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20.えっちな本が見つかった話 2

 

 ひと仕事終え、部屋に戻る。


 愛華は出迎えてくれたが終始無言で、おかえりなさいすら言ってくれなかった。あれは多分、ちゃんと処分してきたか監視するためだったのだろう。


 制服の首元を緩めネクタイを外す。部屋着のジャージに着替え、ブレザーをハンガーに掛ける。

 別のハンガーにはアイロンのかかった制服のズボンが掛けてあった。

 まったく、これを履き忘れたおかげで今日は大変な思いをした。


 面倒事を押し付けられてしまうし、お腹が空いて大変な思いもしたし、エロ本も全て処分させられた。

 でも、悪いことばかりだったわけでもない。今日は紅葉と一緒に帰ることができた。藤原とかいうかわいい男子にパンをもらえた。


 パジャマで登校するような変な男だったのに、紅葉は優しかった。藤原も優しかった。泣けてくる。



 不意に、居間の方から悲鳴のような雄叫びが聞こえる。それに続いてドタバタと階段を登ってくる音が迫ってくる。



「ちょっと! 聞いてください蓮さん! すごい事が起こりました!」

「ななななんだ、どうした、ていうかノックくらいしろよ」


「なに泣いてるんですか。まさかエロ本捨てて泣いてるんですか? 気持ち悪い」

「そんなんじゃないよ。あくびしてたんだ」

「そうですか。……まあ、とりあえずリビングまで来て下さい! 驚きますよ、きっと!」


「なんだって言うんだよ……」


 ……いったい何があるのだろう。大したことじゃなかったらなにか嫌がらせしてやる。



 居間も綺麗になっていた。物が多いだけに自宅のリビングという認識は揺らがなかったが、玄関に負けず劣らず綺麗になっていた。

 テーブルの上には飲みかけの紅茶とお茶請け、それから、見慣れないパソコンが一台置いてあった。


「俺を呼び出した理由を聞かせてもらおうか」


 椅子を引き、愛華と向かい合う位置に座る。まっすぐ彼女を見つめつつ、愛華の動きを観察する。


「まぁまぁ、そんなこわい顔しないで下さいよ。本当にこわいんですから。……パソコンの画面をご覧になってください」


 パソコンの画面。なんだろう。


 パソコンのディスプレイがこちらに向けられる。

 画面を見てみると、縦に長い棒が沢山あり、それが波のように上下していた。これは知っている。株価を表すローソクチャートだ。


 一度大暴落してから、急激に株価が上がっている。今は落ち着いて、緩やかに上下している。



「株……か?」

「そうです。以前から趣味でやっていた株取引です」


 どんな趣味だよ。


「で、それがどうかしたのか?」

「フフフ……実はですね」

「実は?」

「フフフ……なんと」

「なんと?」

「フフフ……あろうことか」

「あ、あろうことか?」

「フフ」「さっさと言えよ」

「……少しくらい勿体ぶっても良いじゃないですか。愛ちゃん大勝利なんですから」


 愛ちゃんってガラじゃないよな。

 愛ちゃんはバツが悪そうな表情を見せ、紅茶をちびりと飲む。


「もしかして、株で儲けたとか?」

「あーーー! なんで先に言っちゃうんですかー!」

「誰でも予想つく。で、いくら儲かったんだ? どうせ大した額じゃないんだろ。蓮ちゃんお腹ペコりんちょだから早くメシくれ」


「あーもう。ざっと二千万。あと一時間後にはその倍になります。……どうです? 大したことありませんか?」



 耳を疑った。そんな大金、どうやって稼いだんだろう。


「いやいや、騙されんぞ。元手がないとできない事だ。しかも今日一日中掃除してたみたいだし、忙しくて株取引なんてできないだろ」


「ああ、退職金ありますから。掃除なら二時間あればこれくらいできますし。二度寝して起きて、銀行にいって、パソコン買って、いろいろして、宇宙産業系の株買って、二時間掃除して今さっき見てみたら、ビックバン起こしてましてね。宇宙だけに」


「へえ……すごいな……ビックバンもすごいけど、愛華の行動力がすごい」

「えへへ、もっと崇めよ」

「すごいすごい」



 にまにまと笑う愛華。予想の斜め上をいく方法と結果で、大金を手にしてしまったのだ。にまにましてしまうのも無理はない。


 ここでひとつ、はっきりさせておかなければならないことができた。


 二千万もあるのなら、立花家に居座らずともなんとかなる。

 今の関係は主従関係でもなんでもない。顔見知り程度の二人が同じ屋根の下で夜を明かしただけだ。

 口での約束だけだ。書面にはなにも書いていない。給料も払っていない。契約は結ばれていない。

 


