プロローグ 女神と婚約
こんな女神様がいたら彼女にしたい!
「いやぁぁ、変態! 触らないで! もう知らない! さよなら!」
そう言っておれの彼女……いや、すでに元カノとなった女に見事な張り手を喰らい、冷たいコンクリートへとアツい口づけをするようにして激突していた。
「な、なんでだ……。なんでいつも失敗する」
おれはなぜあそこまで拒絶されたのか理解できなかった。
おれはただ自分の彼女にキスを迫っただけだ。
それまでの雰囲気だって悪くなかったはずだ!
だが結果はこの通り。したくもないコンクリートとキスする羽目になってしまった。
「うう、おれの何がいけないんだ! おれはこんなにも世の中の女を愛しているというのに!」
そうだ! おれは女の子が大好きだ! 女性は世界の宝だ! 故に愛さなければならない!
そして男たるもの女性は守るべきものだ!
今の世の男どもは女性という生き物がどれほど素晴らしいのかまるで分っていない。
何の考えもなしに女性を抱き、あまつさせ子供まで作っておきながら平気で浮気をし、離婚し、子供を押し付ける。
さらにはDVなどという信じられないことまでする輩がいるのだ。そんな輩は死ねばいい!
おれは、すべての女性を愛している。もちろん日本では複数の女性と結婚することはできない。それは理解しているし、恋人がいる状況で浮気する気もない。一夫多妻制なら別だが。
だけど身近に困っている女性がいるならば、例え恋人との関係が危うくなることだとしても、おれは迷わず手を差し伸べる。それがおれの誇りだからだ。
故に先ほど非道な言葉で見事に振ってくれた女であっても今にも泣きだしそうな顔で困っていれば助けるのだ。
「はぁはぁ、み、みくちゃん。あ、あの男とは別れたんだろう? 見てたんだよ。
だ、だから今度はおれと付き合ってくれよぉ。はぁはぁ、大切にするからさぁ」
「い……いや。こ、こないで!」
どうやらおれの元カノは変態ストーカー野郎に言い寄られているらしい。
ストーカー野郎はいかにも血走った目つきと荒い息使いだ。
下衆が! 嫌がってる女に無理やり迫ってんじゃねぇよ!
おれは迷わずストーカー野郎の顔面にとび蹴りを喰らわせた。
おれは一応剣道、柔道、空手に合気道の初段をもっている。さらには実戦剣術すらもかじっている。
なぜそんなに持っているのかって? 当然女にモテるためだ。
だからこんなストーカー野郎なら恐れるに足らん……と思っていたんだが、世の中そんな甘くなかった。
「な、なにするんだきさまぁ! ふられたんだろ! いまさらでしゃばってくるなよぉぉ!」
「だまれ下衆野郎! 女が嫌がってるのに見過ごせるわけねぇだろ! このストーカー野郎が!」
おれは全身から怒りを放つように言ってやった。
おれははっきり言って女に害を及ぼす男など死んだ方がましだと思っている。
まして女のためなら人殺しだってできるかもしれないくらいだ。
だがまさかこんないかにも運動不足そうなストーカー野郎なんかに自分が殺される羽目になるとは予想できなかった。
「うううう、うるさい! だまれだまれだまれぇぇ! 僕は誰よりもみくちゃんを愛しているだぁぁ! ストーカーなんかじゃないんだぁぁぁ!」
ストーカー野郎は発狂しながら懐から物騒なものを取出しそしておれの胸へと突き刺す。
「がはっ! ……は?」
おいおいウソだろ? なんでいきなり包丁なんか持ち出してんの? しかも刺さってんじゃん!
ありえないでしょ? ってかこれやばくね? 絶対死ぬじゃん! なんかほら、血とかあふれてるし。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ! ぼ、ぼくのせいじゃないぞ! お、お前が悪いんだからなぁぁぁ……」
ストーカー野郎はそう叫んでその場を走り出し、逃げた。
ふ、ふざけんな! 逃げてんじゃねぇよ。どうすんだこれ?
「あ、あっくん! しっかり! いま救急車呼ぶから! だから死なないで」
元カノが泣き出しそうな表情でおれに呼びかけている。
ああ。やっぱおれ死にそうなのかな? なんかもう感覚ねぇからわかんねぇや。
ってかそんな泣きそうな顔するなよ。
泣いてほしくないから……、守りたいから身体張って助けたのに……。
結局守れなかったなぁ、おれ。
弱いなぁ。なにが初段だよ。なにが実戦剣術だよ。何の役にも立ってねぇじゃん。
ああ、生まれ変わったら今度はちゃんとすべての女の子を守れるような、幸せにできるような男になりてぇな。
ああ、でもせめて童貞は卒業したかったなぁ。
それ以前にキスもできなかったし。はは……。
「あっくん! 目を開けてよぉ!」
そしておれの意識はここで途絶えた。
……はずだったのだが。
「……さま。……きと様。……彰人様」
だれだ? 誰かがおれの名前を呼んでる。
ちなみにおれの名前は八島彰人。高校二年だ。
え? 死んでから自己紹介すんなよって? まぁ気にすんなよ。それにおれの物語はここからが本番だしな。
おれはゆっくりと目を開けた。
「……どこだここ?」
視界には何もなかった。ほんとに何もなかった。しいて言えば星の見えない宇宙空間みたいな場所だ。
「彰人様!」
不意に後ろからおれを呼ぶ声が聞こえる。
とりあえず振り向いた。そして声の主を見ておれは今までない、絶大な衝撃を受ける。
結論から言うと声の主は美少女だった。それはもう絶世と表現するのがふさわしいと思えるほどの美人だった。
透き通った水色の髪に白い肌。大きすぎず、小さすぎずの絶妙な胸の膨らみに、すらっと長い脚。
声からして女性だとは分かったがまさかこんな美少女とは。
はっきり言ってど真ん中だ。今すぐにでも口説くべきだろう。
だがおれはあえて我慢した。もちろんいきなり口説いて嫌われたくないと思ったのも事実だが、それ以前に自分がいまどういう状況なのかを考える方が先だと思ったからだ。
おれは死んだはずだよな?
