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31.添い寝から始まる休日のひととき 2


「むぐぐ……。……なんて卑しいお金の使い方……! そんな雑な扱いしていたらね、お金の神様に怒られるんだから! お金なくなっちゃうからね!」

「なくならないわよ、二千万あるもの」

「なくなるからね! いま呪いをかけました!」

「はいはい」


「お金の大事さがわかったところで、話を戻そう。……なんで俺の布団に入ってきてたんだよ」


「さぁ、なんででしょう」

「なんでだろーねー……」

「俺が知るかよ……」


「でもさ、私とお姉ちゃんに挟まれて寝るなんて、すごいことだと思うのは私だけなのかな。すっごくおいしい思いしてないかな、なんて」


「んー、確かにそうよね。私も美華もそれなりの容姿は備えてるし」

「そうだよねー! ねえ、蓮さん。そこのところどうなんです?」


 あざとい笑顔をこちらに向けながら、美華はねえねえと圧力をかける。

 は? ここで俺に話振ってくるの?


「あーっ、えっと……嫌じゃない気もするけど……二人に挟まれて寝るのは寝づらいっていうか……そもそも、美華の発言から考えて、自分のこと可愛いってわかっててそういうこと言うんだから、有り難みはなくなっちゃうかな、なんて」


 返答に困ったが、ぽつりぽつりと言葉をこぼしていくと、胸のつかえは取れてくる。


 こちらの様子を見て、愛華は堪えるように笑う。そして便乗する。


「……フフッ。もう、私の自慢の妹が、そんな浅ましい子な訳ないじゃないですか。この子は思慮深くて聡明で謙虚な子なんですから」


「そ、そう! 私は思慮深くて聡明で謙虚な子だもん! 天使と常日頃から言われようとも、天狗にならずに現代の大和撫子として降臨し続けるんだから! 一緒に寝てくれて有り難うございました!」


