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48.ある日の土曜日のこと 3


 ステンレス製の刃面が砂を裂く。

 栄養を蓄えた土は柔らかく、簡単に掘ることが出来る。


 大したことはない作業だが、ほどほどに疲れる。普段は使う事のない筋肉を、それも、局所的に使っているからだ。


 なんでこんな、ちまちましたことしてるんだろう。



 スコップを使って横に長い大穴を開けて、土を戻しながら花を植えていけば効率が良くなると思う。

 時間も節約できるし、労力だって少なくて済むはずだ。


 だが、世の中の流れは右に倣えだ。波風立てずに生きるためにも、先輩方と同じやり方をしていこう。


 割り当てられている区域さえ終われば、今日の作業は終了だ。

 さっさと終わらせて、ゆっくりしよう。



 無言で、脇目も振らずに花を植え替える。

 もともと植えてあった花を傷付けないように土から取り出して、黒くてフニャフニャしたカップみたいな容器に入れる。

 そうするように言われている。


 このまま捨てられるのではなく、きっとどこか別の場所に植えられるのだろう。まだ綺麗に咲いているのに、このまま捨てるのはもったいないもんな。



「ねえ、えっちゃん」

「どうした、ゆう」


「このお花はどこに行くのかな」

「ええと……どうなるんだろうねぇ。……蓮くん、分かるかい?」



 ……ううむ、黙々と作業をするのも疲れるな。二人の話に聞き耳をたてておこう。何かの拍子に話しかけられるかもしれないし、急に話しかけられたら返答に困るし。



 ……なんか二人ともこっち見てるけど、どうしたものか。


 あ、これ……話しかけられ……てるな、これ。


 大変だ。話を聞きそびれた。

 二人に注意を注ぐのがあと少し早ければ、こんなことにはならなかった。


 もう、適当に乗り切るしかない。

 なんとしてでも。


 適当に話を合わせるとなると、目先の問題が生じてくる。


 この二人は、一体どんな話をしていたのだろう。


 この状況で考えられるのは、花の話題。それに次いで、疲れたよね的な話題。天気の話題なんかもある。


 だが、それは普通の友達の場合だ。

 この二人は違う。

 部活も同じで見てるこっちが恥ずかしくなるくらい仲良しな二人だ。普通の会話なんてするわけがない。




「……あ、ええと……」


 とりあえず声を振り絞ってみたが、続く言葉が見当たらない。


 この二人は、何を俺に尋ねてきたのだろう。俺に聞けること。俺にも分かること。それでいて、二人の間だけでは分からないこと……そうか、俺にしか分からないことだな!


 だとすると絞られてくる!

 二人と俺の差は……そう、性別の差だ!

 この二人はきっと、男に興味があるわけだ!

 こんな昼間から下ネタなんて使うわけがない!


 つまり、デートに行くとしたら、男の子ならどこがいいかな的な、ふんわりした話だ!



 ……ふう、やり遂げたぜ。

 ここまで答えが導き出せたなら、あとは簡単だ。


 数ある質問に対応できる答え。それはすなわち、各々によって違うということ、だ……!


「ううん……色々だと思いますよ? まだ若いですし、個人的には公園とか遊園地とか、爽やかな気がしていいと思いますよ」


「あー、確かにありそうだね。……ゆう、聞いてた? 人がたくさんくるような場所だってさ」

「へぇー。なるほど。学校から公園にね」


「いや、あくまで推測ですからね。本当のところは知りませんよ。家に行ったり、いきなりそういう目的のところに行ったりもすると思いますから」


「はー、なるほどね」

「少しは詳しいみたいだけど、蓮くんは好きなのかい?」


「は? え、ちょっと待ってください」


「はー、こんな人が行くわけないじゃん、えっちゃんは馬鹿だなぁ」

「失礼だぞ。それに、こんな人だからこそ行くかもしれないじゃん。ほら、よくあるじゃん。普段はクールだけどネコが好きとかさ。案外そういうの好きかもよ」


「は……? ネコ……?」


 ネコって、あれか? 動物の方じゃなくて、夜の方の……。


「ままま、待ってください、俺はそんな趣味ないです!」

「そんなに慌てることないじゃん。大声出されるとびっくりするんだけど」


「そーそー。それにね、男の子だってお花屋さんにくらい行ってもいいと思うよー。ね、えっちゃん?」


「そうだね。むしろちょっとくらい、乙女チックなところがあったほうが、付き合いやすいと思うけどなぁ」



 ……なに、お花屋さんって。……隠語かなにかか? 一体なんの話をしてるの? やっぱり下ネタなの?


