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30.添い寝から始まる休日のひととき

 薄暗い部屋の中。冷たい空気。薄く差し込む光。青白く光る天井。

 静止した世界に、静かな息遣いだけが繰り返される。


 夜明け前らしい。



 全身を包み込む布団の感触。大の字に投げ出した身体を少し動かすと、むにゅ、と柔らかな感触に気付く。

 思わず、身体が強張る。

 布団とは別のぬくもりを感じる。顔の周りも火照ってくる。


 まったく……またかよ……。

 勝手に布団に入りやがって……。


 例によって左腕を枕にされている。身体を少し起こして、右手で布団をまくる。髪の毛を背に撒き散らしながら、うつ伏せ気味に眠る少女の姿がうっすらと見える。薄いピンク色のパジャマが薄明かりに輝く。



 肩のあたりを揺らして起こそうとするが、「ん〜」と唸るばかりで起きる気配はない。

 こちらも本気で起こそうとしているわけではないので、布団を掛け直し、再び眠りにつく。


 今日は日曜日。いつ寝てもいつ起きても誰にもとやかく言われない。日曜日くらい、ゆっくりしていてもいいと思う。もちろん、愛華も。

 住み込みのメイドに休日という概念があるのかは不明だが、こんな夜明け前に無理矢理起こすなんて鬼のような真似はしない。


 それにしても、なんでこいつは俺の布団で寝てるんだろう。

 添い寝をする理由は、俺が愛華の妹に似てるからで……でも、その妹は隣の部屋で寝てるし、そもそも全然似てないし……忍び込もうと思えば簡単に部屋に入れるだろうに。


 ……そう、美華の布団に入ればいい。こうして俺の所に来なくても……いや、待てよ。



 違和感を感じ布団を捲る。もう一度よく見る。


「やっぱり」


 この髪の毛の色。この甘い匂い。この体型。まるで天使が束の間の休息を堪能している様子そのものだ。こいつは美華だ。間違いない。

 事実を確認し、布団を掛け直す。もぞもぞと寝返りを打って美華に背を向け、ため息をひとつこぼす。



 これはこれで問題だ。なんでこいつは俺の部屋に忍び込んでいるんだ。

 となりの部屋ではダメな理由があるのだろうか。


 思い当たるのは、鍵の作りが適当なこと。

 鍵と呼べる代物じゃない。

 鍵穴に問題がある。簡易的なもので、コインの端がはまるような溝が一つ彫られているだけだ。

 鍵をかけても適当なコインが一枚あれば、外から鍵を開けられてしまう。

 高い知能と獰猛な性格を有する愛華の襲撃には、とてもじゃないが耐えられない。

 脆弱性ぜいじゃくせいは認めざるをえない。とはいえ、この家自体のセキュリティでは、どの部屋にいようと襲撃される。どんなに懇願こんがんし怯えわめき泣こうとも、呆気あっけなく襲撃される。


