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物思いの夜

 これを本当に使命と言っていいのだろうか。


 ――あなたには使命がある。確かに私はそう言った。それがなんなのか。言ってしまうのは簡単なこと。でも、言葉にして伝えてしまえば、きっと使命は果たされない。

 信用していないわけじゃない。でも一度意識した異性はもう友達としては見られないように、明確にすべきでないことは多い。

「使命」・・・・・・「シメイ」・・・…マリィの頭の中で言葉が跳ねる。


「御指名ありがとうございまーす! 当クラブナンバーニャンのホスト、ヤシチェです宜しくどうぞー!」


 鳥居の上で物思いにふける中、その思考と静寂をかき乱した相手を見つけるとキネシスで持ち上げ、勢いよく放り投げた。しばらくして投げた方向から大きなネコのぬいぐるみが、座布団に乗ってふよふよと飛んでくる。

「初対面で急にその態度はナインじゃないの~? キュウだけにぶふぉ!?」

 境内に落ちていた石を悪趣味なピンクと紫の縞々ボディに打ち込むと、ネコのぬいぐるみは悲鳴と共に勢いよく吹き飛んでいった。


「もう待ってよ、話を聞いてよ!」

「次寒い事言うとその縫い目ほどくわよ」


 ヤシチェと名乗ったソレは人が両手で抱えるほどの大きさで、その体型はダルマに似ている。彼は何の照れ隠しなのかへへへ、と笑うと、マリィの顔を不愉快なほどの笑みで見つめた。

「何? また飛ばされたいの?」

「ふーん、なーるほどねぇー。人からの愛情はいわば僕らのごはん。愛情をもらえないと動けなくなっちゃうもんね僕たち。それを与え続けることを彼に『使命』って言おうとしたってわけね。冴えてるぅー」

 ヤシチェのチャラいしゃべり方が癪に障るが、それよりも耐えられないのは考えていたことを無神経にもズケズケと言われることだ。渦巻いた驚きと憎悪の感情をヤシチェにぶつけるが、何が可笑しいのかへらへらとした態度を崩さない

「あっ! びっくりしちゃった? ねぇねぇびっくりしちゃった? 僕って人の考えがわかっちゃう系キャットなんだよね~」

「人の考えに土足で入り込むなんて、デリカシーがないのね」

「デリカシーだけじゃないよ。この空とおんなじ頭は空っぽすっからかんさ!」

「そ。悪いけど私、軽い男は嫌いなの」

「でもネコだよ? ほらほら、もふってもいーんだぜ? ほらほらあぁー!?」

 初めこそ平静を保ってあしらおうと努めたものの、気が付けばヤシチェの体は神社の屋根をごろごろ転がり、そのまま落ちていっていた。無意識とは恐ろしいものだ。


 そういえばこいつの姿を見たことがある。あれはどこだったか・・・・・・そう。二件目の襲撃があったゲームセンター『ストリーム』で狩人が女の子に取ってあげていたやつだ。あの時からいけ好かないとは思っていたが、まさかまた会うことになるとは。マリィは自分の不運を呪った。

「あ、思い出してくれた感じ? そうそうさっきはリズム的に“初対面”って言っちゃったけどー、厳密に言えばこれで二度目なんだよねー。運命の再会ってやつ?」

 自身の下にあるものをキネシスで持ち上げる。するとエレベーターのように自身も浮かぶことができる。意思を持つぬいぐるみたちの間では共通の移動手段だ。ボロボロの座布団に乗り再び浮き上がったヤシチェはマリィの正面に回ると、上目遣いになるように体を傾けさせた。しかし縫い付けられたにやけ顔は小ばかにしているようにしか見えない。

