もう一人の共有者
ここが病院であれば二人を研修医とベテランドクターと称しても違和感が無いかもしれない。LEDに照らされた白い部屋には所狭しとコンピューターや研究機材が置かれ、床を這う無数のケーブルは水を求める大樹の根のようにその先を複雑に伸ばしていた。歩き慣れていなければ足を取られてしまいそうだ。そんな部屋だからこそ、奥で巨大モニターを凝視する若いメガネの男と白髪交じりの男の姿は一層胡散臭く見えた。
白髪交じりの男が顔のしわを触りながら、かじりつくように画面に見入っている。画面の向こうでは満月の下、使われなくなった廃工場の駐車場で竜が暴れまわっている。そんな中に人やぬいぐるみに姿を変えながら攻撃を避ける謎の狼男が一人。やがてそのぬいぐるみが飛び上がったかと思うと、すぐさま竜に向かって突進しその体を貫いた。映像はここで終わっている。
「サエジマ博士。その・・・・・・残念でしたね」
白衣にメガネのいかにもな研究員がモニター格納の操作をしながらそう言うが、博士の頬は上がっていた。
「残念? いやいや、彼は・・・・・・シェアードは自ら勝手に体を張って、更にワシに実験データまでくれたんだ。最後の最後でようやく立派に研究を努めてくれたよ。さすがワシの『共有者』なだけはある」
「博士・・・・・・」
「それに、新しい被検体まで用意してくれた」
モニターが天井に格納されると、その奥に新たな部屋が現れた。その境は警察の取調室のようにマジックミラーで仕切られており、こちらからは小さな女の子が座っているのがはっきりと見えているが、向こうからこちらの様子は見えないようになっている。
「あの子のことですか」
「ああ。本当に興味深いよ。キネシスが通用する始めての生物だ。名前は?」
「持ち物には“アリス”とありました」
「アリスか・・・・・・ここはまさに不思議の国といったところだな」
彼女はモニターで見た事件があった夜、あの場に倒れていた中の一人だ。既にどこかの集団が救助にあたっている最中だったが、なんとかここまで連れてこさせた。共有者ことシェアードが「占い師」と呼んでいた娘だ。
マジックミラーの向こうでアリスは用意した椅子に、まさしくお人形のようにちょこんと座って動かない。目は開いているが、精巧に作られた剥製のようにも見える。
「眠っているのか?」
「あの部屋に入れてからずっとあんな調子です」
助手が戸惑いながら答える。貴重なサンプルであるため他の研究員には触らせないようにしているが、これでは接触を禁止せずとも気味悪がって近づかないのではなかろうか。
「分析はどうだ?」
「まだかかりますね」
「フン、共有者と言っても所詮はクズか。どうしてもワシを手間取らせたいらしい」
「素性についてであれば簡単なものでよろしければ」
「話せ」
他の研究員が調査したところによると彼女の名は照井アリスといい、小学二年生とのことだ。小学校では、おとなしく勉強が出来て礼儀正しいと、先生や近所の人からも評判だという。しかし友達と遊ぶ姿は見られず、学校ではよく一人で本を読んでいる姿が見られている。家は三人暮らしだが、父親は病院の医者で夜勤やら学会やらで、娘と過ごす時間は少なかったようだ。
「本当に簡単なものだな・・・・・・それで家の方は?」
「既に」
「そうか」
「サエジマ博士!」
大声と共に勢いよく扉が開かれ、森のような部屋にずかずかと若い男が入ってきた。メガネの助手と歳は近そうだが、その体格は比べ物にならないほど引き締まっている。彼は若くしてアリスを奪取した部隊の隊長であった。名を三島コウスケという。
「サエジマ博士。敵対組織がいるなんて聞いてませんよ。安全な作戦のはずではなかったんですか?」
「おお三島君。ご苦労だった。休まなくて良いのかね?」
「博士!」
博士は凄むコウスケの非難をあえて受け入れるかのように頭を下げた。
「すまない三島君。悪かった。でもこれは君と、君の部隊、四人を信頼してのことだったんだ」
「博士、ウチの部隊は五人です」
「おお、そうだったな。ともかく君ならこのミッションを、きっと成功させてくれるって信じていたよ。実際作戦は成功。負傷者ゼロ。お見事だ」
「しかしですね、初っ端からこうでは部隊の士気が」
「そうだ! 皆疲れがたまっているはずだ。早く休ませてやりなさい。君自身もな」
博士はコウスケの言葉を遮り、笑顔で部屋の外へと押し戻して扉を閉めた。やがて扉の前の気配がなくなると、博士は舌打ちをして部屋の奥へと戻った。
「はぁ、何が“聞いてなかった”だ。ワシだって敵対組織がいるなんて聞いてなかった。だから隊長に据えたというのに・・・・・・しかもTSA光発生装置の回収には失敗しているじゃないか! まったく元はと言えば全部シェアードのせいだ! まったく面倒な共有者だよあいつは!」
博士とシェアードの仲の悪さは所内でも有名だった。お互いに天才的な頭脳を持っているが、自分のほうが上だと言ってはばからなかった。特にサエジマ博士は彼に自我を与えた父親と言っても良い存在だが、シェアードのことを実験材料としか見ていない節があり、それが更に竜の怒りを沸き立たせた。そしてシェアードがこの研究所から出ていったのが二週間前のことだ。 我慢の限界を迎えた彼は自分の研究と、人をぬいぐるみに変えるTSA光発生装置をはじめとするいくつかのサエジマ博士の研究を持ち出し、ご丁寧に設備も壊してどこかへ飛び去ってしまったのだ。
それからというもの、博士はシェアードに大きな憎しみを抱くとともに、喧嘩相手を失ってすっかり活気をなくしていた。遠目には変わらないが、彼はそれ以来この助手の前でだけ落ち込み、愚痴をこぼすのだ。
「死んでも尚邪魔しやがってあいつめっ」
歯軋りをしながら机を叩く博士。逆恨みもはなはだしい。
「博士、あまり気を荒くするとお体に障ります」
「キョウヘイ、お前だけだ。私のことを心配してくれるのは・・・・・・」
博士は助手の正面から両肩に手を置き、そのまま二の腕へと滑らせる。
「どいつもワシの研究と金目当てで寄ってきた意地汚いゴミどもだが、お前は違う。そうだろう?」
どこかすがる様な表情と両手に込められた力に困惑する助手だが、博士は気にも留めない。
「お前にはすばらしい才能がある。これは本心だ。お前がやっている研究になら、ワシのとっておきを使わせてもいいと考えている」
「博士、まさかまた同じことを」
「同じじゃあない。あいつは失敗作だったが、君の力があれば次は必ず成功する」
サエジマの力強い言葉に気圧された助手は、それ以上何も言えなかった。
「ワシに残された時間は少ない。おそらくワシが生きている間には研究を終えられないだろう。そのときはキョウヘイ。君が遺志を継いでくれ」
助手の全身に鳥肌が立った。まるで金縛りだ。それほどまでに執念に似た強い思いが伝わってきたのだ。彼はなんとか首を縦に振ると、博士は満足げにマジックミラーに向き直った。
「だがまずは目の前の研究に専念しよう。例の物を全部用意しておいてくれ。あと本番では離れを使うからその準備もだ。その間に、私も彼女から話を聞いておきたい。もてなすべき客でもあるしな」
助手はマジックミラーの向こうに座る少女を見た。何度見ても生気が感じられず、見た目はかわいらしいのにどこか薄気味悪い。まるで幽霊みたいだと思った刹那、彼は少女の瞳がこちらを向いて、自分の目を射抜かれた気がした。