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50.となり町へ行こう!

 鈍色の車体がだんだんと遠ざかっていく。灰色の点となり、やがて街の一部となって消えていく。

 『本来ならあれに乗っていたんだよなー』なんて考えながらボーッと突っ立っていたら、肩のあたりに衝撃が走った。

 周囲は降車してきた人で溢れかえり、軽く動いただけで人とぶつかってしまうほど混雑している。

 流石は日曜日。人が多い。家族連れが特に多い。人の多さに酔いそうだ。


 人の波が落ち着くと、木製のベンチがホームの端でぽっかりとしていた。その上にちょこんと腰をかけながら、藤原を待つ。



「ごめーーん! おまたせーー!」


 藤原の声だ。パタパタと足音を鳴らしながら駆け寄ってくる。息を切らしていた藤原だったが、運動部だけあってすぐに息を整えてしまう。


 顔は女の子っぽいけれど、私服は実にイケメンだ。

 洗練された白のTシャツにジャケットを合わせ、下はGパン、足元は革靴……俺と買い物に行くだけなのに格好付けすぎな気もするな。

 愛華から『大人っぽい服装で行くことをお勧めします』『この春は白のTシャツがキテます』などと言われたからその通りにしたけど、あの一言がなければ、藤原から子供っぽいと思われていただろうな。


「遅くなってごめんねー」

「大丈夫ー、俺たちも今来たとこ」


 藤原は目を丸くする。ぎゅっと抱きしめてやりたいくらいあどけないが、なにやら驚いている表情らしい。


「『俺たち』って? 僕と蓮くんの他に誰か来るの?」

「実は、その、俺はとめたんだけどな……」

「なんだよー、はっきり言ってよー」

「藤原、うしろうしろ」

「うしろ? なんだろ」


 藤原は振り返る。

 彼の後ろでしゃがみこんでいた小さな影が、勢いよく立ち上がり、華奢な腕を精一杯大きく伸ばす。

 立ち上がった時の勢いでおっぱいが揺れる様を、俺はただ無心で見つめた。


「どうもー! 美華ちゃんでしたー!」

 美華は声を張り上げる。


 原色のような青色をしたワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織り、グレー色のベレー帽のようなものを頭に乗せている。

 帽子よりも美華の金髪の方が目立っており、普段とはまた違ったおもむきがあって良い。



「ひっ! いやぁぁぁあっ! でたーー! びしょうじょぉおおお!」


 藤原は取り乱している。今日はなんだか距離を感じていたけれど、よかった、いつもの藤原みたいだ。


「にひひ、来ちゃいました」

「なななななんで女の子連れてきちゃったの! 男だけでって、男だけで買い物って言ったじゃん!」

「本当に、申し訳ない。俺はとめた」

「とめられてないじゃん! あーあー……」


 美華はうなだれる藤原を一瞥いちべつし、俺に手招きをする。美華に連れられて、藤原から少し離れたところでこそこそ話す。


「蓮さん、美少女が来たってのに、なんであの人はあんなに萎えてるんですか?」

「だから言っただろ、ついてきても喜ばれないって」

「納得いきません。私と一緒に過ごすことができるなんて光栄なことなのに、なんなんだアイツ〜!」

「時と場合によるって事だ。ほら、分かったら帰れ」


「はあー、なんでなん。私はこんなに可愛いのに、蓮さんも藤原も、それを全然分かってない! こんなのおかしい!」

「年上を呼び捨てにするもんじゃない。藤原さんだぞ」

「蓮さんだってお姉ちゃんのこと呼び捨てにしてるじゃない」

「俺と愛華は主従関係だからな。逆転されてるけど」

「納得いかない〜! 逆転されてるくせに!」


「あのー、蓮くん?」

「どうした、藤原?」

「二人で行こうって言ったけど、せっかくだし、美華ちゃんも連れていこうよ」

「俺は構わないけど……いいのか、藤原?」

「うん、いいよ。しょうがないもの」


「わーい、ありがとー!」

 満点の笑顔を藤原に向けつつ「ふふん、最初っからそう言えばいいのよ」なんて呟く。


 こいつ、引っ叩いてやろうか。


「気を遣わせちゃってごめんな」

「ううん、いいの。ここで帰らせても可哀想だもの」


 なるほど。美華の魅力でこうなったわけではなく、哀れみをかけられただけなのか。そういうことなら気分がいい。


 しばらくして、電車が来た。先程よりも人の波は緩やかで、座席を三つまとめて確保できるほどに電車の中は空いていた。


 ささやくような機械音の後、電車は静かに動き出す。四角く切り取られた景色は次から次へと移り変わり、見覚えのある街並みは過ぎ去っていく。


「蓮さん」

「どうした」

「電車の中って、なんでこんなに静かなんでしょう」


 ……言われてみれば。何故なのだろう。

 レールと車輪がこすれる音だとか車体が揺れる音だとか、そういった音しか聞こえない。人の話し声なんて美華と俺の会話くらいしか聞こえない。


「なんでだろう」息を吸って吐くあいだ、考える。

「パッと思いついたのは、公共の場で目立つのは恥になるからっていうのと、目の前の奴と話をしたくないからっていうのが理由かなと」


「つまり、蓮くんは僕と話をしたくないってことかな」


 藤原の言葉の後でハッとする。向かい合わせの四席で、彼は俺の前に座っている。やってしまった。


「……いや、ものの例えだぞ、藤原。めっちゃ話したいから落ち込むなよ」

「それならいいんだけど、誤魔化しているんなら本当のことを言ってほしいな」

「本当だよ。美華もなんとか言ってくれよ」


「ではひとつだけ。このかなしい生き物は『だれかを傷つけないと生きていけない』という呪いをかけられているのです。しかたがないということでお願いします」


 人は誰しも、他の生き物を傷つけて生きている。けど、こういう意味で使っていいのか、これ。

 愛華も美華も、この二人と会話をするときには頭を使わなきゃいけない。疲れる。


「……人間誰しもそうだよ。俺は人を傷つけるけど、藤原のことは嫌いじゃないからな」

「そっかー、よかったー」


「嫌いじゃない、ですか。私、お姉ちゃんからこう教わりました。『好きの反対は無関心。嫌いじゃないってことは自分にとって無害でどうでもいい人にしか使わないのよ』って」


