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35.ゆっくりできない日常生活 2


「……そういえば、四日目になるな。親がいなくなって、まだ四日しか経ってない。二人いなくなって、二人増えて……寂しいといえば寂しいけど、なんだか不思議な感じがするな」


「あー、そういえば、そうですね。私が拾われた日に、蓮さんのご両親は旅立ちましたからね」と、愛華が相槌を打つ。


「そっかー。なんだか不思議な感じがするね。そういえば、愛華さんたちのご両親は? ここに二人で居候ってことは、ご両親とは仲は良くないの?」と、紅葉が尋ねる。


 紅葉の質問に、愛華はこちらを振り向くと「両方とも亡くなりましたので……」と言葉を濁す。


「……ええと……ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」申し訳なさそうな沈んだ声。

 紅葉の視線は自然と落ちていく。


「いえ、いいんですよ。私には美華がいますから。この子さえいれば、私はそれで十分です」

 愛華は美華のそばに寄り添うと、美華の肩に静かに手を置く。


 美華は肩を震わせて驚く。

 自分が話題に上がったことと、触れられたことと、どちらが原因かは不明だ。

 いいことを言っているようにも聞こえるが、美華の下着を頭に被ってヌンチャクの練習をしていた奴だ。なんとも言えない気持ちになる。


「あわ、わ、私も、お姉ちゃんも蓮さんもいるから……親の顔とか、あんまり覚えてないし……」と、美華は言葉を続ける。


「そっかー……」

 収拾できないことを聞いてしまったと言わんばかりに、紅葉は口をつぐむ。

 愛華も美華も何か言いたげにしているが、結局黙ってしまった。


 ……さっきから空気が重い。こんなに重い雰囲気だと、どうしようもない。



 そういえば、お茶請けがないな。この空気を変えるためにも少しだけ頑張ろう。


「俺、お茶請け持ってくるよ。何か適当な……海苔せんべいみたいなのあったはずだから」


「あ、そうそう。お茶請けと言えばですね……」と、ポンと軽く手を叩いて、愛華が席を立つ。先に立たれてしまい、やむなく椅子に腰掛け直す。


 居間から出て、すぐに戻ってくる。

 扉の先から戻ってきた時には、四角い白い箱を携えていた。


 テーブルの上に40センチ四方の白い箱が置かれる。40センチ以上あるかもしれないし、40センチもないかもしれない。その程度の大きさだ。


「美華に機嫌を直してもらおうと思って、ケーキを買ってきていたんです。よかったら、紅葉さんもお一ついかがですか?」


 明るい声と弾んだ調子。普段とは一味違う、なんだか女の子らしい笑顔を見せつけられる。箱を開ける。中身は生クリームたっぷりのホールのケーキだ。


「えー、良いんですか? ていうか喧嘩してたんですね」と、紅葉が言う。

「ええ、まあ、やむを得ぬ事情がありまして」と、愛華が答える。

「やむを得ぬ事情ですか。それは……やむを得ませんね……!」

 紅葉は口元に手を当ててなにかを考える。結局、出てきた言葉はやむを得ないものだった。

「ええ。やむを得ませんでしたので、こうして誠意を見せようかなと」


 愛華はやむを得なかったということを強調するが、どこにやむを得ない事情があったのだろうか。


「ところで、これ、商店街のケーキ屋さんのケーキですよね?」

「そうですよ」

「毎日行列すごくって、学校帰る頃には売り切れてて、なかなか買えないところのケーキですよね!」

「そうですよ」


 紅葉は目をキラキラと輝かせながら、浮かれた声で興奮気味に話す。


「私、お皿持ってきますね」

 愛華は台所に向かう。

「はいー! お気をつけてー!」

 紅葉の声がそれを見送る。


 当事者である我々を置き去りにして、話は流れていく。

 美華はソファーの上から覗き首を伸ばしてケーキを見ている。愛華がいた時には興味のないふりをしていたが、気になるらしい。

 仲直りのための品ということだけに、慎重になっているらしいな。



「蓮ちゃん、知ってる? くだもの屋さんの隣のケーキ屋さん」と、紅葉から質問が飛んでくる。

「くだもの屋の……ああ、あそこか。母親がよく買ってきていたからよく食べていたけど、そんなに貴重なケーキだったのか」


 たしかに美味しいケーキではある。素材の風味豊かで、特にスポンジがうまい。でも、そこまで人気だったとは。


「え、うそ!」

 紅葉は身を乗り出してこちらの顔を凝視する。椅子から立ち上がり、テーブルに両手をつき、うらめしい顔を向けられている。


 視線を下にそらすと、紅葉の着ているジャージが重力で引っ張られ、鎖骨とわずかな谷間がちらりと顔を見せる。やあどうもこんにちは。


「私の分はなかったの? 黙って食べてたの? ねえ?」と、まるで『私も身内ですよね?』とでも言いたげに迫ってくる。

「おっぱい見てないで答えてよ」と、紅葉が追撃する。谷間が揺れる。

「おおおおっぱいなんて見とらんわあ」と、ありえないくらい声が震える。こういう時の動揺ほど分かりやすいものはない。


 おっぱいはおいておこう。目を閉じてしまえば鎖骨も谷間も目に入らない。蓮ちゃん頭いい。


 食べ物のことになると、紅葉は面倒臭くなる。

 バレンタインデーにお菓子をもらったなら、ホワイトデーには少なくとも2.5倍にして返さないといけない。

 旅行に行ってお土産を買い忘れたなら、そのことを一ヶ月先までネチネチ言われる。

 家に招かれてご飯をご馳走になった日には、その後三日間くらいはアイスだとか缶ジュースだとかを奢らされる。『アイス食べたいなぁ〜』『喉乾いたなぁ〜』と言った具合に。


 過去が過去だけに、今回もなにかしら言ってきそうだ。その前にこちらのペースに持っていこう。

 紅葉は『今さえ良ければいい』ような、単純な女だ。説得するのは容易いものだ。


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