47.ある日の土曜日のこと 2
「ぜひ、俺たちの班に! 水無月美華様!」
「いや、僕と一緒にお花を植えてください!」
「いやいや、俺とお願いします!」
三人組を組む。それだけだ。
ただそれだけなのに、案の定、男子達が殺到する。
熱狂的な奴もいれば、興味本位な奴もいる。
彼らの熱烈な視線の先。
天使のような尊さを放ちつつも、静かに微笑む少女の姿が映っている。
あの表情も、あの佇まいも、全部虚構だ。
目立ちたいという欲求が満たされて、悦に浸っているだけの変態だ。
そう……彼らが思い描いている純真無垢な少女は、そこにはいない。
しかし、彼らにはそれが分からない。
正確に伝わらない。どんなに正確に伝えようとも、彼らにとって都合良く解釈されてしまう。
それが直感的に分かってしまうから、何も言えない。言っても無駄なのだ。
彼らの愚かさを踏まえた上で、彼らに夢を見させてやるのが、美華の凄いところだ。
「あの……、誰かとなんて選ばずに、みんなで頑張って、みんなで終わらせましょう? そのほうが早いし、お花さんも嬉しいはずですし……ね?」
心にもない事を平然と言ってのける。
言葉の裏には胡散臭さが満ちている。
でも、彼らには言葉の表面だけが全てになる。
「水無月美華様がそう仰るなら! やるぞ!」
「お花さんのために頑張ろう! なんだか俺やる気出てきた!」
「そうとなれば早いところ終わらせよう! みんなで! 丁寧に! そして、心を込めて!」
思い思いの決意を口にし、男子達は走る。
皆、いい表情をしている。
騙されているとも知らず、踊らされているとも知らず、夢と希望と確かな青春だけを胸に、彼等は走る。
美華は清々しい表情で静かに手を振る。
「転ばないようにねぇーっ」
彼等の背中が見えなくなると、ふと、無表情になる。
「……よし、計画どうり……」
このやろう。
さりげなく呟いたつもりだろうけど、しっかり聞こえたからな。
……色々言いたいことはあるけれど、とりあえず、美華の出鼻を挫いておきたい。
このまま黙認していたら、なにかいけない気がする。
「……あーあ、ちょろいちょろい。これだから男ってのは単純な生き物だぜ。……って感じか」
「……なんですかー。心の声を代弁するのはやめてくださいよー」
「本当にそんなこと思ってたんだな。なんか怖いな」
「あんまり怖がらないでくださいよ。怖がらせるつもりはないんですから」
「そう。まあ、あれだ。俺が言いたいのは、他の人を操るって事はたしかに凄いけど、危ないことだってことだ」
「んー。それはそうなんですけど……。でも、それなら、怖いじゃなくて凄いって言ってくださいよ。やたらと怖がられるのは傷付くっていうか。……ていうか、そういうのは蓮さんの方が敏感ですよね」
「さりげなく失礼だぞ」
……でもまあ、たしかに敏感だ。
敏感だからこそ、わざわざ指摘してるんだ。
経験から言うと、このままでは美華は一人ぼっちになってしまう。そうならないために、こうして他人のために口を汚しているんだ。俺ってば優しいんだから。
美華は小さくため息をつく。ジャージのポケットから軍手を取り出す。細くて白い綺麗な指が、軍手の中に隠れていく。
「はぁー……さて、私達も働きますよ」
「……え? お前も植えるの? まじで?」
「なんですかー、その意外そうな顔はー」
「意外だからだよ」
こちらの反応を見るや否や、美華は呆れた表情を見せる。
「もう、そう仕向けたのは蓮さんじゃないですか」
「まぁそうなんだけど……。ちょっと見直したよ」
「誰かさんがね、私に真面目に生きてほしそうにしてるから、仕方なくそうしてるだけなんですからね。ほんとお節介なんだから。まったく……」
「悪かったな。……よし、じゃあ、俺も頑張るよ。まずは三人一組を作らないと」
「私の班に入ります? 三人以上いますけど」
「いや、美華に迷惑かけるのも気が引けるし、別の人を自分で探すよ」
「そうですか」
「ああ。美華もしっかり働くんだぞ」
「分かってますよ。もう……」
……とは言ったものの、俺を受け入れてくれる人達なんているのかな。
俺は一人。
二人組のところに入れてもらうか、寄せ集めの三人組を作るかのどちらかだ。
出来ることなら、寄せ集めの三人組を作りたい。
二人組のところにお邪魔するのは、怖いし、本当に邪魔者扱いされそうだ。
自分から声掛けるのも怖いし、よかったら入らないかーい、みたいな、軽いノリで声を掛けてもらえると助かるんだけどな……。
「やあやあ、立花蓮くん。我々も一人足りなくて困っていたんだけど、よかったら入らないかい?」
「どうだーい?」
そうそう、こんな感じで。
…………幻聴かな。
いや、幻聴じゃない。声を掛けられた。
聞き覚えのある声だ。どこで聞いたんだっけかな。
二人組の女子の声で……気兼ねなく声を掛けてくれて……明るくて……元気で……小さくて、大きくて……。
二人の顔を思い出しながら振り返る。
女子にしては身長が高く、ハッキリとした顔立ちの、凛とした雰囲気の人。
もう一人は小柄で元気に溢れていて、人懐っこそうな、小動物的な可愛らしさが印象的な人。
