いたって女子!
友人から『おっさん』認定を受けてしまった北都。
そんなつもりはなくてもそんな風になってしまっているのはちょっとショックだったらしい。
気がついたら苦手としている矢倉と一緒のベッドで……
「だから『おっさん』なんだって」
会社の同僚同士での飲み会に珍しく参加してみたものの、気がつけばいつもの奴が目の前に陣取っていていてそうのたまった。
「どぅわぁぁぁれが、おっさんだって!?」
「北都が」
即答かよ!
がっくりとうなだれた自分がその言葉を肯定しているようで嫌だった。
けれど誰が『おっさん』かといえば、テーブルに並んでいる空ジョッキの数とそれをものともせず店員に数杯単位で追加オーダーしまくってビールジョッキ片手にぐびぐびと水のごとく飲み干していく、見た目だけなら制服アイドルよりももっと可愛く華奢な真帆、あんたにだけはいわれたくはない。
「私のどこがおっさんなんですかね?」
「そりゃもう、すべて? だいたいこんな席に来て、男を見向きもせずに食べ物三昧っていうところなんて、もう涙ぐましく感じるくらい? 飲み屋になにしに来てんだか。 それに男漁れとはいわないけれど、もう少し華があってもいいんじゃない?」
「べっ……別に、男なんてどうでもいいし。 私はこういう雰囲気が好きなだけであって、あんたとだって一緒に飲みに行くけど私はほとんど飲まないでしょーよ」
「はいはい。 だいたい、今日だって飲み会あるってわかっているのにその恰好じゃねえ」
大仰にため息をつかれた私のその恰好っていうのは、真っ白い綿シャツに中は紫色のタンクトップ、すこしだけ折り曲げたジーンズに素足ではくスニーカー、そして絹糸と銀細工でつくられたネックレス。 いたってシンプルだけれど、嫌みではないと思っている。
いったいこの恰好のどこが悪いんだ?
「あのね。 悪くはないの悪くは。 はっきり言ってヅカみたくカッコいいわよ。 でもね? それじゃあ『男なんていりません』オーラがでまくってるってことをいい加減気付いたら?」
「いやいやいやいや。 別にそんなオーラなんて出していないし!」
「話、盛り上がってるね?」
ビール瓶を片手で持って、まるで世話女房みたく同期の女子のみに注ぎまくっていた同期イケメンナンバーワンの矢蔵 タカトがやってきた。
そんなことするから余計に女子からモテんだよ。
実は、私はこいつが苦手。
絶対自分がカッコイイっていうことを自覚している、そんな立ち居振る舞いをしているから、どうにも私の性に合わないんだよね。
「そういやさっき、叫んでたよね。 『だれがおっさんだー』って?」
にこやかにそういうセリフを吐かんでくれ。
矢蔵がおっさんだって叫んでるわけじゃないんだし。
その間にも奴は真帆の手にある空ジョッキにビールを継ぎ足している。
おいおい真帆さん。 そろそろいつもの許容量を超えてしまうよ?
「聞こえちゃった? だってねー、北都ったらどう見てもやることなすこと、ついでに口のきき方もおっさんでしょ? その自覚なくてねー、困ってんの」
誰が困ってるって?ってか誰も困ってなんかねーよ!
だいたい服装や飲み会での喰い放題はおっさん枠にはいるのか? はいらんだろう。
……まあ、口のきき方はその通りだけれどさっ。
それでもちょっとだけ思い当たる節があって、目線を隠すようにウーロンハイをぐびっと飲んだ。
「へええ? 御崎さんって、おっさんだったんだ?」
「ちがうしっ! それにおっさんの定義、おかしいわっ!」
「おかしくなんてないよーだ! 北都がわからんちんなんだー! だいたい『御崎』だからおっさんであってるじゃーん。 あ、『矢蔵』くんはやっさんだねー。 おやじ仲間だねっ!」
けたけたけたけたけた
真帆がとうとうぶっ壊れた。
そのままはしゃぐだけははしゃぎまくり、とうとう電池が切れたようにテーブルに突っ伏したし。
いつもなら自分のキャパを分かっているからそれに合わせて飲んでいるくせに。
何かあったのか知らんが、それを忘れて飲んでるなんて、珍しい。
「あー? 河野さん、大丈夫かな?」
「だめでしょ。これは壊れたでしょ」
あんたが余分に継ぐからだ!とか思いながらも、わかっているのに飲んだのは真帆なんだから、これは真帆自身の責任だしな。
こういうのが真帆の言う「おっさん」に該当するのだろう。
「河野さんって、お酒に強い人じゃなかったっけ?」
最後に留めを刺したのを気にしたのか、矢蔵が不安げに覗き込む。
くーくーと気持ちよさげに寝ている真帆は『護ってあげたい』キャラに大変身。
実際中身を知らない男どもは真帆に言いよってくるらしいが、同期に限ってそれはない。
入社時に嫌というほど真帆の根性を見せつけられているので、遠くから眺めて眼福していればいいそうだ。
そんなもんなんかね?
