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39.黒の海のモーゼ


 十二時二十分。

 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。


 弁当袋を片手に、学食に向かう。

 廊下にあふれた生徒たち。俺の姿を見た途端、廊下の左右に散らばってしまう。この学校に通うようになってから、廊下の端を歩いたことがない。周りに気を遣わせてしまって申し訳ないな。


 せめて人の少ないところを歩こう。少し遠回りになってしまうけれど仕方がない。渡り廊下を歩いていると、右の肩を二回、指先で叩かれる。

 振り向くと、藤原がいた。何か用だろうか。


「立花くん、学食で食べるの?」


 ……その質問の意図は……?

 俺の行動を把握して、何がしたいのだろう。


「そうだけど、……それがどうかしたか?」

「僕も学食で食べようかなって」


 ……その報告の意味はなんなんだ……?

 自分の行動を他人に伝えて、何がしたいんだ……?


「そうか。報告ご苦労さん」

「報告とは違うんだけどなぁ。……一緒に食べようよ」


 一緒に食べよう……?


「…………は? なんで? 誰かに強要されてんの? 俺が言うのも何だけど、関わる人間は選んだほうがいいぞ」

「自分の意思なんだけど! お昼一緒に食べようって言ってるの」

「いやいやいやいや、いつも別の奴らと教室で食べてるだろ、お前。ハブられてんの?」

「ハブられてなんかないよ。ダメなの?」

「ダメではないけど、俺なんかと関わらない方が良いと思うぞ」

「なんで?」

「なんでって、お前……」


 俺と関わると、お前まで他の人から距離を置かれる……から? ……そういえば、他人を遠ざけている意味を考えたことがなかった。

 一方的に嫌われていると思っている。滅多に話しかけられないし、実際に嫌われているんだろうけど。


「……特に理由はない。しいて言うなら、お前まで他の人から距離を置かれるから。……かな」

「ああ、僕はそういうの気にしないよ。僕は僕だもの。……さてと、今日は何定食頼もうかな〜」



 不意に、強い光が顔に当たる。

 いつの間にか、学食に着いていたらしい。


 教室三個分の広さのラウンジ。

 天井は高く、壁二面がガラス張りになっており、開放的な空間になっている。

 六人で対面できるテーブルは三十数卓。

 丸い座面のパイプ椅子は数え切れないほど沢山ある。


 学食を利用する生徒の数はまばらであり、これなら、良い席を確保出来そうだ。


 今日の天気は雲ひとつないほどの快晴。

 このラウンジは、陽当たりの良さや風通しの良さで、過ごし易さがかなり左右される。

 そういった環境因子を見計らいつつベストプレイスを選ぶことが、日常生活をより良く送るために必要とされる。


 今日は陽当たりがすごい。眩しい。風通しはまあまあいい。

 つまり、窓の近くで日差しが穏やかな所なら、どこでも過ごしやすい。



 席を確保し、椅子に腰掛ける。

 辺りを見渡す。人の数はまだ少ない。


「今日は人が少ないな」

「そうだね。でも、あと少ししたら一気に人が増えるよ」

「かもな。それはそうと、実は、知り合いと一緒にお昼ご飯を食べる約束をしててな」

「そうなの? もしかして僕、邪魔……?」

「いや、邪魔じゃないと思う」

「そっか。……知り合いって、まさか、秋名さん?」

「いいや、紅葉じゃないぞ」

「そっかー。そうだよねぇ。立花くんの知り合いなんだから、きっと筋肉ゴリゴリでたくましくて身長二メートルくらいあって……。とりあえず、注文してこよ……」


「ああ、行ってこい」


 ……あいつは俺にどんなイメージを持っているんだろうな。



 美華と藤原の二人を待ちつつ外の景色を眺める。本当に天気がいい。こんなにいい天気なら布団を干してくればよかった。まぁ、愛華のことだから干してくれているだろう。

 こんなに呑気な事を考えているなんて、久しぶりだな。平和だなぁ。


 しばらくボーッとしていた。

 喧騒が耳につく。なにやら出入り口が騒がしい。

 やっぱり混んできたな。ラウンジの出入り口に目をやる。そして驚愕する。



 出入り口には、異常な光景があった。


 人の海が出来ている。確実に百人以上いる。

 百人といえば、一学年の生徒数の半数に等しい。

 その黒い海が、真っ二つに割れているのだ。


 揺蕩たゆたう群衆の真ん中に一人の少女が悠然と立ち、ゆっくりとこちらに歩いてくる。



「お待たせしました、蓮さん」


「……美華…………おまえ……これ……」


「みんな、親切で優しい人達なんですよ。学食どこかな〜って困ってたら、道案内してくれたんです」

「みち、あんない……?」

「そう、道案内」


 天使のような笑顔でそう言うと、ゾンビのような顔をした男子の群れに振り向き、太陽光にも負けない眩しさをお見舞いする。


 だめだよ。

 そんなことやったら、彼等死んじゃう。


「ありがとうございましたっ、みなさんっ」


「ンギェピィィィィェェエッ」

