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昔を思い出してくれたなら。

☆☆春隣豆吉さまとトムトムさまの共同企画である『皆で初恋ショコラ』企画にこっそりこっそりこっそーり参加させていただきました。但し糖度ゼロどころかマイナス100☆☆

 ―――――あ、『初恋ショコラ』。


 それは公共料金の支払いに入ったコンビニエンスストアのスイーツの棚にちょこんと置かれていた、今一番有名で手に入らないケーキだった。



 今日の夕食はなんにしよう。

 買い物帰りの夕暮れ。千佳子は片手にエコバッグ、もう片方にはコンビニのビニール袋を持って家に帰る。

 そろそろ夜も寒いし、お鍋もいいかな。

 でもお鍋にするとあの人と食事を一緒に取らないといけない。

 ……それは、嫌だな。

 千佳子は嫌悪に顔を歪める。


 千佳子は一緒に食卓を囲んだ時の、あの人の食べ方が嫌いだった。

 昔はそんなにひどくはなかったと思うのに。

 歳をとるとともにだんだんと雑になるのか、いろいろなことが目についてくる。

 口を閉じて食べないこと、肘をついて食べること、口に食べ物をいれたとたんに顔をあっちこっちにむけること、それに最後の一口をお皿からすすること。

 一緒に食べて楽しいわけがない。

 気になりだしたら駄目だった。

 またか、またかと目で追いながら自分を不愉快な気持ちにさせていった。

 助かったことに、あの人は残業が多い。

 あの人の親と同居しているため、食事の時間は決まっているために残業が入ると一緒に夕食をとることはない。うんざりする同居生活だが、そのおかげであの人と食事をとらなくてすむのは助かった。

 昔はあの人と一緒に食事をとることがとても好きだったのに、いったいいつから嫌になったのか。

 千佳子は自問する。

 結婚して二十五年。同居して二十五年。

 結婚当初は同居していても敷地内の離れに住んでいたから母屋に行くのは食事の時だけで、ほとんど二人の時間を過ごすことができた。

 甘い甘い時間を楽しめた――――それこそ手に持っているショコラのように。

 そしてその甘さに現実が飛び込んできたのは子供を授かってからだ。

 同居しているという甘えがあの人を駄目な父親にしたのか、それとも頑張りすぎた千佳子が駄目だったのかはわからない。

 あの人は子育てにかかわろうとしなかった。

 今の若い人たちには考えられないだろう、熱を出しても病院に連れて行ったこともなければ、お遊戯会、運動会、授業参観だからといって会社をわざわざ休むこともしなければ、土曜日にあったとしても観にもこなくて自分の趣味の釣りに早朝から出かけてしまうような人だった。

 子供たちが反抗期になっても一切子育てにかかわろうとせず、子供が反抗的なのは千佳子のせいだとばかりに不機嫌になってそっぽを向く。

 修学旅行に行って土産を買ってこなければ、お前の躾が悪いと平気でなじる。

 程度の低い私立の高校に行けなくて金銭面で苦労をすれば、俺の稼ぎが悪いのかと罵倒される。

 ―――――だんだんと愛が冷めても仕方がないとは思えないのか。

 そうこうしている間にも、あの人の親は弱っていって、介護が必要になっていく。

 子供たちもそろそろ親の目がなくてもなんとかなる年齢だったのが幸いして、千佳子は家族の中で一人母屋で介護をするために暮らし始めることにした。

 誰の親だといえば、あの人の親だ。千佳子の血縁ではまったくない。

 それでも一生連れ添うと誓った人の親だからこそ、嫌な排泄処理も徘徊する親を探すのも、子育てよりも大変な思いをしながらでもこなした。

 その間、あの人は手伝おうと一言もいったことがない。

 反抗的だった子どもたちのほうがよほど千佳子を心配した。

 子どもたちが時折買ってきてくれるお菓子が、千佳子の唯一の慰めになった。

 それは本来であればあの人がすべきだというのに。

 その子供たちも大きくなって独立し、家はだんだんと広く空虚に感じるようになる。

 千佳子はそれがまるで自分の心のようだと思った。

 あの人は相変わらず残業続きで家のことを顧みない。

 千佳子がどう思っているかなんて知ろうともしない。

 義母がとうとう倒れ、帰らぬ人となっても、そのあとを追うようにすぐに義父が亡くなっても、あの人は取り仕切るべき葬儀を取り仕切らず、相続するべき書類を千佳子に丸投げしてこまごまとした処理を一切行わなかった。

 千佳子はそれがとてつもなく悲しかった。


 冷めきった夫婦関係。

 もう布団も一緒に並べない、食事も一緒に取らない夫婦。


 それは本当に夫婦なんだろうか。

 いったいどうしてこうなったのだろうか。

 二人きりの家で、一緒にいても楽しくもなく話すこともなく食事を一緒にとるわけでもない存在。

 いや、それどころかあの人が何かをするたびに不愉快な感情が擡げてくる。

 千佳子はこれからどうしたらいいのか、わからなかった。


 そんな時に流れた『初恋ショコラ』のCMは千佳子の心をえぐった。

 年若いアイドルたちが甘い声で『ケーキとぼくのキス、どっちがすき?』と語り掛けるのだ。そのアイドルのうちの一人が若かりし頃のあの人に似てなくもなく、千佳子は30秒という短いCMを観終わった後、涙を流した。



 手に入れた『初恋ショコラ』を冷蔵庫にしまう。

 今日の夕食のメニューを考えながら、買ってきた食材を並べていく。

 二人とも歳をとって、食べる量も昔に比べたら段違いに少なくなった。けれど、品数を減らすことはない。それは千佳子にしれみれば、専業主婦としての意地だ。どんなに忙しい時だって、食事だけはきちんとしたものを出してきた。たとえ一緒に取らなくても、だ。

 結局作ったのは昔ながらの和食だ。

 焼きホッケにほうれん草としらすのあえ物、かぼちゃの煮物に玉ねぎとわかめの御みそ汁。

 一つひとつにラップをかけて、最後にメモを置く。

『おかえりなさい、お疲れ様です。冷蔵庫におやつが入っています』

 忙しいあの人が『初恋ショコラ』のCMを見ているかどうかは知らないけれど、フレーズは有名だから知っているかもしれない。

 何も期待はしていないけれど、何か一つでも感じてもらえれば、と千佳子は願う。

 それで何かが変わるわけはないけれど。


 好きで好きで好きで付き合って結婚して。

 子宝にも恵まれて、義両親を見送って。

 あとは人生の終焉まで嫌悪しか感じなくなった人と一緒にいるだけなんて、私の人生はいったい何だったのか。


 初めて恋したあの頃の、少しでもいいからあなたに戻ってもらえたら。


 千佳子は冷蔵庫の中に入れた『初恋ショコラ』に願いを込めた。

 

短編掲載日:2013年 10月20日 22時17分

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