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アルニカ交響曲  作者: 結千るり
97/110

第四楽章-2:ウサリーナ参上

午後21時15分。

梔子研究所のある部屋で青年、襟澤称は口を押さえてその場に屈んだ。

全員が無言になり、『今、何て言った?』と聞きたい表情だ。

箕輪がさすがに銃を構えた。

「それで?何しにきたの?アルミンの彼氏」

「くそっ、舌はら血だっ……………え?ないひにひはっへ?ほひゃ………」

「喋んな、めんどくせぇ」

と後ろから黎が前に出てきた。

「ケンカ女は」

「ほえはら」

これから、という意味だろう。

黎は眉間にシワを寄せながら襟澤を見下し、右手をかざした。

「なら退いてろ」

「あ、まえまえ!おえはっへふはひひはわへひゃ」

「どいつもこいつもウゼェな!!何言ってんのかわかんねェよ!!!」

「あんた達どっちも煩いわよ!」

箕輪が銃を何発か撃ち、襟澤が黎の腹を横に蹴飛ばし、空気の壁を作った。

「テメェ何しやがる!」

「ははら…………オホン!正義のヒロインが来るまでは、俺が相手してや」





『避ォォォけェェェろォォォ!!!!』





地響きするほどの大音量に全員の身体が震えた。

黎は綿貫を壁に付かせ、襟澤の制服をつかみ上げた。

壁に激突させると黎は天井を見上げた。

一瞬で天井が抜け落ち、青白い雷が部屋いっぱいに、一直線に落ちてきた。

バチィィッ!と大きな音を立て、抜けた天井からは夜空が見えた。

そして落雷のあった中心には、変な人影。

箕輪とリリアの前に菱山美央を放る。

「さぁて、私の家来たちに掠り傷は無いでしょうね?」

音波が煙を払いのけ、人影が露わになった。

ピンクのワンピースにジーンズ、スニーカー、木刀、しかし、顔はウサギの被り物をしていた。

「………随分フザケた重役出勤だね、アルミン」

「アルミン?そんな名前は聞いたことないわ。私は正義のヒロイン、ウサリーナよ!!」

ウサリーナの後ろにいた三名は呆然としていた。

「もしかして、トイレに隠した貰い物って…………」

「何だあいつ」

黎は気付いていないようだ。

この馬鹿が誰なのか。

「ウザリーナ?」

「ブッ!!……あんたそりゃ……最高…!」

ウサリーナが二人の前に音波で亀裂を走らせた。

「後でそこの二人、並びなさい。端からぶん殴る」

綿貫は目を丸くし、安心したような笑顔になった。

黎がそれを見て彼女を目で追った。

綿貫はウサリーナの後ろで片膝をつき、頭を垂れた。

「よくご無事で、お嬢」

「……怪我は?」

「問題ないです」

「…副作用は」

「お嬢!」

ウサリーナが綿貫をちらと見た。

綿貫は頭を垂れたままだ。

「あたしは問題ないです!」

「……よく頑張ったわね」

綿貫が顔を上げた。

「お嬢、あたしに出来ることは、何かありますか!」

ウサリーナは木刀の柄を綿貫の前に出した。

「メッチャクチャにしてらっしゃい。黒髪が案内してくれるから」

綿貫は笑顔で返事をし、木刀の柄を握った。

襟澤がため息をつきながら綿貫に手を差し伸べ、ウサリーナの背を軽く押した。

「後でいくらでも何でも聞いてやるから、ウザリーナ」

「今のでお前だけ二発に増えたわよ」

襟澤が綿貫を連れて部屋を出て行き、ウサリーナは箕輪に向き直った。

箕輪の後ろでリリアが白髪カウント女の菱山美央を見下ろした。

「もかしてぇ、あれが音箱?ウサリーナ?」

「そうよ。あれが、音箱よ」

「ならならー、リリア相手したい!」

リリアが素早くウサリーナの前に踏み込み、能力を使おうとした。