「えっ、つまり、僕のことは心底どうでもいいってことなんだね? よくわかったよ、蓮くん」


「おい待て、話の流れがおかしいからな。電車で話をしないってことから、どうでもいい奴とは話をしないって……あれ、一応繋がってる」

「蓮さん、動揺していますね」

「誰のせいだと思って……!」

「誰のせいでしょうね」


「……とにかく、電車の中では静かにしていたほうが平和なんだ。少し黙ろう」


「黙れと言われても、疑問は解決したいです。周りの人たちが赤の他人なら静かにするべきでしょうけど、顔見知りが三人も寄れば会話のひとつはあってもおかしくないです。むしろ会話をしなければ相手の存在を無視していることになり、不愉快な気持ちにさせてしまうってものでしょう」


 黙れって言ってんのに、こいつは場所を選ばないやつだな……いや、目立ちたいだけか。


「……お前はもう、自分が目立ちたいだけだろう」

「あれぇ、バレちゃった?」

 テヘッって感じでお茶目に笑う。こういうあざとさは求めていない。


「お前はほんと、打算的だよな」

「ふふん。まあ、蓮さんにはバレてしまいましたが、私ほどミステリアスな女性はいませんよ」

「それはミステリアスっていうんじゃない。考えなしって言うんだよ」

「蓮さんは他人をつつくのが上手ですね」

「それはどうも」


「……やっぱり、蓮くんは美少女の扱いが上手だね。さすが、リア充は格が違う」


「は? 待て、リア充じゃない。何いってんだお前。リア充って友達いっぱいいて彼女もいてリアルが充実している人のことだろ」

「うん。……え、蓮くんはリアル充実してないの?」

「してないよ。友達なんてお前しかいないし、女の子からモテるわけでもないし、こんな見た目に生まれてきてよかったなんて一度も思ったことない」


 藤原は心底意外そうな顔をしている。俺の話がそんなに意外なのかな。


「へぇ〜。僕たちなんだか似てるね。僕もね、この見た目で良かったとは思えないっていうか、もう少し男っぽく、格好良くなりたいなって思ってるんだよ」


 藤原は窓の外を眺めながらしみじみと語る。


「格好良く、か……。俺からは何もアドバイスできないな」

「なんで? 格好良くなる秘訣とかないの?」

「そんなの知るわけないだろ」

「なんで? イケメンなのに」

「そんなのはじめて言われた」


 俺がイケメンなわけがない。

 だって、イケメンってあれだろ、女子からモテるしたくさん話しかけてもらえるし、特に悩みもなく悠々自適な日々を送れる男のことだろ。


 愛華との会話は業務の一環だろうし、美華は俺のことをおちょくっているし、紅葉は幼馴染みだから話しかけてくれるわけだし。あとはいないし……。


 ……ちょっと待って、俺の人間関係狭すぎない……? 三人ってなに? 藤原含めても四人じゃない? 藤原だけが友達だよ? それでも少し前と比べればすごい進歩だよね、一年前は紅葉しか話す相手いなかったし……。


 そう、こんな悲しいイケメン居ないだろ。居ちゃいけないだろ。友達は一人しかいない、話しかけてくれる人は俺の容姿に興味なんてない。そんなのイケメンじゃない。

 ゆえに、藤原の言っていることは間違っている……Q.E.D.……!


「イケメンかー。いけてるメンズねー。赤茶髪じゃなければ友達もできてただろうし、彼女の一人でもいたと思いますけど……この人がイケメンって……ププッ」


「笑うな。お前は人を悲しませずにはいられない呪いでもかけられているのかよ」

「人間誰しもそうですよ。イケメンなのは、まあ、事実だと思いますよ、私は」


「…………イケメンって言われるの初めてだから、どんな反応をすればいいのかわからないよ」


「……蓮さん、世の中には本音と建前という文化が根付いておりましてね」

「お世辞かよ! クッソ、本気にしちゃったじゃねーかよ!」

「蓮さんには調子に乗らず、否定と謙遜まみれのイケメンでいて欲しいのです」


 つまり、どういうことだよ。

 こいつと話をしていると、なにを言われているのかわからなくなる。


「俺の話はどうでもいい。藤原が格好良くなるためにはどうすればいいかを考えるべきだろ、話の流れ的に」

「藤原さんは……見れば見るほど、女の子っぽい見た目ですよね。色白で華奢で顔も小さくて美形で、少女漫画さながらの目鼻立ちだから少女っぽく見えるんでしょうね」


「そうなんだよ。僕はどうしたらいいのかな、美華さん」

「ご飯を食べて寝て、筋肉をつける」

「ふむふむ、なるほど! それから?」

「……あとは私を崇めると男性ホルモンが分泌されて男っぽくなる」

「なるほど! 毎日崇める!」


 電車はぐんぐん進んでいく。移り変わる街並みに、いちいち反応してはいられない。たまに目で追うくらいがちょうどいい。人間関係も、こんな感じなんだろうか。

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