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第七話

---ケイト・アダムスの憂鬱---

 月日は流れ、季節は春を迎える。

 盗難事件から2ヶ月が過ぎ、学園は何時もの静けさを取り戻していた。

 面倒臭そうに低空飛行をしていた冬の太陽も、随分と高くまで上昇する努力をし始めた暖かな昼下がり、ケイト達は校舎裏の林で写生をしていた。

 広い林の中で、クラスの半分ぐらいの生徒達が、それぞれ二・三人のグループに分かれて、美術の授業中であるにも関わらず、楽しそうにおしゃべりをしながら絵を描いている。

 モノトーンに塗られた林の中は、まだ上着無しでは肌寒さを感じるものの、初々しい緑に色付き始めた枝から零れる金色の木漏れ日の中で、ケイトとレイチェルは目覚めだした林の風景を描いていた。

 ケイトが眠そうな目で明るい空を見上げ、

「随分と、暖かくなって来たわねぇ、ううぅ……」と、気怠るい気分を変えようと、両手を挙げて伸びをするが、レイチェルの反応が無い。

「レイチェル?」

 不思議に思ったケイトが、少し斜め後ろに座っているレイチェルに振向き、

「あっ」と、目が合った瞬間、レイチェルは悪戯が見付かった子供の様に驚き慌ててケイトから目を逸らした。

「えっ?」

 レイチェルの様子を見て、

「どうかしたの?」と、ケイトが不思議そうに尋ねた。

「あ、いえ……何でも無いのよ……」

 戸惑いながら答えるレイチェルを見て、ケイトはランチタイムの後だと言う事もあり「ははあぁん……レイチェルったら居眠りでもしていたのかしら……」と考え、少し意地悪な笑みを浮かべて、

