人狼と人形
一陣の風と共に真夜中の屋上へと降り立ったヨツグ達。彼は数日ぶりのウルフマンの格好に胸が高鳴っていた。捕われの少女を助け誘拐犯を退治するなんて、まさにヒーローじゃないか。そしてどうせ相手は普通の人間。キネシスでどうとでもなる。そう思っていたため、どんな敵が相手でも恐くなかった。
しかし、敵だと思って先制をしかけた相手はまだ幼い少女。体の線が浮き出るような白いボディスーツという妙な格好をしているが、服装以外はネコのヤシチェから聞いていた通り、さらわれた女の子の情報と合致していた。
「君が言ってたアリスって、あの子?」
テレパシーでヤシチェに問いかける。
「そうそう! 手間が省けると思って呼んでおいたんだよ。でも何あのカッコ。『猫女』のつもりかな。ハロウィンはとっくに終わったのにアハハハハ……そういや、なんで君も仮装してるの?」
「正体隠すためだよ。顔バレはマズいだろ?」
「なるほど、見るに耐えない顔だもんね」
「おい」
対するアリスは棒立ちのまま、光のない目でこちらを見つめている。夜風になびく黒髪の彼女には大和撫子という言葉が似合う。一方で月光に照らされた未成熟な体の僅かな凹凸は、中世西洋の絵画に描かれていそうなある種の肉体美を感じさせた。
「……お前の飼い主めっちゃかわいいな」
「まだ子供じゃない。あんなのが趣味なんて、どうかしてるわ」
ヤシチェに言ったつもりだったのだが、返ってきたのはウサギのマリィのテレパシーだった。ヨツグはバツの悪い表情を狼マスクで隠しつつアリスに近づくが、不自然にも彼女はじっとこちらを見つめて離さない。子供なら人の身体に狼の頭という姿は怖がりそうなものだが、アリスは全く動じない。その姿は怖くて動けず声も出せないと言うよりは、まるで血が通っていないかのようだ。
「やあ、話は聞かせてもらった。君がアリスちゃんだね? 俺はウルフマン。俺が来たからにはもう心配要らないぞ。さぁ、早く逃げよう」
第一印象は怪人かもしれないが、できるだけヒーローらしく爽やかに声をかけてみる。マスクの下の顔は真っ赤だ。しかしそれでもアリスの反応は無い。
「さ、さぁ。行こう」
ウルフマンは彼女の手を取った。その刹那、アリスの身体はトパーズの如き輝きを放つ。その姿は人知に収まるものではない。動揺するウルフマンをよそにアリスの身体は物理法則に逆らい宙へと浮かぶ。それと同時に人魂のように光の勢いは増した。
アリスが右腕を上げると、手の先から光が伸びる。その光は一直線に森の奥へ向かったかと思うと、すぐに戻ってきた。森の中に隠れていた大木と共に。
「はぇっ!?」
ウルフマンは素っ頓狂な声を上げるも息をつく間もない。思わず身をかがめる彼の眼前まで迫った大木は、突如現れたもう一本の大木に激しく当たったかと思うと轟音を立てる。
「ほら! 大丈夫!?」
マリィの声を聴き、姿勢を立て直す。周囲を見渡すと大木の木片や枝葉が散らばっていた。突如現れた大木はマリィによるものらしかった。
「あ、ありがとう……聞いてたのとだいぶ違うんだけど」
「やっぱりね。彼女はキネシスを使える」
相変わらず宙に浮き続けるアリスは、月を背にウルフマンたちを見下ろす。その小さな体から湧き上がるオーラのような光は、彼女の尻尾にリズムを合わせるように揺らめいている。彼女が再びその白い腕を夜空にかざすと、先ほどと同じように光が森の中へと走っていった。
「キネシスが使える!? どういうことだよ!」
「鼻の下伸ばしてると死ぬってこと。来るよ!」
今度は二本の大木が宙を舞う。その軌道上にいるウルフマンは、その身をオオカミのぬいぐるみに変えと、キネシスによって大木の軌道を僅かにずらした。彼の両脇を彼女の巨大な武器が通り抜ける。
「なんだい!? じゃあ本物の超能力者ってことかい!?」
「そういうことになるわね。人間のままキネシスが使えるなんて、厄介な相手ね」
マリィのキネシスがぬいぐるみ状態のウルフマンを持ち上げる。その直後、両脇に静止していた大木が、ウルフマンがいた場所を挟み込むようにぶつかる。
「……僕らを害虫か何かだと思ってない? おーい! 助けに来たんだってば!」
