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サエジマという男

「諸君。ここに集められた意味がわかるかね?」



 舞踏会でも開かれるかのような豪華な広間にサエジマの声が響く。何のことかといわんばかりに顔を見合わせる警備員や、誇らしげに胸を張る研究員ら総勢五十人がここにいる。だが、彼らの装いは防弾チョッキに白衣とこの部屋に釣り合う格好ではない。唯一サエジマの横に立つアリスのドレスだけが絢爛豪華なこの場所に最もふさわしいと言えるだろう。


「ここには私が見てきた中で優秀な才能を持つ者だけを連れてきた。そう。君たちだ。最高の研究家に、最高のパイロット。そして最高の警備。まさに最高のメンバーだ」

 壇上でサエジマが大げさな手振りを加えながら言い放つと、一部から歓声が上がった。何が始まるのかはわからないが、きっと歴史に名を残すような素晴らしいことに違いない。そんな期待が彼らの中に共通して渦巻いていた。その勢いを強めるように、さらにサエジマは高らかに続けた。

「ここにはあらゆるテクノロジーを用意してある。無いものを探すほうが難しいほどにな。そしてそんな最高の環境で行われるのは、人類史上最高の研究。それをワシたちがやるのだ!」

 オオオオーーー!! ――抑えきれない興奮が声になって、広間から建物全体に響き渡る。拍手喝采を浴びながら、サエジマはアリスを連れて広間から去り、他の研究員たちもそれぞれの持ち場へと散った。


「……すっげぇ!」

 広間担当の警備部隊員、北野は場の雰囲気にすっかり呑まれていた。一年前は高校でやんちゃをしていた彼だが、大の大人が集まって声を上げた時の勢いというのは凄まじく、学校で粋がっていた自分が小さく見えた。そして同時に、この大きな勢いの中にいることが嬉しくてたまらなくなった。

「すごいっすね先輩! 俺達歴史が生まれる瞬間にいるっていうか……」

 同じく広間担当の堀重に興奮をぶつけると、彼も笑って北野の背中を叩いた。

「はっはっは、はしゃぎ過ぎだぜ、若いの。でもいったい何の研究なんだ?」

「若いっつったって、おめーも二十幾じゃねぇか。それと、どーせ聞いても警備の俺らにゃ教えてくれねーよ」

 二人の会話に同じチームの津久井も割って入る。彼は他の職員とは違いそこまで気分も高まっていない。むしろ顔色が悪そうに見える。

「また人酔いか? いい加減慣れろよ津久井」

「うっせ」

「にしても先輩。なんであんな小さな子まで一緒なんですかね?」

 北野の問いに二人はきょとんと顔を見合わせるが、即座に声をあげて笑い出した。

「そーそー! それさっき話してたんだ。随分とお気に入りみたいだからな」

「まるでてめぇの娘かってくらいに可愛がってっから、もしかするとあいつロリコンじゃねって話になったな」

 そういうと二人はまた顔を合わせて笑い出した。北野までなんだかおかしくてつられて笑い出す。それを呆れた顔で眺めるのは部隊長の三島コウスケ。

 何を話してるかと思えばこいつらそんな無駄口を、と思いこそするものの、彼らの任務に対する真剣みの薄さには怒る気さえ起きない。それよりも今の彼には考えることの方が重要だった。結論はくだらないが彼らの疑問はもっともだ。サエジマの言う最高の環境に、あの少女を連れてくる理由があるとすれば――


「やあ君たち。全員いるかね?」

 扉が開きサエジマがホールに顔を出した。部隊員はサエジマの前に横一列で並び敬礼をする。博士はすぐにそれを下げさせた。

「博士、どうされました?」

「君たちにも研究の事を伝えておこうと思ってな。最高の仲間として」

 博士の言葉に一同目を見開く。今までは研究所で共に働くものといえど、研究の内容を警備員に話すことなど一度もなかった。それはどの研究員も同じで、おそらくサエジマが徹底した情報管理を敷いているためだろう。それが、今研究所長自ら“語る”と言っているのだ。コウスケを初めとし部隊員は皆唖然とした。

