ピュア・プリンセス(二)
「いーかげんにしろ」
「あー! 翔之信!」
「翔までにしろと、何度も言ってるだろ!」
目一杯イヤ、という顔を三橋は見せ付けた。
矢面に自分で立たせておいて、苦境の崖っぷちで突き落とされかけている友情の片割れを、三橋翔が放っておけるわけがなかった。
「お前もいちいち格好つけてることないだろ? ガキ相手にマジやってることないの。わかる?」
「そのつもりなかったけど、格好ついてた?」
「メ一杯」
「反省する」
「ちょっと、近寄んないでよっ!」
雅言葉はどこへやら。黒縁眼鏡の前に安摘は立ちはだかって、ぐっと三橋を睨み上げた。
「邪魔するの? 余計なことしたら」
「どっちがだよ。当事者でもないのに、横槍入れてくんじゃないの」
「当事者だもん! あたしのお姉様だもん!」
安摘は燃えるような敵意を発して、視線を騎道に転じた。
「お姉様を傷付ける奴なんか、もっともっと苦しめばいいのだわ!」
「安摘。お止めなさい」
よく通る毅然として一言に、安摘は堅く唇を噛み締めた。
くるっと、踵を返すと真っ直ぐに、香瑠の胸に飛び込んでいった。
「……もういいのよ、安摘……。貴女が悲しむなんて」
「だって、だって……、お姉様がお可哀相。あんなの最低だわ、顔が綺麗なばっかりで。なんにもお姉様のよさがわかんないのよ」
「顔、顔って、こいつのどこが美形だって? 聞かしてもらいたいねっ、ケケッ」
ブッくりながらも、三橋は眼鏡を拾い上げて、騎道に手渡した。
「安摘さん。もうこんなことよしてちょうだい。
謝れるわね」
「ごめんなさーい、お姉様」
「だーれに謝ってんだ? ベロベロバー」
「……相手は中学生だぞ、三橋」
「だってあいつ、またフルネームで呼んでくれてっ。あー、鳥肌が立つ」
あざみ姫は、べっとりと張り付いた安摘の肩を抱いて、こちらに会釈を返してから、ベンツに向かった。
騎道は長めの前髪をちょっとかきあげて、ポツリと漏らした。
「あれで済みそうかな?」
「ヤ! 始まりの序章程度だな」
「あ、そう……」
考えたくない予感に、目の前真っ暗な騎道をつらつら眺め、おもむろに三橋は襟首を鷲掴みにした。
「ところで。
さっきの話しは本当? 嘘付いてたら、俺同じことすっからね。
どう? 吐けっ」
「ちょっと、何カリカリしてるの? 離してやりなさいって」
「だーってろ、彩子。こんな大事なこと、今まで直隠しにしてきて、このヤローなんか友達でもないぜ。
一言でも、言ってくれてりゃ」
「……三橋のことだから、揚げ足取りのネタにしてるわよね」
「当たり前だっ」
更に目の前真っ暗な騎道。そーゆー奴だ、三橋は。
「それじゃ、あたし帰るわ。二度までも、ありがと、騎道君」
「まてい。なんで隠れっぱなしだったんだよ。
彩子の方が、あのガキには気に入られてるじゃんか」
「よして。あの、オネーサマー攻撃は、あたしには鳥肌ものよ。ほんとに助かった。じゃ」
「ちょっと、彩子さん。これなんとかしてよっ」
成り行きの恩人に懇願されては、彩子も無下にはできない。その上、あまりにも恥ずかしすぎる二人だった。
「これとはなんだー、コレとは。ウリウリ」
「ほんとの事なんだから、仕方ないでしょう。
一々三橋に、眼鏡がどうの、断る必要なんかないの。
いい加減、屈折度百八十度で拗ねるのやめたら?」
「なんで彩子が知ってて。お前らそーゆー仲だったのか」
きらいよきらいよっ、て。三橋なりに、拗ねているわけだ。火に油を注いで、彩子もお手上げだ。
「帰る」
「ちょっと待った。飛鷹君」
耳慣れた涼やかな声に、彩子の足は止まった。振り返った彩子の顔色が瞬時に失せた。
「ちょっとした災難だったようだね。僕は彼女は苦手で、騎道君が引き受けてくれて、助かったよ」
「生徒会長のくせに、こそこそ隠れてたってわけか」
「君が立派に納めてくれたようじゃないか。深い友情で」
と、三橋の危ない手元を、少し眺めた。それだけで、秋津静磨は乗り出そうとはしない。賢明な男だった。
「君が忙しいのは承知しているんだが。臨時の実行委員会が召集されることが決まってね。探しましたよ」
会長自らお出でとは、と彩子はひたすら恐縮。
「でも、そんなこと聞いてませんが」
「すぐに放送が入りますよ。今、指示してきたから。
君の下校は素早いと定評でね。どうしても、来てもらいたくて」
で、直々に。深く、彩子は赤面した。
「学園祭の日程が急遽変更になってね。学園長代行の意向なんだが。ちょうど、白楼祭と重なりそうでね。方針も変更の示唆があって」
「方針って?」
「予算も規模も拡大させ、例年にないものを。あの方はまだお若いから采配も斬新で。楽しみですよ。今年は」
はあと、浮かない返事を彩子は返した。
もともと実行委員すら、乗り気ではなかった。彩子は知るよしもないが、裏で三橋が手を回して、賛成多数で可決ざせたのだ。知っていれば、彩子なら唯では済まさないのだが。
「じゃ、行きましょうか」
この秋津静磨なら、学園長代行の意向通り、学園祭を打ち上げることは可能だろう。他校に打ち響く辣腕ぶり。貴公子然とした容姿と態度。全校生徒の憧憬と信頼の的であり、あざみ姫と唯一対等に渡り合える、共に学園のトップであった。