「はい。彰人様は残念ながら先ほどお亡くなりになりました」
「は? あれ? おれ今声に出してた?」
おれは目の前の美少女に心を読まれたのかと思い、おもわずそう口にする。
「いいえ。ですがここは私の世界ですので。何を考えているのかは簡単にわかります」
「はい? わたくしのって……お姉さんって何もの?」
「まぁ。お姉さんだなんて。私はこれでも彰人様と歳はかわらないですよ。
それと申し遅れました。私、この世界で女神をしておりますミルフィーユと申します。ミルフィとお呼びください、彰人様」
は? いまなんて言った? 女神? いやいやありえないでしょ。いやたしかに女神みたいな美少女だけども。
「まぁ、彰人様ったら。そんなに煽てないでください。ますます好きになってしまいます」
なにやら美少女が顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
か、かわいい! やばい! かわいすぎるぞぉ!
「あ、あのさ。ここってどこなの?」
おれは今にも目の前の美少女に抱きつきたい衝動を必死に抑え、聞く。
「はっ! も、申し訳ありません。私としたことがちゃんと説明もせずに。
ここは簡単に言えば天国へ行く途中の世界といいますか。いえ普通は皆さんここへは来ないんですが」
「ん? じゃぁなんでおれだけここに来たわけ?」
まさかおれは天国行きじゃないから途中で降ろされた的な?
「い、いえ! 彰人様は文句なく天国行きです。なにせ女の子をストーカーから守ったんですから」
ああ、そういえばそうだったな。
「ちなみにあのストーカーは先ほど地獄に落ちましたよ」
は? 地獄に落ちた?
「ええと……どうゆうこと?」
「もちろん、お亡くなりになって地獄行きになったということです。当然ですよ。なにせ彰人様を殺してくれちゃいましたからね。あんな人死んで当然です」
は、ははははは。そうか! あの下衆野郎死んだのか! ざまぁみろ!
おれは心の中で笑いが止まらなかった。当然だ。おれもあんな下衆野郎なんか死んだ方がいいと思っているんだから。
ん? でもなんで死んだんだ? あいつたしかおれをさして逃げたはずだよな? 警察に追い詰められて自殺でもしたのか?
「いいえ。自殺ではありませんよ、彰人様。まぁ自分で死んでしまったのは事実ですが」
再び女神、いやミルフィがおれの心を読んで疑問に答えてくれる。
「あのストーカーは彰人様を刺した後、逃走中に血だらけの包丁を隠すため懐にしまおうとしたところ、転がっていた空き缶につまずいて、そのまま前のめりに倒れ、持っていた包丁で自分の胸に突き刺さしてしまったのですよ。うふふ、なんとも馬鹿な話ですよね」
ミルフィはクスクスとなんとも可愛らしく笑う。
おれはというと、ストーカーの死に方を聞いて最早堪えきれなくなり、大爆笑していた。
ぷっ、あっはっはっはっは。なんだそれ。馬鹿だろ? くくく、マジありえないですけど!
だがここでミルフィがここでかわいい口調のままとんでもないことを口にした。
「クスクス。まぁその空き缶をストーカーの足元に転がしたのは私なんですけどね、てへ」
はははは、……はは……は。はぁ!?
「え? いまなんていったの?」
おれは聞き間違いではないかと問いかける
「ですから、私なんです。空き缶を転がしたの。ここからこう、ちょちょいとって感じで。あ、でも彰人様。勘違いして私のこと嫌いにならないでくださいね。確かに転がしたのは私ですけど、あくまで死んでしまったのは本人の自己責任ですよ。私は空き缶を転がしただけです」
こ、こえぇぇぇ! この女神様怖すぎる! こんな美少女なのに。
いやまぁ、天罰と考えればまぁ問題ないのか? どのみち死んで当然の野郎だしな。うん。
「では話を戻しましょうか。なぜ彰人様がここにいるのかといいますと、私が無理やり天国行きのエレベーターから引きずりおろしたといいますか……」
ミルフィは話を戻したが、さっきまでの爽快な口調とは違い、いきなり語尾が下がり始める、って。
「は、はぁ!」
天国ってエレベーターで行くの? いやいやその前に無理やり引きずり下ろしたって……。
「ええと、理由は?」
そう聞いたおれだったが目の前の女神、ミルフィはボンっと爆発でもしそうなほど赤面している。
なんで照れているのかわからんが、しかしかわいすぎる。
そしてしばらくそんな愛らしい表情を眺めていると、ミルフィは意を決したように顔を上げ、信じられないことを言う。
「そ、その私、あ、彰人様に一目惚れしました! つ、つきましては、私とけ、結婚していただきたいのですが」
…………ええぇぇぇ! まじで? なにこれドッキリ? こんな美少女がいきなりプロポーズ?
