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長い尻尾を持つ者

 目の前で巨大な木が夜空に放たれた。その先には宙に浮かんだ輝く少女の姿。屋上に現れた三島は目の前の光景に目を見開いて固まった。無数の年輪が刻まれたその幹が彼女に迫る。


 次の瞬間である。眼前に迫る巨木はアリスの前ではじけ飛んだ。木端微塵になったそれを防ぎながら空を仰ぎ見ると、アリスが拳を突き出しているのが見える。

「まさか、殴っただけで粉砕したってのか……?」

 少女は屋上に着地すると、まっすぐ走り出す。その先に突如人影が現れた。あれは――狼男だ。

 

 突き出された拳に彼女の走力が乗せられ、狼男はそれを紙一重で避けるのが精いっぱいだった。しかもバランスを崩し尻餅をついている。このままでは立ち上がろうとしたところを追撃されてしまう。

 しかしすぐにその姿は闇へと消え、それとほぼ同時に周囲の木片が浮かび上がり彼女へと襲い掛かっていった。



 飛び回る無数の木片を避けながら、彼女はそのすべてを砕いていく。


「何が、どうなってやがる……夢でも見てんのか俺は」

 

 少女が木片の破壊活動にいそしむ中、その背後狼男が現れ、彼女の小さな体を羽交い絞めにする。

 傍目には何が起こってそうなったのかはわからないが、これが意味することはただ一つ。どうやらこの勝負は狼男が制したらしい、ということだけだ。


 大の大人がが少女を後ろから羽交い絞めにしたと、目の前の出来事を簡潔に表現すればそうなる。そのままの内容であればそれ自体は大問題だ。だが、その少女が超能力者だとしたら? そしてその少女が明らかに自分に対して敵意を向けていたら? 

 羽交い絞めにされた彼女はまるで人形のようにぐったりとうなだれ、まったく抵抗していない。ただ、白い太ももの間から見える、ブランと下がった制御ユニットに光が集まっていくばかりだ。

「っ! 離れろ!」

 三島が叫んだときにはもう遅かった。彼女の尻尾はウルフマンの脚の間から勢いよく股間からお尻を叩く。思わず声を上げて飛びのく狼男。股を押さえてうずくまるその姿に、男の三島は同情した。



「キネシスによる反発力を体の一部に集中させることで打撃の威力を向上させる。どうだね? 制御ユニットがあれば君たちの仕事もはかどるだろう?」

 勝負あったと見たサエジマは、いつの間にか近くにいた三島に声をかけた。何が起こったのか問い詰められたが、まともに答えるつもりはない。

「君の方こそ、何故ここにいるんだ? 君は広間担当だったはずだろう」

「こんなに暴れられたら流石に気付きますよ。だから様子を見に来たらこの様だ。博士! いい加減教えて下さいよ! なんなんですかこれは!」

「三島君、見たまえ。本当に興味深い光景だと思わんかね」

「博士!」

 いい加減うっとうしくなったサエジマは三島の顔を険しい表情で見据えると、できるだけもっともらしく口を開く。

「……彼女は今、暴走状態にある。止めたいなら好きにしろ。もっとも、君一人でどうにかなるとは思えんがね」

「……くっ」

 鬼のような形相で踵を返す三島。こうしてコロリと騙されるところだけは彼の美点だ。

 視線をアリスのほうに移すと、実験台の姿が見えない。恐らくぬいぐるみに変身して身を隠したのだろう。生き物であれば最初の実験台の時のように、微力なキネシスを全方位に放って見つけ出すこともできたのだが……。サエジマは舌打ちをすると、アリスに周囲をくまなく探すよう命じた。



「くそっ、何でこんなことに」

 三島コウスケは必死に来た道を駆けていた。今にして思えば、あの少女を連れてきたこと自体が間違いだった。彼はかつて自分が下した判断を呪った。

 数分ほどして、三島は広間の扉の前に来た、膝に手をつき、肩で息をしながら扉に手をかけ――彼の動きが止まった。


 あんな化け物、俺たちにどうできる言うんだ?


 脳裏に寸刻前の光景が蘇る。巨大な木が飛んだかと思えば、宙に浮いた少女がそれを砕く。冷静になって考えてみれば、人間が何人束になったところで太刀打ちできるものではない。

 じゃあ仲間に逃げろと言うべきか? いや、血気盛んな奴らのことだ。我先にと屋上に向かい、まとめてやられるのがオチだ。

  全く打開策が見当たらない。打つ手なしと悩む三島の耳に、かすかに声が届いた。意識を集中しなければ聞き逃してしまいそうなそれは、“おーい”と誰かを呼んでいるように聞こえる。気が付けば三島の足は自然と声のする方へと歩き出していた。


