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三年の壁

ありきたりなシュチュエーション(と、自分で言ってみる)


寝取られ女は実は…?

 四年前。

 私は男に振られた。

 大学の後輩で一つ年下の彼は、双方の親に挨拶をした後、自分が勤める会社の一つ年上の女に走った。

 一応婚約期間の出来事だったけれど、私の親は元々気に入っていなかった彼と切れるのなら逆に喜ばしいといってあっさりと彼を見捨てた。

 けれど私はそんなに簡単に彼を捨てることができなかった。

 思い出の品物を段ボールに詰めて、ごみとするまでに随分と時間がかかった……かに思う。

 段ボールをまるごとゴミ袋に入れる時、今度彼氏を作るなら、ぜったい自分だけ見てくれる人にしたいと願った。


 ところが今。

 私は目の前の男に振られようとしている。

 彼の横には妊娠したか判別もできないほど真っ平らなお腹をした、私の親友がいる。

 

 「こういうわけだから、別れてくれ」


 最近なかなか会えないから、彼から『会えないか』と連絡をもらったときから、なんとなく予感はしていた。

 だから待ち合わせ場所も、彼と私の会社の中間地点である馴染みのないカフェを指定して。

 まさか本当にビンゴだなんて、冗談にしても質が悪い。


 「ああそう。分かった。じゃあさようなら」


 ことんとテーブルの上に婚約指輪を箱ごと置いた。

 吾ながら用意周到っていうの?こうゆうのは。

 それともテレビドラマよろしく修羅場をすればいいのかしら。

 彼も親友だった彼女も、私が妙に落ち着くどころか笑いさえ浮かべているのを見て、呆気にとられていた。

 まあね、二度目にもなると達観するっていうか、男なんて信用しなくなるっていうか。

 それも両方とも三年付き合って、婚約してすぐっていったいどうよ。

 今回は前よりたちが悪いよね。

 だって私の親友だった女とやった挙句に、すでに妊娠までさせちゃってるわけだし。

 ばっかじゃない?


 「そんな……ばかじゃないなんて、酷いわ」


 あら。心の中の言葉のはずが漏れてしまったようだわ。

 さめざめ泣きはじめる元親友に、呆れてものが言えないっていうのはこういうのねきっと。


 「あのね、じゃあなに?私にいったいどういってほしいの?知ってるよね、私とこいつが婚約していたっていうのは。でも、それを無視して、したいことして妊娠したんでしょ?それを馬鹿と云わずしてどうするの?」

 「(けい)。そんないいぐさ」

 「ねえ知ってる?婚約してたよね、私たち。婚約していて他に女と関係をもつって浮気っていうんだよ?そしてその浮気相手が妊娠しましたから別れてくださいっていったのはそっちでしょ?それってね、私はあなたとこの人の両方にに慰謝料を請求できるんだってこと、わかってる?婚約不履行っていうのもあるけどね」

 

 わたしの言葉で二人とも顔がみるみる真っ青になっていく。

 まあもうどうでもいい人たちだからというか、どうでもいい以上にかかわりたくない人たちだから相手の体調なんて私が推し量ってやる必要はない。

 

 「まさか……慧、俺たちから慰謝料をとるつもりじゃ……これから金もかかるのに」

 「ほんっと馬鹿。最近はテレビでだってこの程度の情報流してるわよ。それを浮気してるくせに知りもしないでやるだけやって見逃してもらおうっていう考えがガキ。お涙ちょうだいで無罪放免なんて、こっちもやってられないわよ?それとも何?子供が優先だから別れるのは当たり前、慰謝料は育児費にさせてもらって当たり前なんて思ってるわけ?」

 「慧、わたしだってそんなつもりで」

 「あなた、私を名前で呼ばないで頂ける?こんなことをしておいて私とまだ友人でいれるつもりはないでしょう?私は自分の名前を友人以外の他人から呼ばれたくはないのよ、永沢さん。水谷くんも私を名前で呼ばないで頂けません?虫唾が走りますので。

 それとここに入った瞬間からの会話はレコーダーにとってあるから、慰謝料請求を起こさせてもらう時の材料にさせていただきます。じゃあお二方ともさようなら。せいぜい末永くお幸せに?」


 呆然とする二人をそのまま放置して、さっさとカフェを後にした。

 昼間の太陽はまぶしいぜ。

 空を仰ぐと、雨がぽつんと目に入った。

 ああ、コンタクトレンズが流れてしまう。

 急いで建物の陰に隠れてみると、なぜだか雨は私の目に集中して降っているようだった。


 「……瀧上?瀧上じゃないか。どうしたんだ」


 あっちいってよ。どこかの誰か。

 この状況が見て分かんないの?