「分かるわ……暖かくなって来たものねぇ……」と、嫌味ぽく言った。

「ええ、そうね……もうすぐ桜が咲く頃ね……」

 噛み合わない会話に「は?何の話?……」と、ケイトは不思議に思い、

「あ、あの、レイチェル……絵の方は進んでいる?」と、話題を変えた。

「えっ?ええ……」

 心此処に有らずのレイチェルの様子に「可笑しなレイチェル……」と、思いながら、

「どんな感じ……」と、レイチェルのスケッチブックを覗こうとした時、

「見ないで!」と、レイチェルは叫びスケッチブックを胸に抱いて体を縮めた。

「あっ、ご、ごめんなさい……」

 過剰なレイチェルの反応にケイトは驚いて戸惑いながら謝るが、レイチェルは近付く事を拒絶するか様に黙ってスケッチブックを抱いている。

「あの、レイチェル……」

 戸惑いながら声を掛けるケイトに、

「いえ……私の方こそ、大声を出したりして、ごめんなさい……」と、レイチェルが小さな声で謝った。

 何となく流れる気不味い空気の中、再び二人は黙って絵を描き始めた。

 ケイトは、上の空で筆を走らせながら「どうしたの……何かあったの……何時ものレイチェルじゃなかった……」と、レイチェルの事を心配していた。

 そうしている内に、授業の終了を告げるチャイムが鳴って、

「ケイト、教室に戻りましょうか」と、何時ものレイチェルが声を掛けて来た。

「え、ええ……」

 レイチェルの態度に不安な違和感を感じていたケイトだったが、何時もと変わらないレイチェルの笑顔を見て「思い過ごしよね……」と、安心した。

 そして、何時もの様に授業が終わって、何時もの様にレイチェル達と合唱部の練習に向かう。

 ケイトは、何時もの様に楽しく練習しながら「この時間が永遠に続きます様に……」と、願っていた。

 次の日、何時もの日常が始まる。

 平穏に繰り返される日常は、ケイトにとっては決して退屈な日常では無く、レイチェルといる事で、毎日がキラキラと輝いている日常だった。

 午前中の授業が終わりランチタイムに成ると、少女達は銘々にグループを作り出し、ケイトも鞄からランチボックスを取り出しながら、

「メイ、カフェテリアに行く?それとも、お天気も良いし今日は外で頂きましょうか?」と、既にレイナとオリビアを誘っているメイに尋ねた。

「そうね、風も無いし、外で頂きましょうか」

 ケイトは、メイの言葉にレイナとオリビアが頷いたのを見て、

「レイチェル、林の方が良いかしら?」と、隣にいるレイチェルに尋ねた。

 レイチェルは、ランチボックスが入った袋とは別に小さな袋を持ちながら、

「あ、あの……ごめんなさい……私、少し用事があるから……」と、ケイトから目線を逸らして言った。

「えっ?そうなの……」

 ケイトは、レイチェルの態度に違和感を感じながら「何の用事?」と、聞きたかったが「あっ、でも……昨日みたいに……」と、美術の授業を思い出し、聞く事に躊躇った。

「ごめんなさいね」

 戸惑っているケイトに、レイチェルは目を合わせる事無く謝ると、ランチボックスと小さな袋を持って逃げる様に教室を小走りで出て行った。

「どうしたのかしら……」

 レイチェルの態度をオリビアが疑問に思っていると、腕を組んで考えていたメイが、

「そうね、イースターも、終わって……なるほど、次は、創立記念日ね」と、まるで名探偵が事件を解明した時の様に、自信たっぷりに言った。

 ケイトは眉を顰め「何を、突然言い出すんだ?」と、思いながら、

「創立記念日?」と、脇役警部の様にメイに尋ねた。

「ええ、中学舎の創立記念日よ」

「創立記念日が、何か関係あるの?今のレイチェルと?」

「創立記念日の式典では、合唱部のコーラスを披露するのよ」

 回りくどいメイの説明を聞いて「なに勿体付けてんだよ!」と、少し苛付き、その内容の相互関係が理解出来ないケイトが、

「ええ、知っているわ……でも、それが何か?」と、首を傾げて問い返した。

「あら、知らなかったの、ケイト?レイチェルはイースターでコーラスを披露する前にも、一人で練習していたのよ」

「えっ……」

 メイの説明を聞いて「知らなかった……」と、ケイトは驚いて「でも……そうか、レイチェル、がっばっているんだ……」と、納得した。

 随分と上達はしたものの、レイチェルの出来栄えは皆と比べると劣っていた。

「レイチェルたら、頑張屋さんなのね」

 くすっと笑ったレイナに、

「そうね、泣き虫さんだった小学舎の頃と比べると、随分と変わったわね」と、オリビアも微笑んだ。

「レイチェルは気付いたのよ」

「何を?」

「自分が楽しむ為には、まず、皆に迷惑を掛けないって事を」

「メイたら……また、そんな言い方する……」

 レイチェルを気遣うケイトが、眉を顰め、あからさまに不快な表情を浮かべるが、メイは我関せずで、林の方へとずんずんと歩いて行った。

 ケイト達は、他愛の無い話を楽しくしながら林の中でランチを食べていたが、ケイトの心は沈んでいた。

 それは、レイチェルが今此処にいない事も原因の一つではあったが「知らなかった、何時も一緒にいたのに……一人で練習していただなんて……」と、情け無い思いに包まれて「でも、メイは知っていた……」と、悔しい思いが込み上げる。

 上辺は楽しそうに話をしながら「レイチェルの事は、私が一番知っていると思っていたのに……私が一番……なのに……」と、悔しさと虚しさが胸を締め付け、ケイトは嫉妬の様な気分を味わっていた。

 ランチタイムが終わって、ケイト達が教室に戻ると、レイチェルも教室に戻っていた。

 そして、何時もの日常が始まり、何時もと変わらないレイチェルを見て「私ったら……何を考えているのよ……レイチェルは頑張っているのよ。そうよ、詰らない事で悩む事無いじゃない……そうよ、応援してあげなきゃ」と、ケイトは持ち前のポジティブシンキングで気分を切り替えた。

 翌日、今日もレイチェルはランチタイムに一人で出て行った。

 ケイトは、皆とカフェテリアで食事をしながら「レイチェル、がっばっているのね」と、レイチェルの事ばかりを考えていたが、

「あっ!」と、急に何かを思い出し声を上げた。

「えっ?」

「どうしたの?」

 皆がケイトを注目する中、

「午後からのラテン語の授業で、朗読の順番……今日は私だわ……」と、すっかり忘れていていた事に気が付いた。

「あら……もしかして、予習して来なかったの?」

 お気の毒にと言う表情でオリビアが尋ねると、

「ええ……」と、不安な顔でケイトが頷いた。

 ケイトは「ゆっくり飯食ってる場合じゃねぇ!」と、慌てて残っていたツナサンドを口に頬張り、お行儀が悪い事は承知でミルクで一気に流し込み、

「あ、あの、私、先に教室に帰るわ」と、慌ててランチボックスを片付けた。

「がんばってね……」

 メイ達が見送る中、ケイトは小走りでカフェテリアを出て行った。

 急いでいても走る事を許されない環境に「ああ、もう!」と、苛付きながら「何でラテン語なんて勉強しなきゃいけないんだよ!もう使って無い様な言葉、覚えるのは教会の坊主だけで良いだろうが!」と、苦手な教科に心の中で恨み言を言っていると、

「あら?」と、何かを見付けて立ち止まった。

 体育館と校舎に挟まれた通路に置いてあるベンチに座っているレイチェルを見付けて、

「え?何をしているの?」と、不思議そうに目を凝らす。

 食事は既に終わっている様に見えるレイチェルが、手に何かを持っている。

 離れていて何を持っているのかは分からないが「歌の練習じゃなかったの……」と、思い込んでいた事が否定され、戸惑いながらレイチェルを暫く眺めていると「あっ、時間が無い!」と、切迫した今の自分の立場を思い出し、ケイトは再び教室へと向かった。

 午後からのケイトは落ち込んでいた。

 前日に予習をして来なかった朗読は、何度もつまづき散々だった事も一つにあったが、レイチェルの事を考えると、何か言い様の無い不安に襲われ、合唱部での練習もミスが目立った。

 家に帰ってからも、食事の進まないケイトに、

「どうしたんだい……何かあったのかい」と、母親が心配して尋ねるが、

「何でも無いよ……」と、素っ気無く答え、ケイトは自分の部屋へと向かった。

 部屋に入るなりケイトはベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめる。

「何をしていたの……」

 ケイトの頭の中はレイチェルの事でいっぱいだった。

 落ち込む気分の中「練習じゃなかった……」と、昼間の事を思い出す。

 何をしていたのか聞きたかったが「私が見た事、知ったらレイチェルは嫌がるかも……」と、臆病な気持ちが込み上げ、聞けなかった。

 皆には、何も言わずに一人でいたレイチェル。

「皆には知られたく無い事なの……」

 そう考えると「それなのに『何をしていたの?』なんて聞いたら……レイチェルに嫌われるかも……」と、不安が膨らみ「嫌よ、レイチェルに嫌われるなんて……」と、ケイトを更に臆病にさせた。

 ケイトは、落ち込んだままの気持ちで重い夜を過ごした。

 次の日、校舎へと続く石畳の上で、

「おはよう、ケイト」と、何時もの様にレイチェルが声を掛ける。

「あ、おはよう、レイチェル……」

 何時もと変わらない笑顔のレイチェルを見て、落ち込んでいた気持ちが少し軽くなり「そうよね……そんなに深刻に考える事なんて無いのよ……」と、ケイトは気分を切り替え様とした。