声が届かないのかと思い、テレパシーで声をかけるが、返ってきたのは大木だった。咄嗟にキネシスで大木を受け止め、遠くへ投げ飛ばす。
激戦の中でもアリスの無表情は張り付いたかのように崩れない。だが、腕をかざす彼女の動きには人間味が感じられない。言いようもない不自然さに包まれたその動作は自分の意思で動かしているものとは到底思えない。そう、まるで誰かが少女の体を着ぐるみのように着こんでいるかのようだ。
「もしかしてだけど! この子操られてるんじゃない!?」
「あっは、それ冴えてるんじゃない?」
今までどこにいたのか知らないが、ヤシチェが大きな鉄板に乗ってウルフマンの前に飛んできた、……かと思えばそのまま通り過ぎ、マリィを巻き込んでどこかへ飛び去ってしまった。
「それじゃ僕達は操ってるヤツ探してくるからこの辺で。以下よろしくー」
「ちょっとなにすんのよ!」
「よろしくじゃねぇって! おい!」
屋上に続く階段を上り、扉を開けると、荒廃した森だった。寸分の乱れなく均されていたはずのコンクリートは所々が剥がれて砕け、引っこ抜かれた大樹が数本倒れている。その周りにはもともと大樹を青々と彩っていた葉やそれを支えていたはずの枝が無残に散乱していた。
「これはまた派手にやったな」
その燦々たる光景はサエジマにとって期待以上のものだった。彼はエアコンの室外機の影に身を隠すと、宙に浮かぶアリスの姿を覗き込む。
アリスの尾てい骨に接続した制御ユニット。あれは警備員に説明したように、装着者の動きをサポートするものではない。むしろその逆だ。制御ユニットはそれ自体がシェアードのような意思をもつぬいぐるみであり、装着者の体をのっとるシステムだ。それによって僅かではあるが、意思をもつぬいぐるみ特有の能力、キネシスとテレパシーを人の体でも使えるようになっている。
もともとシェアードが目を付けていた被検体だが、あいつは“共有者”だ。あいつがどんな研究をしていたかは知らないが、彼女は生物でありながらぬいぐるみの素質を持つ。その結果、自身のキネシスで自身を浮かせるという、シェアード達でさえ出来ないことが出来ている。人とぬいぐるみの中間、“人形”とでも言おうか。
さらに彼女の制御ユニットは特別製で、そのぬいぐるみの意思を、サエジマがコントロールできるように作られている。
つまりあの少女は今、サエジマの意のままに動く操り人形なのだ。
「素晴らしい……これぞワシの最高傑作だ」
更衣室から今までコントロールが利かなかったところは要改良だが、想像をはるかに上回る彼女の力に思わず笑みがこぼれた。
横たわる大樹の影から、狼の顔が飛び出した。映像で見た例の狼男だ。
「ほお。二つも実験台を用意してくれるとは、西野も気前がいいじゃないか。さて、被検体の方は、まだコントロールは生きているな。さあアリス、君の力を見せてやれ」
「どうすりゃいいんだよ……」
ひとまず人の姿に戻ったウルフマンだが、なす術はなかった。まず人間のままキネシスが使える時点で相手の方が有利。仮にこちらがそれを凌ぐ力を持っていたとしても、彼女を傷つけるわけにはいかない。
また大木が飛んできた。今度は今までのよりも一回り大きい。ウルフマンは咄嗟にぬいぐるみに姿を変えると、キネシスでそれを押し返す。だが――
「なっ、動かない!?」
いくら押し返しても大木は遠ざかることなく、むしろジリジリとこちらに近づいている。どうやらアリスもまた反対側から押し続けているようだ。
「ぐっ……」
今のうちに逃げられればいいのだが、ぬいぐるみの体は動くようには作られていない。何かに乗って、それを動かせられればいいが、その前に大木に押し潰されるだろう。だがそれはこのままでも同じことだった。次第に彼の目の前へと大木が迫る。
「やばいやばいやばいやばい!」
フッ――と、力が弾けた。大木はウルフマンの目の前から見る見る遠ざかっていく。まさかここにきて主人公補正、奇跡が起こったとでも言うのだろうか。
「……違う……わざと力を抜いた!?」
ウルフマンの精一杯のキネシスで押し出された大木は、アリスの小さな体めがけて夜の空気を貫いていく。