やばいやばいやばい! どうする? いや迷う必要ないだろ。
いやだが、おれはまだ女性経験がない。できればいろんな人と経験を積んでおきたいのだが。
いやしかし、いまは死んだ身。それはもはや叶わぬ願いだろう。
ああくそ! やっぱ生きてるうちに卒業しとけばよかったぁ!
おれがそんなこんな考えていると心を読んだミルフィがそれなら問題ありませんと口をはさむ。
「私、ずっと彰人様を見てきました。だから彰人様がどんな性格なのかわかっているつもりです。
ですので私だけを愛して欲しいとは言いません。
その代り、と言っては不躾なのですが、彰人様には救ってもらいたい世界があります」
「……どゆこと?」
意味が分からずそう聞き返す。
「つまりですね。彰人様には救ってもらいたい世界、イスディアというのですが、そこに転生してもらい、実際に救ってきてもらいたいのです。私との結婚はそのあとで構いません。もちろん現地で女性と仲良くしてもらっても子供を作ってもらっても構いません。むしろその方が早くイスディアを救えるかもしれません。あっでもちゃんと私も愛してくださいね?」
なぜか上目遣いで涙目になるミルフィ。
く! かわいい! それに今の言葉が本当なら最早断る理由はないだろう。
それならと、おれは即決した。
「よしミルフィ。結婚しよう! いやぜひ結婚してくれ」
おれはミルフィの手を取って答える。
当然だ。嫁から浮気が許されたのだ。もちろんミルフィも愛するさ。だがおれはすべての女性を愛しているのだ。故に、ミルフィが出した条件はおれにとって最高だ。
本来、最早女性を抱くことができないと思っていたのだ。
それが目の前の美少女をはじめ、転生先でも抱けるとあってはおれにとっては願ったり叶ったりだ。
「まぁ、彰人様ったら」
ミルフィはまたも赤面する。
「それで具体的には何をすればいいんだ?」
「彰人様の好きにしてくださって構いませんわ。私は彰人様が彰人様のままいれば、それでイスディアは救われ、幸せな世界へと変わってくれると信じています」
ミルフィはどこからそんな自信が来るのか。本気でおれを信じている眼差しだ。
ああ、しあわせ。
いや、だがさすがにおれ一人がどう頑張ったってそこまでのことは起きないと思うけど。
「ちなみにどうゆう世界なの?」
「簡単に言うと魔法が存在する世界ですね。そして今そこはあらゆる種族間で争いが起きようとしています。もちろん争いは種族間だけではありません。その世界は強いものが実権を握っている世界です。彰人様にはこの状況を変えてきてもらいたいのです」
あちゃぁ、それはちょっときついわぁ。
「ええっと、ごめん。無理だわ。おれ弱いし……」
「そこは心配しなくても大丈夫です。彰人様は向こうでは最強ということで転生してもらいますので」
え? まじ?
「でも、おれ魔法とか使ったことないよ?」
「それも問題ありません。彰人様が望めばどんな上級魔法だろうと問題なく使えるようになっていますし、体術や剣術だって敵はいませんよ。」
なるほど。それはすごいな。それなら問題ないか。
「でもそんなことできるんならミルフィが直接変えればいいんじゃない? 仮にも女神なんだし」
「それはできません。私は直接世界に干渉することはできないのです。
リセットすることならできますが。
しかしイスディアはすでにできてから5千年ほど経っておりまして、私は先代の女神から管理を譲り受けたにすぎないんです。
ですのでリセットするよりもできれば中から変わってもらいたいと思っています」
そうなのか。まぁ女神にもいろいろあるんだな。
「よし! わかった。行くよ」
「いいのですか?」
「ああ。それにミルフィみたいな美少女に助けを求められておれが断るわけないだろ?
仮にも婚約者だしな」
「はう! かっこいいです、彰人様」
どうも臭いセリフだったがミルフィには効果てきめんだったようだ。
「それでは、彰人様。イスディアをよろしくお願いします。それと彰人様は転生後も私との会話が可能ですので、必要なときは頭の中で呼んでくだされば、私の手が空いているときにはお返事いたします」
「おうわかったぜ。まかせろ!」
そう返事をしミルフィが何かを呟きおれは転生先へと跳んだ。
こうしておれの新たな人生。ハーレムな物語は幕を上げる。