「いや、おかしいです。男子たるもの、そんな軟派な事ではいけませんよ」

「そうかなぁ。お花を見て綺麗っていうのに、男子も女子も関係ないと思うけど」


「だからこそです。だからこそ、そういうのは人に話さないで、一人で温めていくものです」


「温室で育てるの? まあ、この学校はお金持ち学校だから、そういうのもあるかー」


 内田絵理奈は考える素振りを見せる。

 片岡優は怪訝な表情をしている。


 どうやら、お気に召すような回答ではなかったらしい。


「で、結局、このお花達はこの後どこに運ばれて行くんだい?」


「……花?」

「最初っからそう言ってるじゃないか」



 ……なんだ……花か。

 同じことを考えているタイミングで、ちょうど質問されたってわけか……。


「すいません、本当のところはわかりません」


「そっか。ならいいや。考えても仕方ないし、早く終わらせよ、えっちゃん、蓮ちゃん」

「ゆう、蓮ちゃんって呼んでいいのは紅葉だけだよ」

「は! 語呂が良かったから、つい!」

「まったく。……紅葉を泣かせるようなことしちゃいけないぜ、蓮くんよ」


「アッ、ハイ」


 二人は二、三回ウンウンと頷くと、視線を手元に戻す。


 今おかれている状況がわからず、一呼吸ほどの間ぽかんとしてから、とりあえず手を進めた。




 五月も中頃となると、風は暖かいし、花とか草とか、虫とかも出てくる。

 五月といえば、来月には高校総体の予選がある。こんな大事な時期に、この二人は部活はどうしてるんだろう。


 今日は土曜日。ほとんどの部活は今日も例外なく活動している。耳を澄ませば、雄叫びと一緒に竹刀を打ち合う音がかすかに聞こえてくる。


 部活動はどうしたんだろう。聞いてみようかな。

 まあ、俺と同じように先生から声を掛けられて、半ば無理やり手伝わされているんだろうけど。


「あー、この葉っぱ、えっちゃんの横顔みたいな形してる」

「どれどれ……んー……、……いやー……、そもそも自分の横顔見たことないから判断つかないよ……」


「あの、先輩」

「ん? どうしたんだい、蓮くん」

「どうしたのー?」


 二人の表情には、笑顔の余韻が残っている。


 だが、あることに気が付いた。この二人の笑顔は、俺の知っている笑顔の、そのどれよりも悲しい顔をしている。

 思い返せば、内田絵里奈は片岡優を気遣うような顔付きや仕草をしていたし、片岡優はわざとらしいほどに元気に振舞っていた。



「…………あ、いや、なんでもないです。すいません」


「なんでもないんかい!」

 片岡は元気にツッコミを入れる。

「…………」内田は黙ってこちらを見ている。

「なんでもないなら、手を動かそう」

「そうですね。そうします。俺、草片付けてきますね」

「あ、お願いねー」



 二人の元を離れ、心の中でため息をひとつ。

 なんか危なかった。あの感じだと、聞かない方が良かったらしい。

 でも、余計に気になる。何があったのか聞いてみたい。

 部内恋愛でいざこざがあったのか、はたまた、顧問とか部員とかと喧嘩して、二人でこうして逃げてきたのだろうか。


 どちらにせよ、聞くタイミングに気をつけた方がよさそうだ。


 結局、他愛ない会話だけで二時間過ごし、昼前に植え替え作業は終了した。会釈を交わしてから、二人の元を後にする。


 行き先は、グラウンドの一角。美華が作業している所だ。あの辺りは大きな花壇が三個もあったはずだ。

 馬車馬のように人を休みなく働かせなければ、まだ終わっていないだろう。



 予感というものは、悪い方にばかり当たってしまうから困ったものだ。

 行った先で目の当たりにしたのは、太陽のもと元気な様子で汗を拭く美華の姿と、木陰でぐったりとしている男どもの姿だった。

 彼らの近くにはスコップが投げ出されている。

 効率のいいやり方をしていたらしいが、自分の体力とは相談できなかったらしい。


「あ、蓮さーん」美華がのんきな口調でこちらに手を振る。

「わざわざ迎えにきてくれたんですか? えへへ」

「別に、そんな訳じゃない」

「またまたー。照れちゃってかわいいんだから」

「あのな、年上はからかうもんじゃないぞ」

「あはは、ごめんなさーい」


 会話をしつつ、作業の進捗状況を確認する。あらかた完了したらしいが、草の塊が二、三放置してある。あれを片付ければ終わりらしい。

 もっとも、あの草を片付けられる人間は、美華以外には立っていないわけだが。


「もう終わりか?」

「終わりです。みんなのおかげですよー」

 満面の笑みを浮かべている。その笑顔の犠牲になった男どもは、木陰で倒れている。

「熱中症にだけは気をつけてねって言ってあるんで、一応生きてると思います」


「……バカな男どもだと言えばいいのか、汚い女だと言えばいいのか……」

「随分な言い草ですね。もう……」

「草片付けてくるから、帰る支度してていいよ」

「ほんとですか! やったー! ほら、みんなも蓮さんにお礼言って!」


 死体に鞭打つ天使と、それに従順に従う亡者たち。呻き声のようなお礼の言葉を浴びながら、草をまとめて片付けた。


 こうして、先生には特に何もしてもらわないまま作業は終わってしまった。あの思わせぶりな『なんとかしてやる』は、結局何だったのだろうか。

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