 気分を切り替えた積りのケイトだったが、今日もランチタイムにレイチェルは一人で教室を出て行った事で、ケイトは再び落ち込んだ。

 ケイトが皆とカフェテリアに向っている途中で、昨日見かけた場所にレイチェルの姿を見付け、

「あ、レイチェル……」と、ケイトが立ち止まると皆も立ち止まり、ケイトの見ている方を見た。

 レイチェルは楽しそうに微笑みながら、ケイトの知らない少女と食事をしていた。

「あら、あの子……」

「知っているの?」

 二人の方を見ているメイに尋ねると、

「ええ、六年生の時クラスが同じだったマリーよ」と、ケイトに振向いて答えた。

 レイチェルと楽しそうに食事をしているマリーを見て、

「小学舎で、レイチェルと、仲が良かったの……」と、ケイトは何故か不安な気持ちで尋ねた。

「そうね、あの子も大人しい子だから、レイチェルとは気が合うみたいね」

「そうなの……」

 二人を見詰めているケイトを見て、

「どうかしたの?」と、レイナが不思議そうに尋ねた。

「えっ?あ、ごめんなさい、なんでもないわ」

 ケイトは慌てて笑顔を作りレイナに答えると、

「行きましょう……」と、カフェテリアへと向かった。 

 食事中、ケイトはレイチェルの事を考えていた。

 ケイトの知らない頃のレイチェル。

 ケイトは味気無い気分で食事をしながら「そうよね、レイチェルに、私達の他にも友達がいても当たり前よね……」と、寂しい気分を味わい「当たり前じゃない、そんな事、なんで気にしているのよ……」と、落ち込んでいる自分に苛付いた。

 放課後、合唱部での練習は、ケイトにとって最悪なものだった。

「どうしたのケイト!また間違えたわよ!」

 マクドウェル先生が厳しい目付きで睨み、タクトでケイトを指して注意すると、

「すみません……」と、ケイトは力無く謝った。

 オコナー先生と皆も、元気の無いケイトを心配そうに見ている。

「今日は駄目ね……皆さん、後は個々に発声の練習をしなさい。私とオコナー先生はホールへ行きますから」

「はい……」

 明らかに不機嫌な声でマクドウエル先生が指示すると、皆は元気無く返事をした。

 二人の先生が出て行った後、

「ケイト、どうかしたの?元気が無いけど……」と、レイチェルが心配そうに尋ねた。

 ケイトを心配そうに見詰めるレイチェルを見ずに、

「……何でもないわ……」と、元気なく答えて、一人音楽室の隅の方へと歩いて行った。

「あ、ケイト……」

 呼び止めようとするレイチェルの腕を掴んで、

「お待ちなさい」と、メイが止める。

「え、でも……」

「こう言う時は、構わない方が良くてよ」

「メイ……」

 冷たく聞こえる言葉ではあったが、メイも心配そうにケイトを見ている事に気付いたレイチェルは黙って頷いた。

「どうして落ち込んでいるのかは知らないけれど、結局は本人で解決しないといけない事なのよ、周りが何を言っても解決には成らないもの」

「でも、ケイトがこのままじゃ……」

 オリビアも心配そうにケイトの方を見ている。

「そうね、創立記念日の式典では歌わないといけないし……長く続く様だったら、考えないとね……」

 メイの言葉に皆が頷いて、心配そうにケイトの方を見た。

 その夜、ケイトは何時もより早い時間にベッドに潜り込んでいた。

「なんなのよ……何を落ち込んでいるのよ……」

 複雑な重い気分に苛付きながら「レイチェルだって、一人でご飯を食べたい時だってあるわよ、他の友達と食べたい時だってあるわよ、そんなの当たり前じゃない」と、自分に言い聞かせる。

 布団の中で身を縮めながら「そんな事、いちいち気にしていたら、これからもずっと一緒に居るのに、悩んでばかりいないといけないわよ……」と、自分自身を説得していると「もう……なんでそんな事を気にするのよ!なんでそんな事、気にしないといけないのよ!」と、歯痒い思いに自分自身が腹立たしく思えた。

 しかし「だって、しょうがないじゃない……そんな事……そんな事、分かっているわよ……」と、考えるまでも無い解り切った答えに、ケイトの目に薄っすらと涙が浮かぶ。

 ケイトは目をぎゅっと閉じて「レイチェルが好きだから、一番好きだから、一番……でも、でも、レイチェルは……私の事どう思っているの……私の事、一番好きじゃ無いの……」と考えると、言い様の無い不安に包まれ硬く閉じた目から涙が零れた。

 押さえる事の出来ない虚しさに「嫌よ……そんなの嫌よ……何時も私と一緒に居て……私の事を一番に思って……」と、ケイトは溢れる涙で枕を濡らした。

 次の日、寝不足の赤い目でケイトは教室に居た。

 授業も当然、上の空。

「どうしたの?具合でも悪いの?」

 レイチェルが心配して尋ねても、

「ありがとう……なんでもないわ、大丈夫よ」と、力無い作り笑顔を浮かべて、ケイトは社交辞令的な態度で空虚に答えた。

 一晩中レイチェルの事を考えていると「レイチェル……貴方はどう思っているの?私の事……それが、知りたいの……」と、強い欲求が沸いて来たが「でも、そんな事……怖い……答えを聞くのが怖い……」と、恐怖に縛られ臆病になった。