やんわりと促されて、逃げ出す口実も失念し、彩子はおとなしく連行されることに覚悟を決めた。
秋津は、彩子にとって苦手な者の一人だった。強いて上げれば、今のような優しい笑み方。彼女だけには、落ち着いた瞳の中に、何か語り掛けようとする色が見えるようで、強く出れなくなっていた。
「……あいつも敵だ」
「だとしたら、三橋に勝ち目はないな」
騎道若伴は、ひたすらなんにでも冷静な奴であった。そこがおとぼけ野郎と呼ばれる原因でもあるのだが、本人に自覚はない。
「フン。的を得ていすぎて、とても怖い。
しかし山ザルを相手にするほど、会長様は飢えてはおるまい。考えすぎであった」
立ち直りの早さに気後れしながらも、
「そんなものかな。感情なんて、時と場所と場合を、選んだりしないものだろ」
「大丈夫。秋津様は、外れたことはしない方なのよ。
あいつさ。昔っからそうだったぜ。お家の為、一族の為。品行方正守る為には、喜んで自己犠牲する奴さ。
どっかり、家背負っちゃってさ。恥ずかしいぜ」
「お前だってそうだろ?」
三橋も、三橋財閥唯一の次期総領のはずだ。
「うちはいーのよ。藤井や秋津と違って、公家でも武家でもない。今じゃ財閥様って威張っていられるけど、昔は只の商人でさ。
ご領主様付きの御用商人ていうの? それも、強欲成金の金貸しだったわけ。
金はあっても、地位も身分も格式もなくって。さすがに世間体が悪いものだから、しっかり三つとも金で買い上げてさ。やってくれるよな。
所詮、商人は商人。しがみついてる気は、さらさらないね」
笑い飛ばしかねないほど、三橋は『家』を軽々と口にしてしまう。秋津も藤井も、恐らく必死に『家』や『血筋』、『家名』を守っているのだろうに。
三橋にはその気負いがまるでない。気取らない性格は、自身が元は何であるかをよく知っているからだ。
『某あの野郎様』と、三橋が牽制する相手も、家のもつ過去を忘れた人間だった。何しろ元は、世が世であったなら、三橋、秋津、藤井御三家の上に位置する身分。戦国時代以後の初代領主家の血筋を引いているのだと、以前、騎道は三橋に聞かされた。とはいえ、六代目で不運にも没落していた。
それが三橋の恋敵。アメリカに留学中の賀嶋章浩だった。
『地力はあったから、それなりに続いてきたんだが、明治の半ばに馬鹿な奴がいてさ。俺の家に、全部巻き上げられたわけ。
ほんと、世の中わかんないって』
そう他人事のように、三橋は騎道に付け加えたのだ。
「迷惑な話しだぜ? 俺の知らない時代に、いろんなことがあって。
その上に、俺たちは安穏と生まれてるだけなんてさ」
「またそんな言い方。三橋らしくないよ」
不思議なことに、御三家の後継者がこの学園に一同に会していた。決着のついていない、攻防の歴史の末裔が揃ったのだ。
秋津家と、藤井家は古くからの対立状態が続いたままだし、三橋は完全に潰した相手の子孫と、彩子をはさんで張り合っている。
「たまに考えさせられるんだよ。こうもうまい偶然で、あの二人と顔を合わせて、賀嶋まで関わってきて。因縁でもあるんじゃないかって、疑りたくなる……。
この街は、それくらい古いんだよ」
らしくないと、視線が語る騎道に、いつもの笑みを浮かべた。
「ま、少しずつ変わってはいるがな。安摘はあの通り、藤井の家風からは大きく飛び出しているし。俺も古臭いことは御免だ」
「家風からハズレているとしても、完璧に彼女は『お嬢様』だね」
頭の上がりそうにない二人は、笑い声を揃え、肩を叩いて今後の安泰を祈った。古い街の、ニュータイプの姫君に向けて、切実に。
「ま、当面の犠牲者は、お前だけどな。せいぜい気をつけろよ、騎道」
「……三橋、友達だよな?」
「ケッ。調子のいい野郎だな。都合の悪そうな時だけ、それ引っ張り出してくんだから。
そんな子、翔くんは面倒見切れませんよっ」
「……。一体どっちが、だよ……」
漏らす言葉も、三橋には馬耳東風。『友情』が、胸に染み入る初秋であった。
『ピュア・プリンセス 完』
あとがき
お読み頂きまして、ありがとうございました。
うん。お嬢様を書くのも楽しい。笑。特に特に、安摘ちゃんは元気だから可愛いです。くふ。
くだらないことばかりやってますが、今後に大事な内容なのです。大丈夫。広げた風呂敷は全部畳んでいますから。あはは。ほんとか?
この次は、序奏の最後のお話。『異能 サイキック』です。ここからは、ちょーーーっと真面目です。
『戒厳令の君』ほど、赤面しないで入力できる気がします。あはは。経験値を積んだから?
ピュア・プリンセス キャラクター・ガイド
◎登場順です
騎道若伴 二年B組。シリーズの主役。たぶん。おとほけナイト。
三橋 翔 二年B組。騎道の親友。三橋財閥御曹司。
飛鷹彩子 シリーズのメインヒロイン。三橋に告白され続けている。
藤井安摘 中学生。藤井家の三女。自己中、生粋のお嬢様。
藤井香瑠 最上級生。藤井家の次女。日本的な超美少女。
秋津静磨 生徒会会長。藤井家とは敵対する立場だが、学園では穏健派。