後日談
共有者との決闘から数日が過ぎた週末、丸宮ヨツグはゲームセンター『ルーニーラボラトリー』に来ていた。あの夜、畑寺が襲撃しようとしていたこの場所に再び足を運んだのは、彼から事件の真相を聞くためだ。という理由もあるが、メインは遊びたいだけである。肩掛けバッグの中にはぬいぐるみの兎も当たり前のように一緒だ。
派手な看板の目立つ入り口を見渡すが、畑寺の姿は無い。入り口横のベンチに座りスマホをいじると、ニュースアプリでは未遂に終わった三件目の襲撃の代わりに、行方不明となっていた約五百人が一夜の内に帰ってきたというニュースが流れていた。
「アレだけ派手にやったのに、私たちのことはニュースにならないのね」
いつの間にか兎がカバンから顔を出していた。ヨツグは頷くとすぐにカバンの中へと押し戻す。
ニュースによると、戻ってきた彼らは行方不明になっていた間の記憶が無いらしい。ぬいぐるみにされて結構な日が経っており、完全にぬいぐるみになってしまう数時間前に助けたのが影響しているのかもしれない。
ふと思い立ったヨツグは頭の中で兎に声をかけた。
「ずっと気になってたんだけど、使命ってあの事件のことでいいの?」
すると頭の中に彼女の声が入ってくる。
「使命?」
「初めて会ったとき“あなたには使命がある”って・・・・・・覚えてない?」
「うーん、記憶違いじゃない?」
記憶違い。そう言われてしまうと、どうしようもなかった。会った時の会話が録音されていたり文字に起こされていたりするなら確認もできるが、そんなものは無い。
「言った気がするんだけどなぁ」
「気のせいよ。言ったとしてもあまり深く考えなくていいわ。わりと適当なこと言ってたし」
「適当って・・・・・・あとさ、ぬいぐるみのまま一週間が過ぎると、心も体もぬいぐるみになって、キネシスとかテレパシーとか含めて力を失うって言ってたよね」
「ええ。そうよ」
「じゃあ君は・・・・・・兎さんは普通のぬいぐるみには戻らないの?」
「戻って欲しいの?」
意地悪な質問返しだ。
「そうじゃないけど・・・・・・」
「じゃあいいじゃない。言ったでしょ? 私がすごいからだって」
だからそれじゃあ納得がいかない。そう思ったし恐らく兎にも伝わっただろうが、結局教えてはくれないのだろうと心の中で溜息をつくと、後ろのガラスの壁に背中を預けた。
「ところで」
今度は兎の方から声が入ってきた。
「いつまで私は“兎さん”なの? そろそろ名前とかつけてくれてもいいんじゃない?」
名前。そういえば生まれたときから持っているし成り行きで聞くことも無かったが、思えばこの一週間ずっと彼女を“兎さん”と呼んでいた。確かにいい加減名前をつけてあげたほうが良いかもしれない。
「名前かぁ。そういうのって作った人が付けるんじゃないの?」
「私は既製品よ? 同じぬいぐるみは五万とある」
「そんなにあるんだ」
「商品名だから皆同じ名前。だから私だけの名前をつけて欲しいの。あなたにね」
“あなたにね”という言葉がグサッと心に刺さった。ストライクだ。
ヨツグが彼女の名前を考えていると、ウルフマンという名前の一件を思い出した。他に考える時間が無かったからウルフマンと名乗ったが、良いのが思いついたらすぐに改名しようと思うとともに、仕返しに変な名前をつけてやろうと思った。すぐに罵詈雑言が飛んできたのでやめた。
「ネーミングセンスは親譲りだからなぁ・・・・・・」
このヨツグという名前も自分にとっては微妙だ。“思いを引き継いで次の世代を背負っていく立派な人になって欲しい”という思いが込められているらしいが、当の本人は崖っぷちの契約職員。何かを背負うなんて柄ではない。
そういえば昔読んだ本にそんな話があった。名前は期待をこめて付けるものだが子は期待を裏切るもの。だからその登場人物は娘に醜子と名付けた。すると娘は絶世の美人に成長したそうだ。どこで読んだ何の話だったか思い出せないが、このお話にあやかってみようか。
といっても醜子と付けるわけにもいかずこの案が没になって考えること20分後。
「マリィ」