 その日のランチタイムも、レイチェルは一人で出て行って、

「ケイト、行くわ……」と、メイが声を掛け様とした時、ケイトはレイチェルとは別な方角に一人で出て行った。

「ケイト……」

 心配そうに見詰めるメイに、

「ケイト、本当に変よ」と、レイナが声を掛ける。

「そうね……これ以上は放っても置けないわね……」

 心配そうに眉を顰めるメイの言葉を聞いて、レイナとオリビアは小さく頷いた。


---さくらんぼ---

 ケイトは校舎裏のベンチで、一人でお昼を食べていた……いや、ランチボックスの蓋を開けただけで、ボーと林の方を見ていた。

 空虚な目で林を見詰めながら「どうせ私なんか……そうよ、何を贅沢な事を望んでいたのよ……上辺だけでも仲良くしてくれている事に感謝しなきゃ……レイチェルと私とでは、結局は釣り合わないわよ……」と、自虐的な考えが浮かび「レイチェルもそれを感じているのよ……だから、私なんかより、もっと良い友達を作ろうとしても当然じゃない……そうよ、どうせ私なんか……」と、虚しくなって来た。

 負の方向へと、少々的外れな飛躍した考えに虚しく落ち込んで居ると、

「あっ!ケイト!」と、背後から元気いっぱいの声がした。

 ケイトが声の方へと振向いた瞬間、目の前がブラックアウトし、

「どうしたの、一人でぇ」と、聞き覚えの有る声が聞こえた。

 その声でケイトは、顔面に柔らかいものを感じながら、

「お、お姉様?……」と、ブラックアウトの原因が、シンディーの胸だと理解した。

 呼吸を確保しようと抱き付いて来たシンディーから体を反らして逃れ様とした時、

「はい、今度はこっち」と、シンディーの手を退けてケイトの体を引き寄せ、ケイトの隣に座ったマチルダが抱き付いた。

「あ、マチルダ取ったぁあ!」

 お気に入りを横取りされて、不服そうに頬を膨らませるシンディーに、

「順番よ」と、ケイトを抱きながらマチルダが澄まして答える。

 何時もなら抵抗してくるケイトが、腕の中で暗い顔をしている事に気付いて、

「あら?ケイト、元気が無いわね……」と、マチルダが心配そうに尋ねると、

「えっ……あっ、そう言えば、最近元気が無いってオコナー先生も仰っていたわね」と、シンディーも心配そうにケイトの隣へと座った。

 抱き付いていたマチルダがケイトから離れ、

「どうかしたの?」と、心配そうに尋ねる。

 尋ねられた所で、到底話す気分になれないケイトが、一口も付けていないランチボックスを黙って片付けていると、

「誰かと喧嘩でもしたの?」と、シンディーが尋ねて来た。

「そう言えば……何時も一緒に居るレイチェルが居ないわねぇ……」

「あら……もしかして、レイチェルと喧嘩したのぉ?仲良さんがぁ……」

 ランチボックスを片付けていたケイトは、シンディーが好奇心丸出しで悪戯ぽく言ったレイチェルの名前を聞いて手を止める。

 思い詰めた表情を浮かべ俯いたまま固まっているケイトを見て、マチルダとシンディーが顔を見合わせ、深刻そうに顔を曇らせた。

 シンディーがケイトに寄り添い肩を抱いて、

「ケイト、喧嘩の原因が……」と、言いかけると、

「喧嘩なんてしてません!」と、ケイトが大きな声で否定した。

 その大きな声に二人は驚き、戸惑いながら顔を見合わせる。

「ケイト……」

 マチルダが気を取り直して心配そうにケイトの顔を覗き込むと、ケイトの目に薄っすらと涙が浮かんでいる事に気付き、

「あっ、ごめんなさい……良いのよ、話したくなければ、話さなくても良いのよ……」と、今にも泣き出しそうなケイトの頭を優しく撫でた。

「ケイト、許してね、そんな積りじゃなかったのよ……」

 申し訳無さそうに誤るシンディーの言葉を聞いて、ケイトは今にも零れそうな涙を袖で拭いて、

「いえ、そんな……私こそ、すみません……大声出して……」と、小さな声で誤った。

 落ち込んでナーバスになっていたケイトは「何やってるのよ、お姉様に八つ当たりしてどうするのよ……」と、反省して「でも、今は、お姉様方に付き合ってる気分じゃ無いし……」と、この場を早く離れたかった。

 ケイトの様子を見て、どうしようかと迷っていたマチルダが、

「あのね、ケイト……」と、躊躇いながら声を掛けた。

「無理に聞く気は無いけど、良かったら何を悩んでいるか話してくれないかしら、私達で力になれる事なら、お手伝いしたいわ……」

「そうね、出来るかどうかは分からないけど、力に成りたいわ」

 優しく微笑みながらケイトを見詰める二人の顔を見て、

「ありがとうございます……」と、ケイトは素直に礼を言ったが「だからって……なんて言えば良いのよ……」と、悩んでいた。

 小学校を卒業して半年と少しのケイトにとって、もう半年もしない内に高等学舎のお姉様になる二人は自分より遥かに大人に見える。

 特にシンディーとの胸の差は大きい……おい!