 どう見ても泣いてる女なんだから、ほっておいて。

 

 「ほっとけるかっての。お前泣いてんじゃん。ちょっとその辺の喫茶店にでもはいるか?」

 「いいってば。ほっとけっての」

 「莫迦。今のお前をほっとけるほど、俺は非道じゃねえ」


 腕を引っ張られて連れて行かれた先は、なぜかカラオケボックスで。

 どこかの誰かはどこかで聞いた声だと思っていたら、会社の同僚の綾瀬だった。

 

 「……落ち着いたか」

 「つか。ほっておいてくれてよかったんだけど」

 「かわいくねえなあ」


 どうせ可愛くないですよ。

 だから二度も婚約した男に振られるわけですよ。

 

 思いだしたら部屋の中だと言うのにまた雨が降り出した。

 いくら二度目で慣れているからって、結婚しようとしていた相手はそれなりに愛していたし、ずっと親友だと思っていた友達からはいつのまにやら寝とられ女にされてしまうなんて、泣きたくなって当然でしょ。


 「うん、そうかそうか。そりゃよかった」

 「……なにがいいのさ。よくないでしょ」

 「そりゃあ、そんな男、いつかまた同じことするに決まってるだろ。今回はたまたま相手が妊娠して大げさになったけど、もし妊娠してなくてそいつと別れていたとしても、またいつか何かの拍子で浮気するタイプだろ。籍入れる前に別れて、よかったじゃないか。軽傷ですんで、もっけのさいわい」


 なんじゃそりゃ。

 それにけっこう重症のつもりですが、なにか。

 

 「だからさ、俺にしときなよ。俺ならそんなこと絶対しねえし、瀧上一途だし」

 「は?なんでいきなりそうなるの?」

 「俺、ずっと瀧上しかみてないんだけど……入社式のときから」


 入社式って!

 それってもう六年は前だよ。


 「そ、そ、そんなこと、知らないしっ」

 「知らないのは瀧上だけだ」


 なにそれ、なんの羞恥プレイ?

 社内で知らないのがわたしだけって、いったいぜんたいどういうこと?

 それになんでそこまで真っ赤になって横向くかな。


 「とうわけで、俺と付き合え……(あきら)

 「え。名前……」

 「ああ、お前、まともに名前を読んでもらえないからって『ケイ』で通してるけど、入社式の時ちゃんと『あきら』って自己紹介してただろ?」

 「う……うん、そうなんだけど」

 「もったいないよな、お前らしくていい名前なのに」

 

 あ、落ちた。

 綾瀬の照れてしわが深くなる笑みで。

 私の名をちゃんと覚えているところで。


 「あの?私ついさっき、振られたばかりなんですが。それも婚約者に」

 「うん、知ってる。今聞いたから」

 「それで、今すぐどうのこうのっていうのはごめんこうむりたいところなんですが」

 「まあそうだろうなあ。普段の慧を見てる限りじゃ」

 「そんで、もし本当に私と付き合いたいなら、一つだけ条件があったりするんですが」


 最後の言葉を言い終わらないうちに、がばっと綾瀬が乗り出して、テーブル越しに私に詰め寄ってきた。

 いやだめでしょ、それすると。無料ジュースがこぼれるっちゅうの。無料でももったいないでしょ。お化けがでるでしょ。


 「条件?条件ってなんだ」

 「ええっと。三年半たって、まだ私と結婚したいなら、つきあってもいいかなーなんて?」

 「なんだそれ。なんで三年半かわかんねえけど、じゃあ今すぐ結婚していいんだな?」


 はあっ?だからなんでそうなるの?

 人の話をちゃんと聞け!


 「三年半どころじゃないぞ、俺がお前を想っているのは。入社式からどうやって声をかけようかってずっと思ってたんだ……男がいるってわかって撃沈したけどな。だいたい今までお前に男がいたから声もかけれなかっただけで、いなかったら即掛けるに決まってる状況だった。三年半なんて期間は俺の中ですでに終わってる」

 「いやいやいや。私はまーったく終わってないしっ!つか、お友達からはじめましょー?」

 「恋人から、だろ」


 あ、雨だ。

 なんだか今日はよく雨が降る。

 ぐにゃりと歪んだ視界の中に、優しく笑う綾瀬の顔。


 信じてもいいのかな。信じてもいいんだよね。

 頷く綾瀬に、三年の壁はなさそうだ。


 

 

 

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