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43.当たり前を疑うのは

 

「ったく……呼び出した奴がまだ来てないってどういうことだよ……。こんな目立つところ指定しやがって……」


 心の声をだだ漏れにさせながら、赤レンガ造りの校門の前で待つ。


 授業を終えて、あとは家に帰るだけだ。

 帰るだけなのだが、美華を待たなければならない。



 五月の風はやんわりとしていて暖かい。

 道端に咲いた白詰草は緩やかな波を描いている。

 校庭には運動部の生徒達がいて、青春の汗を流している。


 彼らはこれから友情を育み、愛を養い、人として成長していく。実によろしい。

 よろしいのだが、つまはじきにされている者としては、断片的にとはいえ、その過程を見せつけられるのは毒でしかない。


 そもそも青春とはなんなのだろう。

 人生の春といえば聞こえは良い。

 しかし、本当の意味での青春を、ここにいるどれだけの人が送れるのだろうか。

 青春という二文字に、一体どれだけの人が自らの気持ちを重ねて、揺り動かされているのだろうか。


 青春という言葉を隠れ蓑にした薄汚い欲望に、死角からの一刺しに似た恐ろしさを感じる。

 それと同時に、欲に欲を塗り固めた歪さを、青春という言葉の隙間から感じる。


 日本人には、他者の否定的批評に対して恥を感じ、その恥をかかないように行動する精神的態度がある。そしてその態度を基底として社会関係や集団が構成され、そこでは恩と義理によって結ばれる上下関係を軸として、各人が自分の『分』をわきまえた協調的で集団優先的な生活が営まれている。


 青春とは、各々の持ち合わせている『分』を曖昧にしている。その上で社会性を育むと同時に、拘束されていくのだ。


 社会で生きていくためには、状況に合わせた自分を演じなくてはならない。先輩に頭を下げたり、挨拶をしたり。しなくてもいい苦労を、些細なストレスを、毎日コツコツ積んでいくわけだ。


 なんて無駄なんだろう。そこに若くして気付いてしまったのが、最大にして唯一の反省点だ。


 そう。そもそもそれに気付いていなければ、今頃ぼっちじゃ……あ、美華きた。


「おまたせでーす、待ちましたー?」

「待った」

「待った……じゃなくて、そこは『俺も今来たところだぜ』って渋めの声で言わないと。ほら、ドラマとかでよくあるじゃないですか」

「はいはい……」


 美華の背後に目をやると、二、三十人くらいの男子生徒が集まってきていた。

 美華の歩調にあわせるように、息を揃えて進んでくる。不気味だ。

 どんな学校生活を送れば、こんなことになるんだろう。


「なんで連れてきたんだよ」

「まあまあ、多少の事は気にしないで下さいよ。この校門から出るまでは、彼らの自由ですよ」

「あのなぁ……今朝の事もあるんだし、少しは気をつけてくれよ」

「その点についてはご心配なく。彼らは忠実なので、校門まで私をお見送りしたら、あとはついてきませんよ。私のこと、学校にいる間は守ってくれるんですって」

「ふーん……とりあえず帰ろうぜ」

「そうですね。帰りましょ」


 本当に、校門で止まるのかな。

 男子生徒の集団を気に掛けながら、校門の外に出る。

 しばらく歩いてから校門に目をやると、彼らは校門と歩道との境界線上でピタリと止まっている。

 本当に、止まった……。


 トントン、と肩を叩かれる。

 前に向き直ると、天使のご尊顔がこちらを向いてニヤニヤしている。思わず捻り潰したくなるような自慢気な表情を見せている。


「まあ、私に掛かればあんなもんですよ」

「はいはい。……一つ忠告しておくけど、集団だとお互いに監視しあってるから下手に動けないだろうけど、個人で動くような奴には気をつけろよ」

「分かりました。まあ、そういう人をなんとかするのが蓮さんの役割ですから。頼りにしてますね」


 ……本当、天使とは程遠いな、こいつ。


「頼りにするのはいいけど、あんまり迷惑掛けないでくれよ。美華のせいで、こっちは朝から変な目立ち方して困ってたんだからな。変な男共に絡まれたりしてさ」


 リーダーとかいう男のくねくねした動きとぬるぬるした口調が、脳裏をよぎる。

 いかんいかん、あんなものを思い出してたまるか。


「あー、私のクラスでもそんな感じでしたよぉー。休憩時間の度に質問攻めにされましてね、あれは困ったぁー。お花を摘む時間もありゃしない」


 困ったと言っている割には、どこか得意気なのが腹立つ。こっちの苦労が全然報われない。


「……困った割には、妙に統率の取れた集団を率いていたな」

「そこは私の腕の見せ所ですからね。でも、流石に、あの人数の話を聞くのは手を焼きましたよ。仕方なく、一人一回まで質問オーケーって事にしたら、統率が取れ始めましてね」