そんな二人を見て「そう言えばお姉様方って……」と、有る疑問が湧いて、

「あ、あの……お聞きしてもよろしいでしょうか……」と、遠慮気味に尋ねた。

「いいわよ、なにかしら」

 シンディーが微笑みながら答えると、

「あの、お姉様方は仲が良いんですね、何時もご一緒にいらしゃるし……」と、ケイトが伏目勝ちに尋ねた。

 ケイトは、何時も一緒に居る二人が「私も、お姉様方みたいにレイチェルと何時も一緒に居たいのに……」と、羨ましかった。 

 ケイトの質問に二人は少し困った様な笑みを浮かべ顔を見合わせて、

「何時も……と、言う訳では無いけど……そうね仲は良いわね」と、マチルダが答えた。

「そうね、小学舎の三年生の時に出会って、それからね」

「ふふふ、今じゃ空気みたいな物よ……」

「何よ、それ……」

 マチルダの変な例えにシンディーが少し不満そうな顔で尋ねると、

「ふふふ、普段は有るのか無いのか分からないけど、無いと困る物……って意味よ」と、少し悪戯ぽくマチルダが答えた。

「変な物に例えないでよ」

「あら、でも無いと困るわよ」

「それは、そうだけど!」

 言い負かされてシンディーは、不機嫌そうに頬を膨らませてそっぽを向く。

「あのねケイト、シンディーたら、中学舎に進級した入学式の日、張り出されてあったクラス表を見た途端、大声で泣き出したのよ、それがね……」

「きゃっ!ちょっ、ちょっと!マチルダ!」

 黒歴史を暴露されて、そっぽを向いていたシンディーが慌てて振向いて抗議すると、

「あら良いじゃない、クラスのお友達は皆知っているわよ」

「だ、だからって!」

 学年では公然の秘密でも、やはり部長としての立場も有るシンディーに取っては、自分の黒歴史が下級生にばらされた事が、顔から火が出るぐらい恥ずかしかった。

 不機嫌そうに唇を尖らせるシンディーに、

「あの、お姉様は、何故泣いたのですか?」と、尋ねた。

「えっ?……それは、その……」

 突然の質問にシンディーが恥かしそうに口篭っているのを見て、

「寂しかったのよねぇ、私とクラスが分かれて」と、マチルダがあっさりとばらした。

「もう!……そうよ、寂しかったのよ!」

 開き直ったシンディーは、

「だって、中学舎に進級して……当然、知っているお友達も沢山いたわよ……でも、新しい環境で不安だったのに、貴方が居ないなんて……」と、尻すぼみの声で答えた。

「あら、私だって同じよ。でも、合唱部に一緒に入れたし」

「それと、これとは別よ……」

 今は、合唱部員四十五名を、しっかりとまとめる頼り甲斐のあるお姉様だが、シンディーにも、出会ったばかりのレイチェルの様な弱さがあった事をケイトは始めて知った。

「クラスが別に成った事は、私も悲しかったけど、でも、私は我慢出来たわよ」

 少し自慢げに話すマチルダに、

「あ、あの、どうして我慢出来たのですか?」と、ケイトがマチルダに迫って尋ねた。

「えっ?ええ、それは……」

 ケイトに迫られ戸惑うマチルダを見詰めながら「シンディーお姉様の気持ちは分かるわ、だって私もそうだもの。何時も一緒にいたレイチェルが離れて行くなんて耐えられないわよ。でも、でも、なんでマチルダお姉様は我慢出来たの?どうして我慢出来たのよ……」と、ケイトは縋る思いで答えを待った。

「そうね、それは……私がシンディーの事を大好きだからだと思うわ」

「マチルダ……」

 優しく微笑むマチルダの顔を見てシンディーも少し頬を染めて微笑む。

「でも、どうして大好きだと我慢出来るのですか?大好きだから我慢出来ないんじゃ無いのですか?」

 必死に尋ねてくるケイトの頭を撫でながら、

「そうね、シンディーは我慢出来なかったみたいね」と、ケイトを優しい目で見詰めた。

「でもね、私は何処にいても、シンディーの事を信じているから我慢出来るわ。クラスが分かれても、シンディーは変わらずに居てくれているって」

「変わらずに?」

「そうよ、シンディーが私の事を大好きだと言ってくれた事……私の大好きなシンディーが言ってくれた事を信じたから我慢出来たの」

「ふふふ、そうね……私が泣いた時、貴方が言ったわね『離れていても気持ちは変わらないから、私を信じて』って」

 懐かしい思いに見詰め合う二人を見て「信じる……レイチェルも私の事を大好きだと言ってくれた……」と、思い出し「でも……そんな……レイチェルの本心かどうか分からないのに……」と、心の中に嫌な物が突っかえ、

「で、でも、信じられなかったら……」と、小さな声で呟いた。

 マチルダはケイトの呟きを聞いて、少し顔を曇らせて、

「それは悲しい事ね……大好きな人が信じられないなんて……」と、答えた。

「じゃ!どうしたら信じられるのですか!」

「えっ?ええ、そうねぇ……」

 再び必死で縋り付いて尋ねてくるケイトに戸惑ったが、

「あのねケイト……そうじゃないの」と、マチルダが静かに答えた。

「私はね、シンディーに私の事を好きになって欲しくて好きになったんじゃ無いの、出合った3年生の時、私、走るのがとても苦手だったのよ、それをシンディーが一生懸命、私に走り方を教えてくれたの……だから、私の事を思ってくれるシンディーの事が自然と好きになったわ」

 マチルダがケイトの肩をそっと抱き寄せ、

「私達、何時かは素敵な殿方と出会って、お互いが違った道へと進む事になると思うの……でもね、私の気持ちは何時までも変わらないわ……それは、私がシンディーの事、大好きだから、それで良いの」と、微笑みながら言った。

「私も、マチルダに好きになって欲しくて好きになった訳じゃないから……それで良いかもね……」

 ケイトがシンディーの方へと振向くと、

「信じられるから好きになる……大好きだから信じられる……何も求めず相手の心を思って信じる事が出来るから、大好きなんだと思うの」と、シンディーがケイトの頭を撫でながら言った。

「そうね、だからどうすれば信じられるのかって質問はおかしいわ……大好きと信じると言う事は、同時に存在しているから」

 ケイトは二人の話を聞いて「でも……何も求めないって、それって寂しいよ……私はレイチェルが一番好きなのに、レイチェルはそうじゃないって、そんなの寂しいよ……」と、思っていると、

