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45.仲が良くても喧嘩する

 

「あーあ、私の姉ながらなんて不憫なのかしら。私の美貌を分けてあげたいくらいだわ」

「美華はただ可愛いだけでしょう。そんなの美貌だなんて言わないわ。美華は内面を磨きなさい」


 姉妹が口喧嘩をしている。

 何が原因だったか、その場にいた俺にもよく分からない。


 階段を一段一段登っていくにつれて、喧嘩の声は遠ざかっていく。

 布団に入って、あの二人の喧嘩の原因を思い出す。依然として、喧嘩の声は小さく聞こえてくる。

 意識は次第に朦朧としていき、さっき遭ったことがごちゃごちゃと回想されていく。




「蓮さんは、こうなりたい自分っていうのは、ありますか?」


 夕食のあと、皿洗いをしている時のこと。

 愛華は食器を拭きながら、ぽつりと尋ねてくる。

 明らかに、食事を作る時の話を引きずっている。


「んー、こうなりたい自分か。どうなりたいかなんて、考えてもみなかったな。これからどう生きていけばいいかっていうのばっかりで」


「蓮さんも波瀾万丈ですもんね。親はいないし、見ず知らずの美少女二人と一つ屋根の下で暮らしていますし。……見上げた根性と言いますか、鋼の理性をお持ちですよね」


「鋼の理性、か。結構ギリギリのところで踏みとどまってるんだぞ。あまり挑発しないでくれ」


「……もう、いけず」

「いけずじゃなくて、そういう一言が間違いを引き起こすんだから、控えるようにな」

「……はーい」


 ……それにしても、俺がなりたい自分か……うーん、どんな感じなんだろう。


「怖がられない。疎まれない。クラスの中心とまではいかないけど、好感の持てる存在感がほしい……あとは……」


「蓮さん、心の声漏れてます」


「え! やだ! えっ!」

「すいません、なんだか、悲しくなってきました」


「やめてくれ、哀れまないでくれ」

「哀れむというか、憐れむというか……」

「違うんだ。確かに、友達は少ないかなと思うけど、それ以外は納得しているんだ」

「と、言いますと?」


「今の生活もそれなりに気に入っている。学校でも、他人から話しかけられることはないけど、友達は一人いるし、付き合いのある幼馴染みだっている。それに、愛華だって美華だっているし、三週間か二十年後かには親も帰ってくる。気に入らないわけがないだろ」


「……はあ。では、生活はある程度充実しているということですね」


「そうだ。だから……つまり……。そう、日常生活をより充実して送るために、どんな自分になればいいかが分かればいいんだよ」

「それが分かれば苦労しませんよ」

「そうだなー……」



「……話は聞かせてもらった! どんな自分にって、人気者になればいいのさ!」


 声。勇ましげな口調の、少女の声が響いてくる。廊下の向こう、ざっと三メートルは離れている。

 台所の入り口に目を向けると、キザなポーズで佇む美華がいた。


「美華! なんで居るんだよ!」


「居ちゃ悪い? あ、お姉ちゃんとの夫婦水入らずの素敵な時間を邪魔しちゃった? あら〜、ごめんなさいねぇ、美華ちゃん喉乾いちゃってぇ、お麦茶を飲みに来たんですのぉ〜」


