第三楽章-4:山吹病院にて
午後8時52分。
美咲歩海は地下への階段を見つけ出していた。
クロがロックを解除し、楽々と入れたのだ。
灰色の明るい通路を駆け抜け、先々にある監視カメラを音波で壊していく。
「バカヤローって叫んだ方が早いんだけどな」
十字路に入り、足を止めると、呟くような女の子の声がした。
それに振り向いた。
「0」
大爆発が美咲の目の前で起こり、咄嗟に靴音で後ろに飛んだ。
間髪入れずの爆発に、美咲は床に叩きつけられた。
すぐに立ち上がると、十字路の真ん中に白髪の女の子が立っていた。
紺色の長すぎるポンチョをしっかりとリボン結びまでして羽織り、右目は包帯で隠れている。
「タダでは通れないってことね」
「ここに来るのは、応力発散。の予定。でも、音箱でも仕事は同じ」
大きなウサギのぬいぐるみを抱きしめ、女の子は目を伏せた。
「3」
「2」
美咲がまさか、と身構えた。
「1」
「0」
またどこからともなく爆発が美咲を襲った。
「通すわけには、いかないので」
「……この爆発はお前の能力?急いでんだから、退いてくれる?」
「退かない。なぎさお姉ちゃんに言われたから」
美咲は眉を寄せた。
なぎさ?
白髪の女の子はまた数字を数え始めた。
「5」
女の子は美咲のいる反対方向に歩き、もちろん彼女を追う。
「4」
「ちょっと!通さないんじゃ!」
「3」
女の子に向けて音波を震わせ、吹き飛ばしたが、倒れてもカウントをやめない。
「2」
と言った瞬間、美咲の真上から大量の風船が落ちてきた。
「1」
風船にしては落下速度が速すぎる。
落ちた風船からは『カン』と音がし、美咲は咄嗟に片足で床を鳴らした。
女の子が不気味に笑う。
「0」
美咲の周りの大量の風船が全て同時に大爆発した。
連続して割れる風船と爆発の音が止み、煙が廊下を包む。
女の子は無表情で立ち上がり、一言。
「0」
その言葉と同時に美咲は女の子の前で拳を構えていた。
二人の間で爆発、美咲は吹き飛ばされた。
美咲はなんとか着地し、女の子を睨みつけた。
「……お前の能力がわかったわ」
女の子は無表情だ。
「水素爆発を空気中で起こすのね」
「正解」
「それを起こすのに数字でカウントダウンしなきゃならない。カウントダウン中はそれ以外は何も言えない」
「秒計測者。菱山美央」
菱山はおもむろに携帯を取り出し、電話をかけた。
「…………お姉ちゃん、音箱が来たんだけど……え…そっちにいるの?応力発散」
美咲は思わず菱山から携帯を奪い取った。
応力発散がいる、ということは綿貫がいる。
戦っているのか?