しかしウサリーナが指を鳴らしてリリアを吹き飛ばした。

箕輪が銃を構え、躊躇いなく連射した。

ウサリーナが高く飛び上がり、宙に美しく弧を描いた。

空中で手を叩き、箕輪に音波を浴びせた。

「よくも綿貫に無理させてくれたものね」

「ホントにムカつく!!椿祭で死んどけば良かったのに!」

箕輪は無傷のまま、立ち上がった。

「お前がライトに細工したのね」

「そうよ!電気消したのは襟澤要だけどね。私が細工して、最高のステージで殺してあげようと思ったのに!綿貫と襟澤の双子ちゃんに邪魔されちゃってさ!」

箕輪が話している後ろでリリアが右手を構えた瞬間、大きな衝撃波に吹き飛ばされた。

黎が拳を握りしめていた。

「テメェの相手は俺だろうがよ」

「イライラ」

ウサリーナは箕輪の能力を知っていた。

なので無駄に音波をぶつけなかった。

「今ならお前が言った能力も、年齢も理解できるわ」

「そう?そこまで推理できたゃった?」

細胞活性(アクティビティセル)。衰えるはずの細胞を活性化させて、運動機能や皮膚の老化を防いでるのね」

「正解!だから今45歳!見えないでしょ?怪我しても活性化で元通り!だから、攻撃しても無駄だよ」

「うん、そうだと思って、作戦練った」

ウサリーナは仁王立ちして言った。





    *     *





午後21時21分。

襟澤と綿貫は本当の研究室に到着していた。

問題が発生していた。

「下手に壊したら保護プログラムが発動………ってやつだな」

「メッチャクチャできねぇじゃん!」

襟澤はパソコンの前に座り、キーボードに手をかけた。

綿貫も隣の椅子に座り、口を尖らせた。

「ウザリーナのことだから、ここにも来て壊しに来る。その前に保護プログラムを突破して直接消去だ」

「それってここだけなのか?」

「もう一つの方は俺が消去してきた。機械もウザリーナがやってきた」

綿貫は肩を落とし、ハッキングを始めた襟澤がそれをちらと見た。

「あんた、ウザリーナの友達か?」

綿貫は頷いた。

「今日のことは大体ウザリーナから聞いた。よくあの黄緑単細胞と一緒にいてまだ生きてんな。俺は感心するね」

「……あいつ、そこまで悪い奴じゃないっすよ」

襟澤は手を止め、綿貫を見た。

「……あんた、すごいな」

襟澤は画面を見て悩んだ。

パスワードの解読に時間がかかりすぎている。

「えっと、あんた…」

「綿貫」

「綿貫さん、今のうちに……」

と言いかけた襟澤の顔に細い両手が触れた。

「焦らない事よ、坊や。passwordはとてもeasyよ」

左手で顎をすくわれ、右手で女性はパスワードを打ち込んだ。

長いサラサラの黒髪、サングラス、黒のピッタリとしたタートルネックにスカート、女性は襟澤の首を爪でくすぐった。

「ッ!!ぁあんた誰だ!」

「お黙りなさい、坊や。girlfriendはもうすぐescapeするみたいよ?」

「?!」

女性は小さく笑い、襟澤の顔を前に戻した。

画面はすでにアンインストールに取りかかっており、思わず襟澤が立った。

「早くhomeに帰りなさい」

女性は斜め上に右手をかざし、呟いた。

「space」

襟澤は目を丸くした。

女性がかざした手の先にある床、壁、天井がすべて音もなく消え去り、道ができた。

「坊や」

「………おい、今のって」

綿貫はきれいな道を見上げており、女性は襟澤の頬に触れた。

「spaceはvarietyがあるexcellentな能力よ。使いこなしなさい。坊やならできるわ」

女性は襟澤から離れ、地上に続く坂道に駆け出した。

二人が彼女を目で追ったが、既にいなかった。

「…上ろう」

「わかった」