「あら、もうこんな時間、そろそろ教室に戻らないとね」と、マチルダが立ち上がる。

「ねえ、ケイト……」

 シンディーが立ち上がりながらケイトに声を掛けて、

「大好きな人の事信じてあげてね」と、言って、にっこりと微笑んで手を振った。

 教室に向う二人の姿を見送り「でも……」と、釈然としない気持ちで、ケイトはベンチから立ち上がり、重い足取りで教室へと向かった。

 教室に帰るとレイチェル達は既に帰っていて、午後からの授業の準備をしていた。

 そして、教室に戻った元気の無いケイトに気付き、皆は声を掛けようかどうかと迷っているようだった。

 午後からの授業が始まり、ケイトは黒板に書かれた例題をノートに書き写している。

 ノートに数式を書きながら、二人のお姉様の話を思い出して「そりゃ、お姉様方は、お互いに一番好きだと分かっているからじゃない……だから、そんな気持ちになれるのよ……」と、二人を羨ましく思っていると、

「あっ……」上の空で写していて「もう……」と、間違った事に腹を立てて筆箱から少し乱暴に消しゴムを取り出そうとした時、

「あっ!」と、消しゴムを掴み損ねて床に落とした。

 消しゴムは隣に座るレイチェルの方へと転がって行って、

「あっ」と、それに気付いたレイチェルが、転がる消しゴムを捕まえ様と座ったまま屈んだ。

 レイチェルが消しゴムを掴んで体を起こした時「ごんっ!」と、自分の机の角で頭をぶつけた。

「きゃっ!」

「きゃっ!大丈夫レイチェル!」

 両手でぶつけた所を押さえるレイチェルに慌ててケイトが駆け寄る。

 皆が何事かと注目する中、

「へへへ、ぶつけちゃった……」と、レイチェルが恥かしそうに、ぶつけた頭を撫でながらケイトへと消しゴムを差し出した。

 恥かしそうに微笑んでいるレイチェルを見て、

「本当に大丈夫……」と、凄い音がした事で痛くないはずが無いとケイトは心配した。

「大丈夫よ、大袈裟ね、ケイトは」

 その時のレイチェルの顔がとても綺麗だった。

 柔らか微笑を浮かべて消しゴムを差し出している。

「あ、ありがとう……」

 ケイトは少し頬を染めて消しゴムを受け取った。

 その後、再び授業に戻って、ケイトは上の空で先生の説明を聞いていると、さっきのレイチェルを思い出し「絶対に泣きたいぐらい痛い筈よ……」と、レイチェルの事を心配して「でも、何で、笑っていられたの……なんで……」と、考えていると「あっ……レイチェルは私を心配させないために……」と、思うとレイチェルの方を向いた。

 先生の説明を真剣に聞いているレイチェルの横顔を見ながら「レイチェル……貴方も、私と同じ気持ちなのね……」と、今まで落ち込んでいた居た心が少し軽くなった。

 ケイトは盗難事件の時の自分を思い出し、まだ元通りに動かない左手を見て「私もレイチェルの為だったら辛くなかった……」と、思い返し「レイチェルは、私の事を大切に思ってくれている……それで十分じゃない……」と、自分に言い聞かした。

 重い心が少し軽くなって、レイチェルの横顔を見ていると、

「ケイト!ケイト・アダムス!」と、ケイトを呼ぶ大きな声がして、ケイトは今が数学の授業中で有る事に気付き、

「はい!」と、慌てて返事をして立ち上がった。

「何処を見ていたのですか、さあ、答えて」

 ケイトを睨みながら先生がきつい口調で尋ねると「そんな……『レイチェルを見てましたから分かりません』何て、言えないじゃない……いじわる、知ってるくせに……」と、唇を尖らせている隣から、