男心っていうのはわからん。
「強いほうかな? でも今日はほら、目の前のジョッキの数、みて?」
「……え? これって二人で飲んだ分だろ?」
「わたしのは今持っているウーロンハイだけ。 あとはみーんな真帆が飲み干しましたねえ」
「すごいな……」
飲み放題の店じゃないと真帆はきっと簡単に破産するよ。
そのくらい何時もがぶ飲みしてるからね。
「えーっとさ。 こうなったのは俺のせいだし、河野さんをタクシーで送っていくわ」
げ? まさかのお持ち帰り??
今なら真帆、なんでもされ放題っぽいし。
そんなげひた考えが眉間に皺になって出たようで、あわてて矢蔵は取り繕いだした。
「もちろん、御崎さんも一緒にさ。 そのほうが安心だろ?」
やっぱ見抜かれていたか。
でもまあその通りなので、云々とうなづきながら幹事に会費を二人分渡して、矢蔵と一緒に真帆を抱えながらタクシーを捕まえた。
でもよく考えたら、私一人でもよかったんじゃね?
真帆を無事送り届けて、そこからそのまま近くの駅までタクシーで行った。
まだちょっと飲み足りなかったのか、矢蔵が駅前の飲み屋に誘ってきた。
「たまには俺と一緒に飲まない?」
「ご遠慮します」
「ってか、付き合って? 俺、飲み足りないから」
そういいながら強引に近くの居酒屋に押し込まれた。
苦手な相手と飲むことになるとは、『飲む』ということを侮辱してないか?
アルコールは気のいい仲間と一緒に騒ぐためにないのか?
ちびちびとカルピスハイを飲みながら真横に座って辛口の日本酒に口をつけている矢蔵をみると、やっぱりイケメンといわれるだけあって、人差し指を顎から鼻の頭にかけて差すと絶対口がつかないという美しい顔の定義そのままの端正な顔だちをしている。
「俺の顔って何か変?」
こちらを見向きもせずに日本酒をこぼさないように上手く飲んで、それでもこちらの動向を探っているのは恐ろしい限りだな。
「いや? 漫画みたいに綺麗な横顔だなって思って眺めてる」
「漫画って! ……そんな風に言われたことはないな。 褒め言葉、ありがとう」
苦笑いしながら、矢蔵はそれでも褒め言葉を言われ慣れているんだろうなと思う程度には素直に自分のツラを認めているという事実を気付いていないのか?
「ふふふ。 うそつきだねえ」
最後の一敵まで無理やりに飲み干して、さっさと引き上げようと立ち上がったとたん。
がたっ
椅子に手をついて急速に冷えていく身体を気持ち悪く思いながら支えたが、段々と目の前が真っ暗になっていくのがわかった。
あれ? おかしいな。
目の前が真っ暗になっていく。
そしてそのまま北都は意識を失った。
*********
「だぁぁれが、おっさんだーっ!」
「うん、違ったね」
ええっ?
なんでここで矢蔵の声が……。
寝言で叫んだのは仕方がないにしても、なぜに矢蔵が即答を?
じんわりと温かい体温と手のひらのしっとりとした感触に、眠っていた身体と意識が一気に覚醒しましたとも!
「おはよう、北都」
朝の陽ざしの中、さわやかにほほ笑む姿がまっぱだとは誰も気がつかないでしょうが、シーツに一緒にくるまれている身としては気付かずにはいられません。
ってか、どうしてここに矢蔵がいる?
