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51.ひとと目を合わせよう

「ねえ、蓮さん」

「なんだ、美華」


「……なんでもないです」

「なんで呼んだんだよ」

「こわい見た目してるなーって。しみじみと」

「…………」


 しみじみ言われてもな……どう答えたものか、返事を見送ってしまった。

 急に言われた訳ではない。予兆はあったのだ。


 駅の改札を通った時も、ショッピングモールの入り口を通った時も、ちょっとした広場を通った時も、細い通路を歩いていた時も、そして買い物中のこの時も。


 前から歩いてきた人が、こちらを見るなり大げさに避けて道を通してくれるのだ。子供をかばうように壁際へ避難した親子連れもいた。

 子供は動き回るし、子供の手にはソフトクリームがあったし、こちらに迷惑が掛からないように配慮してくれたんだろう。親切心からそういった行動をしてくれる。この町の人たちは譲り合いの精神が根付いていて素晴らしいなぁ、なんて思った時もあったけれど、美華の指摘で全て納得させられた。


「やっぱり……控えめに言っても、俺ってこわい見た目してるよな……」

「まあ、こわいですよ。でも、いつもよりこわい気がしなくもない……なぜでしょう……?」


 美華はこちらの顔を覗き込む。あまりジロジロ見られると、照れるというかなんというか。

 ……ていうか、近いよね。口の臭いとか大丈夫かな。

 今更だけど、帽子似合っているな。可愛いものに余計なものをくっつけるなんて邪道だと思っていたけれど、悪くないな。


「あ、ふじわら帰ってきた」

 ぽつりと美華が呟く。

「ごめーん、おまたせー! 買ってきたよー! ……あ、えっと、ごめん、変な時に戻ってきちゃったかな……」


 藤原の声だ。手には買い物袋を提げている。心なしか距離を置かれる。おどおどしている。


「なに言ってんだ、おまえ」

「なにって……。え、やっぱりそういう仲じゃないの?」


 そういう仲ってどんな仲だよ。俺とメイドとその妹の関係だ。藤原は俺とこいつをなんだと思っているんだ。

 俺が奥手で鋼の理性を持っていることを、あいつは知らないんだな。


「……とにかく、そんな遠くで見てないで、こっちこいよ」

「あ、うん」


 藤原はこちらに近づいてくる。


 美華は俺の前から離れる気配はない。

 ていうか、いつの間にか俺の胸板を触っている。

 どうりで藤原の様子がおかしかったわけだ。


 美華の手をはねのけている間に、藤原は近くにきた。


「蓮くんって変わってるよね。美華さんに接近されて、なんで普段通りでいられるの」

「なんでって、なんとも思ってないからかな」


「は? すこしくらい思っててくださいよ。さすがに傷つくんですけど」

「傷つくのが嫌なら離れろ。さりげなく触るな」

「はぁ、なんでそんなに冷たいの。あーあ……」


 冷たいもなにも、お前に手を出したら愛華がうるさいんだって。分かんないのかなぁ……。


「そういえば」

「なんだ、藤原」

「蓮くん、眼鏡かけてないね」

「……ああ、学校じゃないから必要ないからな」

「そうなんだ。眼鏡してないと、普段の倍くらい目つきこわいね」

「それは言い過ぎだろ。…………いや、そうでもないか…………」


 点と点が繋がる。眼鏡をかけていないこと。いつもより余計に道を譲られること。美華がわざわざそれを指摘してきたこと。

 眼鏡のおかげで目つきの凶悪さを克服していたのだから、眼鏡がないと困るのは当たり前のことだ。


「眼鏡掛けてないほうがイケメンに見えるよ。尖ったナイフ的なイケメンに」

「尖らせなくていいんだよ。さ、次の店行こうぜ」

「それもそうだね。……あ、僕の買い物はひと通り終わったよ。二人も行きたいところあったんじゃないの?」


「ふじわら、わたし眼鏡屋行きたい」

「美華、藤原さんだろ」

「いいよ別に」

 藤原は笑って答える。

「よくないだろ、年下に呼び捨てにされてるんだぞ」

「いいんだ。さん付けされるよりも、胸がキュンとくる。これはこれで、いい」


 胸がキュンとする。そんな理由で年下に呼び捨てにされていいのだろうか。本人がいいと言っているから、いいのかな。ううむ。


「ふじわら」

「なぁに、美華さん」

「ふじわらって、呼びやすいね」

「そうでしょ。……ああ、呼び捨てにしてくる年下女子かぁ。余計にかわいいなぁ……」


 ……ふじわらはチョロいな。


 藤原の買い物はひと段落したらしい。これから眼鏡屋に行く。


 美華の買い物のメインは眼鏡だ。愛華の眼鏡を買いに行くらしい。

 美華が言うには、愛華はパソコンをいじる時に眼の疲れを感じているらしく、それを知った美華は愛華に内緒で眼鏡をプレゼントしようとしている。ブルーライトとかいうのを遮断してくれる眼鏡らしく、目に優しいらしい。ほんと、よくできた妹だよな。