「マジすか」

「ああ、マジだ。そしてこの研究は、君たちに関係あることでもあるのだよ」


 これから行われる実験は“状況に応じて最適な対応への補助を行う装置の適応と制御”に関することらしい。実験が成功すれば装置を量産し、警備員に配備してより一層の警備強化に当たらせたいとのことだった。

「そんなことが」

「できるんだ。ワシはもう老い先短いが、未来を背負う君たちのためにこの実験を成功させる。なんとしてもな。だから君たちはその間、ここの警備を頼む」

 博士は各々の顔を見て頷くと、のっそりと部屋を後にした。

「ロリコンオヤジ、結構いいやつなんすね」

「馬鹿野郎若いの! お前サエジマ博士になんてこと言うんだ!」

「まったく最近の若ぇーのは、れーぎってのを知らねぇ」

先輩の手のひら返しに翻弄される北野をよそに、コウスケは広間を後にした。




「サエジマ博士」

 広間とは打って変わった、病院のような廊下が続く。遠くにサエジマの後姿を認めると、コウスケは駆け寄りながら呼び止めた。

「おお三島君か、なんだね?」

「博士、さっきの話ですが」

「ああ、もちろん完成品は君が最初につけるといい。部隊長として当然の権利だ」

 実験の成功を確信しているのか、サエジマは終始ご機嫌だ。

「いや、そうじゃなくてですね、実験の際その装置は誰がつけるのかと思いまして」

 そう言うと博士の顔が曇った。コウスケに背中を向け“それは君が気にすることではない”と言うと冷たく歩を進めた。

「まさか、あの女の子に?」

 返事はない。しかし態度から察するに、おそらくそのつもりなのだろう。

「サエジマさんまさか、最初からそのつもりで僕たちに連れてこさせたんですか!」

 付きまとうコウスケがうっとおしかったのか、サエジマは急に立ち止まり拳で壁を叩くと、体をわなわなと震わせた。しかしコウスケは微塵も怖気つく様子はない。

「何とか言って下さいよ! 博士!」

 廊下に猛々しい声が響く。サエジマは溜息をつくと、手を後ろに組んで振り返った。その顔は思ったより落ち着いている。

「あの子は、心配ない。家族は了承済みだ。あの子もな」

「家族が了承? 拉致されて易々了承するとは思えません」

「報告書によると君達は満月の夜、シェアードの研究とTSA光発生装置の回収に向かった。だが別の組織の特殊部隊が先に手をつけているのを発見。部隊員の掘重、津久井、北野の三名が指示を待たずに接触。結局君と副隊長二人が独断で回収してきたのがあの子だ」

 先日の作戦で起こったことを淡々と話していく博士。どこかコウスケたちを責めるような口ぶりに、彼の声も大きくなる。

「待ってください。それでは博士は指示してないのに私たちが勝手に拉致したと?」

「“私の部隊”じゃない。君たち二人だ。実際部下には少女のことを言ってないんだろう?」

 確かにそうだ。コウスケと副隊長は作戦前に現場の映像を確認し、少女がシェアードの実験体だと判断し、連れ去った。これは堀重たちにも秘密にしてある。任務と言えども子供の誘拐などさせたくなかったためだ。

「まあ思わぬ収穫だった。そして部隊は君たちだけじゃないんだ。あの子の情報を調べ上げ別働隊に交渉に行かせた」

「だとしても」

「言っただろう。ここには最高の人材が揃えられてある。そして世知辛いが、人は欲望には勝てんのだよ。特にコレにはな」

 言いながら博士は左手の親指と人差し指で輪っかを作り持ち上げた。

「あんた……」

「さぁ、そろそろ時間だ。今度は部下にしっかりと紐をつけておくんだな。さ、定位置についてくれたまえ」

 足早に去るサエジマに、コウスケはもはや失意の目を向けるしかできなかった。表向きはいい顔をしているが裏ではどんな手でも使う卑劣漢。人間の良心などなく、ただ自分の研究の為の頭脳しかない。彼はこんな男の下についた自分を呪った。




「ふう。三島コウスケ。油断ならんな。クズのくせに妙に感がいい。もっとも、コロッと嘘にのる辺りクズはやはりクズだが」


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