「あれ? 覚えてないの?」
「……なにを?」
「覚えてないのに、やたら冷静だな」
冷静? 冷静なのか私は。
だっていまさら驚いても、事実は目の前に突きつけられているからどうしようもないじゃんね。
それにきゃーだとかわーだとかは性にあわないし。
それとも、イケメン矢蔵とやったことを喜べばいいのか?
「ここはどういうリアクションが普通なんだろう」
「そういうこと言う時点で、河野さんがいう『おっさん』なんじゃないの?」
でもホントはちゃんといい女だけどね、と軽くキスを落とされた。
困った。
切実に困った。
どうして私は苦手な相手とこんなことになってるんだ?
「まあ覚えてないのも無理はないんだろうけどね。 昨日飲みすぎで倒れた後、救急に駆け込んだんだけど途中で意識が戻ったんだよね。 でもふらふらしているし一応病院にいって手当してもらって……ってこのあたりは覚えてる?」
そういわれると段々となんとなく思い出してきた。
たしかそのあと家に帰るとごねて、矢蔵に送ってもらったんだった。
「そうそう。 それで送り狼はさすがにやばいから素直に帰ろうとしたのに、北都が引き留めたんだよ。 『おっさんじゃない、おっさんじゃない。 証明してやるーっ!』っていってね。 俺に無理やりキスをしたし。」
……言いましたっけ? そんでもってしましたっけ?
「さすがに好きな子から誘われたら、いくら純朴な俺でも乗っかってもいいかなー、なんてね」
喰わしていただきました、と悪びれずいう男のどこが純朴なんだ?!
って?
あれ? あれあれ??
今、聞き捨てそうになった台詞がありましたが?
「北都ってぜんっぜん俺のこと気にもかけてくれてないでしょ」
「うっ」
「俺ずっと、入社式の時から北都しか見ていないのに、北都はまったく俺なんて眼中になくてさ」
いや……眼中にないっていうか、どっちかというと避けていたい部類だったり?
「北都は男を寄せ付けない雰囲気があったから、他の社員も手をだしてこなくて、それは助かったんだけど」
「なんですかそれはいったい?!」
「ほら、俺がおとす前に北都に悪い虫がついたら腹が立つってもんだしね」
「北都は自分の魅力がまるでわかってないからね」と私の顎をなぞりながら上がって行った指がゆっくりと耳を持て遊ぶ。
感じない、といったら嘘になる。
ほてってくる顔、なぞられるたびにびくつく身体は正直だ。
「こんなに可愛いのに『おっさん』はないよね」
「……可愛い?」
そんな単語は人生24年の間に言われたことはついぞないぞ?
「北都は可愛いよ」
「ちょっとまて。 さっきから気になってたんだけどどうして名前で呼んでんだ?」
「北都がそう呼べっていったんだけど?」
なんなら詳しくその時のことをいってやろうか? いやそれとも実践を交えて?
矢蔵のいやらしく光る眼がそういっているように見える。
「まあでもこれで、北都は俺のもんだし?」
「ちょっとまて。 どうしてやっただけで俺物扱いされないといけないんだ!」
「なーにいってるの? 俺が付き合ってっていったら否定しなかったでしょ」
そ……それってもしかして、昨日の居酒屋に行くときの話じゃ……。
「まさか、俺のこと遊びだったのか?」
「え……? 遊びとかそういう問題じゃないんだけど……?」
「じゃあ問題ないよね! これから末永くよろしく!」
そういって覆いかぶさってきた矢蔵を、私ははねのけることなく受け入れてしまった。
なんだ。
結局私も矢蔵のことが好きだったんだ。
身体を合わせても嫌じゃないっていうことはそういうことなんだろう。
身体から始まる恋だなんて、そんなもの他人事なら一笑だ。
けれど自分が体験してしまうと、それもまた恋なんだろう。
真横で気持ちよさげに眠っている矢蔵の胸に頭を預けながら、いきなり始まった恋にくすりと笑って満足げに身体をしならせた北都だった。
短編掲載日:2011年 04月27日 23時04分