「夫婦じゃねーし、普通の口調で喋れよ。おばさんくさいぞ」

「そうよ、美華。美華は可愛いんだから、口調も可愛らしくなくちゃ」


「いいのいいの、素敵な女性で居るためには息抜きも必要って誰かが言ってたもの。だから息抜きにおばさんを意識してみましたの。オホホ」

「変なやつ」

「まったく。蓮さんに似たのね」

「なんだよそれ。俺が変だって言いたいのかよ。まあ、変だけど」

「分かってるじゃないですか。聡明なのは実によろしいことです」


「嫌味な奴……。まあ、俺に似てよかったな。お前に似たら、嫌味な奴になっちゃうもんな」

「あらー、言いますねー。でも、私をお前と呼ぶなんて、いつ許しました?」

「うっ、……愛華に似たら、嫌味な奴になりますからね……!」


「おーおー、喧嘩かー? やれやれー」


「美華、これは喧嘩じゃないのよ。動物同士で言うところの戯れ合い、夫婦同士で言うところの語らいの時間よ」

「だから、夫婦じゃねーし……」


「蓮さんが呆れてるよ、お姉ちゃん」

「そうね、美華。話を戻しましょっか」

「うん、でも、どんな話してたっけ」

「蓮さんが人気者になるにはどうしたらいいかって話よ。そんなの、因果律を捻じ曲げても不可能なのに」

「おい、失礼だぞ」


「まあまあ。二人とも落ち着いて。……人気者ってのはねー、なろうと思ってもなれるもんじゃないんだよねー」

「じゃあ、なれないじゃん」


「まあまあまあ。お話しは最後まで聞きましょうよ。私が言いたいのは、人気者っていうのは、みんなから見られている機会が多い人の事だとも言えると思うんですよね」

「まあ、一理あるな」

「つまり、私と近しい関係にあれば、蓮さんでも注目される機会が増えると思うんですよ」

「……つまり、なんだ、お前の周りをチョロチョロしてろってか」


「そんなしみったれたポジションじゃないですよ」

「……んん? 訳がわからん」


 こちらの反応を見て、美華は得意げに、どこか癖のある表情をしつつ腕組みをしながら近づいてくる。


「分からないなら分からせてしんぜよう……こういうことです!」

「は? なにこの手? なにこの腕? なんでそんな近いの?」


 身体は近く、腕は密着。顔の近さは十センチ。五センチ。三センチ……。

 かつてないほどに接近されている。

 なんで密着されているか、意味がわからない。


「こんな感じで、私と付き合ってるってことにすれば、全て大円団ですよー!」

「は? おい、なにを……!」


 なんなんだ、何がしたいんだ。

 しどろもどろになりながら、視線をあちこちに向ける。


 そんな折に愛華の姿を捉える。

 ちらりと、鈍く光る物が目に入る。


「美華が! 私の美華が! こんなのありえない! おのれ許さんぞ立花蓮!」

「うおお、おおおお落ち着け! さしゃ、刺さないで! それ本物の包丁だから! 美華が犯罪者の身内になるから!」


「はーっ、はーっ、美華を犯罪者の妹には……フーッ、フーッ…………な、なんてね」

「なんてね、で済ますなよこのバカちんが」


「そうだよ、お姉ちゃん。蓮さんにチューする真似したくらいで、そこまで怒らなくてもいいでしょ。私がしたいようにする、それで良いじゃない」

「いや、俺の気持ちも考えような」

「気持ちも何も、女の子に所有権を主張されて喜ばない男性なんていませんよね? こうしてイチャイチャしてるの、まんざらでもないですよね?」


「それは、その……」


「いいえ、それは違うわ。蓮さんを一人前にするまでは、貴女のものではないのよ、美華」


「……へーえ。そうなんだぁー……。別にお姉ちゃんのものでもないよね?」


「いいえ、私のものよ。育成途中ですもの」


「お姉ちゃんのじゃないよ。私の蓮さんなんだもん」

「馬鹿なこと言わないで。美華にはもっと完璧な人の方がお似合いなのよ。蓮さんはまだ半人前なのに、勝手なことしないで」


「……おい、ちょっと待てよ。どうして言い争ってるんだよ」


「蓮さんは少し黙っていてください。姉妹の問題です」


 見ようによっては、両手に花。

 その実際は、筆舌に尽くしがたい苦難の連続だ。


 愛華は平静を装いつつも、作り笑顔を小さく震わせている。

 美華は人懐っこい笑顔を見せつけながら、笑顔の裏には底知れぬ含みを感じさせている。


 状況を整理すると、美華にほっぺをチューされた。それから、愛華から私のもの宣言された。


 何かとんでもないことに片足を突っ込んでしまった、という切迫感だけが、とりあえず残った。


「とりあえず、俺は寝るよ。明日も早いしなー、なんて……」


「おやすみなさい、蓮さん。私も後でお邪魔しますね」

「あら、美華。蓮さんのベッドは一泊千円よ」

「お金なんて関係ないですぅー。大事なのは既成事実ですぅー」

「そう。なら、貴女は非公式で、私は公式ね」

「非公式で結構よ。むしろ、お金を払わないと一緒に寝られないなんて可哀想。あーあ、私の姉ながらなんて不憫なのかしら。私の美貌を分けてあげたいくらいだわ」

「美華はただ可愛いだけでしょう。そんなの美貌だなんて言わないわ。美華は内面を磨きなさい。それから貴女忘れているみたいだけど、誰のおかげで蓮さんと同じ高校に通えているのかしら。少し自分の立場をわきまえなさい」


「ぐぬぬぬぬ……くーっ……」

「何か言いたげね。でも、自分一人でなんとか出来るようになってから出直しなさい」

「学校に通えているのはお姉ちゃんのおかげだけど、それを引き合いに出すのはずるい……そんなの言われたら勝てないじゃん」

「勝つとか負けるとかで考えているのがそもそもの間違いなのよ。美華はもっと自分を大切にしなさい。そして反省しなさい」

「はいはいはいはいはい、私が悪かったですぅー」

「何よ。その態度。もう……」


 ここまでが、俺の記憶に残っていることだ。現在進行形で喧嘩は続いているけど、とりあえず、寝てしまおうと思う。

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