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電話ボックス

 その電話ボックスは駅に隣接する立体遊歩道の下に佇んでいた。

 練馬駅中央改札口の階下には路線バスが周回するロータリーがあった。その上には遊歩道が構えている。その公衆電話を囲っている公共施設は駅とロータリーが隣接する境界線上に設置されていた。階上に建てられている駅の改札広場と駅に直結する遊歩道が織り成す影に覆われていて、その電話ボックスからは非常に暗い印象を漂わせていた。

 その電話ボックスへと近づくにつれ、ガラス張りの仕切には刃物で付けられた傷が無数に走っている様が見て取れた。マジックで読解不能な英文字が背面の窓ガラスに書き殴られていて、随分昔に繁殖したテレクラの宣伝ステッカーや悪戯で撮ったプリクラがあちらこちらに貼り付けられていた。その佇まいは日中の影の下、ある種の不気味さを醸し出していた。そんな公衆電話が二基、同じように汚された状態で並んでいた。

 渥美はその酷く汚された外観を前にして表情を曇らせた。

 何十年前のものだろうかと思わせるほど酷い有様だった。一見しただけでは中の電話機が本当に使えるのかさえ怪しかった。全く手入れがされていないならばこの荒れ様も理解できるが、今日の自治体がそれほど怠惰を貪っているとは考えにくい。公共施設への落書きやシール類を貼る行為は立派な器物破損という犯罪だ。人々の悪戯を野放しにするようなことがあれば、その怠慢もまた罪と言えよう。そんな観点から見てもこのような惨状が生じた際に誰かしらが手を打っていたに違いないはずだった。

 若い連中か外国人集団の仕業なのだろうか。しかし、一夜のうちにここまで公共施設を汚してしまうのは相当骨の折れる作業なのではないだろうか。そんな疑問が頭の中で浮かび上がってくる中、渥美はふと我に返った。そして疑問を追い払うように頭を振った。

 もたもたしていたら叱られるだけでは済みそうにもない。

 渥美は荒れ放題になった公共施設の前に立った。二基ある電話ボックスの上部にはNTTのロゴが入っていたが、その隣にも大きな落書きが残っていた。一方には『Hot Line』という言葉が白いスプレーで落書きされていた。そして、単語の間に『SEX』の三文字が添え書きされてあった。

 普段なら笑ってしまうところだが、こんな差し迫った状況に置かれている身としては素直に笑えない。その中で電話をかければ、話の内容がいかに真面目な取引だったとしても周りの人々はそう捉えてはくれないだろう。それが落書きの意図するジョークであった。だが、渥美とってその落書きはどうでもいいことでしかなかった。

 問題は別にあった。

 その落書きが残された電話ボックスには先客と思われる男性の後ろ姿がステッカーの隙間から見え隠れしていた。スーツを着た渥美と同じサラリーマンのようだった。使用中の公衆電話に用は無い。渥美は向かって右手の電話ボックスの方に進むと、ガラス張りの開閉ドアを引き開けた。

 そして、その電話ボックスの上部にも落書きがあった。NTTのロゴの横には『HORNY Booth』といった落書きが白いマジックペンで書き殴られていた。

 『Phone Booth』ならぬ『Horny Booth』。

 意訳すればさしずめ『欲情ボックス』といった意味合いになるが、渥美はその落書きが意味する悪質なジョークを理解しようともしなかった。その悪戯の真意を考える時間すら惜しかった。

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