 半ばやけくそになりながらも、美華はぺこりとお辞儀をする。愛華はウィンクをこちらに飛ばすと、舌を少しだけ出してみせた。


 愛華のやつめ、やりおる……。


「ふむ……。美華はなんで俺の布団に入ってたんだ?」

「……えっと、寝心地がいいよって言われたから……です」


 そこまで言うと、美華は俯いてしまった。この、しょぼくれた様子は演技かもしれない。

 愛華に目配せをすると、愛華は小さく頷いた。


「それ、半分は嘘だろ」

「まさか、この子が嘘つくわけないじゃないですか」


 表向きは敵対してるように見せ、退路を潰した上で揺さぶりをかける。愛華はこの調子で美華の天狗っ鼻をへし折るつもりらしい。


「……ううん、その、半分だけ嘘ついてた。本当は、一人で寝るのが怖かったの」


「なんで、一人で寝るのが怖いんだ?」

「そうよ、お姉ちゃんがいるのに、何も怖くないじゃない」


 そんなことを言う愛華に、美華は恨めしげな視線を浴びせる。

 ……美華の様子と愛華の言葉に、何かが引っかかる。


「……怖いの」

「何が怖いの? 美華の怖いものなんて、お姉ちゃんが退治してやるんだから」

「お姉ちゃん」

「なあに、美華」

「……そうじゃないの」

「なにが、そうじゃないの?」

「…………」

「言ってくれなきゃわからないじゃない。どうしたのよ、美華」


 この様子、間違いない。


 美華の天狗っ鼻よりも先に、愛華の歪んだ愛をへし折る必要があるらしい。


「……お前のことが怖いらしいぞ。愛華」


「そ、そんな……そんなわけない。ね、美華。……美華?」

「…………」

「ねえ。美華? お姉ちゃん怖くないよね? 美華?」

「……怖い。だからもう勝手に部屋に忍び込まないで……!」


「ちょっ、ちょっと美華、待って、何かの間違いよ」

「間違いじゃない! だって、これ!」


 スマホを取り出し、何回か画面を操作する。こちらに見せつけられた画面には、薄い緑色の覆面をつけたメイドの姿があった。



「私のパンツつけて! 変な踊りおどってたんだもん! こんなお姉ちゃん怖いよ!!!」



「がっ! んがっ、あああ! そ、それはお姉ちゃんじゃないの! 違うのっ! 違う……違うんだからーーーーーーーーーーーーー!!」


 全速力で居間を抜け出し、玄関を飛び出していった。姉妹の闇は深い。


 残された二人。見せつけるように突き出された手を諌め、美華に代わって画面を何回か操作する。

 鬼気迫る形相でブラジャーをヌンチャクのように操る愛華。そんな様子を収めた動画を、穏やかに、静かに、そっと削除した。


「これで、よし。悪いお姉ちゃんは退治した。愛華が帰ってきたら、許してやってくれ」


「……でも……」

「……不安なのは分かる。でも、愛華はああ見えて、かなり自分を追い込んでる。俺はあいつの疲れを癒すことはできないけど、美華ちゃんならそれが出来る。話を聞いてやるだけで、あいつの心は満たされる。だから、しばらく様子を見てやってくれ」


「でも、それで調子に乗って、お姉ちゃんがどんどん過激になっていったらどうすればいいんですか?」


「ああ、それなら大丈夫」

「……なんで?」


 不安げに小首を傾げる美華。彼女を諭すように、言葉を続ける。


「美華には、俺がついてる。危ない時はすぐに助ける。だから安心して、愛華に甘えてやってくれ」


 コーヒーをすする。少しぬるくなっている。

 チラッと美華の方を見ると、顔を真っ赤にして黙っている。


「……わかりました。不束者ですがよろしくお願い致します」

「……おお、よろしく……?」

「よろしくお願い致します……」




 しばらく、穏やかな時間が流れる。外からは掃除機をかける音や、子どもの笑い声が聞こえてくる。


「あの、蓮さん」


 沈黙を破るように、上ずった声が耳に届く。



「どうした」

「あの、なんで添い寝しちゃダメなんですか?」

「添い寝? んー、ダメじゃないけど、あんまり気は進まないな」

「どうしてですか?」

「どうしてって、好きな人と添い寝した時、感動が薄れるような気がするからかな。既視感が生まれるっていうかさ。……おかしな話だよな」


「いや、おかしくないです。おかしく、ない」

「おかしくないならいいんだけどさ」

「それで……蓮さんって、付き合ってる人いますか?」

「…………は? 何言ってんの?」

「ですから、付き合ってる人、もしくは、好きな人はいますかって、聞いているんです」


「そんなに興奮するなよ」

「あっ、ごめんなさい……つい……」

「まあ、いいけどさ……付き合ってる人はいないよ」

「そうなんですか!」

「でも、好きな人はいる……かもしれないし……違うかもしれない……腐れ縁って、好きとはまた違う気もする……」


「……あ、ああ、なるほど。そうなんですね」


「そうそう。あれは好きっていうのか、慣れ親しんでるっていうのか」


「そう、ですか……」

「そう。まあ、あんまり期待はしてないけどね」

「……そっかー……」


 美華は虚ろな声色で返事をする。何かを考えている様子を見せる。そのうち自嘲するかのような表情を見せ、ついにはソファーに寝転んでしまった。


 仰向けのまま、額に腕を乗せて項垂れている。

 華奢な体つきに女性らしい膨らみが色を添える。こういうさりげない風景にこそ甘い罠は張り巡らされている。


 いけない、と思いつつ手に持ったコーヒーカップに視線を注ぐ。空のカップが出迎える。


「美華、コーヒーいる?」

「いらなーい……」


 気怠げにそう答えると、美華はまた項垂れる。

 コーヒーを淹れに台所に向かう。ポットのお湯を注ぐと同時に、玄関の呼び鈴が騒がしく鳴る。一秒間に十六回の速さで連打されている。


 呼び鈴が連打される時、大体面倒ごとに巻き込まれる。


「れーーーーんちゃーーーーん!」


「うるさーーーーーーい!!」



 俺が叫ぶよりも先に、美華が玄関に飛び出していった。

 ……幼馴染みの手により呼び鈴が連打される時、天使の機嫌が悪い時、そしてメイドの心が折れた時、……立花家は天変地異に見舞われる。

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