「一人足りないから、入らないかと聞いているんだが。シカトかい?」
「シカトはよくないよー」
振り返った先にいたのは、紅葉と同じ部活の先輩達だった。
紅葉に連れられて道場の外を掃除していた時に、話かけてきた人達だ。
二人とも怪訝な表情でこちらを見ている。まずは何か反応をしておかなければ。
「ええと……あの、呆気にとられていたんです。声を掛けられるなんて、思っていなかったので……」
声を振り絞るにつれて、二人の雰囲気は柔らかくなっていく。
緊張しているのが伝わっているらしく、こちらを見守ってくれているらしい。
「ほほう、油断していたというわけだ」
「なるほど」
「そういう事です」
この二人は……なんていうか、苦手だ。
年上だし、女子だし、馴れ馴れしい。
背が高い方は綺麗なお姉さんって感じだけど、性格きつそうだし、髪も短いからきっと男っぽい性格なんだろうな。
背の低い方は犬みたいで可愛いと思うけど、その可愛さを利用してそうな感じだし、結局は性格悪いんだろうな。
「で、組むか、組まないか、どうする?」
「さっきの可愛い子と組むの?」
「あー、……組みます、先輩達と」
断ったら紅葉に迷惑をかけるかもしれない。そう思うと、逃げるわけにはいかない。
「……そうか」
「でも、あの子はいいの?」
あの子、とは、美華のことだろう。さっきのやりとりを見ていたのかな。
「いいんです、あいつは」
「え、仲悪いの?」
意外そうな顔で尋ねてくる。
「悪くないんですけど、少し距離を置きたいんです」
溜め息交じりにそう言うと、背の高い彼女が何かを悟った表情になる。
「……ははーん。やるな、モテ男」
「え? なに、なに? モテ男なの? 紅葉ちゃん以外にも手ぇ出してるの? ふはー!」
背の低い方は目を輝かせながら、変な雄叫びをあげている。
たとえ年上だとしても、こういうノリにはついていきづらい。
流されてはダメだ。毅然とした態度をとるんだ。
「待ってください。そういうのとは違うんです。美華は俺をからかって面白がっているだけなんです。それから、俺と紅葉はそういうのじゃないんです」
「あー、照れてるー! かわいーい!」
このやろう、うぜぇ……。
「こら、調子に乗るな。……ごめんね、蓮くん。ゆうってば、君のこと気に入ってるらしくてさ」
「や、やめてよ、えっちゃん、恥ずかしいでしょー!」
「ごめんごめん。……そうそう、私は内田絵理奈。で、こっちの小さいのが片岡優。よろしくね」
「あ、えっと、よろしくお願いします。あー、立花蓮です。内田先輩と、片岡先輩って呼ばせていただきますが、よろしいでしょうか」
「おいおい、どんだけ緊張しているんだよ」
「カッチカチやないかーい! もっとソフトにさー……」
「え、ごめんなさい。……こんな風にまともな方達とまともな話をする機会って中々なくて……すいません」
「謝ることないよ。むしろ、見た目のわりに素直で実によろしい。紅葉が蓮くんを見捨てないのも頷ける」
「受け答えからして、蓮くんは友達いないってことがよくわかったよ」
片岡の鋭い一言に、乾いた笑いしか出てこない。虚しさに打ちひしがれる。
こちらの反応を見て、内田は慌てた様子でゆうの頭を引っ叩く。
「て、痛い!」
「ゆう、失礼だぞ」
「いきなりなにすんのさー、えっちゃんも同じこと考えてたくせに! だいたい、えっちゃんだって私以外に友達いないでしょ!」
「それは今関係ないだろ。だいたいね、友達なんて一人いればいいの」
「あっそ! 私はえっちゃんのこと友達だと思ってないからね!」
「え、……え?」
片岡の一言に、内田は言葉を失い困惑の表情を見せる。
しかし、俺は気が付いてしまった。二人の目の色が変わっていることに。
どことなく、茶番の香りを感じる。
「私達、友達じゃないのか……?」
「友達じゃないよ」
「そんな……」
「友達じゃ、ないの。私とえっちゃんは……親友でしょ?」
「……! ……いや、親友でもない」
「えっ、じゃあ私たち……」
「私は……私は! ゆうのことが好きだから! 結婚しよう!」
「……! もちろんだとも、えっちゃん!」
「……こうして、私とゆうは愛の道を突き進むのであった……」
「私とえっちゃん……二人が向かう先は、茨の道……でも、それでもいい……だって、私達は、一緒だから……!」
やりきったぞ。そう言いたげな二人の顔。
終始無言のまま、真顔で見入ってしまった。
なにか反応するべきだろうか。
どんな反応をすればいいのだろうか。
なんて声をかければいいのだろうか。
……うん、よし、讃えよう。
なんで讃えるのか。そんなのわからない。でも、讃えよう……!
「ブラボー! ブゥーーーラボォーーーゥ!」
「ありがとー! ありがとー!」
「私たち、幸せになりまーす!」
溢れんばかりの拍手喝采を一人で送りながら、ふと、俺は今何をしているんだろうと、それだけが頭をよぎった。
「……さてと。働くか」
「……はたらこう」
「……アッ、待って」
内田が演技を止めたのをきっかけに、内田と片岡は軍手をはめる。二人に置いていかれないように、いそいそと軍手をはめる。
そうして、長い一日が始まった。




