第四楽章-3:寮長、帰還。
午後21時50分。
芦屋千代、安西潔子、神宮亜里沙は食堂で正座していた。
三人の前には銀色に焦げのついた鍋。
中には水気のないぶよぶよのパスタ。
出来損ないのパスタ。
食べられないパスタ。
ゴミ箱以外に行く先がないパスタ。
とても人の腹には入れないパスタ。
そして鍋の後ろでは迷彩服に土に汚れた顔をした寮長、篠原ことはが仁王立ちしていた。
芦屋が恐る恐る一言。
「………寮長、お、お久しぶりです」
安西は何も喋らない。
神宮が陽気に装い、頭を掻いた。
「いやぁ!今日は事件がありまして!芦屋さんと安西さんは清帝学園で爆発をなんとか逃れたとか!すごい一日だったん」
パシィィン!と篠原が竹刀で床を叩き付けた。
三人が肩を震わせた。
「で?忙しかったらパスタの命はどうでも良いって?」
『すみませんでした!!!』
「あと一時間はパスタの無念を思いながら正座!」
パスタの無念?
と思いながらも、従うしかない三人だった。
篠原は食堂を出て行き、大変ご立腹のようだ。
明日も調べに行ってやるんだから!
既に事件が終わっていることも知らずに。
* *
午後21時50分。
椿乃峰の寮の庭、ベンチに皆川季雨は足を組んで座っていた。
そこへ迷彩服の篠原ことはが出てきた。
「今回はvery very laterな帰還だったわね。ことは」
「ちょっと独立戦線に。お久しぶりですね、皆川先輩」
皆川はサングラスを外し、ベンチから立った。
「ええ、久しぶり。少し聞きたいことがあるの」
夜風が黒髪をすり抜け、寒空を見上げた。
「そちらに“箕輪なぎさ”という生徒がいるでしょう?退学届けを出してもらえる?学園長には私が話をつけるわ」
「箕輪なぎさ?何かやらかしました?」
「いいえ、彼女の都合よ」
「……そうですか、わかりました。手続きして出しておきます」
「任せちゃって悪いわね」
篠原は首を振り、いいえと言った。
皆川はかかとを鳴らしながら篠原に手を振り、寮を出た。
「よくも勝手に退学させてくれたものね」
寮の外で箕輪なぎさが立っていた。
皆川がサングラスをかける。
「high schoolというのはね、15歳から18歳のchildrenが通う場所よ?貴方が通う場所ではなくってよ。今日は帰りなさいな。後始末も大変でしょ」
箕輪は歯を食いしばり、クスクスと笑う皆川に舌打ちをした。
皆川は箕輪を素通りし、姿を消した。
箕輪の後ろにリリアと菱山が着地した。
「あの女、昔っから大嫌い!」
まぁまぁ、と宥める二人とともに、夜の道に消えた。
* *
午後22時10分。
応力発散こと黎は嫌な奴に出くわしていた。
黒いワゴン車に細い路地を阻まれ、目の前には濃い青髪ショートカットの庄司実耶子がいた。
「久しぶり、というべきかしら」
「これから研究所全壊の隠蔽作業か?クソ研究員とその仲間達で」
「隠蔽は私達の仕事では無いわ。同世代の子たちとのふれ合いはどうだった?楽しかった?」
黎はポケットに手を突っ込み、笑った。
「これからもふれ合いを続ける?」
「……いや、そうだなぁ、花柳初のホームレスにでもなるか」
庄司が失笑した。
花柳にはホームレスがいない。
こいつは初のホームレスだ。
「ならなくて済む方法があるわよ。一緒にいらっしゃい」
「そりゃお断りだ。ろくでもねェ実験すんだろ?」
「……んー、それじゃあ、一度だけ付き合ってもらえれば良いわ」
庄司は人差し指を立て、不気味に笑う。
「出張よ」
「どこに」
「アメリカよ、明日には発つわ。身ひとつで十分だから、さっさと来なさい」
「内容は」
庄司は車を指差した。
「……乗って。説明する」
黎は小さく笑い、庄司の背をゆっくりと追った。
「面白れぇ。ホームレスの次ァ海外旅行かよ」
車の後部座席に乗り込むと、黎は庄司に聞いた。
「紙とペンあるか」
「?えぇ、あるわよ」
庄司がボールペンとメモ帳を渡すと、彼は番号を書き始めた。
11桁、それは電話番号に見えた。
「何よそれ」
「テメェ関係ねぇだろ」
「気になるわね。あなた、人に興味ないから」
「……面白い幕の内弁当の連絡先だ」
わけのわからない応えに、庄司はそれ以上聞くことをやめた。
車は空港へと急ぎ、任務の説明が開始された。
黎は千切ったメモの番号をパスポートに忍ばせ、説明を聞いた。