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話し手ネコと聞かし手アリス

「むかしむかしあるところに、陽気で明るい猫がおりました。猫はその性格からみんなの人気者でしたが、その人気を妬んだ女王様は猫を檻の中に閉じ込めてしまいました。皆は嘆き悲しみましたが、女王様の言うことは絶対。助け出そうと言うものだって、おりはしましたが皆大反対。結局長い間猫は一人ぼっちで檻の中で過ごしました。


 生きているのか死んでいるのかわからなくなったいつかのある日、見たことのない女の子が檻の前をてんてくりん。ドレスだけは綺麗だけれど、着ている彼女はちんちくりん。猫はその格好があまりにも不釣合いでおかしくて、好奇心で笑いをかみ殺しながら語りかけました。


『やあ、そんなカッコでどこ行くんだい?』


《あら素敵なネコさんごきげんよう。今ウサギを追っているのよ》


『へえ、それは骨が折れそうだ。それにしてもそのカッコ似合ってないね。捕まえたら毛皮を剥いで服にしなよ』


《まあ失礼しちゃう! あなたにはその檻がお似合いね!》


『何でも似合って困っちゃうね。そのドレスだって僕の方がきっと似合うよ。試しにその服ちょっと貸しなよ』


《もうやんなっちゃう! あなたこそその皮をお願いね!》


 ネコとケンカをしているうちに、ウサギの姿はどこかへドロン。それに気付いたちんちくりんの、目から涙がボロボロボロン。


『あはははは! 泣いた泣いた。すました強気な皮がはがれた』


 初めは笑った明るいネコも、その泣き声にはすぐ耳ふさぎ、周りの人もこっちを見てる。早く出て来い長耳ウサギ

 呼んでないのにどこのもんだかそこに出てきた森のハンター。檻からネコへ狙いを定めて一発ゲットで彼女の前へ」



「それ何のお話?」

「僕とちんちくりんの出会いの話。あの時は僕が捕われていた。でも今は逆だね君が獄中」

「そのラップにもなってないしゃべり方どうにかならないの?」



 コンクリートの部屋のアリスは目の前の大きな鏡に映るお人形を見て、確かにドレスが似合ってない。特に髪色と合ってない。なんてことを考えました。少し前から頭の中に響くネコの声は、どうやらこの部屋の外のどこかからのようです。


「いつまでそこにいる気なんだい?」

「新しい国を見つけるまでよ」

「家には帰らないのかい?」

「あなたは帰りたいと思う?」

 ネコが少し考えてから、ニシシと笑っていいやと答えると、アリスの頭に憎たらしいほどのネコの笑顔が浮かんで消えました。

「気持ち悪いほど愉しそうね」

「女王様よりずっとマシでしょ?」


 鏡に映ったお人形がピクリとも動かないのを無視して、アリスは昔話の本を開きました。それはアリスの頭の中だけにある、彼女自身の昔話。始まりは五歳の誕生日にさかのぼります。


「はっぴばーすでーでぃあアリスちゃーん♪ はっぴばーすでーとぅーゆー♪」

 ろうそくの明かりがキラキラと彩る夜。アリスがその火を吹きけすと、あたりは魔法のようにまっくらになり、かわりに三人のあたたかい拍手があふれました。明かりをつけるとみんな笑顔で、お父さんも、お母さんも、そして大好きなお姉ちゃんも皆この日を祝福してくれていました。

 しかし次の日、アリスはお姉ちゃんとお母さんのわめく声で目がさめます。うっすら開いた扉のすきまから声のする方をのぞくと、ふたりはなにやらケンカをしているようです。まだちいさいアリスにはふたりが何を言っているのかわかりませんでしたが、心がなんだかいたくなるのを感じました。

 その日から、大好きなお姉ちゃんの姿を見ることはなくなりました。

「お姉ちゃんは言うことを聞かない悪い子だから、遠い国につれて行かれちゃったのよ」

 そう言うお母さんの顔はとてもこわくて、そしてなぜかさびしそうでした。

 それからのお母さんはまるでハートの女王のように、お父さんやアリスに命令しました。お母さんが怒る姿を見たくないがために、彼女は少しずつお人形になっていったのでした。


