭の人間―ウルフマンがそこにいた。


続きは来週の金曜、12/25、クリスマスの夜公開!

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