「ちょっと!そっちに黄緑君いるの?!」
「………あり?アルミン!そうそう!ここにいるよぉ」
「み、箕輪?!お前もいるの?!」
向こうがどこかも、状況もわからず、美咲は困惑した。
「まぁ、私はこの二名様殺す側だけどね。応力発散が何故かブチギレててね」
「どういう事よ」
「物分かり悪いわね。私はね、朝霧研究所の雇われ“対能力者用殲滅部隊”の箕輪なぎさ。アルミンのお母さんとどっこいな年齢の超先輩よ」
「えぇ?!」
対能力者用殲滅部隊よりも箕輪の実年齢に仰天し、思わず声をあげた。
菱山が携帯を取り返そうとしたので、美咲は全力でぶん殴った。
飛ばされた菱山を見ずに美咲は話を聞く。
「心配しないで?これから応力発散も綿貫もちゃんと殺してあげるから!嫌だったらさっさとこっちに来るのね」
「組員に手出したら……わかってんでしょうね」
「アルミンが速く来ればいいだけよ?半殺し程度にしてあげる」
「喧嘩売ってんのね。いいわ。クラスメートが敵にいたのは信じられないけど、ボコボコにしてやる」
美咲は携帯を放り、指を鳴らした。
音波で携帯を粉々にし、その向こうで倒れている菱山を素通りする。
「クロちゃん」
美咲が呼ぶと、近くの扉の暗証番号を入力するパネルからクロが映った。
「場所は梔子研究所だって」
「じゃあ先に喧嘩買っといて。ダッシュで」
「は?」
美咲は真剣に言ったが、クロは猛反論した。
「待て待て!ここから研究所までどんだけあると思ってんだ!」
「県越えないだけいいじゃない!行ってきて!友達がいるの!私もここ終わったらすぐ行くから!」
「でも」
「お願い!走って!」
クロは小さくため息をつき、頷いた。
「あんまり遅れんなよ。センターのいないアイドルグループなんて誰も見たかねぇんだから」
「ありがとう」
十字路に戻ると、二人女性が立っていた。見覚えがあった。
上下スウェットの女性ロボット。
赤と青のゴムでそれぞれ髪を束ねている。
「アンジェリカと……キャロライン」
「覚えて下さって光栄です、アルニカ」
「研究室はこちらです」
美咲はアンジェリカとキャロラインが指差す方を見ながら言った。
「お前たち、ここの監視ロボットでしょ?侵入者ご案内しちゃダメでしょ」
「既に侵入者がおりまして」
「あなたをお呼びなのです」
二人の言葉に首を傾げ、走り出した。
「ありがとう、二人とも!」
アンジェリカとキャロラインは深々と美咲の背に礼をし、菱山を見下ろした。
「侵入者」
一方、美咲は一つのドアを開けた。
大きなスピーカー、コンピューターに操作パネル、その前に誰かが立っている。
オレンジ色のネコ耳パーカー、ジーンズ生地のショートパンツ、青いスニーカー、瞳は焦げ茶色で、赤い髪が見えた。
「おいでやす、音箱」
「お前もカウント女の仲間?今急いでんだけど」
ネコ耳はコンピューターに寄りかかり、すらりとした美脚を交差させる。
しなやかな京都弁を新鮮に思いながら、美咲は身構えた。
「うち、鼎梗香。どうしても友達少なくて困ってましてな」
「どうでもいいからそこどけ」
鼎が首を傾げ、パーカーのポケットに手を突っ込んだ。
「で、何でここに来はりましたの?」
美咲はコンピューターを指差した。
「だから!お前が寄りかかってる機械を………」
「ほな」
鼎がポケットから出した手をコンピューターに置き、青い電撃を部屋中に走らせた。
バリバリとコンピューターが電撃に煙をあげ、美咲が言葉を失った。
鼎は一切動いていない。
コンピューターが黒こげになり、電撃が止み、鼎がパーカーのネコ耳を立てた。
「これで、理由なくなりましたなぁ。うちが勝ったらマブダチになる」
「……私が勝ったら却下する!秒単位で終わらしてやる!」
美咲は音波で天井を撃ち抜き、高く飛んだ。
しかし、鼎も同じ高さまで飛んできた。
「ここには金属いっぱいや、秒単位で終わるのはそちらさんやね」
青い電撃が美咲を襲い、咄嗟に避けて急降下した。
音叉を取り出し、両手で一つずつ持った。
上にいる鼎ににまりと笑顔を見せ、両端の鉄骨の断面に音叉を次々と当てた。
急降下の速度で、甲高い金属音が筒状のフロアに響き渡る。
反響を繰り返し、音は異常な速さで大音量になり、鼎は耳を塞いだ。
美咲は元いた場所に着地し、両手を口の両側に構えた。
「だから、秒単位だって言ったじゃない」
と小声で言ったのだが、それはすぐに撤回した。
鼎は遥か上から筒状いっぱいに真下に向かって電撃を落としてきた。
「痺れよし」
音は一瞬で消え、美咲は扉の方まで走った。
目の前で落雷を聞くような大騒音と、すぐに降りてきた鼎が何もなかったように着地。
「お友達、なれまへん?」
「なってたまるかこんな凶暴な奴!」
「梗香なので、きょん、と呼んでもらっても」
「呼ばんわ!!」
と音波を発し、部屋ごと崩しだした。
ドアを開け、廊下へ出た美咲を追って鼎が出た。
「急いでるから移動しながら戦う!」
「どこ行きますの?飲み行きます?」
「研究所行くんだよ馬鹿!!」
あれ?