 進むほどに、その声ははっきりと聞こえ、そして大きくなっていく。やがて行き止まりが見えてきた頃には、その声の主は更衣室にいるらしいというのがわかった。

「誰かいるのか? ってなんだこりゃあ!?」

 覗きこんだ先では、無数のロッカーが部屋中に散乱していた。酷い有様だ。中でも目を引くのは、すぐ目の前の小さな山。七、八個程のロッカーが乱雑に積まれている。そして声はその中から聞こえた。

「誰か来たか? 頼む! 助けてくれ!」

「どうした!? 待ってろ、今助けてやる」

 急いでロッカーを取り払う。幸い、ロッカーの中には何も入っていないものばかりだったようで、すぐに小さな山を取り除くことができた。代わりに現れたのは、警備の服を着た背の高い男だ。彼はうつ伏せのまま顔を上げると、感謝の笑みを作る。

「はぁ、死ぬかと思ったよ。ありがとう」

「よく死ななかったな……何があった?」

「あの女の子にやられた。この防弾着がなかったらと思うとゾッとするよ」

 冗談めかして言う彼だが、その防弾着は既にボロボロだ。三島は手を差し出すと、彼はしっかりとその手を取った。

「ほら、立てるか? よし。それにしてもお前、見ない顔だな。どこの部署だ?」

「俺か? 俺は――」

 彼の腰で何かが起こったとは思う暇もなかっただろう。薄暗い更衣室に、鋭い光の線が走って消えた。



 ぬいぐるみの体でも、痛いものは痛いらしい。ぬいぐるみには痛点も神経もがないためにこの体で痛みを感じることはないと思って姿を変えたが、人間の状態で受けた傷やそれによって生じる痛みは引き継ぐようだ。あと数時間はうずくまっていたいほどに股間が痛い。へその辺りにはじわじわと、それでいて重い痛みが居座っている。だが、相手はこちらの事情に構ってはくれないようだ

「ヨツグ、聞こえる?」

 大木の影に隠れたウルフマンの頭に、マリィのテレパシーが入ってくる。彼はなんとか肯定の意を伝えると、マリィの切迫した声が入ってきた。

「研究資料を見つけたわ。あの尻尾が制御装置になってるみたい」

「尻尾?」

「ええ! 尻尾を狙って!」

「そう言われても……」

 アリスはこちらを探している。しかもその手法はぬいぐるみが隠れられそうな怪しいところを逐一破壊するという、この上なく暴力的な手法である。彼はその身を襲った強烈な一撃による痛みと、差し迫る命の危険に、心の底が震えていたが、やがてその震えは収まった。


行くしかない。


「アオオオオオォォォォ!!!!」

 木片に乗り、耳をふさぎたくなるようなテレパシーによる大声の雄叫びを上げながら、自分に対して背を向けていたアリスに飛び掛る。マリィの助言通り、狙うはその長い尻尾だ。


 だが、彼女をめがけて一直線に飛んだはずの狼のぬいぐるみは、彼女のすぐ前に来てその勢いを急に失う。急ブレーキを掛けて制動するそれは、体の中が揺れる感覚に似ていた。そう。彼女は綿の詰まったオオカミの身体をキネシスで止めたのだ。

 振り向いたアリスが彼の目線に合わせるようにしゃがみこむと、人差し指を彼の鼻の頭に乗せた。可愛げのある仕草だが、そこに表情は無い。

 次第にウルフマンは、自分の体に違和感を覚え始めた。体の中の綿が外へ外へと出たがるように移動し、それを包む布を今にも突き破らんとしていると理解した。つまり、目の前の少女はこの身を内側から破裂させようとしているのだ



「聞こえる? ちんちくりん。今、君の頭の中に直接話しかけてるんだけどね。君はよっぽどお人形さん遊びが好きみたいだね。でも自分まで人形になる事はないんじゃないの?」


 頭の中に、声が聞こえた。それは遠慮がなくて小憎たらしいけど、だからこそ私も遠慮なく言い返せるような、少し意地悪な友達の声。


「この前のお話覚えてる? ハートの女王の話。あれ、君のお母さんの話なんだ。うんそうだよ。作り話じゃなくて、全部本当の話。お母さんは怒ってたし、お父さんはおろおろしてたし、おうちは燃えちゃった。燃やしたのはこの研究所のやつらさ。どう思う?」


 急にそんなことを言われても、どう思うかなんて纏まらない。ただ、纏まらない思いは渦巻いて、止めようと思っても大きくなって、やがて私の二つの目から外へとこぼれだした。



「馬鹿な……何故動かん!」

 アリスの体から黄色い輝きが止むと同時に、サエジマの驚嘆が夜景に響く。何が起こったかわからないが、チャンスは今しかない。キネシスの解けたウルフマンは人の姿に戻り尻尾を両手で掴むと、勢いに任せてそれを引きちぎる。


 アリスの頬を伝う涙がコンクリートの床にいくつかの染みを作る。短くなった彼女の尻尾は力なく揺れ、数瞬の沈黙ののち彼女は膝から崩れ落ちた。



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