 どこにいても襲撃される。美華もそれは理解してるだろうし、そうだとすれば別な理由で忍び込んだと考えるのが自然だ。

 どういうことなんだろう……。



 その時、扉の鍵が開く音が部屋に響く。

 控えめに扉の開かれる音が余韻を残す。


 思わず、息を殺して様子をうかがう。寝たふりをしながら聞き耳を立てる。


 のそのそと足音が近づき、ベッドの近くでピタリと止まる。

 顔に空気が当たる。布団がめくられ、少しの間を置いてから人の気配がしゅるりと収まる。



 おそらく、目を開ければ愛華がいて、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ているに違いない。


 ……ていうか、なんなんだよ。なんで当たり前のように俺の布団に集合してんだよ。俺の布団はリビングじゃねえよ。昨日の部屋決めはなんだったんだよ。


 こちらの不満を知ってか知らずか、愛華は「ん〜」と悩ましげに唸りながら、俺の胸に顔をうずめて丸くなった。

 背中の方でも動きがある。美華が背中に顔を埋めてきて引っ付いて離れない。


 ……川の字、じゃないなこれは。小の字だ。




「……というわけで、まずは理由を聞こうではないか」


 威厳たっぷりにそう言ってから、瞳を閉じ、淹れたてのコーヒーをすする。熱い。


「どんな理由を、でしょうか。……美華、ココア出来たわよ」


 愛華は三人分の飲み物をテーブルの上に置く。丸いお盆を胸の前で抱えて怪訝な顔をする。


「コッコアコッコア〜。なになにー? どったのー?」


 ソファーで横になってテレビ番組を見ていた美華だったが、ミルクココアの魅力に引き寄せられたのか転がり落ちるようにソファーから脱出する。かと思えば跳ねるように歩いて近寄ってくる。テーブルをはさんで俺の真向かいの席に座った。

 愛華は美華の挙動を見守ってから、彼女の隣の椅子に腰をかける。


「どったのもこうしたも、今日の朝のことだよ。なんで俺の布団に集合してたんだよ?」


 尖った口調でそう尋ねると、愛華も美華も視線を逸らす。


「あー……お姉ちゃんが寝心地いいよっていうから、試してみたわけです。寝心地は普通に良かったです、ハイ。蓮さんは人間湯たんぽでした」


 まあ、体の6割は水分だしな。って、違う。


「お姉ちゃんのせいにしちゃダメよ。私は蓮さんにお金を払って添い寝させてもらってるのよ。そういう契約してるもの。お金、払ってるもの」


「ふーーん……お金お金ってさ、そんなにお金が大事なのかしらねー」


「そうよ、お金は大事よ。あなたが学校に行くのにも、私が毎日おいしいご飯を作るのにも、蓮さんがこうして生きながらえるのにも、何事にもお金が必要なのよ。だからお金は大事よ。この世は何よりもお金が大事なの」



「まあ、待て。お金は大事だ。でも、それが全てではない。その人なりの哲学とか人間性とかも大事だ」

「そうそう。蓮さんのいう通りだよ。お姉ちゃんはお金ばかりを愛している。発言の撤回を求めます」


 ふっ、いまの俺、結構まともなこと言ってるし良いこと言ってるよな。ふふふっ。


「まぁまぁ……」

 愛華は何かを取り出す。お財布だ。

「ここに三十万あります」

 財布からお札を取り出すと、扇のように広げる。圧巻だ。目が離せない。

「蓮さん、こちらへ」

 言われた通り、愛華の元へ移動する。三十万を前に体が勝手に動くのだ。


「失礼します」

 愛華は腕を左右に揺らし、こちらに金色の風を送る。

「……どうですか?」

「ウム、悪くない……至高じゃ……」


「では、嗜好を変えて……失礼します」

 愛華は札束の扇を閉じると、厚さ3ミリの束を作る。

 そしてそれで俺の頬を叩く。ぴしゃりーん。


「……は? 何しやがる」

 思わず、ドスの効いた声を出す。


「ヒィ……ッ!」

 美華が怯えて声を出す。


 愛華は無言でこちらを見る。しばらく無言に徹したあと、ポロリと呟く。

「一回一万円です。はい、どうぞ」


 魔力。理性や知性では解説できない圧倒的な求心力。厚さ0.01ミリのマジックアイテムを前に、瞬間的な怒りなど吹き飛ぶのは容易い。


 恐ろしい魔力を放つ一万円札を両手で迎え入れる。臨時収入だ。


「もう一度聞きます。蓮さん、お金は大事ですか?」

「だいじです」

「それは哲学や人間性よりもですか?」

「おかねがいちばんです」


「……とまあ、この通りよ。あのプライドの塊のような蓮さんが簡単に籠絡ろうらくするのよ。お金が一番よ」

「……ち、違うんだ! 催眠術だとかトリックだとか、そういうのにやられただけなんだ!」


 我ながら見苦しい言い訳だが、一万円貰えたからいいや。……でも、愛華の手前、お金にやられたふりをしよう。美華の手前、見苦しいふりをしておこう。

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