「イエ、ソンナッ、イエェェェエエエ」

「オホッ、ホオォォォオオオイッ」

「ドウイタシマッ、シテェェェェエイッ!」


 思い思いに断末魔を上げながら、彼等は波が引けるように消えていった。あれだけいた男子たちが一人残らず帰っていった。なんて聞き分けのいい群衆たちなんだ。


 美華は彼等に手を振ってから、俺の隣の席に着く。向かいの席とかじゃないんだね。

 テーブルにお弁当を置くと、パパパっと弁当箱を開けて箸を持つ。


「お昼、食べましょう?」

「……あ、ああ……そうだな……」

「……? 私の顔、何か付いてます……?」

「天使のような顔がついてる」

「やー、もう、やめてくださいよ。照れちゃいますから」

「いや……褒めてない……」

「えー、なんですかそれー」


 ……そう、まさに天使。まぎれもない天使。

 しかし、彼女はあまりにも罪深い。

 彼女に触れる事は許されない。一定の距離感を保たなければならない。

 それを一瞬で思い知った。


 底知れぬ恐怖に肝を冷やしていたら、藤原が戻ってきた。


「お……んな……?」


 美華の存在を二、三度に渡って確認し直し、ゆっくりと俺の目の前に移動してくる。

 心なしか蒼い顔をしている。今にも食器トレイを落としてしまいそうだ。


「あの、えと、待ち合わせしてたのって……お、女の子……しかもクッソ可愛いし……こ、心の準備が……!」

「やー、可愛いだなんて、そんな」


 美華は自然体でわざとらしく照れる。矛盾しているが、それを許容させてしまう容姿だから仕方がない。

 彼女の反応がすべて計算尽くだという事を知っているのは、この学校中で俺だけだ。

 その俺でさえも愛華に指摘されてはじめて気付いたのだ。美華の性格が知れ渡るには時間がかかるだろう。その頃にはもう手もつけられないほどの地位を築いているだろうし、この様子だと既に、彼女の学校生活は充実することが約束されているのだろう。


 美華と一緒に昼飯を食べるのは今日が最後だと思っていた方がいいな。


「落ち着こう、藤原。まずはトレイをテーブルに置くんだ。落としたらもったいない」

「ああ、うん。……あの、なんでこんな美少女と知り合いなの……? いや、違うよね。こんな女の子見たことないもん……」


「今日転校してきました、水無月美華です。よろしくお願いします!」


「ひいいぃぃ、美少女ぉぉぉぉ! 美少女が自己紹介してくるぅぅぅ! 藤原達也ですぅぅぅ! ……あー、もう、だめだよ蓮くん! こんなの僕たえられない! こんな可愛い子の目の前でご飯食べるなんて、おそれ多くて米が喉を通らないよ!」


「あの、照れんので、そんな褒めないでください……」

「ひいいぃぃ照れないでぇぇぇ……」


 藤原は、美華から話し掛けられて嬉しいんだか嫌なんだか、よくわからない反応を見せる。取り乱しているということはよく分かる。



「あのな、藤原。落ち着こう。美華は確かに可愛い。天使だ。でも、美華以上に美しいやつを俺は知っている。そう考えたら、心に余裕が出来てこないか?」


「誰ですかー? 私二番目ですかー?」

「お前のお姉ちゃんのことだよ、察しろ」

「あー、まあ、お姉ちゃんには及びませんな」


「何だって……こんな天使に、大天使なお姉様がいるだって? ……だめだ、僕にはついていけない。お姉様見たら絶対死ぬ。心筋梗塞で死ぬ。……あー、でも、確かに、そう考えると心に余裕というか余白はできた」


「落ち着いたか。とりあえず、飯食おうぜ」

「うん、食べよう。取り乱したら、なんだかお腹空いちゃったよ」

「そうだよ。食べよう食べよう!」


 ……お前のせいでこんな風になってるんだけど。


「今日はC定食にしてみました」

「コロッケ定食ね。ここの定食名って適当だよな。おかずの頭文字が定食名になるんだもん」

「その適当さがいいんだよ。美味しいし安いし、おばちゃんもなに頼まれたか覚えやすいでしょ」

「まあ、それもそうだな」



「いただきまーす。……わ、ウィンナーがタコさんだ!」

「え、ウソ……俺のは普通のウィンナーなんだけど」

「なんか全体的に格下げされてる。ププッ」


 たしかに全体的にしょぼい。

 ウインナーはタコさんじゃないし、オムレツにケチャップで『LOVE』なんて書かれていないし、プチトマトは飾り切りされていないし、ミートボールに串なんて刺さっていない。俺の弁当のおかずは工夫もなにもなしにそのままでゴロゴロはいっている。

 おかずは一緒なだけに余計に格差を感じる。一人で寂しく食べていればこんな気持ちにならなかったのに、嫌な発見をしてしまった。


「腹に入れば一緒だよ。使っている食材は一緒なんだし」

「いえ、お姉ちゃんならこう言います。『料理には見た目も大事なんですよ、蓮さん』と」

「ぐぬぬ……」


「あの、ちょっと、ごめん……!」


「どうした、藤原」

「なになにー、どうしたの?」



「あの、二人のお弁当の中身、なんで同じなの?」


 藤原は何かを勘付いた面持ちで、こちらをまっすぐ見つめる。

 ……あ、なんかこれ、まずいな。

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