切れました!
……か、かっこいい!
おれは目の前に寸分のズレもなく整列し、微動だにせず直立している騎士たちをみて素直にそう思った。あまりにも美しすぎるが故の賛辞だ。
日本でも警察や自衛隊の特集番組で画面越しに見たことはあったが、実際にこうして生で見るとその迫力は段違いだった。だが、どれだけ格好よくても目の前の騎士たちは、国を裏切った、倒すべき敵だ。
と、ここでその騎士たちを束ねているであろう、1人だけ頭一つ前に出ていた、大剣を持った騎士が言葉を発する。
「まさかこのような形で相対するとは思いませんでしたよ。副団長殿」
図太い声の体格のいい騎士が副団長、レミアへ向けてそう言った。
「……私もいきなりあなたが出てくるとは思っていなかったぞ。アルキア・アルカネット戦士隊長殿。いったいいつから私たちに気付いていたのだ?」
レミアは何とか落ち着きを取り戻したようだが、それでもその言葉はまだどこか重々しく聞こえる。
まぁそれもそうだろう。先ほどまで警備の騎士に見つからないようにと最善の注意を払ってここまで来たのだ。それがまさにふたを開けてみればのごとく、門を叩いてみればざっと300人の軽重装の騎士達に待ちかまえられていたのだ。そしてレミアが発した、隊長という言葉。
これは洞窟で聞いたことだが、ローズマリー王国騎士団は全部で、戦士、剣士、魔法、諜報の4隊に分けられているらしい。まぁそれぞれの中でもいくつかに分けられているらしいが、いまは置いておく。
そして目の前にいる男、アルキアという男は、戦士隊の隊長だというのだ。
どう考えてもいきなり現れるような相手ではない。それを知るセレナとレミアが取り乱すのも無理はないだろう。
まぁおれには関係ないけど……。
「副団長殿。我々がどれだけあなたと姫様と共に過ごしてきたと思っているのです? お2人の魔力の気配を探ることぐらいできて当然です……と言いたいところですが」
と、アルキアがここまで言ったところで、突如その視線がおれへと向けられた。
ん? なんだ?
「この少年が、お2人が協力を仰いだものですか? まさかこのような少年1人程度の協力で乗り込んでくるとは、無謀にもほどがあるのでは?」
「何が言いたい?」
レミアはアルキアを睨むように見据え、言う。
「ふ、わかりませんか? 我々がなぜあなた方の気配に気付いたのか。それはこの少年が全く気配を隠すことなく敵意むき出しで、王都近くまでやってきたからですよ。そのおかげでうまく隠してはいるものの、わずかに残った姫様の気配を近くに感じることができたというわけですよ」
は? え? じゃぁもしかして気付かれたのっておれのせい?
そしておれは自分のせいじゃないよね? 感を出した表情で2人の方をみる。
しかし2人は思いっきり肩を落とした状態で、はぁ~、と大きいため息をついた。
あちゃ~! やっちゃったなこれは。まぁいいんじゃね? どうせ気付かれるんだし。
(その通りです、彰人様! どうせ早いか遅いかの違いで、最終的結果になんの変動もありませんよ!)
うんうん! ミルフィの言うとおりだな。要は勝てばいいだけだ。
「それで戦士隊長殿は私たちをどうするつもりなのだ?」
「ふ、もちろん拘束して陛下とあなたの妹君のおられる牢へと連れて行くつもりです」
「そうか……。最早見つかってしまった以上引く気はない。そんなことは私の騎士としての誇りが許さない。私は何としても父上に問わなければならないことがある。故に、あなたを倒し、他のものを蹴散らし、この場を押し通るまでだ!」
レミアは愛刀のレイピアを抜きながら強くその言葉を発する。
そしてレミアの身体からは直視できるほどの膨大な魔力が溢れ出ている。
その魔力を見たおれは最早迷いのない、なにかしらの決意のようなものを感じた。
「いいでしょう。ならばこちらも全力でお相手します。……お前らは姫様と少年を拘束しろ。少年の実力が今ひとつわからないが油断するな」
「「「「はっ!」」」」
騎士たちが隊長の言葉に一斉に、大気が震えるのではないかというくらいの、見事なハモリで敬礼する。
……どこの軍隊だよ。決まりすぎだろ。
「アキト殿。アルキア殿は私が止めておきます。その間にできるだけ残りの騎士たちを片づけてもらいたい。まさかあれだけ豪語しておいてできないとは言いませんよね? 私と姫様にあなたの力を見せてくれるのでしょう?」
「……わかった。まかせろ」
おれは少し迷ってから答えた。
