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前日譚

「ここに呼び出された理由はわかっているな?」

 大きめのモニターの光が照らす薄暗い部屋に入るや否や、俺を呼びだしたこの部屋の主は一人用の回転ソファに座ってこちらに背を向けたまま問いかけた。

「もちろんです。昨夜の潜入の件、ですよね?」

「そうだ。私が西野君に任せた任務だ。彼は君に担当させたと」

 重みのある声はゆっくりと俺の中にしみこみ、縄に変わって徐々に体を締め付けていくような拘束感を覚える。表面上は落ち着き払っているが、彼は怒っている。

「で、君は獲物の捕獲に失敗した、そうだな」

 ソファがくるりと回り、男の目がギラリと光る。まるでカエルを呑む蛇のような、これまでもこれからのように数多くの獲物を食らってきたかのような、捕食者の眼だ。

「さて、君の処遇について検討したい。何か言いたいことはあるかね」

 このままではどうなるか分かったものではないし、どうなるのかなんて知りたいとも体験したいとも思わない。ここは一つ、一か八か賭けるしかないだろう。俺はゆっくりと、右手をホルスターの方へ伸ばした。


 ダンッ――


 サッカーボールほどの大きさの布袋が、男のテーブルを叩いた。ホルスターの後ろにぶら下げていたものだ。男は投げた袋を手に取り、中を確認している。

「かっぱらってきた資料と研究員二名、それと警備員を一名」

「……君の処遇は追って知らせる。下がれ、ハンター」



-----------------------------------


 目の前のモニターでは先日の実験の様子が映し出されていた。お尻の少し上あたりに尻尾のような制御ユニットをつけた少女が、自分の数倍はあろうかという警備員を一撃で吹き飛ばす様はまるで映画を見ているようだ。映像の中の警備員は球を取り出して投げつけるが、彼女はそれを受け止め即座に投げ返す。結果その一撃で警備員は沈黙した。

「これが制御ユニットの力だ」

 映像が終わり電気が点いたところで、サエジマ博士は俺たち三人の前に姿を現した。部屋中に緊張が走り左右の二人に出遅れてオレも姿勢を正す。やはり研究所のトップは貫禄がある。ウチの部隊長とは大違いだ。

「先日のコード・エクスプロージョンはスパイによる犯行のものであることは既に知っての通りだ。最低限の研究と人員は助けられたが、他の研究員や被検体、そして君たちの部隊長三島コウスケはまだ見つけられていない」

「そんな」

「そこでだ。君達にも捜索を手伝ってほしい。彼らはきっと生きて、ワシらの助けを待っているはずだ。だが、いかんせん人手が足りん。君たちの仕事は警備だが、いましばらくは手を貸してくれないか」

「もちろんです博士!」

 堀重先輩は勢い余って立ち上がり、右拳を左手に打ち付ける。津久井先輩はやれやれと言った感じでため息をついているが、舌打ちしない所を見るとやる気はあるようだ。

「すまない。君達には早速被検体“アリス”と部隊長三島コウスケの捜索に当たってもらう。だがその前に」

 サエジマは机の裏から強化セラミックのケースを取り出すと、俺たちに見えるようにそれを開いた。中には灰色、茶色、白の順に長い三つの制御ユニットが入っていた。

「博士、これはまさか」

「ああ、君達の分だ。本日をもって君たちを、特殊部隊ショートテイルズに任命する」


-----------------------------------


 リートリーズ物流工場岩見岩支店。数年前まで大きなトラックが行き交っていたここは今、すっかり廃墟になってしまった。家を出た日、ここから飛び出してきたトラックに轢かれそうになったのを覚えている。一度死にかけた場所にまた来ようなんて誰が思うのだろう。だからこそ私はここにいる。

 何が私をここに呼んだのか。考えても答えなんてなさそうだし、答え合わせする先生も回答集もない。ただ、答えがないのであれば目の前に散らばる無数の綿のいくつかを持って帰ることに理由などいらないだろう。強いてあげるとすれば、ここに私がいるからだ。

 その日は久しぶりにパパから連絡があった。ママのいない時間を見計らい、久しぶりに妹の顔を見に来ないかと言われ、悩んでいた。家を出た時、ママには内緒で近所にマンションを借りて住まわせてくれたパパには感謝しているが、果たして妹に会わせる顔が私にあるだろうか。ここにいるから私なのだ。むしろここから出ないと私は変われない。



 そんなことがあった数日のち、今目の前で同居人が目覚めようとしている。頭の中に浮かんだイメージが布で形作られていく。大きな羽に長めの尾。しかしこれでは少し怖いだろうか。お腹に可愛いマークを付けてやれば、久しぶりに会う妹に気に入ってもらえるだろうか……考え事をしている内に、いつしか机の上には、両手で持てるくらいのドラゴンのぬいぐるみが出来ていた。

「名前……考えなくっちゃね」

「その必要はありません。既に私には相応しい名があるのですから」

 どこからともなく、声が聞こえた。びっくりして体が固まる。すぐさま周りを見渡すが、この部屋には誰もいない。

「誰? 誰かいるの?」

「失礼、驚かせてしまいましたか」

言葉づかいからは想像もつかない姿。声の主は目の前のドラゴンだ。

「私の名はシェアード。以後お見知りおきを」


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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