《こいつ、梔子研究所に行くのを知らない?そういえば、ここに来た理由まで聞いてきた。爆発女とは仲間じゃない?》
そこへ体勢を立て直した菱山美央が待ち構えていた。
「退け退け!!」
菱山がカウントを始めようとした瞬間、鼎が彼女に跳び膝蹴りを食らわせた。
「えぇ?!」
足を止めた二人。
鼎が気絶した菱山の頭を蹴った。
「研究所ってどこ?」
「く、梔子研究所」
「この子連れて行きます?」
「仲間じゃないの?」
鼎は首を傾げた。
「いや、うちはここの患者やさかい。迷ってしまってなぁ」
美咲は石化した。
迷っちゃって?
迷っちゃって地下?
しかも研究室?
そしてコンピューター全壊?
「ほら、精神科ありますのよ、ここ」
しかも精神科。
こいつおかしい。
病んでる。
「世界が滅んで独りになった時の自殺方法について論文を書いてみたら先生が親に相談しはりまして、精神科連行されたん」
「そりゃ入れられるよ!で夜間病棟を徘徊か!!病みすぎだ!」
鼎は菱山を担ぎ上げ、美咲に振り向いた。
「んー、賭けはもうええわ。取り引きにしまひょ。その研究所にも誰かおります?」
「友達が殺されかけてる」
「ならうちが、その友達殺そうとしてる人やっつけますわ。そうしたら、お友達になってくれまへんか」
「わかった。でもやっつけるのは人じゃなくて、もっとデカいのを頼みたいわ」
鼎は頷き、二人はまた走り出した。
* *
午後9時22分。
応力発散こと黎は研究室をめちゃくちゃにしていた。
箕輪が無傷のままだからだ。
随分と研究室は広くなった。
何部屋分かの壁がなくなり、大ホールくらいだ。
しかし、衝撃波は今はない。
リリアが綿貫の首に手を添えた。
「ねーねー、リリアがいるの忘れてない?」
箕輪はリリアの隣でにこやかに綿貫の頬をつねる。
「そっかぁ、人質ね?よくやったわリリア。さて、お前なら一人死ぬからって手は止めないと思ったけど、そうでもないみたいね」
「………」
箕輪は大笑いした。
応力発散が人質をとられたくらいで攻撃をやめるとは。
しかし、綿貫は何故か視線を黎の後ろに向けた。
黎がその視線に眉を寄せた。
綿貫は痛みに堪えながらも、まだ能力を使っていた。
声を最小限に、口を動かした。
リリアにも箕輪にも気付かれなかった。
い
き
と
め
ろ
二人は大きく息を吸い込み、止めた。
その刹那、大ホール内の空気が消えた。
バチバチ、と電撃が部屋を貫き、壁が壊された。
箕輪とリリアが首を押さえ、遂に咳き込み膝をついた二人に対し、綿貫たちはひたすら息を止めていた。
空気が戻るとともに、自転車のベルが聞こえた。
黎の頭上を飛び越え、自転車は空中でリリアに八つ裂きにされた。
カラカラと音を立てて落ちる自転車の残骸とともに黎の前に黒髪の青年が着地した。
「その喧嘩…………美咲歩海が買″っ…………………&☆◎♪§%£Σ^o^!!!」
あ、こいつ大事なセリフで噛んだ。