「2aよ……」と、レイチェルが小さな声で教えてくれた。

「あっ」

 ケイトは暗い顔をぱっと明るくして、

「2aです」と、レイチェルから聞いたまま、はっきりと答えた。

「……よろしい、ちゃんと前を向いて聞くのよ」

「はい、すみません……」

 ケイトは申し訳無さそうに先生に頭を下げて、席に着いた。

「へへへ、ありがとう」

「どういたしまして」

 ケイトは、レイチェルと二人顔を見合わせてくすりと笑った。

 その日の放課後、合唱部で普段と変わらない元気なケイトの歌声が聞こえていた。

 元気を取り戻したケイトに皆も安心して、練習にも熱が入った。

「随分と良くなって来たわね」

 マクドウエル先生が微笑みながら皆を褒めると、皆から安心した様に笑顔が零れた。

 練習が終わって、レイチェルと二人校門へと続く道を歩いていると、レイチェルが周りをきょろきょろと見回している。

「どうかしたの?」

 クラブ帰りの生徒達が多く歩いている中、ケイトが不思議そうに尋ねると、

「あ、あの……」と、レイチェルが辺りを見回し、

「あっ、ケイト、こっちに来て!」と、ケイトの手を引いて林の中へと向かった。

「えっ?なに?」

 突然の事にケイトは戸惑いながら、レイチェルに引かれるままに林の中を進んで行く。

 そして、ピンク色の蕾に色付き始めた十月桜の下へとやって来た。

「どうしたの、レイチェル」

「ごめんなさいね……」

 不思議そうに尋ねるケイトに、レイチェルは謝りながら鞄の中を探っている。

 そして、鞄の中から小さな可愛いピンクの紙袋を取り出し、

「Happy Birthday, Dear Kate!」と、ケイトに差し出した。

「えっ?」

 突然の事にケイトの目が点になる。

「あの、気に入って貰えるかどうか分からないけど……あの……」

 恥かしそうに紙袋を差し出すレイチェルを見て「あっ!そうだ、私の誕生日だ、今日……」と、思い出し「レイチェルの事で、すっかり忘れてた」と、自分自身に呆れた。

「あ、レイチェル……これ、私に?……」

 戸惑いながらケイトが尋ね、レイチェルが小さく頷くのを見て、

「ありがとう……」と、少し恥かしそうに礼を言って、ケイトは袋を受け取った。

「あの、開けてみて……」

 恥かしそうにしているレイチェルに、

「いいの?」と、遠慮気味に尋ねると、レイチェルは再び小さく頷いた。

 ケイトはドキドキしながらピンクの紙袋に封をしてあるハート型のシールを破らない様に気を付けて丁寧に剥がして袋の中を見ると、

「あっ……」と、ケイトはパッと笑顔を咲かせて、袋の中からそれを取り出した。 

「可愛い……」

 ケイトは目を輝かせてプレゼントを眺めている。

 それは、羊毛フェルトを丸めて作った、親指ぐらいの小さな人形だった。

 二つ並んだ人形は、頭の所に赤い組紐が付いていて、まるでさくらんぼの様に銀のリングにつながっている。

「私達をモデルにしたのよ……」

 制服姿の二つのマスコットは、青い目の少し大きい方が金色の髪の毛で、もう一つの方は大きな目に黒い髪の毛だった。

「あの……似ているかしら?私とケイトに……」

 自信無さそうに尋ねるレイチェルに、

「ええ、とっても似ているわ!凄く素敵!」と、ケイトは眩いばかりの笑顔を炸裂させて答えた。

「よかった、喜んでもらえて……」

 レイチェルはそう言いながら、もう一つを鞄の中から出して、

「私も、お揃いで持っているのよ」と、ケイトに見せた。

「あ、レイチェル……」

 人形を持っているレイチェルの左手を見ると、人差指と親指にファーストエイドが二枚づつ張ってあった。

 ケイトは、消しゴムを拾って貰った時には気付かなかったが「もしかして、人形を作る時にニードルで怪我をしたの……」と、レイチェルの左手を見詰めていた。

「作り出してからね、どうしても作り方が分からない所があって……ケイトのお誕生日が近付いて来るし、私、少し焦っちゃって……それでね、小学舎の時の、お友達のマリーの事を思い出して、あの子、手芸部なのよ。それでね教えてもらって、今日のお昼にやっと完成したの」

 満足そうな笑顔を浮かべるレイチェルを見て、ケイトは少し複雑な心境だった。

「最初はケイトのお顔が上手く出来なくて、こっそりケイトのお顔をスケッチしていたのよ、それで……」

 話していたレイチェルが、ケイトが黙って俯いているのに気付き、

「ケイト?」と、心配そうにケイトの顔を覗き込んだ。

「どうかしたの、ケイト?」

 心配して尋ねるレイチェルに、

「わ、私……」と、ケイトが小さな声で言うと、

「えっ」と、聞き取れなかったレイチェルが聞きなおす。

 そんなレイチェルに、ケイトは顔を上げて、涙でいっぱいの目を向け、

「わ、私、レイチェルの事が……レイチェルの事が、大好きなんだからあぁ!」と、叫んだ。

「ケイト……」

 急に泣きながら叫んだケイトに驚いているレイチェルを見て「何よ!馬鹿よ、私は!変な事にこだわって、レイチェルの気持ちを疑う様な事して、落ち込んで……馬鹿よ、私は!」と、自分自身が情けなかった。

 ケイトは、涙で霞む目でレイチェルを見ながら「レイチェルを信じられなかった私って、馬鹿よ!私の為にこんなに素敵なプレゼントを作っていてくれていたのに、怪我までして……そんなレイチェルを、なんで私はレイチェルを信じられなかったの……いいえ、そうじゃないわ、何時も一緒に居てなんて、私を一番に思ってなんて、私は自分の身勝手な我が侭をレイチェルに押し付け様としていた……なんて、馬鹿なの!」と、自分自身の浅ましい気持ちが恥かしかった。

 そんな自分が悔しくて「同じ気持ちで居てくれるから、それで十分だなんて、なに自分勝手な事を思っていたのよ!私は、レイチェルがレイチェルだから好きになったんでしょ!なのに……」と、拳を握り締めて「お姉様……お姉様の仰っていた事……分かりました……私、レイチェルに好きになって欲しいから好きになったんじゃないって事が……やっと分かりました……」と、目から大きな涙の粒が地面へと落ちた。

 レイチェルは、泣いているケイトを、そっと抱き寄せて、

「ケイト、私も大好きよ」と、ケイトを強く抱き締めた。

 ケイトはその言葉を聞いて「もう、迷う事なんか無い……レイチェルは大好きだと言ってくれた……もう、悩む事なんか何も無い、私は貴方がいる事で幸せなの……」と、安らかな気持ちで、