「でもこのままじゃ本当にお人形さんになってしまうわ。今家に戻ったら、わたしは人間に戻れなくなっちゃう。だからお母さんには悪いけど、悪夢の国じゃない別の国を見つけなきゃいけないの」

 頭の中で呟く言葉にネコがにゃ、にゃと相槌を打つ。

「にゃんとも笑える話だね。かつ悲劇的」

「笑えるもんですか」

 アリスがネコにあっかんべーをしても、鏡の向こうのお人形はボーっと見ているだけです。しかしその目は何か言いたげでもありました。

「あはは、変な顔。でももっと笑える明るい話をしようか」



「ある満月の夜のこと。その日も女王はご機嫌斜め。数日前に小娘がちんちくりんの癖に駄々をこねたことをまだ根に持っているのです。

 王様が彼女の怒りをおさめようとしますが、全然上手くいきません。そこで王様はもう一度小娘に謝らせようと、階段を上り牢屋の扉を開けました。しかし中はもぬけの殻。開け放たれた窓からは心地よい夜の風が入り込みます。

 さて、小娘が逃げたことを知ったら女王様は更に怒り狂うでしょう。王様もタダではすみません。困った王様はその辺の道具で人の形を作り、服を着せてベッド代わりのわらの上に寝かせ、ぼろいシーツをかぶせて牢屋の扉を閉めました。


『それで、あのちんちくりんはちゃんと反省していたかしら?』


『えっ!? いや、その・・・・・・ああしていたさ! わらの上で君に楯突いたことを後悔して泣いていたよ』


『ふん、泣けば許されると思って。あなたなにか甘やかすようなことしたでしょう。せっかく立派な淑女に育っていたのに。どう責任取るつもり?』


 女王様の言葉に王様はぐうの音も出ません。昔から尻に敷かれるタイプでしたが、いまでは王冠までぺちゃんこです。


『いつも言ってるでしょう! あの子には一切口出ししないで! ・・・・・・大体あの子もあの子だわ。本当に反省してるのなら何度だって謝るべきよ!』


 そう言うと女王様は階段をふさぐ王様を跳ね除け、一目散に牢屋に向かい扉を蹴破りました。


『いつまでぐずぐずしてるの! 泣いたって何もならないのよ!』


 牢屋中に声は響きますが、返事は帰ってきません。


『いい加減にしなさい!』


 膨らんだ古いぼろぼろのシーツを剥ぎ取ると、中からほうきやバケツが組み合わさって、服を着ていました。

 きょとんとしていた女王様でしたが、小娘が逃げたとわかってたちまち怒りが大爆発。王様を呼びつけて怒鳴りつけますが王様は冬のキリギリスのようにちぢこまっています。ついに彼女の怒りは頂点に達し、女王の城はトランプのハートのように赤く明るく燃え上がりましたとさ。おしまい」


 アリスは跳ねるように椅子から飛びのいて、スタッと両足そろえて気をつけをすると、体中にヒビがピシピシ走り、ガラスや鏡が割れていくように、肌が粉々に砕けていきました。

 いいえ、本当にはそうはなっていません。そうなっているのは鏡の中のお人形です。お人形の中から現れたのは、他でもない鏡のこちら側の、本物のアリスでした。

「ちっとも明るくなーい!!」

「あはは、剥がれた剥がれた一皮向けた」

「なによ! あなたなんてただのぬいぐるみの癖に!」


 そう言うと、たちまちネコの声はしなくなりました。どこか遠くへ逃げたのか、最初からいなかったのか。アリスの頭の中にネコのない笑いだけを残し、やがてそれも消えてしまいました。ふと鏡の向こうを見ると、お人形ではない自分の姿がくっきりと映し出されました。右手を挙げれば右手を挙げ、踊ってみると寸分違わずまねをします。あまりにマネをするので、アリスは鏡に向かってあっかんベーをしました。

「・・・・・・変な顔」




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