「たくさんあるな。色もたくさんあるし、フレームの形なんかも若干違う」

「そうですね。んー、考えてはきたけど、いざ選ぶとなると目移りしちゃう。どんな眼鏡がいいかなぁ……」


 眼鏡がたくさんある。同じようなデザインの眼鏡があるけれど、手に取ってみると一つ一つが若干違うデザインをしている。こんなに品数が豊富なら、一本くらいは自分にぴったりのものが見つかりそうだ。


「悩むのも面倒だし、黒ぶちの地味なやつでいいじゃん」

「蓮さんじゃないんだから、黒ぶちはちょっと。まあ、お姉ちゃんの趣味には合いそうだけどさ」


 さりげなく俺の趣味をディスられている。

 家にあったから使っているだけだけれど、デザインも色も飽きないし、いいじゃないか。


「あの眼鏡は母親からもらったやつだからな。俺の趣味じゃない。目つきが多少和らぐからって、掛けはじめただけだから」

「なんですかその話。初耳ですけど」

「蓮くんの眼鏡ってお母さんのやつだったんだね。へぇー」


「……初めて言ったっけ」

「初めてですよ。……あ、このフレームいい! でも高い! フレームだけで八千円かぁ……けっこう高いなぁ〜……レンズも含めてこの値段なら買うんだけど、ちょっと高いなぁ〜……」


 高いなぁ〜、チラッ。チラチラッ。

 視線をこちらへ流し、何かを訴えてくる。なんて浅ましくいやしい娘だ。


「悪いな、あつかましい女は嫌いなんだ」

「いやいや、私一人で買うよりも、蓮さんと二人で買ってプレゼントした方が喜ぶだろうなぁ〜って思っただけですから」


 物は言いようだな。


「わかった。そういうことなら、半分出そう」

「さすが蓮さん、話がわかりますね」

「まぁな。で、どんなやつなんだ? 見せてみろよ」

「……え、ええと、これなんですけど……」


 美華は視線を逸らしつつ、陳列棚の一番手前を指差す。黒ぶち眼鏡。


 ……黒ぶち眼鏡じゃないか。しかも、俺の眼鏡にそっくりだ。


「あれれー、どこかで見たような眼鏡だなぁー、どこだろうなぁー」

「だ、だって、お姉ちゃんが『蓮さんの眼鏡いいわよね』って言ってたんですもん。私の趣味で選んじゃうと、どうしてもカワイイ系になっちゃうから……」

「だからってここまで似たやつにしなくても」

「やっぱりダメですよね……はぁ……」


 ……本物っぽいうなだれ方だ。けっこう真面目に考えていたみたいだな。

 まあ、黒ぶち眼鏡でもいいよな。実際、レンズは違うわけだしな。


「それがいいなら、それにしよう」

「でも、蓮さんとお揃いになっちゃいますよ」

「お揃いでいいよ。愛華はパソコンいじる時しか掛けないんだろうから、家でしか掛けないんだろ? 俺は外でしか掛けないから、お揃いの眼鏡をしているなんて俺たちしか気付かないよ」

「んー……じゃあ、これにする。買ってくるね」

「ああ。とりあえず、はい、お金」

「ん、ありがとう。ちょっと行ってくるね」


 黒ぶち眼鏡を両手に乗せ、店員のもとまで駆け寄る。


 藤原と二人、美華が戻ってくるのを待つ。

 美華はレジの前でポツンと待つ。レジの向こうでは、眼鏡のレンズの削り出し作業をしているらしく、モーターの駆動音が小さく聞こえる。


「喜んでくれるといいね、愛華さん」

「そうだな。……藤原は愛華のこと見たことないんだよな」

「うん。でも、美華さんのお姉さんだし、性格が良くてお上品で気品溢れる美人なんだろうね」

「んー、間違っちゃいないが認めるのも癪だな」

「蓮くんは素直じゃないね。ま、そこが面白いんだけどね」

「……藤原もだいぶ言うようになったな」

「まぁ、おかげさまで慣れてきちゃったよ」

「そうか。……買い物、誘ってくれてありがとな。変な奴がついてきちゃったけど、これに懲りずにまた誘ってくれ」

「もちろん。次は誰かがついてくる前提で、美味しいスイーツがあるところを探しておくね」


「おまたせー。なに話してたんですか?」

「なんでもないよ」

「うん、ないでもない」


「なんですかー、二人とも〜……はっ、私の悪口ですか? ひとがいないところでこそこそと……!」

「はいはい。ほら、帰るぞ」

「ちょっと、反応くらいくださいよ!」

「蓮くんってほんと冷たいよね」

「だよね、ふじわらもそう思うよね。蓮さんはカンジ悪いやつだ!」


「なんだそれ。まぁ、なんでもいいや」


 友達と買い物に行く。数週間前の自分からは想像もできないことをしている。

 今まで人付き合いに面白さなんて感じたことはなかったけれど、こういうのもいいな、なんて少しだけ思えた。

 相変わらず道は譲られちゃうけど、これからも眼鏡をかけて乗り切っていこう。

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