「ありがとう……レイチェル」と、礼を言った。

 レイチェルが、ふと、上を見上げて、

「もう、蕾が膨らんで来ているわ……」と、桜の蕾を見詰めている。

 ケイトも上を見上げて、

「そうね……もう直ぐ花でいっぱいになるわね……」と、桜の蕾を見詰めた。

 二つ仲良く並んでいる蕾は、間も無く花開き、そして、二つ並んでさくらんぼとなる。

 ケイトとレイチェルは二人並んで手を繋ぎ、何時までも蕾を見詰めていた。


---青天の霹靂---

 三年生のお姉様方が全国大会で優勝した喜びもつかの間、悲しい別れの卒業式。

 大半のお姉様方は、すぐ隣の高等学舎へと移るだけの事であっても、やはり悲しいものである。

 楽しみにしていたサマーヴァケーションに入り、卒業したお姉様方と一緒に合唱部の皆で合宿してケイト達は夏を楽しんだ。

 そして九月、合唱部に一年生の新入部員を向かえ、ケイト達は一つお姉様に成った。

 新入部員達は、地区大会でケイト達が経験した様に、不安でいっぱいの洗礼を受ける事になるのだが、今は入部出来た事を手放しで喜んでいる。

 新学期が始まって一ヶ月ほど過ぎた頃、地区大会の打ち合わせで音楽室に集まった部員たちが、深刻そうな顔で話し合っていた。

「ケイト、どうしちゃったのかしら……」

 心配するレイチェルの周りに部員達が集まっている。

「えっ、学園に来て無いの?」

「ええ、もう一週間になるわ」

「何も連絡が無いなんて……」

「レイチェル、先生は何か仰ってなかったの?」

 新しく部長に選ばれたアンナが尋ねると、

「ええ、何も……」と、レイチェルは顔を曇らせた。

「マクドウエル先生も心配されていたし、学園にも連絡は無いのね……」

「そのようですね、先生方は、生徒のプライベートを、軽々しくはお話にはならないでしょうけど……今回は、本当に知らないみたいですね」

 心配しているアンナの隣で、メイも腕を組みながら考え心配している。

「あの、私、明日のお休みに、一度ケイトのお家を訪ねてみようかと思いまして……」

「そうしてくれる、レイチェル……」

「ええ、それでケイトに合えれば良いのですけど……」

 不安そうに話すレイチェルの隣から、

「私も、ご一緒させて貰って良いかしら?」と、メイが尋ねた。

「お願いメイ、是非そうしてほしいわ、私一人じゃ不安で……」

「分かったわ、明日、ケイトの家に行く時、私の家に寄ってくれる?」

「ええ、そうするわ」

 二人の話を聞いて、

「それじゃ、お願いね。月曜日に、分かった事聞かせてね」と、アンナが言うと、

「はい」と、メイとレイチェルが重い表情で返事をした。

 次の日、タムラの運転でレイチェルとメイはケイトの家へと向かった。

「ねえ、メイ、どう思う?」

「なにかしら?」

「ケイトよ……何の連絡も無いなんて……」

 最近、ケイトの事が心配で、中々寝付けず睡眠不足がはっきりと分かるレイチェルの顔を見て、 

「どう思うも何も……何も分からない今は、想像も付かないわ……」と、メイも顔を曇らせる。

「でもね……」

「え?」

「決して、笑って話せる様な事情では無い事は、確かね」

 深刻な顔のメイを見て、

「……そんな……」レイチェルの不安が膨らむ。

「だって、何度携帯にかけても、呼び出しはしてるのに出ないなんて、変よ……」

 かれこれ二分程呼び出してはいるが、一向にケイトが出無い携帯電話の画面を見て、メイは眉を顰める。

 隣に座っているレイチェルも、呼び出しの続いているメイの携帯電話の画面を見ながら不安な気持ちを隠せなかった。

 車内が重苦しい空気に包まれながら、車はケイトの住んでいる町に差し掛かった。

 その頃、ケイトの住んでいる町から遠く離れた郊外の、国道沿いのモーテルでケイトの携帯は虚しく呼び出しを続けていた。

「友達かい?」

「うん……」

 鳴り止まない携帯の画面を見ながらケイトが静かに返事をする。

 画面に出ているメアリーの文字を見ながら「メイ、ごめん……本当に、ごめんなさい……」と、両手で携帯を握り締めながら「話たいけど、何て言ったら良いのよ……」と、ケイトは唇を噛み締める。

 ケイトが、やっと鳴り止んだ携帯をポケットにしまうと、

「すまないね……嫌な思いをさせて……」と、母親がケイトから目をそらして謝った。

「しょうがないよ……母さんの携帯、此処じゃ圏外だし、父さんから何時連絡が来るか分からないし……」

「ケイト……」

 母親は隣に座るケイトを強く抱き締め、

「あいつ、何処にいるんだろ……」と、心配そうに窓の外を見る。

「話……うまく付くのかな……」

 不安そうに母親を見詰めるケイトを見て、

「……無理だろうね……相手は組織のボスだから……」と、不安そうに言った。

「そんな……」

 母親の言葉を聞いてケイトの顔色が変わった時、

「あっ!」と、再び鳴り出した携帯をポケットから取り出してケイトが画面を見ると、父親の名前が表示されていた。

「も、もしもし、父さん!」

 ケイトが慌てて出ると、電話の向こうから緊張した父親の声が聞こえた。

「え?うん、ええ、無事よ、ええ、母さんも……うん、分かった……母さん、父さんが変わってって」

 ケイトの差し出す電話を取り上げる様に手に取り、

「もしもし、何処に居るんだい!無事なんだろうね!」と、母親が大声で問い掛けた。

「……そう、よかった……うん、うん……分かった、直ぐに出るよ……分かってる、気を付けて行くから」

 電話を切って母親が、ケイトに携帯を渡して、

「此処を出るよ」と、ソファーから立ち上がって荷物をまとめだした。

「あ、母さん、あの、話は付いたの?」

 不安な声でケイトが尋ねると、母親は荷物をバッグに詰めている手を止めて、

「……駄目だったみたいだよ……」と、吐き捨てる様に言うと、再び荷物を詰めだした。

「そんな……どうするのよ、これから……」

「そんなの、分かんないよ……とにかく、父さんの所に行く……」

 母親は荷物を手に持ち、出口の扉を少し開けて外の様子を見回して、

「行くよ」と、ケイトを促した。

 部屋を出る母親を追ってケイトも荷物を持って部屋を出て、止めてある母親の車へと向かった。

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