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24.おいしいご飯を作りましょう 3


 悔しさを噛み締めていると、視界に人影が入ってきた。不意のことで、数秒ほど目が合う。


「どうしたんですか? ……あらら、泣いてるの?」

「うるせぇ……」

「そう。なら、黙ってます。いただきまーす」


 そう言うと、愛華は後ろ手に隠し持っていたものを取り出す。銀色に光るフォークと殺風景な皿を持っている。

 愛華は黙々と、ゆっくりと、静かに食べる。

 皿の上に乗ったものは、さっきのハンバーグだ。


「……やめろ」

「…………」

「聞こえてるだろ。そんなの食べるなよ。……本当にやめろ」


 舌打ちをして、睨みつけてやる。

 愛華は視線が合っても臆する事なく、食べることをやめようとしない。


 感情の渦が幾重いくえにも重なって、逃げ場が無い。

 身体の外に冷静な自分がいるけれど、今は気持ちを吐き出す事しかできそうにない。


「いいかげんにしろ、やめろ」

「…………」

「おい! やめろ!」


「……うるさい!」


 はじめて聞いた愛華の怒鳴り声に、怯む。

 動揺したことを皮切りに、抑えていたものがこみ上げてくる。


「うるさくない! お前がそれを食べてると、惨めな気持ちになるんだよ! だから食うな!」


 愛華は流し目でこちらを見る。深く静かな瞳に吸い込まれる。心の中を覗かれたような気分になる。どうしようもなく、自分がちっぽけになる。



 ゴクリと、喉を鳴らす音が耳につく。


「……ごちそうさまでした」


 愛華はスゥっと深呼吸する。ゆっくりと息を吐いてから、こちらを見る。


「……感想、聞かないんですか?」

「えっ、……え?」

「だから、ハンバーグの感想ですよ」

「まずかっただろ。他に感想なんて……」


 こちらの言葉を遮るように、「あります」と強く言い放つ。


「まず、強火で焼き始めたのはいいものの、油を敷くのを忘れていたために肉がフライパンにこびりつき、煮崩れを起こしました。それに混乱したのか火を弱めるのを忘れて肉を剥がそうとしましたね。油を敷いてさえいれば、このハンバーグは上手に完成していました」

「そっか」

「味の方ですが、『好きな人は好きなのかもしれない味』ですね。焦げによるスモーキーさと噛めば噛むほど染み出す素朴な味わいが良かったです」

「それ、すごく丁寧にまずいって言ってるだけじゃないか」


「それから」


「……それから?」


「……私のために頑張ってくれて、ちゃんと向き合ってくれて、ありがとうございます。気持ちが込もってる味がしました」



 優しく微笑む愛華。

 彼女の言葉に、視界が歪む。

 渦巻いていたものが、静かに流れていく。

 悲しくはない。それなのに、とめどなく押し寄せてくる。

 見越していたかのように、愛華は優しく微笑んで、抱き締めてくる。


 彼女の行動に、涙の粒が更に大きくなっていく。



「よしよし、頑張ったね」

「…………うるさい……勝手に抱きつくな……」



 本当に、なんなんだろう。

 まずいならまずいとはっきり言ってほしい。

 そうすれば、料理なんて二度とやる気にならないくらい落ち込むことができるのに。


 このハンバーグは、俺なりに頑張って作ったものだ。試行錯誤しながら、なんとかこしらえたものだ。

 頑張って作った料理を食べてもらえることは、こんなにも、どうしようもなく嬉しいことだったらしい。



 こんなの、悔しい。頑張って見返すしかない。

 誰かをじゃない。自分を見返すんだ。


 料理なんて出来ないと言い訳ばかりしている、昔の自分を見返さなきゃいけない。

 その為には、愛華を満足させられる料理を作れるようになるしかない。それが、俺にできる精一杯の行動だ。


「……なあ、愛華」

「はい、なんでしょうか、ご主人様」


「さっきは怒鳴ったりしてごめん」

「私こそ、怒鳴ってしまってごめんなさい」


 謝ったことを褒めるように、抱き締められた身体は優しく締め上げられ、頭を撫でられる。

 頬に当たる着物の肌触りがなんとも言えず心地いい。


「あと、恥ずかしい」

「私も恥ずかしいですよ」


「……俺、もっと美味しいご飯を作りたい」

「そうですか。もっと美味しく作りたいんですね」


「そう。笑顔になってもらえるような、そんな料理を作りたい」

「……それは難しい注文ですね。そんなに難しい料理、私には作れません」


「それでもいい。一緒に作って欲しい。……いや、違うな……俺に出来ないことを教えてください」


「……ご主人の頼みとあらば、断る理由はないですよ。頑張ります」

「ありがとう。……もう落ち着いてきたし、そろそろ離れよう」

「そうですね」


 体を包む温もりが離れていく。

 愛華は割烹着の三角巾をはらりと外し、髪を手櫛で整える。三角巾を付け直し、ふぅ、と一息つく。

 彼女が一息ついたのを見て、こちらも深呼吸をする。


 心臓の高鳴りはまだ続いている。

 二、三回深呼吸をして、動悸がおさまるのを待つ。

 こいつの優しさ、この包容力……まさに女神。

 これからは、この女神を敬いながら生きよう。




 余韻が冷める間も無く、玄関のチャイムが鳴る。


 呆然としながら、誰か来たのかなと考えていると、次の瞬間、愛華が姿を消していた。



 そのさらに次の瞬間には、玄関から悲鳴が聞こえてきた。



「ひいいいいぃぃぃい!!!! 助けて! 助けてぇぇぇぇ!!!!」


 目尻に残る涙を拭いて、床から立ち上がって駆け足で玄関へ向かう。玄関先には鬼畜メイドに襲われる天使が降臨していた。

 俺の頭を優しく撫でてくれた女神のような女性はいない。いなかったのだ。



「へっへへへへ! んー〜〜、チュッチュチュッチュ〜〜〜」

「うへええぇぇぇぇ!!!! やめてええええぇぇぇぇ!!!! おえっ! ゲホッ、ゴホッ」



 あまりに急な展開に、目が点になる。

 俺の日常は、こってりと調理されたらしい……。


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