「マリィ?」
「・・・・・・なんてのは、どう?」
兎の反応を窺うが、何か考えているようだ。
「どうしてマリィなの?」
考え付く中で出来るだけ聞こえの良い名前を選んだ。見た目が西洋っぽかったため外国名にしたのと、態度が丸くなってくれればと思ってのことだ。そう説明すると、ふーんとつれない返事が帰ってきた。
「他の名前にしようか?」
「ううん。マリィでいいわ。それにしても、ちょっと前に名前にかけた思いは裏切られるって言ってたのにね。それとも意地悪されたくてわざとつけたのかしら?」
そんなつもりは無く本当にもう少し丸くなって欲しかったのだが、いじめっ子というかサディスティックな気質の彼女は期待にこたえるつもりは無いようだ。ぬいぐるみだから表情は変わらないが、彼女の意地悪な笑みが目に浮かぶ。
「そういや畑寺さん遅いな。もう結構待ってるのに」
話題をそらそうと時計を見ると、もうすぐ午後二時になろうとしていた。
「もしかして事故って病院に運ばれてるとか・・・・・・電話してみようか」
そう言うや否や、彼のスマホが鳴った。畑寺からだ。
「あっ、もしもし丸宮君? ごめん、すぐ行くから!」
と言うと、こちらの返事を待たずに電話が切れた。時間に遅れたこともあってよっぽど急いでくれているのだろう。
「そういえば畑寺さんは僕の正体は知ってるけど、兎さ・・・・・・マリィのことは知ってるのかな?」
「さぁね。共有者と一緒に行動してたみたいだから驚かないとは思うけど、言葉は通じないかもね」
物を浮かして操るキネシスやテレパシーは、基本的にはぬいぐるみ達の特性である。ヨツグはぬいぐるみになれることから例外的に人間の姿のままでもぬいぐるみとのテレパシーが可能だが、畑寺はただの人間だからぬいぐるみの声は届かないはずだ。
「だったらどうやって共有者から指示を受けていたんだ?」
「彼の研究の成果、だよ」
ハッと見上げれば畑寺が息を切らして立っていた。考え込んでいて気が付かなかったのだろうが、それにしても鈍感すぎる自分の感覚に驚いた。
「ヨツグ君おまたせ。ちょっと近所のおばさんの話に巻き込まれちゃってね」
「びっくりした、遅いからどこかで怪我でもしたかと思いましたよ」
「ハハッ、大丈夫だよ。このとおり・・・・・・今日も彼女一緒なんだね」
畑寺の声に兎のマリィがバッグから顔をのぞかせる。
「あら、私が一緒だとなにか不満?」
「いやとんでもない! 多い方が楽しくて良いさ。さ! 入ろう!」
二人は賑やかな店内に入ると、ゲーム筐体を横目に脇の階段を下った。実は『ルーニーラボラトリー』には地下があり、そこは丸々カラオケボックスになっているのだ。
「フリータイムでいいよね?」
「はい、おねがいします」
フリードリンク、フリータイムで一人六百円。週末であることを考えれば安いほうかもしれないなどと考えながら、指定された番号の部屋に入る。
「それにしても何で畑寺さんテレパシー出来るんですか?」
と、頭の中で畑寺に向けて話しかける。
「この耳につけた補聴器みたいなのか受信機になってるんだよ。捕まったときにつけられた」
畑寺の右耳には確かに補聴器のような機械が入っている。しかし彼の返事は口から発せられた。どうやら受信限定のようだ。
「そのとおり。だから兎さんの声も耳に届くってわけ」
「まぁ、狩人さんまで盗み聞きするつもりなの? 男は人も狼も変わらないのね」
演技じみた彼女のテレパシーに二人は苦笑した。
超能力を手に入れようと、ぬいぐるみと話ができるようになろうと、置かれている立場は変わらない。ここから先、少なくとも会社を追い出されるまでは代わり映えのしない平穏な毎日が続くのだろう。だからこそ今日くらいは、思いっきり楽しもうと思うヨツグであった。
※この作品は『ウルフマン/The Stuffed Moon』の続きとなっております。前作を読んでからこちらを読み進めると、より楽しめると思いますので是非ご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n4524cy/