「二千万稼いだし、当面の生活は大丈夫だろう」


「そうですね。今日の晩御飯なんですけどね、青椒肉絲チンジャオロースとピーマンの肉詰めとどっちが良いでしょう?」


「いや、そうじゃなくてさ。二千万もあるんだから、ここから出て、一人で暮らせるよなって思ってさ」



 一瞬の沈黙。陶器製のカップと受け皿とが当たる。いやに耳に残る音だった。


 愛華は眉をひそめながら唇をキュッと結んでいた。

 愛華は魂の抜けた目で、パソコンの画面を見つめていた。そのままじっと動かない。

 なにか変なこと言ったかな、俺。当たり前のことを言っただけだよな。



「あの……それは、出て行けってことですか?」



 その通り。

 その方が良いと思うけど、愛華はなんで落ち込んでいるんだろう。自由になれるのに。


「そういう選択肢もあるのに、どうしてそうしないのかなって思ってさ」


 愛華はこちらをまっすぐに見つめる。整った顔立ちに、若干の寂しさを感じさせた。


「簡単な理由です。株はあくまで趣味ですし、お金を増やしたのは蓮さんと楽しく暮らしたいからです。蓮さんと楽しく暮らしたいからであって、お金があるからって一人で暮らすというのは、違うんです」



 ……俺なんかよりも良い人はもっとたくさんいる。

 お金があるならなんだってできる。なのに、どうして。


「どうして、俺なんかと」

「……昨日の朝、途方に暮れて泣いていた時、道行く人は皆素通りしていって、私なんて存在していないみたいに誰も私を見てくれなかったんです。……でも、蓮さんだけはなんとかしようと必死になってくれて、それで、尽くしたいなって思っただけです」



 ……それは違う。俺の一部分しか知らないのに、なんでそんな事が言えるんだろう。


 俺は、そんな事をされるような人間ではない。エロ本だって読むし風呂だって覗こうとしてる。パンツだって見てしまう。そういうやつなのに。



「愛華。俺は他人の稼いだお金で生きるなんて望んじゃいない。俺だって、楽しく暮らしたい。でも、主人がメイドにお金を借りて生活してるなんて、そんな情けない話はない」


「それでも、私がそうしたいんです。一人は、辛いんです」

「それでも、俺は俺のために……って、泣くなよ、おい」

「だって……」


 じっと見ていなければ気付かないくらい、愛華は静かに泣いていた。


 鼻水をすする音。頬をつたう涙。愛華は目尻に手も当てず、ティーカップを両手で包み、中の紅茶を見ている。


 頬を伝って、涙の雫がひとつ落ちる。


「だって、蓮さんのために頑張っているのに、こんなのあんまりです……泣きたくもなります」


「……泣くのはずるいぞ。泣いている女に優しくない男なんていないって、誰かが言っていた。……ほら、ティッシュ」


「どうも。……蓮さんは泣いている女なら、誰にだって優しくするんですか」


「そりゃそうだよ、優しくするよ。……でも、愛華が泣いていたら、誰よりも早くティッシュを差し出してやるよ」


「……は? 口説いてるんですか? ごめんなさいくさすぎて無理です」


 ……たしかにくさい。言った後にじわじわ恥ずかしさが込み上げてくる。


「口説いてないよ。とりあえず、ご飯にするか。青椒肉絲が食べたいな」


「わかりました。じゃあ、作りますね」


 ぶびび、と耳につく音を残しながら、ティッシュというものを実に気持ちよく消費していく。それから彼女は席を立ち、台所へ消えていった。



「……あいつ、急に泣きだすからびっくりした……」


 なんとなく呟く。

 そういえば、最後にしっかり泣いたのはいつだったかな。世の中、泣きたい事だらけだけど、どうしても心の底から泣けないんだよな……。

 涙なら流しているけど、泣いているってカウント出来ないと思うし……情けなくて泣くのと、嬉しすぎて泣くのと……それくらいしか泣くって呼べないんじゃないかな。



 やることもないし、とりあえずテレビでも見るかな。


 電源をつけると、ちょうど、頭の毛の薄い中年男性が頭を深々と下げているところだった。

 速報、という見出しが目に入る。

 その隣には、宇宙旅行会社の不祥事が映っていた。


「これ、ウチも関係あるんじゃ……」


 見出しには『燃料漏れか!? どうなる搭乗員』の文字。

 黙って画面を見入る。

 遠いどこかの国の出来事で、他人事のように、話が耳に入る。

 積載していた液体燃料の一部が漏れていたらしい。現在は事態が収束し、燃料の手配もできているらしい。

 それでも、安全面を考慮して旅行期間を早めるように対処するとのこと。


 なにやら、二十年後の帰還が三週間後に繰り上げられたらしい……。

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