二人は坂道を駆け上がった。

綿貫は走りながら女性のことを『すごい人だったな』と話したが、襟澤は全く聞いていなかった。

触れられた頬に手をやる。

不思議な感じがした。

午後21時34分。襟澤と綿貫は梔子研究所の駐車場の大穴から脱出した。

駐車場には車は一台もなく、真ん中にぽつりとネコ耳パーカーの女がぴたりと座っていた。

二人が身構えると、ネコ耳は両手を振った。

「あんさん達、殺されかけてるお友達どすか?」

「?」

ネコ耳は立ち上がり、フードを脱いだ。

バッサリと切られた赤毛のショートが露わになった。

後ろにトサカのような寝癖が揺れる。

「音箱と取り引きしてましてなぁ、ズドンといきますえ」

ネコ耳の鼎梗香がライトに電磁波を送り、ふわりと飛び上がった。

電柱や街灯を伝い、梔子研究所の屋上に飛んだ。

鼎は体から青い電磁波を発し、自分の周りにまとわせた。

屋上が青白く光り、鼎はとくに表情を変えずに電撃を落とした。

「痺れよし」

爆発音、爆風、襟澤と綿貫は目と耳を塞ぎ、うっすらと目を開けると仰天の結果が見えた。

研究所が、無くなった。

ただの瓦礫の山になった。

「全……壊……かよ………」

鼎が瓦礫の前に着地し、振り返った。

入り口だった場所にはウサリーナと黎がいた。

ボロボロではあるが。

鼎はウサリーナの被り物をスッポリと外した。

「あ」

「あ!!」

やっとウサリーナの正体に気付いた黎が仰天した。

「ウザリーナはテメェだったの」

か、の前に美咲は黎をぶん殴った。

駆け寄ってきた襟澤にも一発、そして綿貫を撫でた。

ウサリーナを被る鼎を指差し、綿貫が言った。

「歩海!あいつ何者?!建物全壊なんだけど!」

「そうだ!あれどうすんだ!ウザリー」

美咲がもう一発。

襟澤はついに倒れた。

「大丈夫、研究所が隠蔽するわ。恐らく」

美咲は鼎から被り物を取り返した。

「ありがとう、えっと」

「梗香。きょんや」

「ありがとう、きょん。約束だから、お友達になるわ」

「誰なんだ?」

「うん、精神科患者」

え?!と一同が引いた。

精神科?!

「入院中だから送っていかないと」

「付き添った方がいい?」

襟澤が聞いてきたので、美咲は首を横に振った。

「菜穂を美咲組まで送ってやってほしいの」

「あたしは一人でも大丈夫なんだけど………」

「痛みは引いてても夜に一人では歩かせられないから。この病み子もね」

と鼎を指差した。

あはは、と表情を変えずに笑う鼎に苦笑し、綿貫が応力発散を追うのが見えた。

「どこ行くんだよ!」

「耳障りな音波も無くなった。用はねぇだろ」

応力発散こと黎は暗闇の路地に消えようとしていた。

綿貫は大きく息を吸い込んだ。

「黎!!」

黎は足を止めなかった。

美咲と襟澤が首を傾げた。

「き、今日は!助けてくれてありがとう!」

黎が足を止め、半歩で後ろを向いた。

「……おい、金髪」

暗闇に消えそうな彼をしっかりと両目に捉え、綿貫は唾を飲み込んだ。

「………今日、テメェをクズって言ったのは撤回する。それと、あんな弁当食い続けてたら確実に太るぞ」

黎はポケットに手を突っ込み、暗闇に消えた。

一方、綿貫は恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしていた。

「毎日は食ってねェよ!!馬鹿野郎!!」

ははは、と察しがついた美咲は苦笑、綿貫に声をかけた。

午後21時49分。

梔子研究所は全壊、犯人グループは現場を離れた。

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