しかし別に騎士たちの相手ができないのでは? と思って迷ったわけではない。
おれが迷ったのは、レミアを戦わせるかどうかである。
正直、美少女にそんな危険なことをさせるなどありえない。
だがおれは、レミアの言葉を了承した。
なぜか。それはレミアに騎士団副団長という肩書と、騎士としてのプライドがあったからだ。
いまここで、レミアは女の子だから無理に戦わなくていい。などと言おうものなら、レミアを激しく傷付けることになってしまう。
そんなことはおれにはできなかった。
だからおれは了承した。しかし、その判断をすぐにおれは後悔することになった。
「先手は私からもらおう。いくぞ!」
そして、レミアは強く地を蹴って、すさまじいスピードでアルキアに向けてレイピアによる突きを放つ。
そのスピードはまさしく突風を生み出すほどだ。おそらくこれは自身の魔力をコントロールして身体に纏うようにすることで爆発的な身体能力を発揮しているからだろう。
これはおれも何度か魔物と対峙した際に経験している。
これを使っていると使っていないとでは、差は言うまでもない。
「ぐっ! ぬぬぅ、ぬあぁぁ!」
しかし、レミアの先制攻撃はアルキアの大剣の側面によって止められ、力ずくで後方へと押しやられた。
「ふぅ。やれやれ、相変わらず凄まじいスピードですね。だが、やはりあなたの華奢な身体では私の力の方が上のようですね」
アルキアはニヤリとした表情を浮かべた。
「く……。ならばこれでどうだ? ……一閃!」
レミアがそう叫び、レイピアを居合抜きの要領で横薙ぎに一振りした。
するとその振りに合わせて刀身から何かがアルキアに向けて飛んでいく。
「なるほど。ならばこちらも……一閃!」
アルキアもすぐさまレミアと同じ言葉を叫び、しかしこちらは、大剣を大きく振りかぶって振りぬいた。
アルキアの刀身からもレミアと同じように何かが飛び出し、それはお互いの中央で十字のように交差して激しく衝突直後、爆発音とともに、周りに突風が生じた。
土煙が収まった後、アルキアの後ろで、2人の戦いをおれと同様、しばらく見ていた騎士たちが、おお! と歓喜している。
「あれは風魔法か? だけどレミアって魔法使えないんじゃなかったっけ?」
ひとまず2人の戦いの様子を見ていたおれはそんなことを呟いた。
そしてその疑問はセレナが答えてくれた。
「アキト様。あれは風魔法ではありませんよ。あの技は、自身の魔力をそのまま斬撃のようにして飛ばしているのです。したがって、魔力を一定以上保持しているものなら、練習すればだれでも使うことができます」
「へぇ、そんなこともできるのか。なるほど……な……」
「どうされました?」
おれの途中で途切れたような返事に首をかしげたセレナが問いかける。
しかし、セレナには悪いがいまのおれにセレナの言葉は聞こえていなかった。
おれはその時、レミアの頬に視線が釘付けになっっていた。
……プツン……!
そしておれの中で何かが切れた。それはもう激しく切れた。
そう。おれは見てしまった。レミアの頬を。
その綺麗な頬から流れる一筋の血を。おそらく激しくぶつかり合った斬撃の衝撃で生まれた突風の際に、何かが頬をかすめでもしたのだろう。
おれはレミアを戦わせたことを激しく後悔した。
そして、不気味に高笑いした。
「ふ、ふふ、くく、あははははは――」
「あ、アキト様……?」
セレナは突如笑い出したおれを見て、不安そうにそうつぶやく。
それどころか、おれの笑い声に、レミアとアルキア、さらには今だ後ろに控える騎士たちまでもがおれを凝視する。
ただ一人、ミルフィだけが、おれの高笑いの原因を理解していた。
(ああ……彰人様は本当に女性が大切なのですね。たったあれだけのことでここまでお怒りになってくださるなんて。でも、だからこそ私は、彰人様に恋をしてしまったんです。さぁ彰人様。彰人様は今、本当の意味ですべてを守れる力を持っています。その力を存分にお使いください)
ああ。サンキュー、ミルフィ。
おれは一言、ミルフィにそう告げると、おれはゆっくりとレミアの元へと歩いていく。
「どうしたのだ……アキト殿? 不可解な笑い声などあげ……て……な! ななな! なにを!」
おれは無言でレミアを抱きしめた。
そして、赤面したレミアの耳元で、
「悪い。レミアに怪我させちまった……」
と呟く。
と、レミアは、え? といってようやく自分の頬に切り傷のようなものがあることに気付く。
だが、
「なぜこの程度の傷でわざわざ謝るのだ? それにこれはアキト殿のせいではないだろう?」