「最悪の出会いね。これ以上痛い目見たくなかったらさっさと帰りなさい。あなたの飼い主が待ってるわよ?」

「それなんだけどさー。飼い主捕まっちゃったの。だから助けるの手伝って」

 ……どうやらこいつはこいつで大きな問題を抱えているようだが、そのおどけた軽い口調はとても物を頼む態度とは思えない。そして今は控えめに言って機嫌が悪いのだ。

「はぁ? 何で私が。一人で出来るでしょ」

「一生のお願い!」

「ネコは九生あるんですってね。八回死んでから出直しなさい」

「ちぇー。なんだよケチ」

 間もなくして夜空に幾度目かの悲鳴が響いた。近所迷惑なヤツだ。



「すみませんでしたてつだってくださいおねがいします」

 まるで機械に読ませたような棒読みだが、私も鬼ではない。とりあえず話だけは聞いてあげることにした。

「それで、見返りはなに?」

「見返り・・・・・・えっと商店街のクーポン! 期限昨日までだけど・・・・・・」

「さよなら」

「まって! 彼が戦うには君の手が必要だろわぁー――」

 話にならないと思って投げ飛ばしてしまったが、“彼が戦う”と口走ったのを聞いてしまったため、こいつが戻ってくるのを少しだけ待つことにした。幸い程なくして目の前に戻ってくる。

「彼を知っているの?」

「知ってるさぁ。街じゃあいつを知らないヤツはいねぇ。満月の夜にあらぶる竜を封印せし狼とぬいぐるみの血を引く者――」

 ロールプレイングゲームの勇者のような謂れを高らかに語るヤシチェ。

「ぷっ。狼とぬいぐるみから人間が生まれるっておかしくね? ってかぬいぐるみの血って何チョーうける」

 すぐに茶化すため今夜はこいつの悲鳴が絶えない。


「彼にまた戦えって言うの?」

「そのとおり! でも彼が戦うには君のその短い尻尾と手が必要だ。必要とされれば、自ずと愛情も手に入る。名付けて“ドキッ! ラブラブハリケーンナイト大作戦”!」

 作戦名を言う頃にはヤシチェは宙を舞っていた。何がラブラブだ馬鹿野郎。

「気も短いんだね。ともかく、今回の事件はうってつけじゃないかな?」

「・・・・・・まあいいわ。退屈しのぎに付き合ってあげる。その前になにがあったか詳しく教えなさい」

 ヤシチェの話によると、共有者との決闘の後、どこかの特殊部隊が人質たちを救助していたらしい。しかしそこに別の部隊が現れ小競り合いになり、どさくさに紛れてこいつの飼い主である少女をさらっていったらしい。

「知ってるでしょーう? 生き物なのにキネシスの対象になる不思議な子。一応助けるために僕は彼女をさらった部隊をつけたんだー。そしたらなーんーと、山奥に秘密の研究所があっちゃったわけ。で見てたらその中に運び込まちゃってさ。このままじゃ多分解剖とかされちゃうよ~! ってなる前に助けて欲しいわけ。わかる?」

 口調に関してはもう投げ飛ばす気にもならないが、まさかデートの間にそんなことになっていたとは。特殊部隊やそれに敵対する別の部隊に謎の研究所。まるでこの間見せてもらった映画みたいだ。事実は小説より奇なりというやつか。

 三件目の襲撃を防いだ時、私の体は私の意思とは別に急に窓の外へと飛び出し、宙に浮くその少女に連れ去られた。その時、周囲に私たちのようなぬいぐるみはいなかったことを考えると、おそらく彼女は人間のままキネシスを使える。おそらくヨツグのように特殊な体質を得たのだろう。だとしたら自力で脱出できそうなものだが・・・・・・


「助けるのはいいけど、あなたいろんなこと知ってるのね。まるでストーカーみたいで信用できないんだけど」

「にゃあ。僕のことは信用しなくていい。でもこの機を利用しない手はないでしょ。彼のハートを・・・・・・掴み続けるには」

 ムカつくが確かにそのとおりだ。こいつの手の中にいるみたいで気に入らないが、今回は利用してやろう。 

「まあいいわ。それにしても、飼い主に対してずいぶんと思い入れがあるのね。そこまでしてあなたは何がしたいの?」

「楽しみたいだけさ。言ったでしょ。頭は空っぽだって。君の方こそ思い入れがあるみたいうぐっ」

 バケツで叩きつけながら研究所の場所を確認すると、“先に行ってるから”と言って空に飛んでいった。去り際に“バイオレンス兎め”と言ったのは気が向いた時のツケにしておいてやろう。


 それにしてもヨツグにはなんと言えばいいだろうか。あたりに静寂が戻ってきて尚、物思いの夜はまだ終わりそうになかった。



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