「ふーん。まあ、それでも結構な人数だよな」

「ええ。質問って言っても、『付き合ってる人は?』とか『好きな男のタイプは?』とかそういうのばっかりで。他に何も聞かれませんでしたから、楽でしたよ」


「ふぅん。美華はどんな人が好きなんだ?」

「優しくてー、でもちょっぴり尖っててー、……全部たちばなれんって答えておきました」


「ふざけんな」

「ええー! 私が想いを寄せている事になっているのに、嬉しくないんですか!」

「その一言で台無しだっつの……。面倒な事に巻き込みやがって……」


「ええー……本当に好きだったら、どうなんですか? 面倒で片付けちゃうんですか? やっぱり、好きな人がいるんですね……?」


「そんなん、美華には関係ないじゃん……」

「紅葉さんですか」

「…………」


「黙ってるってことは、そういうことなんですね」

「……どうしてそんなムキになっているんだよ。落ち着けよ」

「落ち着いてますよ。一つ言っておきますけどね、あの人、背伸びしすぎてると思いますよ」


 他人事とは言え、核心を突かれるのは良い気はしない。

 美華と紅葉がどこでどういう関わりをしているのか知らないけど、美華は結構鋭いところがある。

 こういう性格でいるためにも、人をよく見る必要があるって事か。

 重要なのは、そこから先だ。

 得られた情報をどう分析するかは彼女のみぞ知るところだ。

 こいつの考え方の癖を把握しておくためにも、美華が紅葉に対してどう思っているのか、聞いておくべきだな。


「……自分の『分』を弁えないのは、ダメか?」

「……分? ダメじゃないですけど、疲れちゃいますよ、あんなの」

「疲れちゃうだろうな」

「……止めないんですか?」

「本人のやりたいようにやらせようと思っていてな。見守るのも一つだ」

「ふーん……なんだか、紅葉さん可哀想ですね」

「なんで可哀想なんだ?」

「だって、蓮さんに振り向いて欲しくて背伸びしてるのに、当の本人が一歩引いた態度だと、紅葉さんは取り残された感じになりません? しかも、背伸びした姿が浸透しちゃって、今更元の干物になんて戻れないです。そこが可哀想なんです」

「んー、そんなこと考えもしなかった」

「物事は、いろんな角度でみませんとね……」


「例えば、あの雲を見てください」

「雲」


 美華が指差した先には、雲が浮かんでいる。


「なんの形に見えますか?」

「ん、変わった形」

「そうですね。じゃああの雲の形は?」

「細長い形」

「そうですね。じゃ、そっちの雲の形は?」

「雲みたいな形」

「そうですねー……」


 美華は呆れたように、抑揚に乏しい声を漏らす。


「何が言いたいんだ?」

「もういいです……ハンドクリーム塗ろ……」


 ポツリと呟きながら、鞄の中をもぞもぞと探る。

 小さな手のひらに収まるサイズの小さな円柱状の容器。


「あ、じゃあ、このハンドクリームのケースの形は?」

「丸」

「そうですね。こっちから見ると?」

「長方形」

「そうですね! このように、同じものでも違った角度でみてみると、別の形が顔を出すんですよ。あー、やっと言えたよこの一言」

「でもまあ、ハンドクリームはハンドクリームだしな……美華は美華だし、紅葉は紅葉だし」

「もう! この人は!」


「ところで、なんの話だっけ?」

「紅葉さんの話です! 素敵な人が無理をしているんです! でも無理をしないと素敵な人じゃなくなります! どうすればいいんですか!」


「そんなの、本人の好きなようにすればいいじゃないか」

「もう! ほんとうにもう! 今までの会話はなんだったの!」


「家路に着くまでの雑談ってところだな。ほら、家着いたぞ」


 玄関を開けると、愛華の姿があった。掃除用具を片手に提げ、一息付いていた。掃除が終わったところらしい。


「ただいま」

「おかえりなさいませ。ふぅー、あっつーい……」

「おねえちゃーん、ただいまー」

「きゃーー! おかえりー! みかー!」


 愛華は瞬時に掃除用具を片付けて、目にも留まらぬ速さで手を洗って、それから美華を抱き締めた。


「おねえちゃーん! 蓮さんがバカなのー!」

「そうなのね! 美華がいうんなら間違いないわね。蓮さんは呆れるほどバカ」


「ストレートに貶すなよ……」


「あのねおねえちゃん、学校で人気者になりすぎちゃって困ってるの」

「あら、そうなのね。美華なら無理もないわね」

「んへへ、そうかな……」

「でもね、美華。中途半端な人気者は妬みの対象よ。やるなら妬まれる余地もないほどに人気者にならなきゃね」

「わかった。がんばる」

「んー、いい子ねー。ケーキ焼いてあるから、うがい手洗いしてきなさいね」

「はーい」


「蓮さんも、お茶にしませんか?」

「ああ、お茶にする。……俺も、うがい手洗いしてくるよ」

「……うんうん、私が言おうとしていることを前に先に言う。先手を打つ、そういう聡明さは実によろしいことです。美華も可愛げのある打算的さを身につければ、言うこと無しなんんですけどねぇ」

「まあ、そういう妹を手の平でコロコロさせてるんだから、お前も大概だと思うけどな」

「あら、いつから私のことをお前だなんて言うようになったんですか?」

「……愛華も大概だと思うけど、な」

「聡明なことは実によろしいことですね」


 ……今の美華があるのは、案外、愛華のせいなのかもしれないな。

 とりあえず、うがい手洗いしてこよ。言いなりになるのは御免だが、間違ったことは言っていないしな。


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