と、もっともな疑問をぶつけてきた。
しかし、おれにとって傷の具合など関係ない。おれの目の前で女性が、それもレミアほどの美少女がその美しい肌から血を流してしまったのだ。これ以上の理由などおれには存在しない。
幸い、この世界には治癒魔法があり、治せる怪我であれば傷跡は残さず治せる。そしておれ自身も一度、セレナの治癒魔法を見ている。
よって、光の中級魔法、ヒールはイメージできているので、おれも使うことが可能だ。
おれは、動くなよ。といって、そっと傷付いたレミアの頬に手をかざし、ヒールと唱える。
すると温かい光を帯びて、その光が傷を包み込むようにして、あっという間に傷口を癒していった。
「……アキト殿! これはいったい……」
レミアは驚きに目を見開いている。
それはレミアだけではなかった。この場の全員が絶句している。
それもそのはず。光の下級魔法を使えるものは多くはないが少ないというほどでもない。
だが傷を癒すことのできる中級魔法、ヒールを使えるものは、人間族において、1人しかいないはずだった。そう、セレナだ。光のエレメントは闇と同様にほかのエレメントと比べると、その希少さは群を抜いているらしい。精霊王と契約を交わしている天使や堕天使以外のものが、中級以上の精霊に気に入られることなど、光と闇のエレメントではまずありえないとのことだ。
それだけにセレナが契約できたことは最早奇跡に近いほどの確率なのである。
だがそんな希少な魔法をおれはいともたやすく、契約すらしていない状態で使ってしまったのだから、この場の全員が驚くのも無理はないというものだ。
しかし、そんなことはおれにとっては限りなくどうでもいい。
「悪いな、レミア。こっからはおれ1人でやる。おい……下衆野郎。 覚悟はいいか?」
おれは静かに告げる。
だがおれの身体からは先ほどの2人とは比べ物にならないほどの魔力があふれていた。
そして異常なまでの殺気が、アルキアとその後ろの騎士たちを恐怖させた。
「な……んだ……この、膨大な魔力は。それに、息苦しくなるほどの威圧感……。身体を震えさせるほどの殺気……。君は、いったい何者だ?」
アルキアが怯える身体から何とか声を絞り出す。
しかしそんなことを応えてやる義理はない。
「おれのことはどうでもいい! それよりこっちの質問に答えろよ。覚悟はいいかって聞いている。あんたはおれが一番許せないことをした。はっきりいって今すぐ殺してやりたいくらいだ。さっさと答えろよ!」
おれの声が徐々に強くなると同時に、溢れ出す魔力がさらに勢いを増す。
最早おれの魔力に当てられ、耐えられず倒れこむ騎士たちすら出てきた。
「くっ! ……一閃!」
アルキアは覚悟を決めたように、なんとか先ほど同様、縦に大剣を振りおろし、斬撃を放つ。
おれはそれを片手で受け止め、そのまま握りつぶす。
その光景に、ありえない、といった表情をしてアルキアは後ずさる。そしてそんな表情から一転、今度は驚愕により顔から血の気が引いたように真っ青になった。
おれは斬撃を握りつぶすと同時にアルキアへと驚異的スピードで詰めより、懐に入り込み、そして、下から顎へとアッパーを繰り出す。
「ぐはっ!」
アルキアはうめき声をあげて上空へと舞い上がった。
おれとアルキアに体重差は目測で倍くらいはあるだろう。しかし魔力によって極限までで高められた身体能力では同等程度の相手でなければ、そんなものはあってないようなものだ。
おれはすかさずジャンプで追いかけ、追い越したところで下の騎士たちに向けてアルキアを打ち落とした。
アルキアの衝突によって騎士たちの何人かもダメージを負う。しかしさすがもとは300人。
まだ倒れていないやつ結構いる。
「面倒だなぁ。これで終わりにしてやるぜ! ファイアーボール!」
おれは上空から落下しながら、騎士たちに向けてやたらでかいファイアーボールを放った。
そしてそれは着弾と共に爆発し、激しい火柱を建てて残りの騎士たちを一掃した。
もちろん殺さないように手加減はした。仮にも国を守る騎士団だ。これくらいでは死なないだろう。
おれは静かに着地し、立っているものがいないか確認する。
結果は全滅。おれは、一切の反撃を許さないまま、300人の戦士隊達を一掃した。
ん~最強すぎる。呆気ない幕引き。まぁまだ戦いはこれからですけどね。
しかし今後もたぶん呆気ない戦いが続きそうです。
何とか工夫してドキドキ感を出していきたいと思います。